セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の 作:ishigami
You have to show them that you're really not scared
You're playin' with your life, this ain't no Truth or Dare
They'll kick you, then they beat you, then they'll tell you it's fair
So beat it,
But you wanna be bad
―――Michael Jackson/Beat It
時の視座を巻き戻す。
◇
第二アリーナ――
爆発。裂帛の声。
激突音が響く。
宙を駆る二つの影は「
絶えず補填され尽きることのない空中爆雷を意のままに従え、敷いた布陣はさながら竜巻、己が身をその中央に据えることで矛と盾の両立を可とし、真紅の機械眼を輝かす「白銀」のヒトガタは悠然とそこに佇んでいる。
近づけば逃げられ爆撃され、遠ざかれば追われ爆撃される。
難攻不落を相手取る二人に、しかし悲観の色はなかった。
「一夏! 『サブマリン』!」
「おう!」
高域音。不可視の弾丸雨飛が薙ぎ払い、「白」は
火花。
「ち――ぃイッ、」
届かない。僅差で防いだのは、「白銀」の手の中の刀剣。「雪片弐型」とそっくりの
側面から。
「――!」
即、回避運動。
急速接近/高域音。
炸裂――だが爆雷は爆風圏外で即座に撃ち落とされ、「白」は残り一機を
僅か三秒の攻防。
追撃は、ない。
「惜しかったわね――」
「ああ、もう少し引き付けなくちゃだが……」
「白銀」を挟んで交わされた、即応可能な距離を維持する二人の息は荒かった。
事態を楽観視しているわけでは、ない――コイツは舐めてかかるべき相手ではない、そんなことは重々承知だった。それでもこうして向かい合っていると、少年と少女の裡には根拠もないのに不思議と「なんとかなる」という気力が湧いてきて、重くのしかかる疲労から、さながら一本の太い柱が内向きに倒れるのを支えてくれているような効果をもたらしていた。
それほどまでに彼らの心境が変化したきっかけは、やはり「
学園を混乱に陥れた元凶の一つ、「白銀」の襲撃と共に
聞かれたってべつに構わないようにすればいいじゃない、と。
つまりは「暗号」――合言葉の活用である。
しかし「暗号」とは事前に了解されていなければ意味がない。それを取り決める時間は戦闘中の彼らには、確かに無かった。
だが、彼らは過去にそれを生み出していたのだ。
織斑一夏と凰鈴音に共通する記憶――幼馴染として積み重ねてきた時間のなかに、彼らの精神的余裕を好転させるに足るだけの理由は存在した。小学生時代、中学生時代に少年少女が共に過ごしてきた学び舎での活発な日常、たとえば体育の授業や休み時間での「遊び」の記憶である。
多数対多数の戦いにおいてより効果的に、より狡猾に相手の裏を掻くべくして取り決められた「暗号」は当時、学生間で大いに流行りを見せた。織斑一夏と凰鈴音も例に漏れず、ばかりか少女のほうは男子に混ざって試合したがる性格であったため勝利への拘りはひとしおであり、また中学生になると織斑一夏と組む機会も増えていった。
そうして必然、二人の間には数多の「暗号」が了解され――現在「白銀」を相手に「暗号」は何年経てども錆びつかずに効果を発揮していた。発揮するほどに両者の連携は時を遡るようにますます洗練されてゆき、自分たちの過去が、絆が、憎むべき敵を翻弄し始めている事実に痛快喜悦を感じそれで更に奮起するという理想的な好循環が生み出されつつあったのである。
なんせ「白銀」は二人の間で交わされたこの息の合った「秘密」を看破する
「一夏!」
少女は思う、呼べば声が返ってくる、それの、なんと心強いことか――心地よいことか! 少年も同じだった、胸が震える、興奮と歓喜で、表情は噛み締めた希望で明るい。
「ああ……『西高東低』もいい感じだ。『田植え』の仕上がりは上々だな」
「うん、そろそろ『刈り入れ時』で行きたいところよね!」
先程から二人で
そも、幾ら「暗号」が成果を上げていると言えども戦局そのものを覆すほどの効果はない。しかし「暗号」がもたらした精神的余裕と時間的猶予は、少年たちに「白銀」をより詳しく観察させるだけの
まるで隘路に差し込んだ光のようであった。「赤紫」が援護し「白」が斬り込む、何度目かの突撃の際に、少年が極単純な事実に気がついた。今までも目の前にありながら理解していなかった――見落としていた――見過ごしていた――ある事実に辿り着いたのだ。
――こいつは、「零落白夜」を
何を今更と言われかねないほど極、極々
なぜ警戒する必要があるのか。そこに思い至ればあとは単純な話だ、呆れるくらいに明快な理由だ。
――「零落白夜」がISにとっての
天敵。つまりは「白銀」にとっても
要するに――
――倒せるんだ、一撃を入れれば!!
無闇矢鱈に斬りつけてそれで
だが、なれど、かくて光はこうして差し込んだ! 自分たちは通用するのだ、勝てない相手ではない――悲観する必要もない!
視野が広がった瞬間であった。すると冷静に「白銀」を観察することができた。敢えて「白式」を囮にし、「零落白夜」に意識を割かせた背後から衝撃砲で削り、かと思わせれば積極的に
迷う必要はなかった。戦場を半ば支配していた「白銀」の牙城を切り崩すべく、大胆にも突撃に見せかけて情報を引き出し、実証を重ね――対「白銀」戦術を強化した。やろうと思えばそれが
試合と
気分はすこぶる冴え渡っていた。不快なのは、粘性の唾液が喉に引っかかることくらいだ。織斑一夏はその不快な唾を飲み干すと、情報を整理する。
――あいつの空中爆雷は最大同時で四七個だ。
爆雷は、外のほうは満遍なく厚い代わりになかが薄い。暗号名「西高東低」のとおりである。自爆傷を嫌っているのだろう、加えて「甲龍」が執拗な
――
――
左手が痒い。汗ばんでいた。大事な場面になると特に
「そうだな、俺も『刈り入れ時』で行きたいと思ってた」
「へえ? ――方法は?」
「『暴れ猪』、なんてのはどうだ」
告げると、少女が息を呑んだ。驚いたような顔。口を開こうとするも直後、アリーナに響いた音割れした声がそれを遮った。
「一夏、無理はするな! 部隊の突入まで生き延びることだけを考えろ!」
「千冬姉……?」
「お前が倒す必要はないんだ! 今シールドを解除するために大勢が――」
尊敬する姉の、咎めるような声。
「……なに言ってんだよ」
少年は、愕然と叫んだ。そそけ立つような感覚。まさか、信じられない、という想いと共に。
「
その言葉は――織斑千冬の、織斑一夏が打って出ようとしたのを察して思わず止めなくてはならないと考えて出たその言葉は、紛れもなく織斑一夏の身を案じたが故の発言なのだろう、背景に希少な男性IS操縦士であるだとかの打算や計算は含まれない、血の通じた、本心から心配しているからこその発言なのだろう。
だが。
――違うんだよ。
同時に少年の奮起に寸前で水を差したその言葉は、少年の裡に「裏切られた」という強い憤りと、どうしようもない反発心とを燃え上がらせる結果となった。
「あと少しなんだ……もう少しで、勝てそうなんだぞ!? なのになんで止めるんだよ!」
「危険だと言っている! そのISは普通ではない、お前たちは持ち堪えるだけでいいと――」
「そんなのッ……そんなの何時になるか分かんないだろ!? だったら俺たちがやるほうが確実だろ!?」
「お前たちが勝てるという保証がどこにある!?」
「勝てるさ!!」
切羽詰った声。それは今にも巨岩で押し潰されようとしている人間の必死な叫びそのものだった。
「馬鹿者! これは
しかし織斑千冬は弟の懸命の主張を惑うことなく
現実問題として。織斑千冬の主張は圧倒的に正しい理屈であった。どうしてわざわざ危ない橋を渡る必要がある、別の、もっと安全で確実な方法があるのだから、そちらを選べばいいだろう。理性を使えば使うほどに、最適解がどれであるかなど自ずと知れたはずである。
けれど少年にとっては、
――
歯軋り。
自分がこの瞬間まで「白銀」と渡り合ってきた時間、経験すべてが無意味だと否定されているようで。
――でもこれは
――ここで逃げたら、何も変わらないだろ!?
「一夏!」
はっとする。
声。
「――ッ!」
回避運動。射出された円盤は五つ――「龍砲」が撃ち落とし、撃墜を免れた二つが接近。高速追尾。
――やれるんだ、俺にだって。
――
急速方向転換。強引な操作に
「鈴!」
少女を呼んだ、声には様々な
「一夏……」
同じように無傷で爆撃を凌いだ少女は、呼ばれ、目を合わせ、その縋るような
「そう、ね。このままおとなしく引き下がっていろだなんて――そんなのあんまりよ、一夏。ええ! やってやろうじゃない!!」
「鈴……っ!」
「あんたね、なに泣きそうな顔してるのよ!」
「してねえよそんな顔!」
笑った。胸が熱くなる。氷の腕によって抉られた
血潮が滾る。まさに、今の自分が、そうだ。
――そうさ、やれるさ。
――俺にだって、やれる!
「一夏、私の話を――」
「千冬姉」
声を大にして遮り、偉大な姉に対して少年は
目の前の戦いに、これまでの生涯で最も
「千冬姉は、そこで見ててくれよ――俺たちがコイツを倒すところを」
織斑千冬が盛大にしかめ面をし、中央制御室でアリーナ奪還作戦を進行中の更識楯無に通信を繋いだことに、ついぞ気づかぬまま――
◇
中枢制御室。
「レベル
陣頭指揮を取っている更識楯無の動きが、またしても止まり――
「雫」
はたと気づいたように、浅い褐色肌の、小柄な黒髪の少女へと視線を寄せた。
「……そうよ、『ディープ・インパクト』」
モニターに映っている、織斑千冬の顔が引き攣っていた。
一同が思い返したのは、先日のクラス代表決定戦で第三アリーナの地面を滅茶苦茶に掘り返し、暫らく使用不可能にさせた大問題児。対IS広域殲滅用兵器を謳う、IS企業キサラギ社の
「『ディープ・インパクト』なら――」
「可能だ」
「だったら! 今すぐ借り受けて……」
「無理だ。『ディープ・インパクト』はセキュリティの都合上、雫にしか使えない。此処のセキュリティと同じだ、しかも登録するには特殊なツールが要る」
「で、でもそうなると戦闘は避けられません。一般生徒の協力の範疇を超えています……」
聞いていた一人が、尻つぼみになりながら言った。今一度少女へと視線が集まる。
「雫さん」
「雫ちゃん……」
少女は。普段と変わらない口調で、
「イェス。
「―――」
白雪軍人の顔は、異国の、褐色の少女からは窺えない。彼の視線はモニターへ向けられている。だから、彼がどんな表情をしているのかも、少女には分からない。ただ。
答えるまでに少し、躊躇うような、思い詰めたような
それだけで十分だ、と少女は思う。私のことを想ってくれている――それだけで十分すぎる。
たとえ彼が、「私」を通じて別の「誰か」を想っているのだとしても。
十分だった。そして、それでもきっと気にするのだろう彼のことを想って、しかたのない人、と切なさと愛おしさを覚えた。
やがて――長く、短い間を置いて――彼が言った。
「……
雫は。
すべてを受け入れたうえで抱擁するような微笑みを浮かべながら、応えた。
「
そして。
更識楯無は――
「一夏くん、聞こえる? 私、更識楯無。生徒会長よ。前に会ったわよね」
最後の
「生徒会長……?」
「
そう前置きしてから、
告げた。
「ままごとやってんじゃないわよ。あなたにヒーローは任せられない」