セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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■■02 彼との邂逅2

 

 

 

 「更識(・・)」――

 

 その名詞は「裏」と深いかかわりを持つ人間にほど、特別な意味を持つ。

 

 「日本」の暗部。対暗部組織。公安とも違う、名前そのものが表に現れない秘密機関。

 

 更識簪は、そんな一族のもとに生まれた。

 

 しかしそのとき(・・・・)彼女はまだ小学六年生。

 

 か弱い、ただの無力な少女に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 夏休み。本日発売予定の漫画を買いに、一人でお出かけした、その帰りだった。

 

更識簪(・・・)

 

 浮かれていたのだ。鑑賞用と保存用に購入した二冊を抱えて、家で開封する瞬間を「るんるん」と待ちわびながら歩いていたところ、名前を呼ばれた。

 

 振り返る。

 

「―――」

 

 黒のワンボックスカー。覆面の男(・・・・)

 

 鳥肌。声を上げる間もなく、連れ込まれた。袋が滑り落ち、中身が散乱する。

 

 車内には銃で武装した男たち。暴れようとするも、ガムテープで口を塞がれ、後ろ手に結束バンドで拘束された。

 

「わめくんじゃねえよ。あんまりうるさいと、切り落とすぞ?」

 

 恐怖に震える。涙が滲み出す。しかし、彼女はアニメやコミック・ヒーローのように、悪党に抵抗する術を持ち得なかった。

 

 ―――。

 

 暫くしてワンボックスカーが停車した場所は、コンクリートの壁や剥き出しにされた鉄骨、半分しか嵌め込まれていないガラス窓といった状況から見ても、どうやら途中放棄された建築現場のようであった。

 

 無造作に腕を掴まれ、埃まみれの床に転がされる。犯人たちが持ち込んだらしい機材以外には、何もない殺風景だった。

 

「――■■■に連絡を――」

「――■■■を警戒したまま――」

 

 ――どうなるのだろう、わたしは。

 

 顔を上げる。機械を操作している男たちの傍らで、少女の監視役らしい目出し帽の男と視線が合った。浮かんだのは、尾籠な笑み。即座に目を逸らす。その反応すらも、男にとってはそそる(・・・)ものらしい。

 

 ――このままもう……会えないのかな。みんな。

 ――お姉ちゃん。

 

 片手に短機関銃を揺らしながら、腰を上げた男がゆっくりと近づいてくる。醜悪な表情。震えが止まらなかった。お姉ちゃん。もう一度呟く。

 

 それでも。助けは、来ない。

 

 

 そのはずだった(・・・・・・・)

 

 

 初めに気づいたのは、機械を操作していた男の一人。顔を上げた先で、思わぬ人物が目に入った。

 

 中学生か、高校生ぐらいの東洋人。精悍な顔立ちで、黒髪は肩に触れるか触れないかくらいまで伸ばされており、細身のラウンドフレームでレンズが紺色の眼鏡を掛けていた。その視線は、男たちの背後、倒れている少女へと向けられている。

 

 予期せぬ闖入者に、面倒そうに顔を見合わせる男たち。少女を、何より武装しているところを目撃されたのだから、逃がすわけにもいかなかった。

 

 一人が促され、少年へと銃口を向ける――

 

 その姿が消えた(・・・)と思った瞬間、人体がボールのように蹴り飛ばされていた。破砕音。猛速度で激突すると、男はガラスを破って外へと見えなくなった。

 

「―――」

 

 訪れた沈黙。武装集団が呆けている。少女を誘拐した犯人たち同様、少女も目の前の光景に言葉を失った。太陽の光が差し込み、衝撃で舞い上がった埃がきらきら(・・・・)と乱反射して美しい。

 

 その景色を生んだ少年(げんきょう)は、自然体で無愛想に佇んでいる。

 

「てめえ!」

 

 復帰した一人が短機関銃(サブマシンガン)の引鉄を絞る――よりも早く肉薄し、鳩尾を一突き。少年の(ふた)回り以上はある巨躯が急所を穿たれて浮かび上がると、物言わず地面に転がり落ちた。

 

「次」

 

「っ――あああ!?」

 

 恐怖。

 悲鳴――銃声。

 

 しかし当たらない。

 

 冷徹。即行。

 機械のように。

 

 作業するように、少年は。

 

 〃、々――

 

 速い、という次元ではない。認識が追いつかないのだ、六メートルはあろう距離が気づけば(・・・・)詰められており、拳を打ち込まれている。およそ人に為せる響きではない壊音が響き、問答無用で意識を絶たれる。

 

 まるで理不尽。さながら常識外れ(ファンタジー)のように。

 

 少女は、食い入るように見つめていた。その動きを目で追いながら(・・・・・・・・・・)

 

 圧倒的に揮るわれた暴力(・・・・・・・・・・・)はすべての動作に無駄がなく、信じ難いほどになめらかで、感嘆を吐くほどにしなやかで――美しかった。まるで舞踏をしているかのよう。そしてそのいずれもが「必殺」なのだ。

 

 いつの間にか、残りは一人になっていた。ああもう終わってしまうのか。思わずそんな場違いな感想を抱いてしまうほどに、彼女は魅了されてしまっていた。

 

「――動くんじゃねえぞ! う、動いたらっ、こいつを殺……」

 

 少年は。足先で短機関銃の負い紐(スリング)を引っ掛け上げると、片手持ちで躊躇いなく引鉄を絞った。

 

 尾籠な笑みをした男の腕ごと短機関銃が吹き飛ばされる。絶叫。鮮血。続けて胸にも撃ち込まれる。衝撃でひっくり返る。

 

 再び訪れた静寂。

 

 少女は。陶然とした表情で、叫ぶことも逃げ出すことも忘れたまま、へたり込んでしまう。頬は、運動したあとのように赤い。

 

 少年は防弾ベストのおかげで呻き声を上げるだけで済んでいた男の顔面に拳を振り下ろし――骨の、人体の砕ける(・・・)音――気絶させると、少女と向き直った。

 

 暴虐を嵐と演出した人物。近づかれる。手が伸ばされる――

 

 はっと我に返り、まるで叱られるのを恐れるかのように目を瞑ると、いきなりガムテープを剥がされた。

 

 ひりひり(・・・・)とした痛みに、恐怖とは別の意味で目が潤んでくる。後ろに回られると、結束バンドは呆気なく切断された。

 

「無事か。君」

 

 低めの、想像していたよりもずっと〃々格好好い声で。

 

「……っ、は、はい。あの……あ、ぁ……」

 

「………、」

 

 少年は膝をつくと懐からハンカチを取り出し、返り血を浴びた部分を拭ってくれる。

 

 顔に。

 彼の、指が。

 触れて――

 

「あっ、あの! あなたは」

 

「かんちゃあああああああああああああああああああん!!」

 

 突然、建物入口から、水色の髪。外見だけなら少女とそっくりな彼女の姉が、咆哮を上げながら突入してきた。

 

 背後には、武装した黒服たちを引き連れている。

 

「かんちゃんを放しなさい!」

 

「ま、待ってお姉ちゃん……っ」

 

「ああかんちゃんっ、血、なんてこと、怪我して……、っ待ってなさい今すぐ助けてあげるからね、そこのおまえ、今すぐかんちゃんを放しなさいッ、でないと今すぐにあんたの身体を八つ裂きにして――!」

 

 鬼の形相。しかし先ほどの蹂躙を見たあとでは、まだ可愛いほうだった。

 

 ちらと隣を盗み見れば、立ち上がった少年は冷酷な目つきで姉を見定めている。僅かに足を引き……、

 

 ――ああ、これは(・・・)まずい(・・・)

 

「だからっ、待ってって言ってるでしょお姉ちゃんのバカ―――!!」

 

 家族(あね)の、助けてくれた人への理不尽ゆえか。あるいは常識から隔絶した暴力が家族(あね)(ふる)われることを恐怖したためか、それとも何よりもこの少年に身内の()を見られたくないという無意識裡に生まれた願いからか。

 

 絶叫。男たちに囚われていた時には出せなかったほどの。思わず両名の動きが止まる。

 

「か、かんちゃん……」

 

「お姉ちゃん、この人は――私を、助けてくれた人なのっ」

 

「…………………………………………え?」

 

 姉が。見事に硬直して。

 

 黒服たちは戸惑っている。

 

 妹は。嬉しいような恥ずかしいような複雑な想いを抱きながら、おずおずと少年へ感謝を告げた。「わ、私は更識簪。助けてくれて……ありがとうございます」

 

「更識?」まさかな、と苦笑いするように呟くと、彼は驚くべき言葉を続ける。「もしや、君は。更識楯無の娘か」

 

 ――なぜその名前が。

 

 再起動した姉が警戒心を最大にしたと同時、くつくつと彼が肩を揺らした。

 

「なるほど、ご当主の娘子だったか。お初にお目にかかる、俺は白雪軍人(しらゆきむらと)。更識の者には世話になっているよ」

 

 冷酷なのが嘘であったかのように、穏やかに微笑んでいる。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 小学六年生の夏、私は誘拐された。

 

 

 

 ――(ヒーロー)と出会ったのも、そのとき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















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