「…………えと」
ミズキは街中に立っていた。
街中に立つくらい言わずもがな普通のことである。が、しかしミズキは頭の整理が追いついていなかった。
「……街に出た覚えはないんだけど」
こんな歳から認知症でも発病したのだろうか。冗談じゃない。徘徊癖とかマジか。
だがそんなわけはない。作られた体なのだからその辺りの病気はあらかじめ対策されているはずだ。そもそもそんな、いきなり認知症なんて……。
「……何してたっけ僕」
街中を人がすり抜けていく。ていうかこの街も見覚えがない。そもそもここはプラネテューヌなのか?ゲイムギョウ界なのか?
一応何してたか思い出してみる。夜になって、ご飯食べて、風呂入って……。
「寝た、はず……。ってことは……」
自分の頬を力の限り抓ってみる。
「……痛くない」
夢かよ。夢オチかよ。それは1番やっちゃいけないでしょ。
「頬抓って『夢じゃない』ってのはよくあるけど、『夢だった』ってなるのは稀だなあ……」
聞いたことがある。明晰夢、とかいうやつだったか。自分の意思で展開が変わる夢。もしくは自分の意識がある夢。
「なんだ、夢か……」
試しに通行人の頭を軽く小突いてみる。何も反応せずに行ってしまった。うん、夢だこれ。
「はは、夢だね、これは。でも、どうせ夢なら何か良いことが起これば……」
「ちょっと、ミズキ!こんなところにいたの⁉︎どれだけ探したと思ってんのよ!」
「いい……の……に……」
声に振り返る。
だけど、振り返る前からわかっていた。この声は聞き覚えのある声だ。昔飽きるほど聞いて、今はもう2度と聞けないはずの……。
「シル……ヴィア……?」
「はあ?寝ぼけてんの?こんな歳から認知症なんて、介護はしないわよ」
「老人ホームに真っしぐらにゃ。幸せな余生を過ごすにゃ」
「あは、あはは……。手厳しい、なあ……クス、クス……」
「……いいから、お前も荷物を持て。俺1人では持ちきれん」
シルヴィア。カレン。ジョー。
夢だとわかってる。幻だってわかってる。それでも、これは、奇跡かもしれない。
「クスクス……仕方ないなあ、ほれ、ほれほれ」
「ぐおっ、突くな!崩れ、崩れる……!」
「崩れたらまた買い直しね」
「なっ、またあれだけの時間をかけるのか……⁉︎」
「わかった、わかった。持つよ」
ジョーの顔が見えないくらいに積み重なった箱の半分を持つ。
「さあ、昼ご飯よ!というわけで、エスコートしなさい、ミズキ」
「え、ええ?僕が?」
「そうよ。男には女をエスコートする義務があるの。そういうわけでオシャレで近くて高すぎずかといって不味くもないいい店を選びなさい!」
「無理だよ!」
「仕方ないにゃ。ジョーを見るにゃ、しっかり私をエスコートすべく、もう準備を……」
「お前はドッグフードでも食ってろ」
「にゃ⁉︎せめてキャットフードにしろにゃ!」
「じゃあキャットフードでいいんだな、ほれ」
「ハメたにゃ!騙したにゃ〜!」
「騙して何が悪い。これは騙し合いのゲーム……ライアーゲー」
「それ以上いけない」
ジョーが迂闊なことを口走らないうちに止める。
「ん〜……食べたいものとかある?」
「トリュフ、キャビア、フォアグラね!」
「私はフカヒレとかツバメの巣が食べたいにゃ!」
「ふざけろ」
当てにならない。
「フードコートとかじゃダメ……だよね」
「何よそのつまらない回答は。もっと、こう、ミズキが失敗して大恥かいて真っ赤になるような答えにしなさい」
「最低だ!」
「あら、今更?」
「……良く考えたら何度もされてた……」
自分の経歴に嫌気がさす。イジるだけならプルルートよりも技術は上なんじゃないか。
「思い出すにゃ。こういう時、男はどうするべきにゃ?」
「……『自分を殺して、相手になれ』……」
「そういうことにゃ。ミズキが食べたいものなんてどうでもいいにゃ。私達が食べたいものを振る舞うにゃ〜」
「……改めて聞くと理不尽にも程があるね……」
「男子の人権などあってないようなものということだな。孔明は言ったぞ、『女子怖い』と」
「それ孔明絶対言ってないし。そのセリフは多分世界のほとんどの男子が呟いたセリフだし」
「失礼にゃ、怖くなんかないにゃ。女子なんて嘘にゃ♪怖くなんかないにゃ♪」
「寝ぼけた男子が♪……勝手に見間違えて希望を抱いて……クク、裏では何を言っているかも知らずに……」
『女子怖い』
呟いてしまった。
「ほら、早く選びなさいよ。背中とお腹が合体して超合神セナオナヴィオンになるわよ」
「腸と超、だけににゃ?」
『あははははは』
「クッソ腹立つ……」
「諦めろ、今更だ」
絶対無理な条件の上に制限時間付きとか。ハードモードにも限度ってものがある。
(ん?待てよ、今ここは僕の夢の中なわけだし……)
こう、念じれば目の前にビビッと店ができるかもしれない。幸い、注文は多い。注文の多すぎて料理店もキレるレベルだ。いや、注文が多かったのは料理店の方だけどさ。あの注文の多さならお客様もブチギレ間違いなし。
「む、むむっ……」
「何してんのよ、ミズキ。ついに頭おかしくなったかしら?」
「ぐ……」
少しカチンときたが、抑えろ、抑えろ……。
「オシャレで近くて高すぎずかといって不味くもないいい店……むむ……」
自分で言ってて悲しくなってくるが、一泡吹かせるためだ。
「むむ……ん?」
念じているとたくさんの人が集まってきた。
「……何が起こってるにゃ?」
「何よ何よ、楽しそうじゃない!」
みんな工具や材料などを持ち寄っている。
そしてそんな中1人の人間が大きな鍋とコンロを持ってきた。
「……何事だ?」
鍋の中に全部の材料と工具をぶち込むとコンロの火がついてグツグツと煮出し始める。
中には水が入っていないはずなのだが、あのグツグツ沸騰しているのはなんなのだろう。中身の鉄が溶けるほどの熱なのだろうか。
「おい、あのピンク色のは何処かで見たことあるぞ」
「奇遇だね、僕もだよ……」
ピンク色の丸い1頭身の食いしん坊。どう見てもアレだ。ていうか、これ、最後の切り札ってやつじゃ……。
カービげふんげふんピンク色の食いしん坊が料理を終えて何処かへ去っていく。
同時に鍋の中からいろいろな物理法則とかに喧嘩売ってねじ伏せたように家が飛び出てくる。
「……本当にできた……」
イメージとは若干のズレがあるが、まあいいだろう。結果オーライだって。
「へぇ、なるほどね。入ってみる価値ありよ。ほら、遅れないで!」
シルヴィアの号令でゾロゾロと中に入る。
「俺達が荷物持ってること忘れてないか……」
「言いっこなしだよ」
中に入ると不思議なことに机は1つしかなかった。丸机が1つと、それを囲むように椅子が4つ。
せっかく大きなスペースがあるのに、がらんどうだ。でも、ミズキがこの4人でご飯を食べるためだけに作り出した店なら、当然なのかもしれない。
「く……ようやく荷物を置けるな」
「スペースあるしね。こんなに広いのに、勿体無い」
「にゃ?何言ってるにゃ、足りないくらいにゃ」
4人で椅子に座る。
カレンの言っていることがよくわからず、首を傾げているとカレンが顎で出入り口をクイクイと指し示した。
「…………!」
出入り口を見ると、そこから何人もの子供が入ってきたではないか。みんな幸せそうな笑顔で心底楽しそうにしている。
子供以外も入ってくる。全員の顔に見覚えがある。救いたくて、でも救えなかった人達だ。あの時、手が届かなかった人。あの時、声を届けられなかった人。
「これが、アナタの夢でしょ?」
シルヴィアの声に振り返る。
机に肘をついて優しい微笑を浮かべるシルヴィア。そんな姿、ガラじゃないのに。
「みんなが同じ部屋で、楽しく笑って過ごしてる。戦争の脅威に怯えることなく、普通の人生を送る。それがミズキの願いだにゃ。夢だにゃ」
「お前はそれを、実現させるつもりなのだろう?この胸を包むような部屋を、作りたいのだろう?」
「……クスクス、ジャックさえいれば、完璧だったよ」
「あ、そういえばアイツ仲間はずれね。ま、仕方ないわね。イチャコラしてるからよ」
「手厳しいな」
「うっさいリア充。ファッキンガム宮殿よ」
「ていうか、それを言うならミズキだって随分イチャコラしてるにゃ」
「この、裏切りおって!童貞、童貞、童貞!」
「やめて、連呼しないで!小ちゃい子いるし!」
「騒がしゃあ!アンタなんか処刑よ、処刑」
「処女だけに処刑ってにゃ?」
『ははははは』
「ほんっと下品……!」
「今更ながらあいつらは女子としてカウントしていいのだろうか」
はあと溜息をつくが、結局は微笑んでいる。楽しくて仕方ない。久しぶりのこの空間が、懐かしくて、楽しくて、涙を流す気にもならない。
「ま、私達は遺言も残さないまま死んだわけだけど……立派にやってて安心よ」
「毎日楽しそうだにゃ。そこ変われにゃ。寝取ってやるにゃ、女も」
「………」
「なんか言えにゃ。そこは彼氏として引き止めるとこだにゃ!」
「勝手に行け」
「ツンデレ⁉︎ツンばっかは嫌われるにゃ!」
「余計だ。お前に好かれてれば問題ない」
「っは!これがデレ!あざとい、あざとにゃ!」
「……訂正、ここにいるみんなに好かれていれば、俺は構わん」
周りの人達は一言も発さずとも、ニコニコと笑顔でこちらを見つめている。それだけで、僕はもう十分で、満ち足りていて。
「仇も討ってくれたし。いや〜、清々しいわね。あのムカつくクソ女にガツンと1発、かましてやりたかったのよ!」
「ガツンどころかガツガツ殴ってたのはシルヴィアにゃ。1番ぶん殴ってたにゃ」
「……あのさ、聞きたかったんだけど。あの、写真あるじゃん?」
「ああ、集合写真か」
みんなの顔が写った集合写真。みんな笑顔で、僕がずっと欲しかった世界がそこに体現されていて。
「アレは……なんなの、かな。もしかしたら、ビフロンスが送ってきてたかもしれないんだけどさ。やっぱり、こう、何かの偶然とかでさ」
「『上げてから落とす!そうすると絶望するでしょ〜⁉︎』……ゲホゲホ、あんなヒステリックボイス無理。真似できないわあんなん」
「だがアイツのやりそうなことではあるな」
「あ、あれ、わかんないの?」
「そりゃそうよ。結局私達はアナタの夢の中の存在なんだし。アンタに知らないことを私達が知るか」
「あ、あ〜……そうだっけ」
「……まあ、ビフロンスが死んだ今、真偽はわからんだろう。だから……」
「だから?」
「……自分が信じたい方でいいんじゃないか?」
「………クス、そうだね」
それもそうだ。本当に、みんなといると簡単なことに気付かされる。
「みんな、僕を引っ張ってくれてたんだなって、今更ながら気付いたよ」
「何を今更にゃ。苦労したにゃ、ワガママばっかで」
「だが、俺達もまた、お前に引っ張られてきた」
「……そうなの?」
「理想に向かって力が足りずとも決して諦めぬ姿。それに励まされないはずもないし、引っ張られるに決まっている」
「ま、お互い様ってことよ。ミズキの考えることは、時々だけど面白かったし」
「時々って……」
「まだまだその程度ってことよ。これじゃ、『子供たち』の雑用卒業はまだまだね」
「僕いつの間に雑用になってたの……」
「出会った時からよ。もう、生まれながらの雑用。雑用オブ雑用ね」
一応、最高の人類として誕生させられたはずだが、シルヴィアの前では雑用レベルらしい。
というより、彼女にとって何処でどうやって生まれたかなど関係ないということか。
「今はアンタが団長だけどね。出世したわねぇ」
「え、団長?……まあ、2人しかいないしね」
「それでも、ミズキが団長よ。これ、まだあるでしょ?」
脇腹の炎の印を見せてくる。
「……もちろんだよ」
ミズキも右手の炎の印を見せた。
「頑張りなさい。危なくなったら……気が向いた時、助けに行ってあげるわ」
「出来れば、毎回来て欲しいなあ。クスクス……」
「雑用風情が神に楯突くんじゃないわよ」
「神⁉︎」
「神っていうか、ガキ大将にゃ」
「フッ、違いない」
カレンには胸に、ジョーには肩にある炎の印。僕らを繋いでいる、仲間の証がそこにあった。
「また今度ね。次会う時までに派遣社員くらいにはなってなさい」
「アルバイト感覚⁉︎」
「またな、ミズキ」
「う〜、眠いにゃ。おらジョーてめえ膝貸せにゃ」
「ニードロップならくれてやる」
「それは気絶する意味で寝るにゃ」
「クスクス、それくらいがちょうどいいんじゃない?」
「足りんくらいだ」
ジョーと声を出して笑う。
するとシルヴィアが手を挙げた。
「ほれ、しっかり叩きつけなさいよ」
「……よい、しょっと!」
ハイタッチの構えだ。
ミズキも手を挙げて思いっきり叩きつけてやろうと手を振ると、その手が虚空を切った。
「あはは、騙されてやんの〜!はははっ!」
ーーーーーーーー
「っ」
ガバッと体を起こす。
……なんともしまらない終わり方だ。馬鹿にされて笑われたままで逃げられてしまった。
「…………」
にしても不思議な夢だった。誰かの策略か何かかと思うくらいには。
ふと、机の上の写真に目が向く。懐かしい顔ぶれと、理想の世界がその中にある。
「………撮ろう」
そうだ。撮ろう。
そう思った時には体は既に動いていた。布団から飛び出し、ドアを開けて駆け出す。
まだ彼ら彼女らの笑い声が耳に残っている。永遠に忘れたくない記憶を、残せるうちに残したい。それを慈しみたい。
「ネプテューヌ、写真!写真を、撮ろう!」
さて、なんだかんだ1ヶ月経ちました。というわけで予告。
再来週の月曜、21日からmk2を始めます。といってもその辺りからまたテストだったりしますし、12月とか1月は行事も多いので休みも多くなるかもです。追いつかれないようにとりあえず1日1話、7時投稿になります。もう、アレです、ガン暗いです。なので時たまぬるっと閑話が投稿されると思います。
こんな感じかな……?それではリクエストお待ちしてます。