セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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 今回は駄弁ってるだけ。ようするに平和です。ピンフです。















■■28 からかい上手の少女たち

 

 

 

 五月――

 

 

 天候はこのところ快晴が続いており、屋上は過ごしやすい環境であった。

 

「それで」

 

 昼。

 

 屋根付きテーブルを囲みながら。弁当を広げて。

 

 学園唯一の男性教師である白雪軍人(しらゆきむらと)は、正面に座る、世界で唯一の男性IS操縦士である少年に話を振った。

 

「来週いよいよ対抗戦(リーグマッチ)なわけだが、どんな仕上がりなんだ?」

 

 織斑一夏は。目が合うと一瞬考えるように逸らし、それから「……まあまあです」と、少しぶっきらぼうな声で答える。

 

「自信がない感じか?」

 

「あっ、ありますよ!」

 

「ふむ……箒」

 

 色つきレンズ越しの視線を向けられた少女は「そうだな」と、顎に箸を握っていないほうの手を当ててから、

 

「課題はまだ色々と残っているが、最初の頃と比べたらマシになっていると思うぞ」

 

「雫?」

 

「……瞬時加速(イグニッション・ブースト)ほぼ(・・)習得できたと言ってもいいでしょう。織斑一夏は窮地に追い込まれるほどに成長するタイプですので、訓練ではいつもギリギリを攻めていますが、箒さんの言うように、操縦技術は当初よりも磨かれたかと思います。ただし弱点は相変わらずですね」

 

 ――「弱点」

 

 その言葉は織斑一夏に、彼が以前、箒の駆る「打鉄」と試合した際のことを蘇らせた。苦い想いを。

 

 試合のあと、反省会のなかで告げられた言葉だ。

 

 ――「お前には弱点がある。まず一つ、これは『白式』の弱点、性質と言い換えてもいいのだが……武装が『雪片弐型』の一振りしかないということだ。つまりは近接特化型。要するに飛び道具に滅法弱い」

 

 「フロウ・マイ・ティアーズ」の「高機動分裂誘導弾(アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン)」しかり、「ブルー・ティアーズ」のビット&ライフルしかり、「打鉄」の「焔備」しかり。引き離されてしまえば「白式」に攻撃手段はない。一方的な滅多撃ち。蜂の巣である。

 

 ――「だがこの性質は幸いにも塗り潰すことができる。それを可能とするのが、『白式』に備わった機動力の高さだ。距離があるのなら潰してしまえばいい、そうすれば手が届く。だが一夏、第二の弱点だが、操縦士であるお前には肝心のそれが活かせていない」

 

 「相手に一瞬で詰め寄って相手よりも早く一撃で潰す」。「零落白夜」の効果を突き詰めればそれこそが「白式」の正しい運用方法であり真価に他ならないというのに、そもそも大前提として織斑一夏は「白式(きたい)」を乗りこなせていない。

 

 ――「あとは、お前は挑発に乗せられやすいということだな。剣を交わしてみて分かったのだが、少し誘い(・・)をかければ簡単に乗ってきて、反撃されれば、それで更に躍起になって乗ってくる。おかげで次の動きも読みやすい。昔から悪い癖だぞ。これは、剣から離れて久しいお前に剣道を教えたのが私だから、気づいたことかもしれんが。早いうちに直さなければ、対戦中に相手に見破られかねんぞ……」

 

「とはいえ織斑一夏はISを操縦するようになって一月と経っていないですし、『白式』は間違いなく特殊性能(ピーキー)ですから、そこまで求めるのは酷と言えるでしょう。しかし現状のままで対抗戦に挑んでも、勝ち抜けるとは思えません」

 

 で、あるからして。

 と、雫は兄に自分の功績を報告するのが誇らしげといった表情で、

 

「私とセシリア、箒さんの協力等を得まして、多角的に分析し『白式』の性能(パフォーマンス)を最大限引き出すために導き出した戦法があります。そしてその戦法こそが――」

 

 一撃離脱戦法(ヒットアンドアウェイ)

 

「……実はこれって、織斑先生がIS世界大会(モンド・グロッソ)で取っていた戦法と同じですのよね」

 

「セシリアー?」

 

 じろりと睨まれ、最近ようやく作ることを許されたサンドイッチを片手に、ちょっと怯んだセシリア少女であったが。

 

「だ、だって本当のことですもの。先の大会の映像で見た、織斑先生の動きこそが『白式』の理想形であるというのは、雫さん、貴女だって認めていたことでしてよ?」

 

「それは、そうですが……それを言ってしまうと、あたかも初めから気づいても良さそうだったのに直ぐに思い至らなかった自分たちが無能であるような気にさせられます。とても不愉快です。まったくもう、いい加減にしてくださいセシリア。黙ってサンドイッチを()む食むしていればいいものを」

 

(わたくし)が悪いんですの!? なぜ!? 理不尽!」

 

「うるさい金髪。すべては理不尽なのです。そんなことも知らないんですか世間知らずさんは?」

 

「なに急にカッコつけたこと言ってるんですの!? 誤魔化されませんわッ、これは裁判ですわ、今すぐ開廷ですわ――!」

 

「……なんか最近、仲いいよな。二人って」

 

「ええー。そうですか?」

 

「無視!? しかもなんですのそのちょっと嫌そうな顔は!?」

 

「――とはいえ実際、一撃必殺を活かすにはこの方法しかないだろうな」

 

「イェス」

 

「だから無視ですの!?」

 

「おい金髪、さっきからデケェ(・・・)声で喚き過ぎです。食事中に席を立って大声だなんてマナー違反ですよ知らないんですか、お嬢様?」

 

「理不尽!!」

 

 これは理不尽ですわ……っ、と俯きながら手元のサンドイッチに怒りをぶつけて食む〃々する少女。完全に遊ばれた構図である。そのうちストレスのあまりハンカチを噛み締めて「キーッ」だとかの奇声を上げながら涙しかねない。

 

 不憫であった。しかし本当に嫌い合っているわけではないことをメンバーはここ最近のやり取りでなんとなしに理解してもいた。実際にセシリア少女も、口にこそ出さないが、自分が(いじ)られることにちょっとした喜びのようなものを感じているのである。本人は決して、認めようとはしないが。

 

「雫……お前いつからそんな、デケェ(・・・)だなんて言葉、使うようになったんだ?」

 

「結構前からです」

 

「もしかして俺のせいか……?」

 

「もしかしなくても、そう。雫に影響を与えるのはいつだってムーお兄ちゃんなんだから。自覚なかった?」

 

「それは、まあ自覚はあるが。それでもデケェ(・・・)なんて、雫の前で使わないぞ? これは簪のアニメの影響じゃないのか」

 

「確かに簪のアニメにはキタナイ言葉遣いのキャラクターも登場します。白雪雫がこれに影響を受けている可能性は少なからずあると、私は自己分析の結果を報告します」

 

「……だとさ」

 

「雫。私に責任を押し付けるつもり?」

 

「と、とんでもないです! 簪と一緒に見るアニメは実に有意義です。これからもたくさんご一緒させてもらえたら幸いです」

 

「見るのは構わないが。いずれにせよ、もう少し自覚的になることだ。雫」

 

「う……、イェス……」

 

「……雫は、軍人の前だと途端に素直だな」

 

「まるで普段が素直ではないかのような言い草ですが、ともかく。敬愛する兄様に対して私は常に恭順の姿勢を……」

 

 半眼(ジトメ)

 

「そう言うくらいなら、簡単に暴走してくれるな」

 

 せめて目立たないようにやれ、と付け加える教師。

 

「そういう問題か!?」

「妥協案だ」

 

 しれっと答える兄。「分かりました」と頷く妹。そんな二人を見つめる半眼(ジトメ)たち(主に女性陣)。

 

 旗色の悪さを認識した雫は、顔色ひとつ変えずに、そういえば、と話題を転換した。

 

「一撃必殺と言えば、このあいだ簪に見せてもらったアニメにありましたね。戦国時代の島津の武将が活躍するアニメ……彼の、えっと。何という剣術でしたか――」

 

「示現流のこと?」

 

 「一の太刀を疑わず」。「二の太刀要らず」。雲耀(うんよう)――稲妻に匹敵する速さ――の教えを胸に、初太刀に全霊を注ぎ、髪の毛一本ぶんでも早く振り下ろして敵が攻撃あるいは回避に移る前に斬り殺す、先手必勝を目的とした古流剣術である。

 

「イェス。掛け声が抜きん出て激しいあの剣は、織斑先生の試合を彷彿とさせました。対峙した対戦者は、あの声で呑まれ、隙を作ってしまったのでしょうね。顔のほうも、なかなか恐ろしい形相でしたが」

 

 すると織斑一夏が苦笑いし、

 

「それ、本人には絶対言うなよ。当時はあの試合映像のせいでブリュンヒルデの他にも渾名がつけられて、そのせいで一時期はそうとう機嫌が悪かったんだ。だから、絶対に、本人にだけは、言うなよ」

 

「なんという渾名ですか?」

 

「そりゃ、鬼……」

 

 少年は。

 雫が、にやり、と笑っていることに気づき――

 

「そそっ、そんなことよりも!」

 

 失態を晒す寸前で、取り乱しながら簪を見た。

 

更識(・・)さん、あのさ。もしかして更識さんにお姉さんとかって、いたりするのかな」

 

 瞬間。

 

 少女の眼差しが細められ、「いるけど、それが何?」と声を低くした。

 

「昨日、生徒会長って名乗る人に会ったんだけどな。その人が、更識楯無って名前で……更識さんも同じ苗字だし、それで、もしかしたらそうかなって思ったんだが」

 

「会ったのか、あいつに?」

 

「先生は知って……あ、そっか。先生だからか。えっと、はい。放課後の訓練のあとに、廊下を歩いてたらいきなり後ろから目隠しされて、『ダーレだ』って言われて――」

 

「一夏、お前というやつは……」

 

「おい変な誤解するなよ箒、俺がやったわけじゃないからな。突然やられたんだ、俺は被害者だからな!」

 

「言い訳するな。見苦しいぞ」

 

「言い訳じゃねえって!」

 

「それで織斑。楯無は、何か言っていたのか?」

 

「え? 何かって言われても……いきなり現れて、訓練頑張ってるわねー、とか、調子はどんな感じだー、とか、そんなことを訊かれたくらいですけど」

 

「何しに現れたんですの、その人……」

 

「他には」

 

「他に? あとは――あっ、そういえば先生にヨロシクって言ってました」

 

 ――なんのつもりだ、あのシスコンは。

 

 青年は内心で嘆息。近いうちに接触すると聞いてはいたものの、接触したなら、したで報告くらい寄越せという。

 

「更識楯無。そいつは確かに生徒会長だ。学園最強とも言われているな。そして、簪の姉でもある」

 

「学園……」少年は耳慣れない言葉に、好奇心を刺激された様子。「最強、ですか?」

 

「そうだ。生徒会長は選挙で選出されるわけじゃない、実力主義だ。二年生なのに会長をしているのはそれが理由。前の会長を打倒して今の座についた。伊達ではないさ、ロシアの国家代表だしな」

 

 代表候補生が目指すべき場所に、自分と一つ違いの少女が立っていることを知り、目を丸くさせているセシリア。

 

「え? でも日本人……」

 

「自由国籍権があるだろう。他にも色々(・・)とあるのさ」

 

 そうだ、とさぞ今思いついた(・・・・・・)かのような口調で、

 

「いっそ、頼んでみたらどうだ? もしかすると鍛えてくれるかもしれないぞ」

 

「……お姉ちゃんに?」

 

 怪訝そうに簪が見てくるが、白雪軍人は知らぬふりを通す。

 

「けど生徒会長なんですよね? 流石に忙しいんじゃ……」

 

「お前の訓練が終わるまで待ち伏せして、背後から近寄って『誰だ』なんて訊くようなふざけた奴が、忙しくしていると思うか?」

 

 シスコン姉からすれば、本当は終わるタイミングを見計らって登場したのだろうが、敢えて誤解させたままにしておく。そして少年は、教師の言うことを鵜呑みにした様子であった。

 

「た、確かに。……でも、学園最強か」ちら、と自身に訓練を付けてくれている女子二人を見やる。イメージを比較しているのだろう。「お願いできるかは別としても、実際のところ、どれくらい強いんですか?」

 

 白雪軍人が口を開くよりも先に、簪が呆れたようにため息をついた。

 

「少なくとも、今の織斑くんなら瞬殺(・・)

 

「瞬殺って。そりゃ俺は、白雪さんたちに比べたら強くはないけど……それでも強くなってるはずだ。簡単には――」

 

無理(・・)。瞬殺」にべもなく、告げる。「それが事実。お姉ちゃんは強い、お姉ちゃんと――お姉ちゃんの操る霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)は。自分の機体も満足に操れない人間には、勝てっこない」

 

「おい、言い方というものがあるだろう」

 

 辛辣な言葉に箒が苦言を呈し、織斑一夏も内心で気にしていた部分を指摘されたことにより表情を険しくしたが、本人にとっては今言ったことは揺るぎない事実なのだ。何ら非を感じる部分はない。だって……、と続ける。

 

「貴方は弱い(・・)。強くなったって言っても、雫たちには勝てないんでしょう。強いっていうのは、自分よりも勝る相手から勝利を奪い取った人間が言うべきこと」

 

「……なら、更識さんは強いって言うのか」

 

 苛立ちを抑えようと、押し殺したような声で少年は訊くが、簪の眼差しは冷めている。

 

強い(・・)。私は自分の能力(ちから)の使い方を知っているから。相手が貴方なら、専用機は必要ない」

 

「それは少し見くびりすぎですね」と、意外にも遮ったのは雫である。「織斑一夏は私たちの指導を受けているのです。簡単に撃墜などされないように鍛えたつもりです」

 

「そうですわね。私は更識さんの実力を知らないので、何とも言えないのですけど……少なくとも、一夏さんは雑魚(・・)ではありませんわよ」

 

「そう? 雫がそう言うのなら……今度、試合する?」

 

 織斑一夏は。居住いを正し、今すぐにでも始められるといった調子で応じた。

 

「いいぜ。やってやるよ!」

 

「じゃあ、対抗戦が終わったらね」

 

 対照的な両者の反応。

 

 白雪軍人は。

 

「……簪、やりすぎないようにな」

 

「分かってる」

 

 釘を刺そうとするも、薄らと微笑み返された。眼鏡の奥底には、嗜虐の色が見え隠れしている。

 

 ――ああ、これは。なんともはや。

 

 溜め息。無意味かもしれないが、言っておくことにした。

 

「織斑。一応警告しておくが、簪は強いぞ。それこそさっき言った、学園最強と戦って勝つ(・・・・・・・・・・)くらいだからな」

 

「は?」

 

 唖然とする少年。気に止めるでもなく、簪はさらりと訂正した。

 

「それは素手で戦った時の話。ISだったら……ちょっと分からない、かな」

 

「素手って。あの――色々と訊きたいことがあるんですけど。白雪先生って、更識さんともかなり親しいですよね?」

 

「今更かよ。……そうだ。以前、簪のお父上に世話になったことがあってね。それ以来だ」

 

「ムーお兄ちゃんは、私より強い」

 

 さらりと。

 

「え!?」

 

「ISにも勝てる」

 

 爆弾追加。

 

「な!?」

 

「余計なこと言わんでいい」

 

「何を言うのですか! 兄様の戦闘技術は『世界一』ィィィ!!」

 

「こら。食事中に席を立って大声を出すな。マナー違反だ」

 

 ―――。

 

「じゃあ白雪さんと更識さんは、先生から武術を教わったんですか?」

 

「そういうことです」

 

 隣で、こくり、と頷く眼鏡娘。

 

「はあ……本当に白雪先生って、多彩なお方なんですのね」

 

 どこか恍惚(うっとり)としているセシリア。

 

「私も鍛えてもらったぞ」

 

 ぼそりと箒が呟くと、いよいよ織斑一夏は目を剥いた。

 

「先生っていったい何者なんですか!?」

 

「だからデケェ(・・・)声で喚くんじゃねえよ……」

 

「――あ。いま」

 

「あ?」

 

「ムーお兄ちゃん、今、言った。『デケェ』って言葉」

 

「…………ああー」

 

「やっぱりお兄ちゃんだったね」

 

 

 くすり、とあどけなく微笑まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


















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