セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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■■03 開始目前、幸福の日常

 

 

 

 「キサラギ社」――

 

 元は強化外骨格(パワードスーツ)の開発製造で日本一のシェアを誇る企業であったが、人類史を揺るがした白騎士事件、IS(インフィニットストラトス)の登場にいち早く軍事的な価値を見出し、他に先駆けて研究に乗り出したことで今では世界でも有数のIS企業という不動の地位を築いた草分け(パイオニア)的な存在として知られている。

 

 そんな有名企業の本社、地下四階に。一人の少女が訪れていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 東京都。キサラギ本社。

 二九階建てビルヂング、地下四階。

 

 IS専用訓練区画にて――

 

 白で敷き詰められた、巨大な空間。流線型の全身装甲(フルスキン)の紺のISが、高度を保ったまま静止している。

 

 機械染みた声。

 

「偏向レベル、再設定完了。戦闘行動へ移行してください」

 

 応じたのは少女の。「イェス。フロウ・マイ・ティアーズ、了解。カウント、始め」

 

「カウント3、2、1――戦闘開始(オープンコンバット)

 

 開幕の号砲と言わんばかりに、銃声が重なって複数回轟く。

 

 八方から射出されほぼ同時(・・・・)に破砕された青の円盤(クレー)が、地上へと落下していく。排出された高温の薬莢も。

 

 ISの位置は最初と変わっていない。両掌には、一瞬(・・)で呼び出された大型三身(・・)自動散弾銃――近中距離戦闘を想定して開発された武装――「ケルベロス」が握られていた。

 

 次弾が拡張領域(パススロット)から弾倉(マガジン)へ補填される。単発弾(スラッグショット)

 

 第二射。数は一四。しかし青の円盤に紛れて赤い(・・)円盤が二つ。全方位視界(ハイパーセンサー)を用い、赤を除いて同様に全撃破。

 

 第三射。数は二一。赤は三つ。ハイパーセンサーで瞬時に標的を選別し、「ケルベロス」を半自動(セミオート)から自動(フルオート)へ切り替えて反動をPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)により完全制御。赤を除き、全撃破。

 

 休む暇はなかった。青の標的(ターゲット)の方向はISに設定されているため、最終的な到達点が分かっているぶん実戦よりも格別に易しいとはいえ、ここから速度/難度は更に飛躍していく。

 

 第六射。数は四二。紛れた赤は六つ。赤一つ誤射。撃破。

 

 第九射。数は六三――さながら群れが襲いかかるように畳み掛けてくる。赤は九つ。赤一つ誤射。撃破。

 

 全身装甲の下で、次第に呼吸(いき)を乱し、汗を掻き始める操縦者(パイロット)。極限の集中を要するためだ、そしてまだ終わらない。

 

 第一四射。数は九八。赤は一四。赤四つ誤射。見逃し二つ。弾種変更(マグチェンジ)で散弾を要所要所駆使しながらも、撃破。

 

 第一七射。数は一一九。赤は一七。赤四つ誤射。見逃し三つ。撃破。

 

 第二二射。数は一五四(・・・)。赤は二二。赤五つ誤射。見逃し五つ。辛くも撃破。

 

 第三〇射。数は二一〇(・・・)――雨のように降り注いだ。赤は三〇。赤六つ誤射。見逃し四つ。

 

 

 警報(ブザー)

 

 

「終了条件に抵触しました」

 

 第三一射は来なかった。円盤の射出口は、閉ざされたままで。

 

 自然照明(グリーン)警告色(アラート)に染まる。

 

 暗転。

 

「仮想訓練モードを終了します」

 

 機械染みた声が、そう告げた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 頭部に装着していたVR機械(マシン)を取り外すと、蒸したような汗や髪の匂いが鼻腔に広がった。身体を落ち着かせるために何度か深呼吸をし、仮想端末と接続してあった、一見するとペンダントのようである待機状態のIS(フロウ・マイ・ティアーズ)を手に取ると、操縦席(コックピット)を模した台座から身体を起こす――

 

「お疲れ」

 

 声。大切な人の。

 

 ――今の私をつくった人の、大事な人の声。

 

 顔を上げれば。黒髪の、細身のラウンドフレームでレンズが紺色の眼鏡を掛けた、白衣の美丈夫が立っていた。首からは「白雪軍人(しらゆきむらと)」と書かれた名札が提げられている。

 

マスター(・・・・)!」

 

「呼び方が違う、……まだ戦闘から抜け切れてないのか?」

 

 苦笑いされ、タオルを手渡されると慌てて訂正してから汗を拭いた。

 

「ごめんなさい、兄様(あにさま)

 

 自然と笑みがこぼれる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 白雪雫。一五歳。身長は一四五センチ。艶のある、撫で心地の好い黒髪を首元あたりまで伸ばしている。黒曜石の双眸。肌は浅い褐色。小柄であるものの、以前と比べて格段に栄養事情が改善されたおかげで、少年のようだった身体には最近では女性的な発育も反映されつつある。態度も、かつてとは比較にならないほどに軟化していた――平時では無表情、真顔という状態が基本方針であることに変わりはないが。

 

 その正体は、キサラギ社の保有するISのうちの一つ、フロウ・マイ・ティアーズの専用パイロットである。そして一年半前に世界放浪中であった白雪軍人と中東の紛争地帯で出会い、彼と「契約」を結んだ義妹(・・)でもあった。

 

「ふむ……なかなか調子は良いようだな」

 

 社員食堂にて。

 

 携帯ディスプレイでもある色つきの丸眼鏡を操作して訓練の成績を一読し終えると、白雪軍人はISスーツ姿のままである雫に穏やかに微笑んだ。

 

「反射速度、狙撃精度も上がっている。努力のたまものだな」

 

「そんな……私なんて」えへへへ、と。「まだまだ精進あるのみ、です」

 

「分かっているならいい。雫は偉いな」

 

 向かい席で両手持ちにカロイン(Calory In)ゼリーを吸いながら、褒められて恐縮そうに相好を崩す雫――普段の無愛想を知っていれば思わず二度見(・・・)するほどの表情――であったが、そんな彼女に爆弾が告げられる。

 

「ところで。織斑一夏という名に聞き覚えがあると思うが」

 

「え? ……あ、イェス。前にテレビで連日その報道ばかりをしていましたよね。世界で初めてISを動かした男性操縦士。それに、ブリュンヒルデの弟だとか」

 

「ああ。当然ながら前代未聞の事態に政府は大慌て。そして全世界的に第二の織斑一夏を探すようIS適性検査が行われたわけだが……」

 

「まさか、兄様もISを動かせたとか!?」

 

「そうではないし、そんなことになっていたら今頃政府に拘束されているよ。あと少し声を下げようか」

 

 情報交換や駄弁っていた他の職員たちの注目を、一斉に集めていた。しゅん、とちぢまる。

 

「ごめんなさい」

 

「いいさ。それで、本題になるんだが。俺も、IS学園に入ることになった」

 

 

「イェス………ってええええええ先生(マスター)が入学ですかああああああっ!?」

 

 

 げんこつが落ちた。周囲からの生暖かい視線。

 

「うう……」

 

「動かせもしないのに生徒になれるはずないだろうド阿呆馬鹿たれ(・・・・・・・)、ISの教員としてだよ。俺はこんな(・・・)でもそれなりのIS研究者だからな。荒事も不得手じゃない、ようは貴重な男性パイロットの護衛ということさ。すべて更識の意向だが」大株主には逆らえない、とため息。「表向き会社には色んな理由をつけて籍を置いたままの出向扱いになる。進行中のプロジェクトも、九割がた完成した今なら俺が抜けても問題はないそうだ」

 

「それってつまり……兄様と一緒に学校に通えるってことですか!」

 

 入学を間近に控える雫にとって、それは予期せぬ朗報であった。

 

 白雪軍人は。懐からソフトパッケージの煙草を取り出すと、もう一つ、マッチ箱大の銀の小型装置を取り出してテーブルに置き、スウィッチを押した。半径五メートル以内の有害気体やあらゆる臭いを吸収濾過する携帯型空気清浄器が作用し始め――太陽電池で駆動するうえ静穏性にも優れるため、用途は多岐に亘り高価な品物ながらも大ヒットしている商品であったが、発売元はキサラギ社の子会社ながらも、企画設計者は実は白雪軍人本人(・・)である――喫煙スペースを確保すると、軽く振って出した煙草を咥え、手品するように指を鳴らした。

 

 直後に。虚空(・・)から炎が生じ、着火する。立ち上る紫煙。吐き出され、細く線を描く煙。

 

 

 ――「種も仕掛けもございます。……ただの、トリックだよ」

 

 

 まだ初めて会ったばかりの頃。彼は目の前でやって見せると、雫をたいそう驚かせた。今では、なんとなくそれを眺めるのが好きになっている。どんな仕掛けなのかは未だに不明だが。

 

「まあ、そういうことになるな」疲れたような笑み。「まったく。色々と掻き回してくれるよ、どこもかしこも……随分と嬉しそうだな」

 

「イェス。顔に出てましたか?」

 

「雫相手なら何を考えてるかくらい分かるよ。というか、俺が相手だと途端にお前は分かり易過ぎるぐらいだ……それはともかく」

 

 携帯灰皿に灰を落としながら、白雪軍人は考え事するように視線を移ろわせる。時計。時刻は、一七時を過ぎていた。

 

 そして。

 

「よし決めた。雫、今日は外食にしよう」

 

「それは、突然ですね……」

 

「入学祝さ」

 

「それでしたら、もう兄様や箒さんたちと一緒にしたじゃないですか」

 

「雫のはな。だから、俺のさ。急な出向祝い、とでも言い直そうか。思いっきり奮発して」

 

「なんだか自棄食いしそうなお祝いです」

 

 とはいえ、なんだかんだで雫も乗り気であった。

 

「自棄食いなんて真似はしない。綺麗に着飾った雫を見ながらお祝いしたいな。――どうかな?」

 

「うう……始めから受ける気でしたけど、そんなこと言われたら私が断れるはずないじゃありませんか」

 

「うん。知ってる」

 

 仲の好過ぎる「家族」の会話。

 

 いつもは兄妹揃って冷ややかな表情だが、白雪軍人は甘やかすときはとことん甘い。ストレスを発散するかのように。

 

 成り行きを見せつけられていた職員たちは、既に食傷状態だった。

 

 ―――。

 

 地下駐車場に駐めてあったシルバーのSUVに乗り込み、キサラギ社を後にする。急な予約ながらも衣装レンタル可能なホテルのレストランが取れたので、そちらへ向けて走行していると、FMラヂオから流れだした。「今あなたが聞きたい懐かしの名曲を、チェック――」

 

 ポップサウンド。ホイットニー・ヒューストンが盟友チャカ・カーンにリスペクトをささげた、カヴァーソング。「アイム・エブリ・ウーマン」。

 

 自然とリズムを刻んでいた。隣から視線を感じ、車窓から顔を戻すと、横目に白雪軍人が口端を緩めていて、雫は見られていたと思うと少し気恥ずかしくなったが、気恥ずかしさのなかに同時に、心地よい熱のようなものが灯るのを感じていた。

 

 背もたれに身を預け、力を抜く。音楽と、緩やかな振動に感覚をゆだねる。

 

 

 

 ――それは。

 かつての少女には想像も出来なかった、幸福な夜の一幕――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















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