いつまでも泣きじゃくるロムを抱きしめて慰め続ける。一体どれくらいの時間が経っただろうか。
ロムは泣き続け、ネプギアは慰めながら謝り続け、ラムは呆然と立ち続けるだけ。
その終わりのない空間を終わらせたのはラムだった。
「……ちょっと」
「……え?私?」
「そうよ、アンタよ。アナタも、探しなさいよ」
「探すって、何を……?」
「決まってるじゃない!ロムちゃんの失くしものよ!」
怒っているのか、キッと厳しい目つきでネプギアを睨みつける。
「違う人が探した方が見つかるかもしれないし、それに……ロムちゃんがいつまでも泣いてるのは嫌だもん」
ラムがプイと顔を背ける。
ネプギアが胸の中のロムに振り返ると、ロムは縋るような目でネプギアを見ていた。
「…………」
ネプギアがロムを離して立ち上がる。
部屋をくるりと見渡した。
………わからない。
そもそも、失くしたものが何かも知らないのだ。わかるはずがないし、見つかるわけがない。
しかし、ネプギアは確信していた。
私にはわかる、と。
クィン・マンサを相手にした時の全身を脈動するかのような力。アレのほんの一部でもあれば……。
「………っ!」
何かを感じとったネプギアがバッと振り返る。そこはロムの机の上。だいぶ探したのか、紙やペンなどが散乱している。
「……この、あたり」
「……わかるの?」
「……た、多分……」
「何よそれ!真剣にやってんの⁉︎」
「や、やってるよぉ。でも……あれ……?」
机の上に何か、違和感を感じた。おかしい何かがある。まるでこの場に不釣り合いな、雰囲気に混じれていないような、そんなものが……。
「これ……」
机の上、散乱した紙が散らばっている。机の面が見えないくらいには散らかっている。
しかし、その中に存在を主張するように1つの写真立てがあった。
私はここにいるよ、と声なき声で叫んでいるような写真。ネプギアはそっとそれを手に取った。
「これ、じゃない?きっと……」
写真に写っていたのは女神候補生4人。4人とも満面の笑みで、カメラを見つめている。私達が友達だった、何よりの証拠だ。
「………ネプギアちゃん?何持ってるの?」
「………え?」
そう言ったロムの目を見る。その目は虚ろで、何だか薄ら寒い。
「何って……写真だよ?ほら、これ」
「何言ってんのよ?何も持ってないじゃない!」
ラムまでそう言う。
「そ、そんなことないよ!ほら、触ってみて?」
ロムの手を引っ張って写真立てに触れさせる。するとロムはハッと目を開いてその写真を見た。
「あ、あれ……?なんで見えなかったんだろ……。本当に、写真、あるよ……?」
「ちょっと、ロムちゃんまでそう言うの⁉︎」
「ほ、ほら、こっち来て……?」
渋々寄っていくラムが写真立てに触れる。
写真に触れるとラムまで驚いたように目を開いた。
「……おかしい、よ?私達、これ、見えてなかった……」
「あれ?あれあれ?ある、よね……」
2人がペタペタと写真を触って確認する。まるで、誰かの手によってその写真が見つけられないようになっていたかのようだ。
意図的に盲点に入れられた写真が、今2人の手の中にある。
「お、おかしいわよ!私達、こんな人……人……?」
「ネプギアちゃん……と……。……ラムちゃん……!」
ロムが写真を持ったまま立ち上がった。そして呆然としているラムの手を取って部屋の外へと消える。
「ロムちゃん⁉︎ラムちゃん⁉︎」
ネプギアも一瞬遅れて2人を追いかけようとする。しかしドアの出入り口にアイエフが出て来て衝突しそうになり、急ブレーキをかけた。
「わわわっ、アイエフさん?」
「どうしたの?なんか、2人が猛スピードで走ってたけど」
「そ、それが私にもよく分からなくて……」
「……まあいいわ。行くわよ」
「え?行くって……」
「スミキの補給が済んだわ。私達はもう1度世界中の大迷宮へ向かう」
「ってことは……また、あんな大きい相手と……⁉︎」
「失敗すれば、恐らくルウィーは滅ぼされるわね」
「そんな……」
「けどあんなこと、放っておけるわけない」
アイエフの目は決意に満ちていた。決意の中身は、怒り。人を人とも思わぬ所業を、このまま続けさせるわけにはいかない。
「やるのよ、ネプギア。救世主になるんでしょ?」
「………はい」
「じゃあ、行くわよ」
まるで自ら死地に飛び込むようなことだ。
だが、例え私が夏の虫だったとしても火に飛び込まなければならない時もある。私の小さな羽音で火が消せるのなら、やるしかない。
ルウィーの救世主になるんだ。例え記憶をなくしても、ここはロムとラムの国。なんとしても、守りきってみせる。
ーーーーーーーー
「っ、はあ、はあ……これじゃない……!」
「こっちにもないわ!」
ロムとラムは前と同じように部屋を散らかしていた。しかし、2人の部屋ではない。今散らかしているのはーーー。
「………え?ちょっと、ロム、ラム!何してるの!」
ミナの部屋、つまりはミナの執務室だった。
ミナの部屋にはパソコンを置いた机とその後ろに本棚が数個あるのだが、その本棚の中の本が片っ端から地面に転がっていた。
「探してる……!探してるの……!」
「ごめんなさい、後で絶対片付けるから!」
2人の声が本棚の奥から聞こえる。ミナはとりあえず近くにいたラムに駆け寄った。
「ラム、これはどういうこと?なんで私の部屋を……」
「ミナちゃん、私達ここで倒れてたんだよね⁉︎」
「え?え、ええ、そうよ。でもそれが……って、え?」
「あのネプギアってヤツ、私達知ってるわ!けど、どんな子だったか思い出せないの!」
両端から本を漁っていた2人がぶつかった。
「知らない、違う、本じゃない……」
「じゃあ……!」
顔を見合わせた2人は一緒にある一点へと振り返る。
「ま、待って!ネプギアさんのこと、思い出したんですか⁉︎」
「今思い出そうとしてるの!」
「絶対知ってるから……!思い出さなきゃ、ダメ……!」
駆け出したのはミナの机。パソコンが置いてあるだけの簡素な机の引き出しを片っ端から開く。
「だから、2人とも!やめなさい、もう本当に怒りますよ!」
また記憶をなくされたらたまったものじゃない。取り戻すとしても、私みたいに2人が苦しむのはごめんだ。
もっと、もっとゆっくりでいいんだ。研究させてそれなりの方法を見つけて、楽に記憶を取り戻せたら。
「でも!」
「でももだってもありません!また記憶をなくしますよ!今度は誰を忘れるつもりなの⁉︎」
ミナが後ろから2人を抱きしめた。
怒っているのではなく、心配しているということは幼い2人にもわかる。ミナの目から零れ落ちる涙がそれを証明している。
「でも……!それでも……!」
「お願い!そんなことをしたら、誰かが悲しむのよ……⁉︎」
「でも……!ネプギアちゃんはずっと泣いてた……!」
ロムがミナの方を振り返った。その目には涙が滲んでいたが、それを零さないように必死に耐えている。
「話してる時、ずっと泣いてた……!笑ってるフリして、心は泣いてたんだよ……⁉︎」
「でも、それもいつかは……!」
「今……!ネプギアちゃんは、今泣いてるの……!」
「忘れてた方が幸せなんて、そんなことあるわけないもの!失くしたものは見つけなきゃ、取り戻さなきゃ!」
2人がミナの手を振り払い、1番下の引き出しに手をかける。
決して手荒に振りほどいたわけではない。2人の言葉に押されて、ミナの手にはもう力はこもっていなかった。
「………!」
「これ………!」
1番下の引き出しに入っていたもの。
それは何の変哲も無いメダルだった。金ピカに輝く大きなそれは、忘れていた思い出の証拠。
そうだ。遊びに行ったんだ。スーパーリテイルランドに。
お姉ちゃんは来てくれなかったけど、他のみんなと遊びに行った。教会を出て遊ぶなんて久しぶりで、しかも……隣に、友達までいて、すごく幸せだった。
2人の頭にそよ風が吹く。髪を揺らす程度の勢いのそれは、2人の頭の中にあった雲を吹き飛ばす。
「ロム、ラム………」
「思い出したよ、ミナちゃん……」
「ネプギアは、私達の友達。……酷いこと言っちゃった」
訴えるようにこちらを向く2人。それを見てミナは涙が溜まった目でくすりと笑う。
変なところで大人びたと思ったら、今は自分のやるべきことがわかってない。
まだまだ2人は子供で、でも………。
「謝りに行って来なさい?……それまで、帰って来ちゃダメ」
少しだけ、頼り甲斐のある子になったかもしれない。
「わかった……!」
「世界中の大迷宮よね?」
2人が変身した。
2人はまだネプギアのことを思い出しただけだ。ミズキのことは思い出してはいないだろう。しかし、それでも2人は確かに近付いた。
きっと2人なら、全て思い出して、空を覆う雲を払ってくれる。そう感じた。
「行って来ます……!」
「行ってくるわ!」
2人は窓から飛び立った。
その背中を見送って、ミナは呟く。
「行ってらっしゃい」
2人の無事を祈りながら。
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「ココを抜ければ、すぐです」
「準備は出来てる?」
「はい、万全です」
世界中の大迷宮で、4人が覚悟を決める。
この角を曲がれば、すぐに戦いだ。何が出てくるかはわからない。しかし、勝たなければならない。
《行くよ、みんな》
その4人の前に現れたのは、空に浮かぶ要塞のようなモビルアーマー。
金色の装甲を光らせ、その身から金色の粒子を放出する。全長561cmの巨体はまるで風船のように宙に漂い滑るように機首を4人に向ける。
《……………》
機体の名は、アルヴァトーレ。
金ジムー。