セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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■■24 「お前は俺を殺す気か」

 

 

 

 かつて交わした約束は、今でも鮮明に思い出すことができる。

 

 ――「跳ぶか、跳ばないか。違うな。跳べるか跳べないか……それが問題だ。お前はきっと跳べる人間だ。俺は」

 

 そのときの「彼」の顔。紫煙の向こう側に、遠い目をして言ったあの人(・・・)の表情を自分は、永遠に忘れない。

 

 ――「俺は……今は、どうなんだろうな。かつてとは、違う、あまりにも。……何もかもが。今は、もう」

 

 ――「マスター(・・・・)。でしたら」

 

 私は。

 誓ったのだ。

 

 

 ――「私が……」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 セシリア少女が屋上で白雪軍人(しらゆきむらと)たちと昼食を取るようになったのは、クラス代表決定戦後に自身が起こした騒動の謝罪をしたあと、もう一度「一対一」で白雪雫と話をしておきたいと強く思っていたため、教室でではなく、放課後に彼女の寮部屋を訪ねて、そこで改めて会話したことがきっかけであった。

 

 ――「次はないぞ、セシリア・オルコット」

 

 あのとき自分は雫の大切なものを罵った、故にこそ彼女は激怒した。もし自分の大切にしているものを侮辱されたら、セシリアも――雫ほど直情的に行動したりはしないだろうが――激しい怒りを覚えたことだろう。その点で自分たちは同じだった。

 

 彼女の思いが理解できた。だから、誠心誠意謝ろうと思ったのだ。しかしあれほど怒っていた相手だ、もしかしたら許されないかもしれないと、そう心構えしていたのだが……、

 

 ――「許して、くれるんですの?」

 

 意外にも。あっさりと、雫はセシリアを許した。その平然っぷりには、謝罪した側が混乱してしまうほどであった。

 

 ――「兄様から聞きました、貴女にも事情があったことを。だからといって兄様を罵倒する理由にはなりませんが……兄様から言われていますので。仲良くしてやって欲しい、と。だから、完璧に納得しているわけではありませんが、頑張ってみようかと思いました。つまり――そう、まずは一度だけ、貴女を許そうと」

 

 ――「白雪さん……」

 

 ――「雫で構いません。仲良くするのなら、名前で呼び合うのがセオリーだそうですので。なので、兄様のお願いですから致し方ありませんが……私も、貴女をそう呼んでも?」

 

 その提案を、了承した。

 

 ――「もし貴女が本当に反省しているのなら、日頃の行動で示してください。誠意(・・)を。そうすれば私も貴女を認めます」

 

 認められるチャンスをもらった。セシリアは目の前の少女と白雪軍人に感謝した。そして必ずやこの機会をモノにしてみせると決意した。

 

 そうして「仲良く」するためにセシリアは屋上での昼食会に参加するようになった。そこで自分以外のメンバーが「お弁当(ランチボックス)」を持ち寄っていることを知り、少女は()かさず「これですわ!」と思いついたのである。

 

 そして今日は朝から仕込みをし、ついに今、その「集大成」を此処に昂然と披露する――!

 

「ふふふふふふ! さあ皆さん刮目なさい、これこそメイド・バイ・セシリアの究極お弁当(ランチボックス)! その名も――『イノセント・ガーデン』ですわ!」

 

 ぺか―――!!

 

 

 

 ◇

 

 

 

 少年は。まず弁当の一角に詰められた「マヨポテサラダ」に着目する。ふっくらとした好い色のじゃがいもに、瑞々しくも水っぽくないきゅうりと細切りにされた玉ねぎ、ニンジンがちょっとした彩りとなっていて、マカロニの光沢と、かつ刻まれたハムが相乗効果で食欲を見事に誘っている。加えてレタスを皿にして一つずつ小分けしてあるため、他の人の箸を気にする必要もない。

 

 次に着目するのは「肉だんご」である。丸まるっとした品の好い形のだんごに、とろっとした艶のあるソースが垂らされており、これは目にしただけで実に男子の胃袋を刺激する。きちんと他のエリアにソースが流れないようレタスで防がれているのも気遣いが行き届いていて素晴らしい。

 

 三品目は「だし巻き卵」である。ミニトマトをトッピングし、中にのりを混ぜているのか、綺麗な渦巻きが浮かび上がっている。これも実にグット。

 

 最後にメインと思われる「三角サンドイッチ」を見る。中身がこぼれないようにピッチリとくっついているため、具は食べてみてのお楽しみということなのだろう。

 

「いいの、食べても? 見た目も綺麗だし、すごく期待できそうだな……」

 

 織斑一夏は、調理に慣れない姉のために物心ついた頃から励んできた長年の料理研究によって同世代の人間よりも遙かに優れた「審美眼(あくまで料理限定)」を有しており、彼自身もまた己の観察眼を自負していた。そして培われてきた経験から、目の前に提示された「料理」は構成の良し悪しには議論の余地があるものの、単品として見れば好いものであると判断し、自ずと期待値を上昇させながら、

 

「ふふ。初めてにしてはよく出来たほうだと思いますわ。どうぞお食べになって。皆さんも」

 

 まずは肉だんごを箸で挟み(ぶっ刺す、というような無粋な真似はしない)、口へ運んだ。

 

 一噛みで、肉汁が染み出し……

 

 

「――――――――――――――――!? っ!!? っっ!!? フオオオオアアアっ!!?」

 

 

「なっ、なんだどうした、どうしたんだ一夏!?」

「フオオオオオオオオオ!!」

「どどどどどどどどどどどうしたんですの急に!?」

「フオオオオオオオ――――――――――!!」

 

 ――なんだよこれ(・・)は。なんなんだよこれ(・・)は!?

 

 「ジョリジョリ」して、「グニャグニャ」して!

 「プリプリ」してるところがあれば、「コリコリ」してるところもあって!!

 なのに噛むほど「メチャクチャ」甘いうえ「トンデモナク」辛くて、猛烈に舌がありえないくらい「ヒリヒリ」痺れて内頬「|シュワシュワ」して「ビリビリ」して「ジュクジュク」して!!

 なんだこれ(・・・・・)!?

 

「フオオオオアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「おおお、お茶だ。ほらお茶だぞ一夏! ほら、飲むんだ! 飲み干してしまえ!」

 

「フッ……フォアアアオオオ……………」

 

「……セシリア。何を作ったんですか?」

 

「な、何って――普通に、普通の肉だんごを……っ!?」

 

「ブオオオオオオ!? ブオオオオオオオ!!」

 

「わっ、すまない! 熱すぎたか……」

 

「ヒョオオオオオオオオオ……」

 

 

 大惨事である。

 

 

「……わあ……」

 

「な、なんですのその目は!? (わたくし)、ちゃんと作りましたわ!」

 

「………………、」

 

「ほ、本当ですわよ? 先生や雫さんたちをびっくりさせたくて、必死にやったんですものっ!」

 

「うわ……織斑くん涙目になってる……」

 

「そんなっ! し、信じてください。私、本当に……っ」

 

 雫は。セシリアの目を()っと見て嘘ではないと理解したものの、ずらした視線の先に、かッ開いた目蓋から眼球を飛び出さんばかりにしている学園唯一の男子学生の無残な姿を捉えると、ため息一つ。小さく首を振った。

 

 そんな目で見られても危険物は受け付けません。そうきっぱり言おうとしたところで、しかしセシリアは今度は白雪軍人をほうを見て、

 

「本当ですわ。信じてください、先生……」

 

 ――あ、これはまずい?

 

「うう……んー、そう、か。そう、だな……」

 

 ――まずい、兄様が迷ってる!?

 

「だっ、ダメです兄様、危険すぎます! 兄様が食べるくらいならまず私が先に毒見を!」

 

 手で制止して、雫は混沌の元凶である「イノセント・ガーデン」と向き合った。見た目が文句なしに良いだけに、これではまるで簪がプレイするゲームに出てきた「宝箱を装って冒険者を捕食するモンスター」のようである。

 

「おい雫、無茶は――」

 

「大丈夫です、兄様のためですから! だからっ、いいですか私がダメだと言ったら絶対に食べないでください!」

 

「む、無茶……」

 

「オルコット。いちおう訊いておくが、この料理はハラールなのか? もしそうでないのなら、雫は食べられんぞ」

 

「え、ええ。皆さんに食べてもらえるように、食材はちゃんと認証されたモノのみを使っていますわ。だから雫さんも、食べても問題ないはずですわ……」

 

 憧憬を向けている相手から初手料理を「無茶」呼ばわりされて実はひっそり傷ついていたセシリアだが、そもそもこの評価は完全なる自業自得であり、哀れかな雫はそうしていざ、「勇気」を奮い立たせて「肉だんご」に、震える箸を伸ばし、口に含んだ――

 

 そして、結果は案の定である。

 

「――――――――クアワッ!? フォッ、………っ、………っっ、……ッォ、」

 

 なんとか――

 飲み下して。

 

「こっ、こおおっのっ、くそったれ(・・・・・)金髪女(ゴールデン・コーン)!! きさま、はじめからたばかる気でいたか!!」

 

 量子の輝き。半狂乱の少女の「部分展開」した手の平に出現する、世界最強の自動拳銃――

 

「ちょっと雫!?」

「ひぃいっ―――!」

 

 五〇口径マグナム(デザートイーグル)を握りしめて、

 

「こんなもの――!」

 

 洗練された動作で遊底(スライド)を引き、安全装置(セーフティ)を解除。

 銃口、テーブル上の「標的」を捉えつつ、

 引鉄を引き絞る――

 

 銃声、爆散した肉片、木っ端となる木片、飛散した液体、

 

 あわや血の海となる、その間際(・・・・)に。

 

「――っ!」

 

「洒落になってねえぞ、ド阿呆馬鹿たれが」

 

「放してください兄様! こんなっ、こんな(・・・)もの……今すぐ抹消しないと! 危険です!」

 

「まずはお前が落ち着け」

 

 さしもの白雪軍人も慌てた様子で取り押さえると、その隙に簪が拳銃を奪い、男性教師は疲れたように肩を落とした。簪もげっそりとした表情を浮かべている。

 

「お前は俺を殺すか、社会的に……こんな人目の多い場所で目立つ銃など取り出すな」

 

 落ち着いたか? 強引に頭を抱き寄せてあやすように撫でつつ、囁く。喘鳴する織斑一夏の背中を擦っていた箒は「叱る箇所がちょっと変じゃないのか」と思うと同時に、既に部分展開を解いて一瞬で借りてきた猫のように大人しくなっている雫を見て、急に羨ましいような腹立たしいような感情が込み上げてきたあまり、

 

「いっ、いたっ、痛いって箒!」

「あ、すまん。つい力が入ってしまった」

 

「つい、ってなんだよ……いや、おかげでだいぶ楽になってきたから、いいんだけどさ。ありがとう……」

 

「気をつけろよ? 流石に肝が冷えたぞ」

 

「イェス。すいません……我を失ってしまって」とっくに激昂とは別の感情で赤面している少女が、動揺を残しつつ、言う。「あの、兄様。もうだいじょうぶですから――その、あの」

 

「ああ、うん。分かった」

 

 解放されると、ちょっぴり残念そうな顔を引きずりつつも。すいませんでした、と頭を下げた少女に、簪は若干引きつった笑みながらも、ちゃんと安全装置をかけ直してから――ちなみに弾倉は全弾装填状態であった――拳銃を返した。

 

 白雪軍人が他のテーブルで硬直していた生徒たちの視線を「大丈夫だ、問題ない」と言って遣り過すと、なんとか最悪の事態は過ぎ去り、そうして今度は必然的に沈黙(だんまり)してしまったセシリア少女へと注目が集まる。

 

「………、」

 

 泣いてこそいないものの。俯いてショックを受けている様子を見るに、泣き出すのは時間の問題のようにも思えた。

 

 白雪軍人は。気取られぬよう内心でため息を吐きつつも、あっ、と雫が声を上げるよりも早く箸を伸ばし、ぱっ、と(くだん)の肉だんごを口に放った。

 

「ムーお兄ちゃん!?」

「あにさまっ……!?」

「白雪先生……!」

 

 咀嚼。なるほど確かに酷い味(・・・)だ、何をどうすればこうなるのか、そもこの味でどうやったらこんな詐欺同然の外見に仕上げられるのかほとほと謎である――しかしそれらの思考は表には出さない、少し眉間に皺が寄ったくらいで、彼は嚥下する。そして、続けて次の料理に挑んだ。

 

 表情は変わらない。

 

「そんなっ、先生平気なんですか!?」

「軍人……っ」

 

 五人が驚愕に目を見張る。男性教師は淡々と「イノセント・ガーデン」の一通りを味わい終えると――サンドイッチに関しては、半分にちぎってそれを食べた――自分がもしかしたらとんでもない馬鹿をしてしまったのではないかと気づきつつある少女の名前を呼んだ。案の定、びくり、と肩が震える。

 

「オルコット。色々と訊きたいことはあるが、まず始めに……君は味見はちゃんとしたのか?」

 

「い、いえ……していませんわ」

 

「なっ、なに考えて――!」

 

「雫、あとにしろ」

 

「……すみません」

 

「それで――それは、どうして?」

 

「わっ、(わたくし)、上手く出来たと思って。それに、初めては」次第に小さく、最後は掠れるような音量で呟いた。「先生に召し上がって欲しかったから……」

 

「なら、君はまず知るべきだな。食べてみろ」

 

 優しい声色。促されるまま、セシリアは恐々と自分の料理を口に含んだ。

 

 直後、

 

「――――ファボッツァ!!?」

 

 奇声を上げてピンッと背を伸ばし、天井を見つめて動かなくなる。全身が鳴動する大地のように振動しており、そのつど彼女のシンボルでもある美しい金髪が激しく波打った。

 

「セ、セシリア?」

 

 隣に座る箒が声を掛けようとした、と同時に立ち上がり、一目散に走り出す。

 

 そして(つまず)いた。

 盛大に。

 

 顔面から。

 

「………………………………、」

 

 あまりの居た堪れなさに、重たい沈黙が訪れる。

 

 肩を震わせたまま。少女は、直ぐには起き上がれない。ぶつけた箇所は痛むものの――それよりも、あまりに屈辱的で、不甲斐なくて、恥ずかしくて。自己嫌悪で、しかし心象とは真逆に憎たらしいほど空は快晴で、だから余計に惨めで、面を上げることもできない。そんななかで、近づいてくる気配を感じる。

 

「大丈夫か」

 

 直ぐに分かった。ここのところ、自分はこの人のことばかりを考えていたから。今日のことだって、彼を意識していたのは間違いないから。

 

 ――だからこそ、特に。

 ――この人には。今の自分を見られたくはなかった。

 

「見ないでくださいまし……」声が、震えかかっている。

 

「怪我してるかもしれないだろう。ほら」

 

 けれど、少女の要望は残酷にも無視されて。青年はそっと少女の肩を引いて、身を起こさせる。指が、赤らんでいる頬に触れて――

 

 至近距離に、彼の顔。目が合う前に咄嗟に伏せようとすると、「こら。じっとしてろ」と優しい声で怒られた。まるで子供の失敗をそっと叱るような優しい表情。まじまじと見られている、吐息がかかりそうなほどの近さ。火が出そうなほどに、ただただ恥ずかしい。悲しさが薄れたわけではないのに、一気に恥ずかしさと嬉しさが入り混じって感情が忙しかった。なにか言えるだけの余裕もなく、彼の触れる指先だけが敏感で、優しくて……、

 

「傷は……ないな」

 

 よかった。立てるか。姿勢を起こした彼に、見上げる形となったセシリアは、「あの、先生……私……」

 

「怒っちゃいないさ。ただ、いきなり走り出すのは感心しないな。怪我をしたらどうする」

 

 その言葉に、まぶしいものを見たような気がした。ほら、戻ろう。白雪軍人が差し出した手に、少女は吸い寄せられうようにして、自身の手を重ねて――

 

 

「なんだ、この……急に……あの甘ったるい空間は――!?」

「セシリア・オルコット、兄様にあんなことしてもらって……まさか初めから計算して――!?」

「ははは……」嘆息。「なにこの茶番」

 

 

 誰しも予想し得なかった展開に、主に女性陣は憤懣やるかたない想いを抱いたとか、抱かなかったとか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 放課後。

 

 箒は連日のように剣道場で汗を流し、胴着姿から制服へ着替え終えると、杖袋と道具袋を手にし、一旦寮部屋のほうへと戻る、その途中であった。

 

 荷物を置いたあとは、雫の部屋で他のメンバーたちと合流し、夕食にする予定である。あの騒動(・・・・)――即ち昼食時に屋上にて繰り広げられた幻の傷害未遂事件――がセシリアの謝罪によってなんとか収まりを付け、それがきっかけで彼女は「雫と簪の料理研究」に強制参加することとなったのだが、この集まりには箒も興味をそそられたため、まずはその説明と研究成果を兼ねた、お披露目会に参加することにしたのであった。

 

 いちおう料理は作れる側の箒だが、同じ部屋で男子である織斑一夏の実力は自分よりもまず間違いなく上に位置するし、古風な家柄に生まれた彼女は「女は家事料理ができて当たり前」という感性を引き継いで今日(こんにち)まで生きてきたため、同居人に対して一種の対抗意識が生まれており、今回の参加はちょうど好いタイミングであったといえよう。

 

 研究会メンバー筆頭の雫の実力は昼食時のお弁当からもある程度は察することが出来ていたし不安はない、……本音を言えば、白雪軍人の弁当を彼女が作っていることにジェラシーのようなものを感じている部分は無きにしもあらずであったが、逆に、目標があればこそ、またやる気も出るというものである。

 

 ――それにもしかしたら、またあの「紅茶」が飲めるかもしれないしな。

 

 脳裏を過ぎるのは、昼に謝罪と称して振舞った、セシリアの持ち込んでいた「紅茶」のこと。

 

 月とスッポンというくらい、彼女の「料理」とはまさに対照的で、あれは実に格別な味であった。

 

 ――美味しかったなあ。緑茶もいいが……、紅茶もあんがい、侮れないものだ。

 ――そうだ。お茶請け、どっちにも合うものを持っていこう。もしもセシリアが持ってきたときのために。何がいいかな……

 

 よく運動したぶん腹が減る。正常で健康的な思考を少女が巡らせていると、第二校舎の廊下を渡りきったとき――

 

「む?」

 

 花壇で囲まれた中央広場に設置されているIS学園案内板の前で、バックパックを背負った小学生くらいの少女が、手元の用紙と案内板を何度も見比べている姿が視界に留まった。

 

 その表情は遠目であっても穏やかとは言い難く、ツインテールにしている少女の髪が、少女がぶつぶつと呟くたびに「ぴょこぴょこ」と揺れ動いている。

 

 ――迷子、か?

 

 不審者という線はすぐに消す。まず見た目が幼いし、堂々と人目につきそうな行動を取っていることからしても、学園の入り口(ゲート)を正式に通ってきたと考えるべきだ。やはり、迷子か。

 

 ――確かにIS学園は広いからな。ここでの暮らしにも慣れてきたとは言え、広すぎて、行ったこともなければ聞いたこともない施設なんてざら(・・)だ。

 

 初めてならば、なおさらだろう。

 

 そういえば、と箒はセシリア事件のあとに白雪軍人が言っていたことを思い出す。

 

 ――「そういえばこれはまだ発表していないが、転校生(・・・)が来るらしいぞ。同じ一年生だ」

 

「おい、そこの……少女」

 

 陽も落ちつつある。どちらにせよ、このまま見なかったふりをするわけにもいかず、声をかけた。

 

 ――「中国人で、名前は確か……」

 

「ん? なに――あ、生徒発見」

 

 ちんまいという表現がぴったりな体型ながらも、勝気そうな顔つきの少女が振り向く。首を、傾げられた。

 

「……あれ? あんたって、もしかして」

 

 

 ――「凰鈴音(ファン・リンイン)。中国代表候補生だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 邂逅。













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