救世主
イフリート改は残ったドム・トローペンと懸命に戦っていた。
ニュータイプ能力とEXAMシステムでカバーしているものの、やはり性能差が激しい。そしてシェアの差も厳しい。
予想外の奇襲に最初はドム・トローペンも狼狽えてくれたが、徐々に得意な距離を見極められて近寄れなくなっていた。
そして時間がかかればかかるほど、EXAMシステムとニュータイプの動きに機体が耐えきれずにすり減っていく。
《うくっ、まだ……!》
脚部のミサイルポッドからミサイルを撃ち出したがドム・トローペンは左右に避ける。
「へへっ、今なら後ろから……ひっ⁉︎」
《動かないで!今の君は、悪党かもしれないけど!》
後ろから襲いかかろうとしたリンダの足元にグレネード弾が弾ける。
イフリート改が前を向いたまま後ろのリンダに腕部グレネードランチャーから弾を撃ち出したのだ。
それもニュータイプとEXAMシステムの相乗効果によるものだ。
《…………?》
《弾切れ!君が先に追い込まれた!》
ドム・トローペンがカチカチとラケーテン・バズの引き金を引くが弾が出てこない。
イフリート改が擦り切れるより先に弾が切れたのだ。
しかし……。
《うっ、くっ⁉︎オーバーヒート……⁉︎》
イフリート改は膝をつく。
あと一歩というところで機体の限界が来たのだ。イフリート改からは蒸気が吹き上がり、これ以上動けば爆発してしまいそうだ。
「あん、なんだぁ?ジジィみたいに膝なんかつきやがって……」
《やめて、リンダ……!君はもう、こんなこと……!》
「うるせえ!命乞いでもしようってか⁉︎やっちまえ、ドム!」
《……………》
ドム・トローペンがヒート・サーベルを構えた。
絶体絶命かと思われた瞬間、横からビームが放たれた!
《⁉︎⁉︎⁉︎》
そのビームはドム・トローペンに命中し、一撃で装甲を貫いて爆発させる。
「な、なんだ⁉︎」
「彼から……スミキさんから離れてください!」
「な⁉︎て、テメエ女神だったのか⁉︎」
膝をついたイフリート改の前に変身したネプギアが立ちはだかった。
《ネプギア、変身を……》
「くっ、すいません許してください……とでも言うかと思うか!こうなったら最初の目的だけでも果たさねえと、言い訳がつかねえ!」
「あ!や、やめてください!」
「こんなシェア、砕けちまえ!」
《……………!》
リンダがシェアクリスタルに向かって鉄パイプを振り下ろす。
ここからじゃ誰も間に合わないだろう。
きっとリンダの一撃でシェアクリスタルは粉々に砕け散る。
けど、そんなこと……!
《させてたまるかァッ!》
あのシェアクリスタルが砕けるってことは、みんなを助ける希望が砕けるってことだ!
あれは僕のシェアクリスタル。なら、僕が……!
ミズキが念じた瞬間、シェアクリスタルから1人の透明な男の子が飛び出した。
『……………』
「うわっ⁉︎な、なんだこれ!クラクラする……っ!」
その男の子がリンダをすり抜けるとリンダはそれに押されたようによろめき、膝をついた。
透明な男の子がネプギアの元へと向かい、その体の中に入った。
(えっ……?アナタは、誰なんですか……?)
『僕の名前はフリット・アスノ。君と一緒に戦ったんだ』
(でも、アナタのことを私は知らない……)
『忘れているだけさ。きっとこの会話もすぐに忘れてしまう。けど、これだけは覚えておいて』
ジャッジから逃げる時にも飛び出した男の子。彼がネプギアの心に入って繋がる。
『ガンダムは救世主なんだ。僕とガンダムは、君と一緒に救世主になる!』
(救世主に……私が……?ゲイムギョウ界を救う、救世主……)
『それだけは覚えていて。僕はいつでも、君の中にいるから』
「…………っ⁉︎あ、あれ……?」
唐突にネプギアは意識を取り戻すような感覚に襲われる。
何かあった気がするが……思い出せない。
多分、なにもなかったのだろうとまるで時間が飛んだような感覚を忘れた。
「く、くっそ〜、覚えてろ!次会ったらぶっ殺してやるからな〜っ!」
《あ、リンダ!》
イフリート改が手を伸ばすがリンダは走って逃げていってしまう。
「あ、待って……!」
「お前の言うことなんか聞くか!逃げるが勝ちだぜ!」
ネプギアも少し遅れて引き止めるがリンダはもう見えないような場所まで逃げてしまっていた。
逃げ足だけは早いらしい。
《リンダ……いつか、君の記憶も……》
「あ、あの……スミキ、さん?大丈夫ですか?」
ネプギアはリンダを追いはしないらしく、膝をついたイフリート改を覗き込んだ。
《うん、大丈夫。ネプギアこそ、怪我はない?》
「はい。助けてくださって、ありがとうございました」
他人行儀なネプギアとの会話に胸が痛む。どうしても以前のネプギアと今のネプギアを重ねてしまう。そして、その落差に勝手に傷ついている。
「それであの……どうして私の名前を、知っていたんですか?」
《……っ、……》
きっとネプギアは自分のことなど、なにも覚えていないのだろう。自分は覚えているのに、なんで覚えていないんだと叫びたい。
僕の名前はクスキ・ミズキで、前にみんなと戦って。この胸の中の喋りたいこと全部伝えたい。
それでも今は、それが許されないから。
《ずっと前から……知ってるよ。君のこと、みんなのこと……ずっと前から、知ってるんだ……っ!》
「そうなんですか……。あ、じゃあお姉ちゃんとも知り合いなんですか?」
《……うん。ネプテューヌには何度も助けられたよ》
「へえ〜……」
無垢な笑顔にキリキリと胸が締め付けられる。
すると後ろからアイエフとコンパがやって来た。
「アナタ、ねえ……」
「結局、来ちゃったですか?」
《うん。放っておけないよ。会えなくたって……守りたいから》
「……それはいいわよ。でも、アナタもいい加減覚悟を決めなさい」
《わかってる。……じゃあね》
「あ、もう行っちゃうんですか?」
《きっとまた、会えるよ。いつかね》
そのいつかはいつなのだろうか。
イフリート改は立ち上がってバーチャフォレストの最深部から橋をわたって出ていく。
「あ………」
「追っちゃダメですよ。ダメなんです」
手を伸ばすネプギアをコンパが引き止めた。
イフリート改は段々と木の陰に隠れて見えなくなる。
ネプギアは何だかそれが何かを無くしてしまうようで……とても不安な気持ちになる。何かとんでもないことをしているような、引き止めなきゃいけないような……焦り。
そんな感情もすぐに消えてしまいそうになることに、ネプギアは違和感を抱く。意識していなければ感情を忘れてしまうくらいに。その違和感すら風のように消えてしまった。
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「で?なんでアンタがいたのよ」
《起動テストでね。誰にも見られないような場所に行こうと思ったら》
「バーチャフォレストの最深部にいたんですね?」
《うん。それで遠目に走る君達を見つけたから追いかけたんだ》
ホログラムのミズキが笑う。
「それで、あんな無茶したのね?聞いたわよ、まだまだシステムは未完成だったってね」
《う……誰から?》
「この人から」
「…………」
アイエフが指差す先には不機嫌な顔のアブネス。それもそうだ、せっかくの新品ピカピカの機体が帰って来た途端にボロボロになっているのだから。
「ったく、被弾はしてないものの……。関節とか内部はもうボロボロよ?確かにこっちの技術も足りなかったかもしれないけど……!」
《ごめんごめん。お礼と言っちゃなんだけどさ》
ミズキがモニターにとある写真を映し出す。
そこには目をキラキラさせている男の子の姿があった。
「こ、これは!」
《僕を見かけた男の子。この子の写真あげるから許して》
「ゆ、許すわ!許します!」
《クスクス……》
《最近アブネスの扱い方がわかってきたようだな》
「不憫ですね……」
目をキラキラさせている男の子を見て目をキラキラさせるアブネス。キラキラがエンドレスだ。
「ところで、あのシェアはどうやって持ち帰ってきたんですか?聞いた話では、物凄く大きかったそうですが……」
「試しにギアちゃんが触った瞬間にキラキラして消えちゃったです」
「ネプギアは何だか力が湧くのを感じたみたいだし、多分シェアが戻ったんだろうなって……」
《うん、バッチリだよ。きっと他の国でもシェアが回復したと思う》
ミズキが世界中にばら撒いたシェアの内訳は4国から貰ったシェアとミズキのシェアだ。それが解放されたということはそれぞれのシェアがそれぞれの場所へと戻ったということ。
ネプギアが力が戻るのを感じたように、ミズキも力が湧いていた。
「そういうわけで、私達はラステイションに行くつもりよ。とりあえずプラネテューヌにはもう怪しい場所はなさそうだしね」
《うん。それについてなんだけど……頼みがあるんだ》
ミズキは強い瞳でアイエフとコンパを見つめた。
《僕もその旅に連れて行って欲しい》
機体の性能差か…。今のは、当たってやったのだ!
くっそ負け惜しみくさいですよね…。