セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の 作:ishigami
あいつのせいで
また今日も最低
そんなことばっか
グチりまくってる
―――EXILE/Ki・Mi・Ni・Mu・Chu
クラス
第二アリーナの観客席は満員御礼の様相を呈していた。客席から
元々人気が高く、賑わいを見せる
第一試合。
一年一組対、一年二組。
一組のクラス代表の名前は織斑一夏。世界で唯一の男性IS操縦士である。IS名「白式」を
「覚悟は出来てるんでしょうね?」
「それは、こっちの台詞だ、鈴。――俺は、この『白式』でお前を倒すよ」
「いいわ、もう言葉は必要ない。――全力でぶっ潰してあげるわ」
応援が飛び交う客席とは対照に、二人はひりつくような空気を感覚しつつ、士気と集中を限界まで練り上げて待つ。
カウント3――
滾る闘争心。
カウント2――
勝ちたいという欲求。
カウント1――
「―――」
ともすれば呑まれかねない、それらの激しい心理を飼い慣らし勝利へと漕ぎ着けるための冷静な思考を働かせながら――
「―――!!」
午前一〇時三〇分。
ついに両者が、激突した。
◇
「―――!!」
織斑一夏は。今日という舞台のために一組の専用機持ちたちから厳しい指導を受けてきた。射撃兵装を持たず
「さあ……
だからこそ。搭乗時間や総合操縦技術でも劣っている織斑一夏が勝利する方法は一つしかなく――手始めに彼が取った行動は、凰鈴音の意表を突くこととなった。
戦闘開始――〇.八秒。
「
間に合わない。刀剣。斬り裂かれる。刃の煌々たる輝きは
「こおおッ、のお―――ッ!!」
即、両手に展開した大型青龍刀を振るう「赤紫」。
だが。
「――あ、あんたッ……ねえ! いきなりする、普通!?」
驚愕冷めやらず、堪らず責めるように少女が叫んだ。背筋に冷や汗が伝ったのを隠して。
しかし当然のことながら、「零落白夜」が「白式」と戦う上で大いに警戒すべき機能であることは彼女も事前に把握していた。一撃で搭乗者を護る第一バリアを斬り裂いて第二バリアである絶対防御を発動させる効果、ことIS戦闘においては凄まじい。だが同時に、自前の
こともあろうに
少年の奇策、見事な奇襲である。そしてその効果は絶大であり。
少女はこの数瞬、ただの一撃で大幅に減らされた
完全に、
けれど。
「―――」
少年は応えず、敢えて沈黙を選んだ。
――
――二度目は簡単じゃない。でも、だからこそ。
思考を続ける。答えないことで、相手の動揺を誘えるのなら僥倖とさえ考えつつ。
そんな対戦者の、まるで無視した態度を前に、少女がいっそう腹立たしく思うのも無理はなかった。
「いい度胸じゃない……!」
――ここからが本番だ。気を引き締めろよ、俺。
少年は思い描く。重要なのは常に戦場の主導権を握り、自分の土俵で戦い続けること。さんざん言われたことだ。一方で少女との対立の理由、幼馴染から指摘されたことに関しては、努めて
「考えろ」と言われてきたのに訓練してくれた少女たちからは今度は「迷うくらいなら考えるな」と言われ、しかし「迷い」を持った剣で挑めるほど甘い敵ではないということも少年は理解していた。後ろめたさを感じないというのは嘘になるが、それでも今は悩んでいることを許されなかった、勝ちたいのなら。
――やれるかやれないか、じゃない。やるしかないんだ。
――千冬姉にも言ったんだ。この試合、絶対に勝つ、って。
――なら、嘘になんかできねえだろ!
柄を、きつく握りしめる。頭にあるのは勝利への渇望のみ。心を、いつでも動けるようにする。
故にこそ。
少女、「赤紫」の、
刹那。甲高い音。
一瞬前にいた空間を、「何か」が突破した。
「……な、ん!?」
なんだ、今のは。
「これ、は……!」
「喰らえ、一夏ァ―――!」
脳裏を過ぎる、彼の師匠らの言葉が、彼を我に返らせた。
――「戦場で停止するのは、ただの的です」。
――「鴨撃ちですわ」。
「まず――」
少女、容赦の二文字など吹き飛んで、激情に染まりきった形相で。
次なる攻撃。
衝撃。シールドを貫通するほどの威力。
「―――――か、ッハッ、」
弾き飛ばされる。横転する視界。なんとか体勢を整えようと推進翼操作。空中で踏み止まろうとした。
少年、それが
第四射。頭蓋にまで響く振動。まるで鈍器で殴りつけられているかのよう。第五射。搭乗者保護機能は正常動作、しかしグロテスクな感覚が脳を揺るがす。第六射。射線上から逃れようとするも許されず、畳み掛けてくる。
第七射。第八射。第九射。
第一〇射――
暴威が、次々と「白」へと襲い掛かった。
◇
「あれは……」
「衝撃砲か」
すると、隣で同じように観戦していた女が応じた。手に缶コーヒーを持ちながら。ハスキー・ヴォイスで、少し荒っぽい口調をして。
「『龍咆』だったか。空間に圧力をかけて砲身を造り、衝撃を不可視の砲弾として撃ちだす。当然ながら砲身は見えないし、あらゆる方向に撃ち出すことが出来る。確かそんな売り文句だったな」
「ええ……」
背の高い、ロングヘアで、吊り目の美女。ユダヤ系の血が流れているクォーター。右の目元には泣きぼくろがある。
「中国ご自慢の第三世代型兵器。……けど思うんだけどよ、空間圧縮技術なんて燃費の悪いモン使うくらいなら、素直にエネルギー兵器とか積んだほうがよっぽど安上がりなんじゃねえかな。形状固定を安定化するために砲身は一つしか作れないっていうんだからよ」
「それは、まあ分からなくもないですが。凰は代表候補生ですから、実際の性能が微妙だからって表向き、他国の兵器を使うわけにもいかないんでしょう、きっと。国の威信というやつもあるでしょうし」
「威信ねえ。またぞろパクリまくってる国が言うことじゃねえだろ、そりゃ」
「確かに」
「……こりゃ、あのガキのほうが不利かな。サンドバックだよ、あんなザマじゃあな」
白雪軍人の妹や、屋上で昼食を共にしているメンバーたちは、一緒になって別の場所で観戦している。白雪軍人が此処にこうしているのはアリーナの警備の一環であった。村雨有理側も、また同様に。
彼女らが白雪軍人の傍にいれば、村雨有理もわざわざ声を掛けたりはしなかっただろう。だが。声を掛けたからと言って、特別な何かが話題に上ったりはしていない。
当たり障りの無い会話であった。互いに目を合わせず、視線はアリーナのほうへ向けて、そのくせ試合の様相に熱を感じるでもなく、傍目からは、意識するほどに噛みあわなくなる不自然さもない、ごく自然体で話している。
しかし、擦り合わせたように――決して踏み込まない。かつて起こり、そして終わったことについては。空々しいまでの暗黙の了解と、かすかな寂寥感のような想いが、両者の奥底で共有されていた。
「お、抜け出したか」
アリーナ四方に設置された
「砲身生成から発射するまでの工程は人間の反応速度を凌駕するという話ですから。銃を、撃たれてから避けろというのはなかなかに無茶な注文でしょう。ましてや、不可視の砲弾をかいくぐって近づけだなんて。
「ただの、ね」鼻を鳴らす。「……まあ、避けられなくとも死ぬわけじゃねえんだ」
気楽なもんさ。どこか皮肉るような響きを込めて、そう言った。
ちょうどそのときだった。
「――巡回中の皆さんに連絡します!!」
教員に支給される小型無線機が、切羽詰った声を受信した。
「現在学園に未確認の敵性存在が接近しています、ただちに生徒を避難させてください!! これは訓練ではありません!!」
顔を見合わせ。
動き出そうと――した、直後。
雷鳴を伴って――
◇
管制室。
織斑千冬は、一方的に嬲られる状態であった「白式」がやっと砲撃射線から脱したことで「ほう」と、感心したように目を細めた。横目にそれを盗み見た山田真耶は、やっぱり先輩はなんだかんだいって弟のことが心配なんだなあと優しい気持ちになり、逆に織斑千冬から疑るような視線を向けられる。
「……なんだ」
「いえ。先輩が嬉しそうだったので、つい」
「そんな顔はしてない」
そういうことにしておきます。微笑んでいると、気まずげに視線をモニターへ逸らした。
「へえ……織斑先生にもカワイイとこ、あるんですね」
この場にいたもう一人、更識楯無に耳元で囁かれた山田真耶は「そうなんですよー」と同じく囁き声で頷いた。ブリュンヒルデに睨まれるものの、生徒会長は気づかないふりを貫いたまま、
「それにしても、頑張ってるわねー。一夏くん」
「最初の攻撃には、びっくりでしたね。近接オンリーの『白式』でよく戦えていると思います。けど、凰さんも流石に近づかせないですね……」
「織斑先生からすると、どっちが優勢に見えますか?」
「一概には言えん。織斑は、機体操縦には粗が目立つが、実践で成長するタイプの人間だ。現に少しずつだが動きも修正されてきている。対して凰は織斑よりも操縦技術で優っているうえ、『白式』の特徴を理解している。順当に言って、このまま近づけさせずに削り続ければ凰が勝つだろう。しかし手間取って時間をかけるほどに、織斑は追いつく。一手しくじれば、それを足がかりにあいつは切り込むだろう」
凰鈴音が追い詰めるのが先か。織斑一夏が追いつくのが先か。
「あいつは昨日、わざわざ私を訪ねて、今日は必ず勝つと宣言しに来た。大言を叩いたからには、それなりの覚悟を持って臨んでいるんだろう」
不可視の砲撃を躱そうとし続ける織斑一夏。
その軌道は確かに、徐々に研ぎ澄まされ――
「やっぱり、このままでは終わらないと?」
「終わらんさ」薄らと、笑みを見せて言った。「あいつは、私の弟だぞ?」
突如。管制室モニターの一つが「警告」を発した。
「なっ、なんですか!?」
柔らかだった空気は緊迫と化し、警告の発信源を探るべくモニターを素早くタッチ操作した山田真耶は、表示された「識別不明の飛行物体が高速で接近中」という緊急事態に愕然と見開く。
「うそ――なんでこんなに近くになるまで気づかなかったの!?」
「山田くん!」
「はっ、はい!」メインモニターと内容を同期させ、「レーダーが感知しました、敵影一、現在高度八〇〇〇フィート、時速は――」
「すぐにシールド強度を全開にして、迎撃システムを起動させろ!!」
「了解です、迎撃システム作動、全弾発射――」
「そんな……どうして、」
「ダメです、操作受け付けません!!」
ほとんど悲鳴のような声で山田真耶が叫んだ。
「ハッキング、このタイミングで――?」
「教員たちに避難指示を出せ! 迎撃部隊を配置しろ!!」
「は、はい! ――巡回中の皆さんに連絡します、現在学園に……」
「これは訓練ではありません――えっ!? そんな――敵影、
「な――!?」
「衝突します!!」
衝撃。暴威。
そんな形容で収まりきらないほどの。
そして。
腹の底にまで響く激突音を撒き散らしながら、会場を防御するシールドを貫通した
砂塵が巻き起こされる――
「一夏っ、凰っ、直ぐにそこから退避しろ!!」
更識楯無が「中枢制御室へ向かいます!」と言い残し管制室を飛び出したのと同時、マイクを介してブリュンヒルデの冷静を欠いた声が響き渡る。識別不明の「それ」に対し、コアネットワークと情報リンクしているモニターが回答を表示していた。
「救出部隊を――」
だが織斑千冬がいくらピットに通じるシールドを解除しようとしても、手元の操作盤は命令を受け付けない。
「先輩、西第四校舎と第六アリーナ付近に、分離した二体が落下しました! いずれも識別不明のISです!!」
「なんだと……」
アリーナ中央。
巻き起こった砂塵が晴れ――ついに侵入者の全貌が露わとなった。
――「白銀」。
まず、万色で塗り潰そうとも染まらず逆に飲み干してしまうであろうほど深く、強烈な存在感の「白銀」が目に飛び込んだ。形状は明らかに人のカタチを意識した流線型のラインであり、サイズも人間大、搭乗者の体型をそのまま再現しているかのようにあまりにも滑らか過ぎた。
一方で強烈な色のわりに表面は「装甲」という言葉から連想するほど硬くはなく、むしろ柔らかさを覚えるほどであり――「白銀」を、
ゆっくりと、全身白銀の「それ」が浮上した。空中で静止。頭部に相当する箇所の――耳も、口も、鼻も、髪も、いずれの部位も存在していないが――恐らくは顔らしき
少年らは、慌てて武装を構え直して。直前まで互いに向けていた闘争心は、しかし彼らの
――照会完了。所属不明
――警告、
「一夏、こいつ……」
「おう、どう見てもヤバいやつだな」
異様であった。
――ほとんどそのまんま、人間みたいだ。
――でも、ISだ。
「お前……何者だよ」
何をしようとしているのか。肩に力が入った刹那、重ねられた手のなかにレコード盤のような円形のものが四つ生まれ、四つは更に薄い円盤に分割され、数を増し、回転を始め……、
――悪寒。
咄嗟に、推進翼全開。
横へ跳んだ。寸前までいた空間を円盤が通り過ぎ――
爆炎。
劈く轟音。
「っ……鈴!!」
「だいじょうぶよ! 一夏、そっちは!?」
「問題ねえ、けど……」
視線は逸らさぬまま、「白銀」から距離を取った。「白」は「雪片弐型」を腰だめにし、「赤紫」は二刀を一つに連結させた「双天牙月」を構える。更に数を増やし三〇を越した円盤は、「白銀」を護るように周囲を旋回し始めている。
「――織斑! 凰! シールドを解除するまで持ち堪えられるか!?」
音割れを起こし、ドームに響いたのは
ちらと背後の様子を窺う。観客席は、まだ避難しきれていない生徒たちで溢れていた。
「ああ! ――やってやるさ!」
指先が震えている。武者震いさ。心配はいらない、俺にだってやれる。唾を呑んだ。
「……やるぞ、鈴」口内は、乾いている。「俺たちで食い止める」
「当然よ、一夏。――どこの誰だか知らないけど、あたしと一夏の戦いを邪魔してくれたんだから、潰されたって文句は言えないわよね!!」
不意に。
「――『
「白銀」から
次いで量子の光。「白銀」の手に、一本の「刀剣」が物質化した。見た瞬間、織斑一夏は喉を引き攣らせ
射出される円盤。その数は二〇。
高速接近。
一斉に炸裂。
◇
「クソッたれがッ!!」
村雨有理はアリーナの喧騒に劣らぬ程の声で吐き捨て、
「どこぞのクソ馬鹿がやらかしやがった! アリーナの他に二体、侵入者だ! 私は指揮所に向かう!」
「俺は避難誘導を。――気を付けて」
「分かってる、お前もな!! クソッたれが!!」
ほんッとどこの馬鹿野郎だバカヤロウ!!
罵りながら走り去る彼女を見送った白雪軍人は、アリーナに落下した敵影を一瞥すると、耳に嵌めた小型無線から入る情報を整理しつつ、人が殺到している出入り口のほうへと走った。
通路は生徒で溢れ返っており、誰も彼もが恐怖で混乱している様子である。押し合いへし合い、
理由は明白であった。扉が閉じているのだ、これでは進めるはずもない。
「落ち着いてください! 皆さん落ち着いて……っ!」
教師たちが必死に呼びかけているが、混乱が収まる気配はない。むしろアリーナや、学園の何処からか聞こえてくる爆発音――恐らく敷地内に落下したという敵の砲声――がこの混沌をますます助長させていた。
――情報が欲しい。
携帯電話。「更識楯無」の番号を呼び出す。
「――ムー兄さん!? なに!?」
「
「ISよ! 数は三! 第二アリーナと第六アリーナ付近、それと西第四校舎近く! 避難は!?」
「今やってる。が、通路が閉じているんでな。そっちから解除はできないのか」
「ちょっと洒落ンならない
「少し落ち着け。トップがキレてどうするんだ」
「これがキレないでいられるかああああっ!!」
「まあ状況はだいたい分かった。こっちはこっちで何とかしてみるよ。お前も頑張れ」
通信終了。相当苦戦しているのだろう、支援は期待しないほうがいいと見るべきか。
生徒を掻き分けながら扉に近づいた。厳重の言葉に相応しく、見るからに分厚い。コンソールを操作。
解除ボタンが画面から削除されていた。流石は万全のセキュリティを謳うIS学園。ハッキングしようにもツールが今は手元にない。ロックを解除するには――
「兄様!」
振り向く。白雪軍人をそう呼ぶのは一人しかいない。
「雫! 無事だったか」
「イェス」
「お前たちも――」駆け寄ってきた簪、セシリアを見る。少し髪が乱れている。「……
訊かれるや否や、三人のなかで一番前に出た、最も小柄な少女が唇を戦慄かせた。浮かべているのは苦悶や慚愧、大きな過ちを犯したときの人間特有のそれ。
――悪い予感。
次の瞬間には、勢いよく頭を下げられる。絞り出すような声で告げられた。
「ごめんなさい、兄様。見ていろと言われていたのに、見失いました……!」
――的中。
「どういう、ことだ」
「箒さんは、試合直前にトイレに立って……ついて行こうとしたのですが、断られて。騒動が起きて直ぐに探したのですが、見つからなくて。ほ、本当に、ごめんなさい……っ!」
悲痛な、弱々しい、白雪雫らしからぬ謝罪も耳を通り過ぎ、青年が想起したのは数日前のことだった。
――「近々、そっちのほうで
◆
わらい声。
――「ああそうそう。それと、このことは束さんときーくん二人だけの秘密だよ? ちーちゃんは言わずもがな、もし誰かにバラしちゃったりしたらそのときは束さん、けっこう真面目にマジで怒っちゃうかもなー?」
――「あははは。きーくんは、もう束さんのこと怒らせたくないもんね? 私も、きーくんがゴミクズじゃないって信じてるよ?」
――「じゃあ、箒ちゃんのこと、くれぐれも
そんじゃ!
◇
「………ああ、ったく」
クソったれ。独りごちた。声には出さない。汚い言葉だ、これじゃあ隊長のことも笑えないな。慰めにもならないことを考える。詮無きことを。
それでも、雫はそれだけで察したらしい。目に見えて怯えていた。自分が逆鱗に触れてしまったとでも思ったのか。肩を、小刻みに震わせている。
白雪軍人は。静かに微笑み、優しい声を意識して、この小動物のようになっている少女の撫で心地の好い髪に手を置いた。
「ごめんなさい、兄様……」
「分かった。まあ起きてしまったことは仕方ない、念を押さなかった俺のミスでもあるし、気にするな……、と言ってもお前はどうせ気にするんだろうな。だが、今は話している余裕はない。動かないと。だから、あとでいいな?」
「イェス……」
まるで死刑宣告と結果を知りながら裁判に向かう囚人のような受け答え。依然と沈痛が色濃い少女に、白雪軍人は本心では呆れつつも、語気を強めて続けた。
「雫、俺は気にするなと言ったぞ。今は気にするな。在りもしない責任をそれでも感じるというのなら、せめてこの状況で、役に立て」
それは、傍から見れば兄が落ち込んだ妹へ向ける言葉ではないだろう。事実セシリアはその物言いに少し驚いた様子であったが、顔を上げた雫は
「銃を貸してくれ。とりあえず生徒たちを避難させる。手伝ってくれるか」
「イェス」
躊躇う余地もなく、少女は拳銃を
日本人の手には少し大きな
構わず天井へ向ける。引き鉄。
発砲。
立て続けに三発。
一瞬で、嘘のように「静か」になる。あるいは津波前の引き潮のように。声を詰まらせ、身を縮こまらせた生徒たちと教師の視線を一身に浴びながら、彼女らが何か言いだすよりも先に、
「これから扉を解除します。危険ですので離れてください」
「ちょっとッ――」
睥睨。
「時間がないので。貴女も離れて下さい、跳弾の可能性がある。雫、扉の向こうに熱反応はないか? 無ければコンソールを狙え」
「イェス」即、発光現象。全身装甲のIS「フロウ・マイ・ティアーズ」が目の前に出現すると、教師はいよいよ言葉を失ったらしい。「……熱反応、確認できません」
「よし。では、やれ」
雫は人目を気にした様子もなく、そのままキサラギ社製にしては普通の対物ライフルを物質化すると、立射のままコンソールを撃ち抜いた。銃声――否、砲声が反響する。
一発目/パネル飛散、
二発目/電気系統断絶、
三発目/完全粉砕、
四発目/対象沈黙。
「――――」
見るも無残な有様となったが、扉は閉じたままであった。しかしロック機構はこれで強制解除されたはずだ。
「開けろ」
扉本体の重量は人の膂力では厳しいところがあるものの、しかしISの手にかかれば話は別である。紺色の装甲を纏った雫が、規格外の馬力で以て閉ざされていた扉を難なくこじ開けた。
一転して、歓声。
「流石だ、雫――」ねぎらいの言葉をかけつつ、最初に噛み付こうとした教師のほうを見る。「では誘導をお願いします、先生」
「え、ええ……それでは皆さん、地下の避難施設へ向かいます! はぐれないよう、慌てず、ついてきてください!」
白雪軍人は護身用として(ISが相手では豆鉄砲にしかならないが)
「……ムーお兄ちゃんは、もしかして
青年にだけ聞こえる声で。簪がいきなり訊いてくる。僅かな動揺を、仮面で隠して応じた。
「もし分かっていたら、学園が対策を取らないわけないだろう。なんでだ?」
「雫の反応。それと、勘」
「お前の勘は馬鹿にできないからな。しかし答えはノーだ、箒を見ておけと言ったのはここ最近のあいつの様子に違和感があったからだ。だからそれとなく目をかけてくれと頼んでおいた。偶然だよ」
「そのわりにはムーお兄ちゃん、焦ってるみたい。それに」と、鋭く踏み込んでくる。「お兄ちゃんは嘘を吐くとき、必ず饒舌になる」
内心でため息。
「ほんとか? それは知らなかった。けど嘘を吐く人間は大抵そうだろう、誤魔化そうとして言葉を重ねる。……そもそもこんな状況で焦らないほど鋼の心臓じゃないさ、俺は。ところで、こうも考えられないか」一拍置き、見つめ返した。「仮に嘘を吐いているのだとしたら、何か嘘の裏に、言えない事情があるのだ、と」
簪は。
……分かった、と心持ち頷いて、背後で話している雫とセシリアの輪に素知らぬ顔で戻った。決して察しの悪い娘ではないのだ、引き際も心得ている。あとで何か要求されるかもしれないが、そのときは致し方ない。
ひとまず――
「箒さん、無事に避難施設へ向かっていてくれればいいのですが……」
「大丈夫ですわ、トイレにはいなかったんですもの。アリーナの外にいたのなら、先に避難しているはずですわ」
「何もなければ、きっと。だいじょうぶ」
彼女たちのみならず、大勢が危機感と楽観を口にしているのを尻目に、白雪軍人は携帯電話で呼び出し続けていた。外面とは裏腹に渦巻いている不安、折しも簪に指摘された通り、状況への不審感が焦りを不快に掻き立てている。皮膚をざわめかせる、嫌な感覚は強まるばかりで。
「かんちゃん!」
「本音……」
「よかった、無事だった! しずちゃん……セッシーも」
「そちらも無事でよかったですわ」
「あれ……、モッピーは?」
「イェス、それが――」
――「近々、そっちのほうで
――箒、出ろ。
――はやく。
「箒……」
お掛けになった電話は現在電波の届かない場所にあるか、電源が入っておりません。
繋がらない。舌打ち。
――これはもう、確実と考えたほうがいいか。
歩みを止めた。振り返る。
「兄様……」
見上げてくる雫。その横では、簪が眼差しを細めていた。
「悪い、お前たちは先に行ってくれ」
「え? ですが、白雪先生……」
「俺は箒を探してくる」
――悪い予感が、した。
◇
複数の足音。
荒い息の音が響く。
「――はッ――はッ――はッ――はッ……」
ポニーテールに結った長い髪を揺らしながら。篠ノ之箒は、三年生の廊下を走っていた。同学年の、血色の悪い金髪の少女の腕を引きながら、時折何かに怯えるように背後を確認している。他の生徒の姿はない。
銃声がした。ずっとしている。
「――はッ――はッ――はッ――はッ……」
「ごめん、ね……」
顔を青白くさせている少女――ティナ・ハミルトンが呟いた。堪らず箒は叱咤する。
「謝るな。弱音を吐くくらいなら、ちゃんと走れ!」
だが、それは明らかに無理をした声で。強ばっているし、震えを隠しきれていなかった。
――恐怖。
恐怖が二人の足をすくませ、同時に動きを急かしてもいた。
箒の、ティナ・ハミルトンを引く手とは逆の手の中で、携帯電話が点滅している。呼び出し番号は、「白雪軍人」のもの。
お掛けになった電話は現在電波の届かない場所にあるか、電源が入っておりません――
「っ……!」
きつく、唇を結んだ。そうしなければ何かが溢れてしまいそうだったから。
――軍人!
握り締める。携帯電話につけられた、クマのストラップが忙しく揺れている。
――むらと……っ!
強く想う。
その声に、応えるかのように。
「――――ッ!?」
銃声。
強化ガラスの破壊される音。
建物の一部が倒壊する音。
――見て、しまった。
振り向いて。
「ぁ、――――」
何が起きているのかは、分からなかった。ただアリーナのトイレが一杯で使えなかったから校舎のほうへ向かうと、大きな爆発音のあとに学園の何処からか銃声が聞こえるようになり、それで襲撃を受けているのだと理解した。
本来であれば直ぐに最寄りの避難施設へ駆け込んだはずだ、しかし体調不良で廊下にひとり蹲っていたティナ・ハミルトンを見捨てるわけにもいかず、更には同じようにトイレを待っていた大勢の生徒たちの波に押しのけられてしまい、それでも彼女を引っ張っていこうとすると、最悪なことに目の前でシャッターが降り、避難施設へ通じる廊下が閉ざされてしまった。
電話は通じない。箒たちが逃げ遅れたことにいったい何人が気づいているのかも分からない。助けも呼べず、ほとんど孤立状態となり、不幸中の幸いかすべての通路でシャッターが降りたわけではないようだったから、使える通路を探して遠回りする他なく、そうして目指していると銃声が近づいてきていた。
――恐怖。
だから急いだのだ、敵がなんであれ見つかるわけにはいかない、ましてや「最強」と称される「兵器」が大量に存在しているこの学園を襲撃するようなイカれた相手にだけは。
そう、思っていたのだ。
――凍りつくような、恐怖。
振り向いた先。一気に血の気が引く。
全身装甲。濃い灰色の巨体。腕は膝下を優に越すくらいに長く、頭部には複眼のような
「――I、S…」
ヒーローは、現れない。
「 A・I・Tu・No・Se・I・De☆ 」
Fu――!