セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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■■07 彼との邂逅3

 

 

 

 ――彼と過ごした日々を、思い出す。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 全ての始まりは、小学四年生のとき。

 

 篠ノ之束――少女の姉が開発した「IS」によって「世界」の状況が一変し、それまでずっと共に在った家族とはとつぜん安全上の理由から政府により一家離散を強いられ、意中の男の子とも、別れを余儀なくされた。

 

 「篠ノ之箒」という名前を、「■■■箒」に変えて過ごさなければならなくなった。

 

 

 ――すべてはあの人のせい。

 

 

 だが。自分はたかだか小学生。何ができるでもなく、少女は政府の命じるままにこれまで住んでいた「世界」から遠く――遠く〃々離れた土地へとやってくるしかなかった。

 

 田園風景。

 

 山に囲まれた、ひたすら緑の生い茂っている場所。燦々と差す太陽。吹き抜ける風に、揺れる麦穂。

 

 自然が満ちた、未知の、世界。

 

 そして――

 

「おめえさんが篠ノ之箒か」

 

 日、照りつける天気のなか。ときおり水筒で喉を潤しつつ、未舗装の砂利道を歩いていた少女は、すれ違った家々のなかでもひときわ大きな、そして古めかしい武家屋敷のような平屋の門前に立ち、事前に渡されていた地図を何度も確認すると、場所に間違いないことを理解して、唖然とした――そのとき、声。名前で呼ばれた。

 

 振り向く。

 

「は、はい。あの……貴方は」

 

 男。年齢は四〇か五〇くらいの、農作業の服装をしたその人物は、さっぱりとした笑みを浮かべて、門を開けた。

 

「とりあえず入りな。外は暑かったろう」

 

 大きな庭先を過ぎ、引き戸の玄関をくぐると、途端に空間が広がった。何かが香る。

 

 ――木の匂い? ……知らない、他所の匂い。

 

 居間へ通される。縦長のテーブルに、座布団が六つ。部屋の隅には花が活けられており、窓辺には風鈴がそよいでいた。

 

 男がリモコンを操作すると、自動で窓が閉じ、冷房が効き始める。

 

「オレンジジュースでいいか?」

 

「は、はい……どうも」

 

「楽にしてな。俺は着替えてくるからよ」

 

 正座した箒の前にコップを置くと、そう言って男は姿を消してしまう。

 

 いきなり一人にされても、周りのものを観察するくらいしかやることがない。

 

 天井が高い、とか。(うち)よりも広い、やら。天井から鎖で巨大な卵みたいなものが吊るされているけどこれって座れるのかな、など。他にはたくさんの本棚に収められた中身(ガーデニングであったり宇宙科学であったり歴史小説であったりイェイツの詩集であったり)を数えたりして、身体をもぞもぞ動かしながら、挙動不審になりつつ見回していると、

 

「やー、(わり)ぃな。思ったよりも早く来たんでな、ろくすっぽ準備できてなくて」

 

「はあ………、」

 

 そういわれても、箒としては答えようがないのだが。

 

 和服に着替えた男は、扇子で仰ぎながら胡坐を掻いて座った。向かい合う。古風な人という印象。言葉遣いといい、昔かたぎとでも評せそうな。

 

「まあ。あー、なんだ。取り敢えず名乗っとくか」と畳んだ扇で手を打って、「俺は大沼六道(おおぬまりくどう)。このたび、おめえさんを引き取ることになった」

 

「はい」

 

「返事が固えな。仕方ねえか、いきなり知らねえ土地に来たんだ、警戒だってするだろうさ。おめえさんも大変だな、大人の都合に振り回されて」

 

 ふい、と目を逸らす。この状況に対し、納得と理解は別物である。それが、無意識に現れてしまった。不敬な態度だと気づき、謝ろうとして――

 

 しかし男はそんな箒に、呵呵として笑った。

 

「不満ぐれえあるだろうさ。むしろガキのうちから不満ばっか溜め込んでりゃあ、そりゃあ性根だって歪むだろう。慣れるところは慣れて、慣れないところは良くすりゃいい。そうやって馴染んでいけたら、な?」

 

「……はい」

 

「そうだな。おめえさんのことは何て呼べばいい? 篠ノ之の嬢ちゃんか? それとも……篠ノ之ちゃん? あるいは箒ちゃん?」

 

「ちゃんは止めてください、苗字で呼ぶのも……()と、そう呼んでください」

 

「そうかい。じゃあ、箒」

 

 これからよろしくな。手を出して、にやりと人の良さそうな顔をして笑う、男を見て。

 

 ここに来るまで抱いてきた不安が、少し軽くなった気がした。握り返す。自分は、何とかやっていけるだろうか。此処でなら。

 

「んじゃ、先に部屋の案内でもしとこうか。そういや箒は剣道やるんだろう? うちにも道場あるから、好きに使えよ」

 

 立ち上がった男に従い、部屋を回った。独り暮らしだというが、部屋の状態はどこも綺麗であり、訊けば「掃除」もまた修行の一環ゆえ手は抜けないのだという。

 

 「修業とは何ぞや」と更に訊けば、どうやら男は武術家であるらしい。

 

 当然のことながら、IS開発者の妹という最重要人物の身柄を預けるくらいなのだから尋常な存在であるはずもないのだが、このとき箒は「立派なお屋敷に住み立派な道場を持っている、スゴイ人」ぐらいにしか大沼六道を理解していなかった――とはいえその認識はべつだん間違ってはいないのである。

 

「ここが箒の部屋だ。おめえさんくらいの女の子って何が好きなのか分っかんなくってよ。一応家具とかは取り揃えたつもりだが、とりあえず必要なもんがあったらあとで遠慮なく言ってくれよ」

 

 事前に荷物は送ってあった。ただでさえ広い部屋が、ぽつんと置かれた段ボールのおかげでより広く見える。

 

「疲れてんなら、荷物広げるの後回しにして、そのまま休んじまっていい。飯時になったら呼ぶからよ。ちなみにうちは六時半が飯時だ。詳しいルールとかは……、まあ、あしたかな。町の案内もそのときだ。何もねえとは思うけど、何かあったら大声で叫べ。じゃあ」

 

 取り残される。扉を閉めた。箒は、これより住まうことになる部屋を慎重に見回して。

 

 とりあえず、備えられていた折り畳みベッドにダイヴした。弾む。日干し済みのためか、ふかふかである。そしてさらさらであった。思わず心が和む。

 

 うとうと、してくる。張っていた気が緩み――今は、ひとまず。

 

 どっと押し寄せた眠気に、身を任せて――

 

 そして。

 

 その日から、少女の第二の生活が始まった。

 

 のちに彼女が「先生」と呼ぶことになる男との生活は驚きと、新たな発見に満ちていて。賑やかなもので。

 

 その一年後、彼女は一人の少年と出会うことになる。

 

 まだ肌寒い季節。雨の降る日。

 

 左目に黄金の輝きを宿した、風変わりな少年と、出会うことに――

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ちなみに初日、午後六時半。

 

 大沼六道に「飯だぞ!」と起こされて、居間に向かうと――

 

 「歓迎会」と達筆な字で書かれた横断幕とくす玉が天井に吊るされ、縦長のテーブルには色鮮やかな手料理が並べられており。

 

 そのどれよりも、なによりも。

 

 あまりにも似合わない可愛いエプロン姿(・・・・・・・・)で振り返った大沼六道に、ド肝を抜かれて。

 

 男としては、狙ったつもりもなかったのだが。

 

 一家離散が決定してからずっと暗かった箒はその日、本当に久しぶりに、何のてらいもなく、涙が浮かぶくらいに笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















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