セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の 作:ishigami
IS学園。
アラスカ条約に基づいて日本に建造された、特殊国立高等学校である。
ISは女性にしか反応しない。ゆえに、IS学園における男女比率は規則厳格な「お嬢様学校」よりも極端であり――
――どこもかしこも、女子、女子、女子。
――香水、体臭、甘ったるい匂いばかりだ。
極めて例外的に教職員として(強引に)採用された
スーツ姿でも判る、すらりとした痩躯であり、黒髪は肩に触れるか触れないかくらいまで伸ばされているため、端正な顔立ちも相まって中性的な印象を受ける。双眸は、ラウンドフレームの色付き眼鏡越しにも凛々しく、美丈夫といっても過言ではなかった。
しかし声を掛けるものはいない。白雪軍人は自分の容姿を自覚している――というのもこの「顔」が原因で過去に
学園の地図は脳に入力済み。
「学園長室」と書かれてある部屋を、ノックした。「失礼します」
広々とした部屋であった。壁には絵画が掛けられており、足元にはベージュ色のウール織カーペットが敷かれ、中央では最高品質の革で作られたソファーが向かい合っている。執務台に座って書類に目を通していた年配の女性へ白雪軍人が名乗ると、何故だか隣の部屋へと案内された。
「お待ちしていましたよ、白雪くん」
そこには年配の、用務員の格好をした温厚そうな男性――轡木十蔵――と、
「来たか」
最強の名を冠するブリュンヒルデと――
「久しぶりね、
悪戯そうに微笑む、一七代目更識楯無の姿があった。
扉が閉まる。
◇
入学式が始まった。ほぼ一〇〇%女子の空間である。
そんな彼に割り当てられた担当は、主に一年生全般へのIS開発関連科目の教鞭であった。出向という例外的な形であるため担任として付くことは避けられた――そもそも厳密な意味での教員免許なんぞ持っちゃいないのだ――が、これは当然の結果ともいえる。
向けられる視線のなかには白雪雫、篠ノ之箒、更識簪らのものも含まれ、彼女らと目が合うと、軽く微笑み返す。それぞれ違った反応であり、それで幾らか気分も和やかになれた。
滞りなく入学式が終了すると、生徒たちは各々のクラスへと散っていく。入学当日から授業が行われるため、職員室で他の教師らとの顔合わせを済ませたり書類に手をつけたりしていると、さっそく白雪軍人に出番が回ってきた。
一年二組。教壇に立ち、思い〃々の視線を向けてくる女子生徒たちと向かい合う。
「白雪軍人。
朝に斜め読みした「新入社員の職場挨拶の教え」という本から適当に引用してアレンジした言葉を並べると、はじめの数分を簡単な質問時間とし――「彼女はいますか!?」などの無難な質問が続き――そのあとで。
「それでは最後に。新入生諸君。未来の
絶句した生徒たちを無視し、学園唯一の男性教員たる彼は仕事を開始した。
その頃。
「待ってください、そんなの納得いきませんわッ!」
隣の一年一組では、騒動の火種が着々と育ちつつあった。
◇
「では改めまして。私は谷本癒子です」
「相川清香です」
「知ってると思うけど、布仏本音だよー」
食堂にて。
「イェス。白雪雫です。同じクラスメイト。一年間よろしくお願いします」
「ていうか本音は、白雪さんと知り合いなの?」
「しずちゃんとはー、家のお仕事の関係で何度かあったことがあるんだよー」
「オシゴト?」
「イェス。兄様のお仕事関連のときですね」
「あ、兄様……そうだ、教室での挨拶の時にもちょっと思ったんだけど、白雪さんってもしかしてあの、新しく入った男性教師の人となにか関係ある? 同じ苗字だし――」
「イェス。あの方が兄様です」
「お兄さん……ってこと?」
「イェス。兄様です」
「あにさま……ね」
少女たちはそれぞれが注文したものを手元に、向き合うように座っていた。
三人組からすれば。肌の色が違うのに兄妹とはどういうことかとか、
「カッコいい」
「可愛い」
「優しそう」
三人組は「きゃっきゃ」しながら話しているが、雫はほとんど関心を示さず佐貫うどんを啜ることに集中している。真顔で。
「でもオルコットさんにはびっくりだったね、いきなりあんなこと言い出すし。極東の猿とか……」
「ISを作ったのって日本人なのにね。それに、IS学園がある此処も、日本なのに」
「というか言い返しちゃった織斑くんもけっこう容赦なかったよね」
「ねー」
「………、」
「あの、白雪さん? 白雪さんって、織斑くんには興味ない感じ……?」
「イェス」ちゅるん、と啜るのをやめた雫は、にべもない表情をして応えた。「あの騒動が起こった時点で、結果を考えずに相手を煽るような行動を取った彼の精神性を、私は幼いと評価します。よって私の織斑一夏に対する印象は、良くも悪くも渦中の人物というものだけです。男性でありながらISを起動出来たという点については、私よりも兄様のほうが研究者として興味をお持ちかもしれませんが」
「そ、そっか。兄様か……白雪さんのお兄さんって、どんな人なの?」
「兄様ですか? イェス、兄様は私が最も尊敬する相手であり、私が生涯を賭してでも支えたいお方です! 兄様はキサラギ社においてIS研究のプロジェクトを任されるほどに優秀な研究者であると同時に圧倒的な戦闘力を誇る……」
ぺらぺらぺら――ぺらぺらぺらぺらぺら――
「へ、へぇー? あのキサラギ社の、ね。てか戦闘力? あ、ソウナンダ……」
「イェス!」
乏しかった表情が一転して嬉しそうに喋りだした雫を見て、本音は「始まっちゃった」と内心でため息をつき、他の二人はあまりの変わりっぷりに引き攣った笑みを浮かべるのだった。
そして――
◇
午後。
一年一組では、ISの基礎的理論に関する授業が行われていた。
指導担当者は白雪軍人。学園唯一の男性教員――それも織斑一夏と同様に美丈夫――ということもあって生徒たちからの注目度も
しかし篠ノ之箒には「とある理由」から少し上の空な印象も見受けられたし(そのせいで噂の男性教員との
ちなみに。
織斑一夏は専門用語ばかりの授業に辟易しつつあったものの、基礎内容の記された参考書を
なかには、
白雪軍人は敵愾心を隠そうともしていない
挑むような視線。
「じゃあ、セシリア・オルコット」
「はいですわ」
問いに対し、ISという特殊存在の最大要素の一つである
「ほぼ満点の回答だな」
優越そうな笑みを浮かべて流麗に着席しようとしたセシリア・オルコットだったが、
「オルコットの説明は確かに優れているが、
補足説明として語られた内容は、あくまで教科書通りの回答であったセシリア・オルコットの言葉と違い、研究者視点の
教員としては不慣れながらも上等な授業手腕を揮った白雪軍人は尊敬されてしかるべきであったが、このときの少女には殊更それが気に食わなかったのだ。
注目。今にも必死に
「な――なんですの!? そうやって知識をひけらかして、私に対するあてつけですの!?」
はあ?
少女の
「っ――本当に、だから! 男というのは穢らわしくて、媚びることしか能がないくせに、そうやって偉そうに自分のことを振りかざして、人を侮辱して……」
「
セシリア・オルコットは、天井と
床に、叩きつけられていた。
「それいじょう臭い口をひらくな、おまえ」
浅い褐色肌の。黒曜石の双眸の持ち主。小柄で、好きなものに対しては子犬のようで、それ以外の感情表現は乏しい少女。
「
白雪雫が、激怒していた。