セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の 作:ishigami
◇
職員室の一角。
面談室にて――
「どうなってるんだこれは!」
対してソファーに座る
「どうもこうも、明らかでしょう」
テーブルにはゴシップ向けの週刊誌が置かれてある。ページをめくると「IS学園に勤務する男性教師S、生徒に対して暴力を振るう?」のでかでかとした文字が目に入り、関係者であれば流し読みしただけでも実際の内容とは掛け離れた、露骨なまでに「生徒」寄りに脚色された記事であると判じれるであろう――
しかし外部の人間はそうは思わない。ホームページから男性教師の正体に辿り着くのはあまりにも容易であり、このままだと「白雪軍人」は社会的に潰されてしまう可能性があった。「冤罪」によって将来を絶たれるケースは、女尊男卑の世の中になり確実に増えているのだ。
そして誰がリークしたかなど――もはや考えるまでもないだろう。連絡を受けて直ぐに「探り」を入れたことで、既に証拠は掴んでいた。
濁った瞳でこちらを睨んでいた少女。
――ああ、残念だよ。
――この選択は、あまり賢くない。
「昨日、あれだけ気をつけろと言っただろう! IS学園の内部情報の流出の危険性という建前で回収は指示してあるとはいえ案の定! 女権団から抗議と取材の問い合わせが早朝から殺到して――」
「織斑先生。突然で申し訳ないんですが、今日の午前の授業はすべて空けてしまっても構いませんか?」
「は、はあ――!? き、貴様このっ馬鹿ッ、この馬鹿! 急に何を言い出す馬鹿!」
「酷いですねえ」にやり、と。それは彼女の破天荒という表現では収まらない親友が、悪巧みするときの笑みに似ていて。「いえ、ね。どうせ取材も女権団の仕組んだ出来レースの算段が高いでしょう。なら騒ぎがこれ以上大きくなる前にさっさと
「お前なあ!」
「ありがとうございます。こんなときのために自習用の用語問題集を作っておいたので、こちら、渡しておきますね。いやあ、よかったよかった」
鞄から取り出した用紙の束を置いた。クラス別に付箋で分けてある。
「おい……おいおい待てこらおい――おいお前、貴様、おい、おい、なに勝手に行こうとしてるお前、こらっ、白雪、白雪兄! 人の話を聞くときはちゃんと相手の目を見ておいこらさっさと行こうとするな――!」
出入り口、扉に手をかけて。
追いついてきた織斑千冬に、振り返る。
職員たちの視線が集まるなかで、微笑んだ。
「ではご迷惑おかけしますがあとはよろしくお願いしますね。詳しい話は更識から訊いてください」
扉の閉まる音。
静寂。
凍りついた空気。
「……せ、先輩?」
織斑千冬は。
ぷるぷると震えながら、閉ざされた扉を眺め続けていた。
◇
自室にて。
立ち上げたノートパソコンを卓上に置き、携帯電話を取り出す。
「………あら、今やお尻に火がつきかかっている白雪先生じゃありませんか」
「楯無。事前に話した通りだ、これから今回の件に関わった生徒、生徒の母親の企業、繋がりのある女権団を
「あーあー聞こえなーい! 私にはなあんにも聞こえませえ―――ん!」
「知っているよ。お前は
深い――〃々ため息。
「……ほんとうにやるのね?」
「当然だろう。虎の尾を踏んだんだ、知ってか知らぬかは虎には関係ない。食われても文句は言えないだろう。それにお前にとっても悪い話じゃない」
「確かに、貴方から受け取った内通者の情報は正しかった……いつの間に調べたのかは大いに疑問だけど、だからって、ねえ? 貴方の濡れ衣を晴らすのは構わないわ、でも今の私は生徒会長なのよ。教師のほうはともかく、この学園の生徒の一生を破壊するような真似――」
「
「………、」
「もう火遊びの段階じゃない、これは、俺にとってもシリアスな問題だ。当事者だからな。向こうも、こういう事態になると分からなかったはずないんだから」
「それは、そうだけど」
「別に家族を皆殺しにされたり、レイプされて売り飛ばされたりするわけじゃないんだ。積み上げてきたすべてを失った結果、これまでの行いによっては、いずれそうなるかもしれないがな」
憂う吐息。使った表現に対する嫌悪感が露わになっている。しかし、恨み辛みの膨れ上がった今の世の中では些かも誇張した「想像」ではないのだ、それを分かってもいるのだろう。
想像や「予想」ではなく、現実に地続きしている「予測」なのだと。納得は別にしても。理性で。
「
「っ……こんなときだけ名前で呼ぶのやめてよね! ちょっと甘く囁けば簡単にひょいと頷くような女じゃ私、ないんですからね!」
「はは」
「なにそのわかってますよみたいな笑い方!」
「刀奈。勘違いするなよ、これはお願いじゃない、ただこれから起こることを教えてやってるだけだ。知った相手だから、唐突に始まるよりかはそのほうがいいと気を回したのさ。それ以外の何でもない」
息を呑む音。
「……サポートはできないわ」
暫くして、感情を押し殺すような声が返ってくる。納得も、強引に呑み込むことにしたらしい。そうでなくては「楯無」は務まらない。理性的で合理的な判断。
「必要ない。暗部での実力は知っているだろう?」
「そうよね。今更よね、貴方には……」
「今度、食事にでも行こう。簪も誘って」
「……それって、ぜったい雫ちゃんも来るんでしょ?」
「だろうな」
呆れたような声。「――まあいいわ。そのうちにね。じゃあ、……私は何も知らないけれど。でも、武運を祈っているわ」
「ああ」
通信終了。
携帯をベッドに放り出す。
USBポートにフラッシュメモリーを差し込み、PCと同じく自作した
かの「天災」にも認められた――白雪軍人のもう一つの
更識から連絡を受けて直ぐに勘が働き、白雪軍人は週刊誌を出した出版社のネットワークへと侵入、編集長や担当した記者のPCから今回の「記事」を指示したメールを割りだし、黒幕の名前を突き止めていた。
判明したのは、ある企業の社長の名前。三人のうち最も印象に残っていた少女の、
検索――
参照――
表示された文字列の中に
無機質な
他の音は何もない。絶え間なく変化し続ける画面。文字。数字。繰り返し。
――やってはいけないことというものは、確かに。
何があってもそれだけは決して犯してはいけないもの。だからこそ、やった瞬間、あらゆる優遇措置や特権を無視して反動は引き起こされる。それは自然の節理のように。因果のつじつま合わせのように。確固たる道理として。
反動という代償を。責任を、取らなければならない場合というものは、やはり――
――逃れることはできない。
――やってはいけないことを、やったのだから。逃すつもりもない。
「脆弱なセキュリティだ」
――それでは、始めますか。