ケイがNギアとプロジェクターをコードで繋ぐ。
ケイしかいない部屋でNギアからの声が響いた。
《まず、僕に話っていうのは?……何か重要な話なんでしょ?》
「……君は事情を知っているだろう?……僕は、いや僕達は記憶を奪われている……違うかな?」
《……覚悟の上?》
「イストワールにもそれを問われた。だけど、僕は今それなりの覚悟してこの質問をしているつもりだよ」
なるほど、イストワールに質問して、それからイストワールに僕に聞けとでも言われたんだろう。その時に覚悟を問われた、と……。
《……答えだけ言えば正解だよ。この世界の人々はみんな記憶を失っている。例外は僕とイストワール、アイエフとコンパくらいだ。他にも、アブネスって聞けばわかるよね?》
「あの大富豪まで……?」
こう聞くとやっぱりアブネスって有名人なんだな、と思う。ずいぶん出世したものだ。
「それは何故だ?誰の仕業だ?君は何者なんだ?何故イストワール達は記憶を取り戻したんだ?」
《……思い出せば、わかるよ。覚悟が必要なのは……思い出すことが辛いから》
プロジェクターがとある人の姿を映し出す。
背の高い優しげな顔の男。その男が閉じていた目を開いてケイを真っ直ぐに見つめる。
《僕の名前はクスノキ・ミズキ。……覚えているかな?》
まるで頭の中を風が吹き抜けるような感覚。
しかしそれも刹那のこと。すぐにケイを激しい頭痛とノイズが襲った。
「っ……⁉︎ぐっ、あ、あああっ!」
ケイが頭を抑えて倒れた。もんどり打って地面を暴れ回る。
「ぐっ、うっ、あ、頭が……!頭が、痛い……!」
《ケイ、我慢して。耐えるんだ。思い出してよ、僕のこと。3年前のこと、みんなのこと……!》
「うっ、ううっ、う……!」
ーーーザザッーーーーザザザザッーーーー
『おや、新顔かい?』
『彼の支援を頼みたい』
「僕は、こんなこと言ったことは、ないのに……っ!」
《拒まないで、ケイ!全部君の記憶なんだ!その頭痛は、押し込められた君が出て来ようとする痛みだ!》
「くっ、あ、ああっ……!」
《ケイ!》
「ーーーーっ!」
ーーーザザ、ザーーーーザーーーー
『どうしたんだい、ノワール。やけに機嫌がいいじゃないか』
『そ、そう?別にいつも通りよ、うん』
『はて、近々ノワールが喜ぶようなことがあったかな?』
『だ、だからなんでもないってば!』
『ユニ、最近何か出来事はあるかい?』
『ケイってば!話聞きなさいよ!』
『え、出来事?う〜ん……あ、ミズキさんが遊びに来るかもしれないの!』
『……ほう』
『ちょっとケイ。今何を察したのよ!』
『いや、何でもないよ、何でも。ふむふむ……なるほどね……』
『ケイ〜っ!』
「っ、は………!」
バッと体を起こす。
周りを焦って見渡すとそこはさっき自分がいた部屋とは違う部屋。寝ていたのはベッドで窓の外は真っ暗だ。
「っ、なに、が………?」
夢、ではないだろう。
よく見ればここはラステイション教会の仮眠室だ。自分の他に寝ている人はいないが、自分が寝ているのは2段ベッドだし通路を挟んで向こう側にももう1つ2段ベッドがある。
すると部屋のドアが開いて青年が入ってきた。
「あ、すいません!失礼を……!起きているとは思わず……!」
「いや、構わない。僕は、どうしたんだ?」
ベットから立ち上がる。
「私が呻き声を聞いて……それで視聴覚室に行くとケイ様が倒れておりましたので仮眠室にまで運びました。あ、まだ立ち上がっては……」
「大丈夫だよ。寝たおかげかスッキリしている。ほら、足取りも確かだ」
青年はまだ納得していないような顔をしているので足踏みをしてみせる。
「ですが……」
「わかったよ。自室に戻って寝ることにする。それでいいかい?」
「まあ、それなら……」
渋々青年は納得する。
まあ、自室に入るということは中でケイが何をしていようが青年が確認できないということなのだが。
無論、ケイも早めに寝る気でいるがそれでも確かめなければならないことはある。
「端末はどうした?多分、僕の近くにあったと思うんだけど……」
「それなら、今持ってます。これですか?」
青年は懐からNギアを取り出した。ケイはそれを受け取る。
「ありがとう。それじゃあ僕は自室に戻るよ」
「お大事にしてくださいね。ただでさえ、女神様が不在でケイ様もご無理をしているのですから」
「気遣いありがとう」
青年をすり抜けてドアから外に出ようとしたが、少しだけ気になったことがあって振り返る。
「ところで、君は僕と寝ようとしてここに来たのかい?」
「ち、違います!様子を見に来ただけです!」
「ははっ、わかってるよ」
からかい甲斐のある青年だな、とケイは思った。
自室に戻りながら頭の中を整理する。
……記憶は完全に取り戻した。
頭の中がクリアになったようだ。今なら過去の会話全てを言うこともできる。
聞きたいことは全てわかった。わからないことも予測もできた。
聞きたいことは彼のこと。ユニのこと、ノワールのこと。
ミズキはこれからどうする気だ?ネプギアには記憶がない、ならばそれには理由があるはず。ユニにも明かさない方がいいだろうが……イストワール達に教えてネプギアには教えない理由とは何だ?
そしてノワールのこと。3年前にギョウカイ墓場で何があった?今彼女はどうしている?無事なのか、それとも……。
「無事でいてくれてるよね、ノワール……」
ケイは静かに呟いた。
ーーーーーーーー
ラステイションのとある宿屋。
そこにはまるで屍のようにベッドに横たわる女の子が3人いた。
「アイエフ、さん……」
「………………」
返事がない。ただの屍のようだ……。
「コンパ、さん……」
「………はい、ですぅ……」
「まさか、これだけ歩き回って見つからない、なんて……」
「予想外でした、ですぅ……」
ぐてぇと着替えもせず風呂にも入らず……いや、それすらする元気もなく3人は疲れてベッドへと直行した。
散々歩き回ったが、ないのだ。
あんなダンジョンやこんなダンジョン、果てにはツボやタンスの中まで調べさせてもらったがないのだ。逆にシェアクリスタルが見つかるかと思ったくらいだ。
「アイエフさん、携帯の写真見せてもらえます……?」
「……………」
アイエフが無言で携帯を差し出してくる。
ネプギアもそれを受け取って画像を見た。
ビルゴ、ビルゴⅡ、GN-X、GN-XⅡ、アヘッド、エトセトラエトセトラ……。
「影も形もありませんでしたね……」
「……………」
誰も同意しない。というよりも同意しているのだが声を出す元気もない。
そもそも広大なラステイションの土地の中でせいぜい人程の大きさしかない機械を探せというのも無理があるのだ。
「効率的に探しましょう……。人に、聞く、とか……」
「……誰に聞きましょう……」
ちなみにさっきから「……」は時間にして1分ほどある。死ぬほどゆっくりな会話である。
「今日は、寝ましょう……。明日、スミキに聞いて、それ、で……」
「アイエフさん……?」
アイエフがついに力尽きて寝てしまった。
「コンパさん……?」
「………すぅ」
コンパは随分前から夢の中にいたようだ。
(私も……寝よう……)
ネプギアも眠るべく目を瞑る。
ゆっくりと落ちていく意識の中、ふとコンパが呟いた声を聞いた。
「ギア……ん……。思い、出すです……ぅ……」
(…………?)
何を思い出すのか、と聞きたかったがもう意識は浮上させることはできなかった。
ネプギアもすぐに穏やかな寝息を立てて眠っていた。
ーーーーーーーー
ネプギアは夢を見た。
今は隣にいないネプテューヌと話す夢だ。
ネプテューヌが取り留めのないことを言って、それをネプギアが宥める。それでアイエフが呆れた顔をして、コンパが笑う。
ふと、ネプテューヌが振り返って通路の先に手を振る。
通路から現れたのはイストワールだ。またいつものお説教タイムでネプテューヌが悲鳴をあげる。
………その後ろから、もう1人イストワールと同じくらいの人が……いる気が、する。
さらにその後ろ、背の高い男の子がクスクスと笑いながら歩いてくる……気がする。ネプテューヌと話して一緒に笑っている。
夢の中だからだろうか、2人の姿は薄ぼんやりとしていてどんな顔か、知っている人か、さっぱりわからない。
やがて背の高い方の男の人がネプギアの方にやってくる。そして少し話してくれる。
なんだかすごく優しそうな人で、よく話を聞いてくれる。
やがて背の高い男の人と小さい男の人が部屋の向こうへと歩いていく。
部屋の向こうは不思議なことに暗闇に閉ざされた崖になっていた。
みんなが形相を変えて必死に引き止める。けど、一歩も近付けない。
ネプギアはその男の人の手を掴んで引き止めた。
振り返った時に顔を見ると、不思議とどんな顔かはわからないのに寂しげな顔をしているのがわかった。
そして男の人はするりとネプギアの手からすり抜けて崖へと落ちていく。
どこまでもどこまでも、どこまでも………。
青年好き。貴重な男キャラ。