セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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■■04 開幕当日、早くも災難

 

 

 

 IS学園。

 

 アラスカ条約に基づいて日本に建造された、特殊国立高等学校である。

 

 ISは女性にしか反応しない。ゆえに、IS学園における男女比率は規則厳格な「お嬢様学校」よりも極端であり――

 

 ――どこもかしこも、女子、女子、女子。

 ――香水、体臭、甘ったるい匂いばかりだ。

 

 極めて例外的に教職員として(強引に)採用された白雪軍人(しらゆきむらと)は必然的に廊下を歩くだけで注目を集めていた。

 

 スーツ姿でも判る、すらりとした痩躯であり、黒髪は肩に触れるか触れないかくらいまで伸ばされているため、端正な顔立ちも相まって中性的な印象を受ける。双眸は、ラウンドフレームの色付き眼鏡越しにも凛々しく、美丈夫といっても過言ではなかった。

 

 しかし声を掛けるものはいない。白雪軍人は自分の容姿を自覚している――というのもこの「顔」が原因で過去に大変な目(・・・・)を見た――ため、これまでの経験上、近寄りがたい雰囲気というものを偽装する技術を身につけていた。

 

 学園の地図は脳に入力済み。

 

 「学園長室」と書かれてある部屋を、ノックした。「失礼します」

 

 広々とした部屋であった。壁には絵画が掛けられており、足元にはベージュ色のウール織カーペットが敷かれ、中央では最高品質の革で作られたソファーが向かい合っている。執務台に座って書類に目を通していた年配の女性へ白雪軍人が名乗ると、何故だか隣の部屋へと案内された。

 

「お待ちしていましたよ、白雪くん」

 

 そこには年配の、用務員の格好をした温厚そうな男性――轡木十蔵――と、

 

「来たか」

 

 最強の名を冠するブリュンヒルデと――

 

「久しぶりね、ムー兄さん(・・・・・)?」

 

 悪戯そうに微笑む、一七代目更識楯無の姿があった。

 

 

 扉が閉まる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 入学式が始まった。ほぼ一〇〇%女子の空間である。

 

 年配女性(がくえんちょう)の定型文のあとには「話題」の織斑一夏への言及も続いたが、新任教員のなかに「男」がいるということで、白雪軍人は控えめに言ってもそれなりの注目を浴びることとなった。

 

 そんな彼に割り当てられた担当は、主に一年生全般へのIS開発関連科目の教鞭であった。出向という例外的な形であるため担任として付くことは避けられた――そもそも厳密な意味での教員免許なんぞ持っちゃいないのだ――が、これは当然の結果ともいえる。

 

 向けられる視線のなかには白雪雫、篠ノ之箒、更識簪らのものも含まれ、彼女らと目が合うと、軽く微笑み返す。それぞれ違った反応であり、それで幾らか気分も和やかになれた。

 

 滞りなく入学式が終了すると、生徒たちは各々のクラスへと散っていく。入学当日から授業が行われるため、職員室で他の教師らとの顔合わせを済ませたり書類に手をつけたりしていると、さっそく白雪軍人に出番が回ってきた。

 

 一年二組。教壇に立ち、思い〃々の視線を向けてくる女子生徒たちと向かい合う。

 

「白雪軍人。年齢(とし)二十歳(はたち)だ。このたびは教師でもないのにお偉方の指示によってIS学園生へのIS理論指導を担当することとなった……」

 

 朝に斜め読みした「新入社員の職場挨拶の教え」という本から適当に引用してアレンジした言葉を並べると、はじめの数分を簡単な質問時間とし――「彼女はいますか!?」などの無難な質問が続き――そのあとで。

 

「それでは最後に。新入生諸君。未来の殺戮者(ジェノサイダー)の卵たち。君たちの人間性、モラルがこの学び舎でまっとう(・・・・)に育まれることを願っている。以上。……では授業を始めよう、教科書を開いて、ページ数は――」

 

 絶句した生徒たちを無視し、学園唯一の男性教員たる彼は仕事を開始した。

 

 その頃。

 

「待ってください、そんなの納得いきませんわッ!」

 

 隣の一年一組では、騒動の火種が着々と育ちつつあった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「では改めまして。私は谷本癒子です」

 

「相川清香です」

 

「知ってると思うけど、布仏本音だよー」

 

 食堂にて。

 

「イェス。白雪雫です。同じクラスメイト。一年間よろしくお願いします」

 

「ていうか本音は、白雪さんと知り合いなの?」

 

「しずちゃんとはー、家のお仕事の関係で何度かあったことがあるんだよー」

 

「オシゴト?」

 

「イェス。兄様のお仕事関連のときですね」

 

「あ、兄様……そうだ、教室での挨拶の時にもちょっと思ったんだけど、白雪さんってもしかしてあの、新しく入った男性教師の人となにか関係ある? 同じ苗字だし――」

 

「イェス。あの方が兄様です」

 

「お兄さん……ってこと?」

 

「イェス。兄様です」

 

「あにさま……ね」

 

 少女たちはそれぞれが注文したものを手元に、向き合うように座っていた。

 

 三人組からすれば。肌の色が違うのに兄妹とはどういうことかとか、ちょくちょく(・・・・・・)入れてくる「イェス」の発音がやたらと格好イイこととか、そもそも兄様って呼び方は昨今においてどうなのだ確かに白雪さん小っちゃくてカワイイし萌えるけども、などと言いたいこと訊きたいことは多々あったものの、そこまで親しくもない――これからそうなれたなら僥倖――な相手にずけずけと聞くのも躊躇われたので、簡単な自己紹介が済まされると、話題の焦点は自然と「織斑一夏」へ移っていった。

 

「カッコいい」

「可愛い」

「優しそう」

 

 三人組は「きゃっきゃ」しながら話しているが、雫はほとんど関心を示さず佐貫うどんを啜ることに集中している。真顔で。

 

「でもオルコットさんにはびっくりだったね、いきなりあんなこと言い出すし。極東の猿とか……」

 

「ISを作ったのって日本人なのにね。それに、IS学園がある此処も、日本なのに」

 

「というか言い返しちゃった織斑くんもけっこう容赦なかったよね」

 

「ねー」

 

「………、」

 

「あの、白雪さん? 白雪さんって、織斑くんには興味ない感じ……?」

 

「イェス」ちゅるん、と啜るのをやめた雫は、にべもない表情をして応えた。「あの騒動が起こった時点で、結果を考えずに相手を煽るような行動を取った彼の精神性を、私は幼いと評価します。よって私の織斑一夏に対する印象は、良くも悪くも渦中の人物というものだけです。男性でありながらISを起動出来たという点については、私よりも兄様のほうが研究者として興味をお持ちかもしれませんが」

 

「そ、そっか。兄様か……白雪さんのお兄さんって、どんな人なの?」

 

「兄様ですか? イェス、兄様は私が最も尊敬する相手であり、私が生涯を賭してでも支えたいお方です! 兄様はキサラギ社においてIS研究のプロジェクトを任されるほどに優秀な研究者であると同時に圧倒的な戦闘力を誇る……」

 

 

 ぺらぺらぺら――ぺらぺらぺらぺらぺら――

 

 

「へ、へぇー? あのキサラギ社の、ね。てか戦闘力? あ、ソウナンダ……」

 

「イェス!」

 

 乏しかった表情が一転して嬉しそうに喋りだした雫を見て、本音は「始まっちゃった」と内心でため息をつき、他の二人はあまりの変わりっぷりに引き攣った笑みを浮かべるのだった。

 

 そして――

 

 

 ◇

 

 

 

 午後。

 

 一年一組では、ISの基礎的理論に関する授業が行われていた。

 

 指導担当者は白雪軍人。学園唯一の男性教員――それも織斑一夏と同様に美丈夫――ということもあって生徒たちからの注目度もひとしお(・・・・)であったが、ときおり副担任である山田真耶の天然か作為的かは不明な補助もあって授業は問題なく進行した。

 

 しかし篠ノ之箒には「とある理由」から少し上の空な印象も見受けられたし(そのせいで噂の男性教員との関係(・・)を怪しまれたのだが)――白雪雫に限っては言わずもがなの、忠犬の如く勉強熱心な優等生(ぜん)であった――「三人組」を含んだ女子たちはクール然な白雪軍人の態度に引っ張られて真面目な空気を作ってはいたものの内心では程度の差こそあれど「イケメン!」「眼鏡クール!」などと歓喜乱舞していたりして、そんな胸中を知らない山田真耶は、午前中には大騒動だった一年一組がここまで真剣に授業に向き合っていることに喜びつつも自身の指導力の至らなさを嘆いて突如として涙ぐみ、逆に生徒たちから心配されたりするなどして……、

 

 ちなみに。

 

 織斑一夏は専門用語ばかりの授業に辟易しつつあったものの、基礎内容の記された参考書を電話帳(・・・)と間違えて破棄してしまった彼に図面や例え話を使って噛み砕いて説明してくれた白雪軍人に、すなわち女の花園で見つけた唯一の「男性(オアシス)」に心底(・・)信頼を寄せるような目線を向けていた。向けられたほうとしては少なからず鳥肌の立つ想いであったが。

 

 なかには、真逆(・・)の感情を抱く者もいた。

 

 白雪軍人は敵愾心を隠そうともしていない彼女(・・)に乾いた視線を向けつつも、ではこの問題について説明できるものはと質問を振ると、一段と――白雪雫にも負けじ劣らずと言わんばかりに――高く伸びた手があった。

 

 挑むような視線。

 

「じゃあ、セシリア・オルコット」

「はいですわ」

 

 問いに対し、ISという特殊存在の最大要素の一つである慣性制御機能(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)の説明から始まり、例外(イレギュラー)を除いてほとんどの生徒が事前に参考書で予習をしてきているとはいえ専門知識である空気力学的な説明もすらすらと答え終えたセシリア・オルコットに、教室中から感心の声が漏れる。

 

「ほぼ満点の回答だな」

 

 優越そうな笑みを浮かべて流麗に着席しようとしたセシリア・オルコットだったが、ほぼ(・・)という言葉に引っ掛かり、途中で止まった。

 

「オルコットの説明は確かに優れているが、ある部分(・・・・)については些か足りてない。まあこれは研究者である俺だからこそ気にする点かもしれないが――」

 

 補足説明として語られた内容は、あくまで教科書通りの回答であったセシリア・オルコットの言葉と違い、研究者視点の()の感想を含めた、彼の人の興味を誘うような喋り調も合わさって、一種の冒険譚のようでもあり、中身は退屈な基礎的理論でありながらも、明らかに彼女が話したとき以上に感銘を受けた生徒たちは多かった。

 

 教員としては不慣れながらも上等な授業手腕を揮った白雪軍人は尊敬されてしかるべきであったが、このときの少女には殊更それが気に食わなかったのだ。

 

 机を叩く音(・・・・・)。静まり返る。

 

 注目。今にも必死に保ってきたもの(・・・・・・・)が崩れてしまいそうな、危機迫った表情をして。叫ぶ。

 

「な――なんですの!? そうやって知識をひけらかして、私に対するあてつけですの!?」

 

 はあ?

 

 少女の溢れんばかり(・・・・・・)の内心を知る由もない、その男の声が。自らの行動が理不尽であると分かっていながらも少女の怒りを加速させ、爆発させ――

 

「っ――本当に、だから! 男というのは穢らわしくて、媚びることしか能がないくせに、そうやって偉そうに自分のことを振りかざして、人を侮辱して……」

 

 

おい(・・)

 

 

 締まる(・・・)()

 ()呼吸(いき)が。

 

 背中(・・)。肺が壊れたかのような衝撃(・・)思考(・・)が、真っ白になるほどの。

 

 セシリア・オルコットは、天井とその双眸(・・・・)を見る。

 

 床に、叩きつけられていた。()し掛られている。

 

 ()し掛かっているのは――

 

 

「それいじょう臭い口をひらくな、おまえ」

 

 

 浅い褐色肌の。黒曜石の双眸の持ち主。小柄で、好きなものに対しては子犬のようで、それ以外の感情表現は乏しい少女。

 

 

ぶち殺すぞ(・・・・・)

 

 

 白雪雫が、激怒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


















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