セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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 Question. 「 知恵の実を食べた女は何を知った? 」



















■■35 愚か者かく語りき1

 

 

 

 ◆

 

 

 

 一人が倒され

 もう一人が捕らえられた。

 

 息も絶え〃々。立ち上がり、戦える者は、もはや。誰もいない。

 

 逆襲を受け、既に気力、体力、万策は尽き果て。

 

 「死」が、目の前にある。

 すぐそこに。

 

 手を伸ばせば届く距離に。

 

 迫る。

 

 そして――

 

 二人は、その手が貫くを見た。

 

 蛮勇の代償に。

 敗者の必然として。

 

 だから(・・・)――

 

 

 ――雷鳴(・・)

 

 

 閉ざされているはずの闘技場にその「雷鳴」が轟いてさえいなければ。二人はそのまま、死が貫くのを見ていたに違いなかった。

 

 その、はずであった。

 

 「雷鳴」は――しかし現実(・・)には、死が少女を貫く間際に響き渡り。

 

 「雷鳴」の正体たる、鉄よりもなお硬い鉄壁に「穴」を生んだ一撃は号砲を兼ね、これを皮切りに待ち侘びたとばかりに一斉に雪崩れ込んだ、その先陣を切って、闘技場に舞い現れたのは「紺」の破壊者。

 

 全身装甲の。

 

 自動修復される「穴」を維持すべく、複数の支援射撃(アシスト)が木霊するのを背後に、即座に救援作業に移る者たちには見向きもせず、かくて戦場に踏み入れた、彼女(・・)は睥睨し、冷酷に告げた。

 

 

「破壊が許可されました。故、速やかに――墜ちろ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そのとき(・・・・)、アリーナを観戦する者たちは一様に目を剥いていた。

 

 対峙する二つの影、「白銀」と「紺」のIS。

 

 双方が入り乱れ、途切れることのない砲声、爆発の渦中にあって繰り広げられたのは、しかしあまりにも一方的な展開であったがために。

 

「■■■■」

 

 無数に配置された空中爆雷、その数は三〇を優に越す。「白銀」を中央に据え、敷かれた布陣は攻防一体の難攻不落。

 

 されど、炸裂音と共に「高機動分裂誘導弾(アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン)」がその(ことごと)くを蹂躙してゆく。こじ開けられた隙間から「紺」の両腕に出現した「回転式九銃身機関銃(ブレス・オブ・ヒュドラー)」二砲が――不可視の力場を発生させる念動式偏向力場発生装置(サイキック・フィールド・ジェネレーター)即ち「四つの、あるいは力ある花弁(フォース・ペタル)」によって、凄まじい反動は完璧に抑え込まれているため――戦車をも蜂の巣にする威力の弾雨を降らせたことで、残存動力(シールドエネルギー)の差から、「白銀」は防戦回避一方を強いられていた。

 

 苦しい状況下、それでも「円盤」特攻や荷電粒子砲(ビーム)で反撃しようとする「白銀」だったが、それも「四つの、あるいは力ある花弁(フォース・ペタル)」の防御壁によって逸らされ、阻まれている。

 

 「紺」という闖入者が、レベル(ファイブ)のシールドを「雷鳴」と共に引き裂いてアリーナに登場するまで、織斑一夏と凰鈴音をあと一歩(・・・・)のところまで追い込んでいた「白銀」は――既に立場を逆転させ、今度は狩られる側へと駆り立てられていた。

 

 何の策もなく中距離戦を続ければ「白銀」はこのまま削り切られるであろうし、単純に両者の隔絶的な戦力差を考えれば、「白銀」は「鉄杭」――対IS兵装を使うべきであったが、織斑一夏を撃墜した際に手の内は知られてしまっているため当然ながら「紺」も警戒している。

 

 加えて、わざわざ相手に特殊兵装(スペシャル)を使わせてやるほど「紺」は酔狂な性格はしておらず、この戦いに向上心だとか挑戦心やらの感情を持ち合わせてもいなかった。

 

 ただ(マスター)の倒すべき敵。蹂躙すべき相手としてしか、認識していなかった。「紺」を操る少女は今や解き放たれた猟犬――猟犬という名の破壊者――であり、自らが為すべきことをしようとするだけの存在だった。

 

「墜ちろ。鉄クズ」

 

 たとえ「白銀」のなかに操縦者(にんげん)がいたとしても。その心臓に刃を突き立てることに、少女は何の疑いも躊躇いも持たなかっただろう。

 

「いま、すぐに。墜ちろ(・・・)――」

 

 ゆえに「白銀」の敗北は、当然の帰結であった。

 

 その光景は転じて、直前まで「白銀」と奮闘し、そしてあえなく敗れた「白」と「赤紫」の努力を無情に、嘲笑うかのようですらあった。

 

 ―――。

 

 やがて円盤が消え去り、ついに「紺」の「四つの、あるいは力ある花弁(フォース・ペタル)」が「白銀」を捉える。かつてクラス代表決定戦の折、学園唯一の男子生徒を沈めたときと同じように、機体そのものを拘束して。

 

 あと一手で終わりというときだった。

 

 だがそれでも、「白銀」は捕まることを良しとしなかったのだろう。

 

 その結果が――

 

 「白銀」の自爆(・・)に繋がったのだ。

 

「―――」

 

 爆轟。最後の悪足掻き、自爆攻撃はアリーナを震撼させ、咄嗟に封じるように動いた「四つの、あるいは力ある花弁(フォース・ペタル)」の力場さえも貫く威力であったが。結局「紺」の機体に損害を与えることは能わなかった。せいぜい念動式偏向力場発生装置(サイキック・フィールド・ジェネレーター)が壊れたくらいで。

 

 しかし、これが「事件」であったのは、改めて言うまでもない。

 

 侵入者たちによる、建造物への被害も。そうだが。

 

 何よりも、予期せずして支払うこととなった、犠牲(・・)のことを想うと――

 

「………、」

 

 そんな、見る者に様々な感情を去来させる戦いを記録した「映像」を眺めていた織斑千冬は、モニターから目を伏せ、深く、疲れたようにうっそりと溜め息をこぼした。

 

 IS学園、地下。

 

 レベル(フォー)権限を有する関係者のみが入室を許可される、公には存在しない部屋――「工房」にて。

 

 幾度も戦闘記録を見返していた織斑千冬は、先程までいた山田真耶からの報告内容を、思い出す。

 

 ――「無人機でした」

 

 遠隔操作。独立稼働。

 

 学園を襲撃し、迎撃部隊に鎮圧されたIS四機。解析の結果、どちらの技術が使われていたのかは不明ながらも――どちらかもしくは両方が使われていたことは確実であり、それらはまだ、人類が未到達の技術でもあった。

 

 誰がどう見ても厄種(・・)である。箝口令を敷くよう、すぐに指示を出したものの。

 

 ――「コアも、未登録のものでした」

 ――「そう、か」

 

 心当たりがあった。山田真耶は、その反応に何か訊きたそうな顔をしていたが。

 

「……なぜ」

 

 独りになると、歯軋りする音が、暗がりに漏れた。

 

「どうして……」

 

 

「やあやあちーちゃん! こん、」

 

 

「束ええええええええ―――!!」

 

 声。沸騰。

 

 耳に入った瞬間、振りかぶっていた。

 

「うわあおっ、熱烈な歓迎――」

 

なぜだああ(・・・・・)!!」

 

 空を切る。反響する絶叫。

 

 にたにた(・・・・)笑み。こいつが。

 

 ――お前が!

 

「ちょっ、話を、」

 

 腕。伸ばす。歩法(ステップ)。詰め寄る。

 

 二撃目は、避けさせなかった。

 

「ぐっ――」

 

 胸ぐらを掴み上げ、押し付ける。あるいは避けなかったのか。背を打ち、歪む顔を眼前に睨んで、

 

「答えろ束、なんでこんな真似(・・・・・)をした。答え次第ではお前を」

 

「待って、答えるッて、そのために、来たんだしッ……喉、放して、喋れない、よ!」

 

 突き飛ばすように、解放した。冷静ではない、と頭の隅で自覚する。しかし激情を抑え込むには、時間が必要だった。息を整えるのを見やりながら、織斑千冬は何とか平静を整えようとする。

 

「――はあ――はあ――あー、ちーちゃんやっぱりマジギレてたよ。うー、久々の再会だってのに、もう。ボタン取れちゃった。シワになっちゃうよ。シワなんてどうだっていいけど」

 

「ふざけるなよ、篠ノ之束。弁明の機会をくれてやる。私を納得させるだけの材料を示せ。……答えろ」

 

「むむむ。まあ端からそのつもりだったんだけどね」

 

 と、些か「天災」らしからぬ顔、憂鬱げに笑ってみせると、彼女は。

 

 篠ノ之束は、語りだした。

 

 今回の顛末について。

 

 

 ―――。

 

 

「つまり、なんだ」

 

 聴き終えて。

 

 その間、一言も発しなかった織斑千冬は、憤怒を隠さぬ双眸で射抜きながら、語られた話を要約した。恐ろしく冷え切った声で。

 

「新型ISの性能テストのために、わざわざ学園を襲撃したと――?」

 

 結論を急ぎすぎだよちーちゃん、それだけじゃないんだけどね、と言われて瞬時に、瞋恚に任せて殴り飛ばさなかったぶん、ブリュンヒルデはまだ理性を失ってなかったといえよう。

 

 しかしこの時点で、最悪の予想は現実として確定してしまっていた。今回の襲撃の首謀者が、ISの生みの親である篠ノ之束本人だという事実が、ほかならぬ本人によって、改めて語られたのだから。

 

 それはあまりに信じ難く、同時に公人私人としても、受け入れ難い内容であった。

 

 四機の襲撃者のうち三つは「遠隔操作」で、しかももう一機の正体が、未だ人類が第三世代型ISの完成に躍起になっているなかであろうことか人間の操作を必要としない、技術更新を何世代が飛び越えた、「完全自立思考型」のISであったなど。

 

 事実であれば――事実なのだろう――技術開発者たちが聞けば卒倒しかねない真相であり、そんな四機のうちの一つ、規格外(メイン)の試験運用に選ばれたアリーナ戦での行動は、実際は篠ノ之束にも予期できないものであったと。

 

 死者はもちろん、重傷者も(あとあと面倒そうだから)出さないようプログラムしていたはずなのに――だからこそあの暴走(・・)は完全に予想外で。計算外であったなどと。

 

 だが。

 

 今さら篠ノ之束が、どのように言葉を連ねようとも。

 

 そのせいで、織斑一夏は――

 

「ISが沢山ある此処でなら仮想実験(シミュレーション)だけじゃない、貴重な戦闘データも手に入るし……、それ以外だと、此処には箒ちゃんがいる。いくらISがいっぱいあって、ちーちゃんが守っているからって、万全じゃない。やろうと思えば簡単(・・)に襲撃できるって、今回ので分かったでしょ? 私に対する人質のつもりなんだろうけど、こっちとしちゃあわざわざ預けてやってるのに安全じゃないとか話になんない。慢心して威張り散らすだけのクズどもの肝をきちんと引き締めさせる、これがまず一つ目」

 

 んで二つ目、とピースを作り、ウサギ耳のコスプレチックな女は続けた。目の前の「友人」がどんな想いでいるのかも知らぬまま。

 

「『白式』の調査だよ」

 

「……どういうことだ」

 

 絞り出すような声で。

 

「そもそも大前提として、単純な疑問がある。どうして織斑一夏はISを動かせるのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「―――」

 

 それ(・・)は。

 

「どうして動かせるのか、だと。お、お前の仕業じゃないのか?」

 

「違うよ。私じゃない」

 

 あっさりと告げられて。

 

「ち、違う――?」

 

 織斑千冬は。何かに熱中する者特有の熱を帯びた声で語り始める篠ノ之束とは裏腹に、まるで、それまで親しい友人からのプレゼントだと思っていたものがある日突然見知らぬ他人からの贈り物であったと知らされた時のような――言い知れぬ悪寒が這い寄ってくるのを感じていた。

 

「あっそうだ、これ、遅くなったけどお詫びね」

 

 唐突に、手をひと振り。量子の光が熾きる。

 

 ジュラルミンケースが、空中から降ってきた。慌ててそれを掴む。

 

 篠ノ之束は、そのまま話を続けた。

 

「で……最初こそ、ちーちゃんといっくんが一緒の場所にいたら面白いかなって考えてチョロっと弄りはしたけど、そのあとは完全にノータッチ。だから、私のほうで干渉してないのに動かせ続けている理由は不明。しかも『白式』限定とか、もっとわけが分からない。私にもちょっとしたハプニングだったんだ。それで調べようと思った。これが二つ目」

 

「一夏はっ、……手を、失ったんだぞ!?」

 

「開けてみてよ、それ」

「っ――」

 

 乱暴に、鍵を開けた。

 

「――なんだ、これ(・・)は」

 

 息を呑んだ。

 

 灰色の緩衝材に守られて、入っていたのは、腕だ。

 

 人の、肉の腕ではなかった。

 

 鋼鉄の腕だ。

 

「詳しく説明してもたぶん興味ないだろうから簡単に言うと、特殊な金属繊維と合金を組み合わせて作った義手だよ。ISと同期することで人間の腕と同じように動かせる――完璧にね。わざわざ動かそうという意思の起こりも必要としない、これは無意識を読み取るから。本当は秒速一〇〇キロで発射して追尾する腕とか、一〇〇万馬力とか、色んな機能を積みたかったんだけどクーちゃんにシリアスだから自重しろって言われてね。まあそれもそうかと思って、こんな仕上がりになりましたなのだー。あっ、あと今は表面は黒だけど、接続すれば肉体と違和感ない色に調整するようちゃんとしてあるから。ケアもばっちりだね!」

 

「―――」

 

「てか、食い入るように見つめちゃってるけどそれに入ってるのは腕だけじゃないよちーちゃん。ほら隣に……」

 

「これは……?」

 

 シルバーの、ブレスレットのような、それ。

 

「義手を収納するための腕輪型拡張領域(パススロット)だよ。いちいち取ったり外したりするの面倒でしょ? それさえ着けてればいつでも何処まで取り外し可能!」

 

「―――」

 

「あれ? ちーちゃん? どったの? 黙っちゃって」

 

「――お前は、」

 

 織斑千冬は。ここまで篠ノ之束の「弁明」を聞きながら沸々と湧き上がり、ついに無視できなくなるまで膨れ上がった疑問を、恐る恐る口にした。

 

「束。お前は、一夏のことをどう思ってるんだ」

 

「――ふぅん」

 

 声から、熱が失われる。少し、微笑んだのか。

 

「どう、って?」

 

「……お前にとって、一夏はどういう存在――立ち位置(・・・・)なんだ。今のお前は、」

 

 聞いていて、思った。なるほど今回の暴走が事故(・・)だとして、確かに想うところはあったのだろう。だからこそ、この「義手」のようなものまで持参したのだろう。

 

 ――しかし私にはどうしても、お前が一夏に悔いているとは思えないんだ。

 

 まるで。

 

「お前の言葉は、まるで私が怒っているから謝っているようにしか聞こえない」

 

 つまり目の前のこいつにとっては、織斑一夏個人のことなど実はどうでもよくて。

 

 ただ織斑千冬の弟だから、傷つけたことを姉である自分に詫びているようにしか思えないのだ。

 

「答えろ、束」

 

 逃げることを頑として許さない声で、名を呼ばれて。

 

 天才は、ひっそりと肩を落とすと、

 

「ちーちゃんが訊きたいのは、いっくんが、私のなかでどっち(・・・)に分類されてるかってことだよね。オブラートとストレート。どっちがいい?」

 

「ふざけないでくれ……っ。ちゃんと、答えてくれ」

 

 まるで、悲鳴のように響いた。痛みに耐えるような、本当は聞きたくないという想いが浮き彫りになった、ブリュンヒルデとまで謳われた人物像とは到底結びつかない、心細く、苦渋に満ちた表情で。

 

 答え次第では。口では違っていても、心の奥底では友人と認めている相手を二度と許せなくなるであろうことが、残酷なまでにはっきりと、想像できたから。

 

「……そんな怖い顔しないでよ。私だってちーちゃんを悲しませたくないよ。そうだね、ちーちゃんの弟って要素を除いても、まあ、興味を覚える相手ではあるよ」

 

「理由は、なんだ」

 

 篠ノ之束の行動に「友達の友達は友達」という理屈は当て嵌らない。天秤が傾くのは、いつだって興味が湧くか、否か。それだけだ。

 

 つまりは興味が有ると言われた時点で、「天災」のお目に適ってしまったという事なのだ。決して安堵することはできない。

 

「今言ったとおりだよ。なぜ織斑一夏はISを動かせるのか。どうして『白式』だけ。彼がISを動かしたタイミングで急速に全体の経験ネットワークが活性化しているのは何か関係があるのか。まあ無関係じゃないよね、これまで女だけだった条件に男っていう新要素が加わったんだからある程度予想していたけど、でもそれにしたって成長が速すぎる。なんていうか、馴染みすぎてるんだよね。これは、いっくんがISから好かれていると考えれば理解できなくもないけど。でもそうなると今度は『白式』に疑問が湧く。――アレ(・・)はね、ちーちゃん。もうちーちゃんの時とは違う。別物なんだよ」

 

 篠ノ之束は、捲し立てるように続けた。

 

アレ(・・)は、私の干渉を拒否した。『AppleSeed』? 私は知らない。私にさえ探らせないプログラム。誰が作ったのか――誰が何のために? どういうつもりでそう名付けたのか。林檎の種(アップルシード)。禁断の果実。知恵の実を食べたイブは何を知った? ……飛躍しすぎ、まさかね。でも、その可能性は無視できないんだよね。現にゴーレムの暴走は悔しいけど想像してなかった。まさか荷電磁刺突刃(テスラパイク)を使うなんて。あれはISを殺せるから禁止にしてたはずなのに。土壇場で命令順守よりも自己保全が上回った? そこまで自己の確立が進んでいるはずはないのに。でも、」

 

「束――」

 

例外(イレギュラー)だ。イレギュラーなんだよ、ちーちゃん。そしてイレギュラーを考えると、どうしても織斑一夏という要素が絡んでくる。彼は一体なんなのか。彼の何が作用しているのか。どんな作用を、何に対して? ……確かに私は、興味を持っているよ」

 

 天才は。

 

 そこで、はっと我に返ったように、言葉を失っている「友人」のほうを見た。否、ようやく気づいたというべきか。

 

 「友人」は、きつく口を結んで女を睨みつけている。何も言わずに。

 

「……うん。だから本当に、怪我をさせるつもりはなかったんだよ」

 

 躊躇うように言いあぐねたあと、出てきた言葉は、結局そんなものでしかなくて。

 

 首謀者は。

 ほんの少し、さみしげに微笑んだ。

 

 

「――ごめんね」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 音。

 

 音が聞こえる。声。

 

 ―――。

 

 誰かの声が聞こえる。

 誰の声だ。

 

 ―――。

 

 何の音だ。

 悲鳴?

 

 遠く隔てられた、膜越しに聞いているような。

 

 悲しげな声。

 泣いているのか。

 

 何かの壊れる音。

 何か大きなものが崩落する音。

 

 ―――。

 

 誰かが泣いている。何かが壊れる音と重なって。

 

 ――々、

 ――〃、

 

 何の音だ。なんで泣いているの。聞いていると胸が苦しくなる。胸が痛いんだ。

 

 どうか泣き止んで欲しい。君を悲しませたくないんだ。

 

 何処かで聞いたことのある音だった。聞き覚えのある、一度きいたら忘れられないような音。

 

 ―――。

 

 厭な音だ。嫌いな音だった。悲しみと一緒に何かがせり上がってくる。

 どこできいた?

 

 知っているはずだ。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。

 

 

 ああ。

 ――ああ、そうだ。

 

 思い出した(・・・・・)

 

 この音がなんなのか。この音がどうして嫌いなのか。

 

 音が遠のいてゆく。すべてが。

 

 ――そう、だった。

 

 どうして忘れていられたのだろう。俺は、どこまで愚鈍なのだ。彼女にだって、何度も指摘されていたじゃないか。

 

 ――これは。この音は。

 

 

 人の首がへし折れる音(・・・・・・)と、よく似ているのだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ――嫌な夢を見た。

 

 ――夢の内容は覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 Answer. 「 真実 」













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