セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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■■25 ホットガール

 

 

 

「篠ノ之箒だ」

凰鈴音(ファン・リンイン)よ」

 

 放課後。

 

 花壇で囲まれた中央広場に設置されているIS学園案内板の前で出会った二人は、互いに自己紹介をしつつ、総合受付の方向へと足並みをそろえて進んでいた。

 

「転校生か」

 

「そ。本当は入学式に間に合うはずだったんだけど、本国のほうで、いろいろ(・・・・)あってね。やっとよ。なのに今度は、学園の中なのに迷っちゃって。パンフレットだってアテにならないし」

 

「やたら広いからな、ここ。無理もない。ところで、色々か……」それはたとえば、と前を向きながら箒、さりげないふうを装って。「織斑一夏、とか?」

 

「―――、」

 

 正面から切り込まれるとは思っていなかったらしく。凰鈴音は少し面食らったような顔をしたあと、頷く。しかしこんなものは数ある予想のうちの一つだった。

 

「まあそうね。いろいろ(・・・・)。一夏のことも、そう」

 

一夏(・・)?」

 

 ――親しげな呼称。

 

 ちらりと横目に見た。親しみの込められた声、そして嬉しそうな表情。

 

 箒の耳に、遠くで騒いでいる生徒たちの声が聞こえた。だが二人の間には、不穏ではないが、奇妙に緊張した空気が形成されつつある。

 

「ホウキって言ったわよね? 篠ノ之箒」

 

「ああ」

 

 なんら不自然のない会話。初対面であるから硬さが抜け切れていないだけ、と言えなくもなかった。

 

「一夏の知り合い?」

 

「そうだ。それで――お前は?」

 

「あたし?」

 

「最初に見たとき、私の顔を見て驚いただろう。私を知っていたということじゃないのか、事前に?」

 

 声をかけた時の、振り返った表情。「あんたって、もしかして」という呟きを、聞き逃さなかった。それが、箒のなかに疑念を生んだ。

 

 沈黙。少しの間、無言が続く。

 

「……なんか、疑われてるみたいね。何を考えているかわからないけども、あたしは一夏の幼馴染よ。小学五年生のときに日本に来て、中学二年の終わりに帰国したの。それで、一年ぶりに日本に戻ってきたってわけ」

 

「私のことを知っていたのは」

 

 ため息。「一夏よ」

 

「つまり?」

 

 今度は嘆息。胡乱げに。「世界で初めて発見された貴重な男性操縦士。その周辺の人間の情報はある程度本国から憶えるよう指示されているの。特に、親しい人間は。あんたは幼馴染。そうでなくとも、あんたは開発者である篠ノ之束の妹。それが理由よ」

 

「それだけ?」

 

「あとは、一夏からあんたのことを聞いたことがあったから」

 

「なるほど。だが、そんなに簡単に話してもいいのか? 上からは、色々と探るように指示されているんじゃないか」

 

「そりゃあそうよ。本国の思惑は、分からなくは無いけどね」

 

 でも、と次第に少女の目つきは険のあるものへと変わり、声も苛烈具合をエスカレートしていく。

 

「こんなやり方、あたしには無理だっての! ふざけんな! こちとら中華料理屋育ちの高校一年生だっての! スパイの真似事っ? 知るかっ! そんなもん学生に押し付けんな! 案の定初日からターゲットには疑われてるし! こんなんじゃもう無理に決まってるじゃん分かってたじゃん!」

 

「ど、どうどう……」

 

「ハァ―――アっ! ……まったく、ほら、だったら、ね? どうせ初めっから疑われてるんなら、バラしちゃっても問題ないでしょ? せっかく一夏の傍に来れたっていうのに、こんなことでいちいち気ィ使ってらんないわよ馬鹿馬鹿しい」

 

 流石に苦笑いする。

 

 絶叫せんばかりの勢いであった少女も、暫くして自身の醜態に気づいたらしく、

 

「あの……悪かったわね」

 

 声をひそめて、気まずそうに言う。

 

 だが。

 

「いや、おかげで分かった」

 

 対照に、箒は小さく笑った。ふう、と張っていた肩の力を緩めたので、あれだけ言った後でいきなり警戒を解いた箒の姿に、逆に凰鈴音は疑う表情をした。なにがよ、と恥ずかしさを隠した棘のある声で訊く。

 

「いや、要らない心配だった。柄にもないことだけど、もしかしたらと思ってしまった。でもその必要もなさそうだ。気にしないでくれ」

 

「だから、なにがよ?」

 

 口にするほどのことでもない。小学生時代、学校を転校する前に我が身に起こったことを思い出してしまっただけだ。友達になろうと言ってきた同級生が、実は親に命じられて篠ノ之束の妹である自分に近づこうとしていた。その真相を知って荒れ、ますます孤立化が進んでいた時期を。

 

 しかし今では、苦い記憶として過去を受け入れられるくらいには成長していた。それは、間違いなく引っ越した先で出会った人たちのおかげだった。家族と離れ離れにはなったものの、結果として彼らと出会うことができなければ、今の自分はこうは在れなかっただろう、とも思っている。

 

 ――それに。

 ――今はここに、あの人もいるから。

 

 近くに。

 手の届くところに。

 

 ――だから、今は。

 

「……うーん。というか、そもそもそういうタイプには見えないのでな、お前は。話してみた印象もそうだし」

 

「なに勝手に納得してんのよ。ていうかお前ってやめてくれる?」

 

「なら?」

 

(りん)でいいわよ。リンリンって言ったらぶっ殺すけど」

 

 ぶっ殺されてはたまらないので、「鈴」と呼ぶことになった。

 

 ―――。

 

 そして凰鈴音が最大の関心を寄せている相手――即ち「織斑一夏」――の最近の様子を聞かれた箒は、昼間に「転校生」の話題が上った際、彼の示した反応について話していた。

 

「はあ!? ただの友達(・・)ですって!? 本当にあいつそう言ったの!?」

 

「あ、ああ……」

 

 鎮まったかと思えば再び必死の形相である。感情の起伏の激しさに、若干箒が引いていることにも気づいていない。

 

「な、なにかそれ以外に言ってなかった? 言葉じゃなくても、身振りとか手振りとか、雰囲気とか、とにかくあたしのことを意識してる的な!」

 

「いや全然。そっか一年ぶりだなアあいつ元気だったかなあ、くらいだったと思うぞ。特別変わった感じはなかったかな……」

 

 そろそろ目的地が見え始めていた。隣を歩く少女は、これから自身が長い間を過ごす場所だというのに、それ以外のことにすっかり気を取られている様子で、ぶつぶつと呪詛のように暗く呟いている。

 

「おい、そろそろ――」

 

「ねえ箒さんって、本当に一夏のこと『好き』じゃないのよね?」

 

 一瞬にして。獲物を縛る触手のように腕を掴まれ、鼻先が触れそうな距離から、大きく開いた瞳で覗き込まれる。――はっきり言って、恐い。

 

 激情の渦巻く双眸であった。欲する解答以外を許さないと言外に告げる(まなこ)。この短期間でもう何度目になるであろうか、箒は目の前の小柄な少女に呆れ気味に返した。

 

「……異性という意味では、そうだ。恋愛対象という意味においてはな。悪い奴ではないし、ネジをどこかに落としてきたんじゃないかっていうレベルでの朴念仁っぷりを除けば、気の好い奴だと思うぞ」

 

「そう……ならもしかしてあのことも……」

 

 ぶつぶつ。

 

「おーい? 着いたぞ?」

 

「え? あ、ここ? ホントだ。うん。ありがと。じゃあまたね箒さん、本当にお世話になったわ。あ、今日のことは一夏には内緒にしなさいよね。じゃあね!」

 

「お? ああ、じゃあ――って、あの様子だと、聞こえてないか……」

 

 ぶつぶつ。

 ぶつぶつ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 翌日――

 

 一年一組。

 

 

「――その情報、古いよ」

 

 

「ん? ………あっ、お前もしかして、鈴か?」

 

「ええそうよ。あたしは中国代表候補生、凰鈴音(ファン・リンイン)。今日はね、あんたたちに宣戦布告を――」

 

「なに格好つけてんだ? すげえ似合わねえぞ、それ」

 

「んなッ!?」

 

「おい」

 

「なによ!?」

 

 

 ――関羽、降臨――

 

 

「教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生と呼べ。そして失せろ、邪魔だ」

 

「うぅ! ぅぅ………じゃ、じゃあ一夏! また来るからね、逃げないでよね一夏!」

 

「さっさと――」

 

「はいすいません織斑先生じゃあ失礼します!」

 

 ―――。

 

「それではSHR(ショートホームルーム)を始める」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「――ってことがあったんですよ」

 

 昼。

 

 IS学園屋上にて。

 

 いつものメンバー六人で、屋根付きテーブルを囲っている。

 

「昨日あいつの名前を聞いた時にはまさかって思いましたけど、やっぱり人生ってこういうこともあるんですね。こんなところで友達と再会するなんて」

 

 普段と同じ席順であった。白雪軍人(しらゆきむらと)、白雪雫、更識簪。織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット。

 

 昨日と違い、本日のセシリア少女の昼食は海苔を巻いたオニギリだけである。さっそく料理研究会の指南に従い、まずは簡単なものから作ることにしたらしいが、その成果なのか、華美ならざれど、見栄えは決して悪くはない。そしてちゃんと食べられる、それが何よりも重要な進歩であった。ド素人は余計な調味料に手を出すなと口を酸っぱくして言い含められたのが幸いしたのだろう(少年の見る目からは未だに恐怖が抜けきれていなかったが)。

 

 雫と簪が料理工程の詳細をセシリアから聞き出している一方で……、

 

 織斑一夏は学園唯一の男性教師に対して何やら感慨深そうに語ったものの、その隣では、箒が苦笑を漏らしている。

 

「なんだよ箒」

 

「べつに、なんでもない。ただ、あいつも大変だと思ってな。友達(・・)、か……」

 

 これは明らかに気づいていないだろう。流石は朴念仁。校舎裏に二人きりで呼び出されて「付き合ってください」と言われて「いいぜ、どこにだ?」と素で返した小学生の頃からまるで成長なし。

 

 実に、らしい(・・・)

 

「うん? 箒は鈴と会ったことがあるのか?」

 

「昨日、偶然な。初めてのIS学園に迷っていたところを、案内したくらいだ」

 

「だったら、教えてくれたってよかっただろ?」

 

「秘密にしろと言われていたんだ。黙っていろ、と」

 

「なんでだよ……」

 

 ――分からないだろうな、こいつには。

 

「あ――――!!」

 

 突然。

 

 屋上の扉が音を立てて開かれ、少女の叫びが響き渡った。思わず箸を止める。現れたその少女は迷うことなく一直線でこちらへと駆け寄ってきて、唐揚げを咥えたまま目を丸くした、織斑一夏に拳銃のように突きつけた。

 

「なんで食堂に来ないのよ、待ってたのに!」

 

 ツインテールを「ぴょこぴょこ」させて――

 

 凰鈴音は。

 

 声を大にして言い放った。

 

 

「他の人に屋上にいるって聞いて、慌ててラーメン食べ終えてこっちに来たんだからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 「 ホット(パンツが似合う)ガール 」














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