セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の 作:ishigami
三人の少女が見下ろされていた。
冷徹に見下ろしている男の名は、
「殺意」を湛えた瞳で。
彼の、左目の
これ以上、視線を浴び続ければ耐性のない少女のことだ、精神が立ち返りのつかないところまで蝕まれてしまう――
「白雪先生!」
そんなときだった。
「――山田先生」
二つの巨峰をばいんばいん揺らしながら、一年一組の副担任である山田真耶が駆け寄ってきた。息を切らして壁に手をつき、呼吸を整えて顔を上げると、
「そんなに慌てて、どうされたんですか」
「それは私の台詞です! 生徒からこちらで大変なことが起こっていると聞いたので急いで来てみたら……」
三人の涙目の女子。一人は尻餅までついている。対して平然な様子の男性。この状況を客観視すると――
「何があったんですか」
意外にも生徒ではなく白雪軍人に訊いた山田真耶は、先入観を持たない冷静な対応を見せたのであった。
「そ……」
しかし彼が口を開こうとしたと同時、発言を阻むように一斉に、生徒らは先程までとは打って変わって「かわいそう」な少女の声を作って泣く〃々事情を語り始めた。
「こっ、この男が――」
「私たちを――」
「酷い言葉で――」
喋る隙を与えない怒涛の垂れ流しであり、おいおい、と男性教師が思わず呆れて苦笑いを浮かべてしまうほどであった。否定しようとすれば人目をはばからず大声で泣き出したうえ、周囲には人だかりが出来つつある。
ついには「自分たちはこの男から許しがたい侮辱を受けた、暴力を振るわれかけた」と説明し始め、山田真耶の表情が徐々にこわばってきていたところで、白雪軍人は胸ポケットに差していた万年筆を取り出し、スウィッチを押した。
「その余裕ぶった顔……ふん、セシリア・オルコットをオトして、さぞやいい気分ってわけ?」
「―――」
泣き声が、不自然に止まった。喧騒も、一瞬で静まり返る。
「立派だと聞いていたくせに、結局オルコットも馬鹿じゃないの!? なんでこんな男に……この学園に男がいるというだけでも気色悪いのに、さも教師然と振舞うことが許されているなんて本当に最悪ね!」
「あ、あ……」
その他にも、続々と「証拠」が流れていく。白雪軍人へ向けられていた視線の感情が変質し、いつの間にか泣き止んでいた少女たちへと集まっていた。
「これでも技術屋ですからね。アイデアを思いついた時に、忘れないように記録する手段は常に持ち歩いているんですよ」
白雪軍人は指先で揺らしながら、愉快そうな笑みを作った。――ちなみにこれは筆記具としての機能も備わっているので、普通に使うこともできる。
意外なところで役に立ったな。独り呟くと、隣では「事情」を把握した山田真耶が尻もちの少女に対し早く立ち上がるよう言っていた。
――へえ。この人も、こんな表情をするのか。
――普段があんなに
「あなたたち……続きは職員室のほうで聞きます。来なさい」
冷ややかな眼差し。織斑千冬からは、信頼できる人間だと聞いていた。仕事はできる。確かに、そうであるらしい。
「ちょっ、と……通してくれ!」
人だかりを掻き分けて、織斑一夏が顔を出した。「先生!」
「織斑か。どうしたんだ」
「どうした、って。先生が、なんかトラブルに巻き込まれてるみたいに見えたから。心配して来てみたら……」
「そうか。だが、一歩遅かったな」そう口にしながらも、実際には間に合っていれば更に複雑化していたであろうこと確実なので、この場は助かったと言えた。「心配してくれたことには感謝するよ」
「白雪先生。先生も、職員室のほうにお願いできますか?」
「……仕方がありませんね。悪い織斑、雫たちには今日は行けないと言っておいてくれ。一応メールでも話しておくが」
「分かりました。伝えておきます」
「悪いな……」
手を叩く音。
「ほら、あなたたちも! いつまで集まっているんですか。騒ぎは終わりです、廊下を通れないで困っている人が出てます、ほら、解散してください!」
―――。
視線を感じた。
山田真耶と並んで歩き、背後には三人が続いている。あいだには沈黙が落ちている。
振り向いた。視線があう。セシリアを侮蔑した、三人の中では一番気が強そうに見える少女。
職員室にたどり着く。面談室を確保しようと山田真耶が先に入ったとき、再び睨みつけられた。唇を強く噛んでいる。まさか自分の行い悔いているわけでもないだろう。怒り。憎しみ。それらが渦巻いたような視線。
今回の恫喝で懲りればよし。
懲りなければ――
「一つ言っておく」
うち二人が、びくりを肩を震わせてこちらを見る。
「相手との彼我の差を測れないやつは往々にして生き残れない……これは忠告じゃないぜ、当たり前の事実を話しているだけだ」
お前たちは、どうなのかな。
もう一人の少女は。
偏狂質の濁った瞳で、白雪軍人を睨み続けていた。
◇
そして少女は、最悪の選択をしたらしい。
「 IS学園 男性教師による暴力事件か? 」
翌日、週刊誌の見出しをそのような記事が飾ったのだった。