セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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■■14 爆弾処理の冴えたやり方1

 

 

 

 ◇

 

 

 

 職員室の一角。

 

 面談室にて――

 

 テーブルを挟んで向かい合う織斑千冬(ブリュンヒルデ)が、疑いの目でこちらを見ている。

 

 白雪軍人(しらゆきむらと)は。その言葉を聞き取れなかったわけではなかった――しかし予想外であったため一瞬だけ「気配」が漏れ出してしまい、今のような状況に陥っている。己の未熟さに内心でため息を吐きながらも、彼は取り繕うように穏やかな笑みを努めて作り、

 

「失礼、もう一度言ってくれませんか。織斑先生」

 

「女性権利団体から抗議文(・・・)が送られてきた、と言ったんだ」

 

「不思議な話です。心当たりはないんですが」

 

「無くとも言いがかりをつける連中だ、奴らは」

 

「織斑先生は、あんなクソみたいな連中を……」

 

 ――あ。

 

 不覚にも。普段思っていることがつい口に出てしまった。

 

 視線。

 

「……はあ」深いため息。「今のは聞かなかったことにしておいてやる」

 

「助かります。では改めまして――先生は例の団体を庇わないんですね」

 

「当然だ。奴らの理屈、女性の権利向上がどうのと言っているが、ISに乗れるという根拠だけで、ISに乗ったこともなければIS乗りを目指してさえいない人間がろくに努力もせずに自分は男よりも優れているなどと言って幅を利かせるのは、あまりにも目に余る。不愉快だ」

 

「ブリュンヒルデとは思えない発言ですね」

 

「その呼び方はやめろ」

 

「はい?」

 

「ブリュンヒルデ。私にとっては皮肉な名前だ。初めてそう呼ばれたとき、私は確かに誇りや名誉を感じたが……、いつの間にか政治的な意味合いを持つようになり、膨らんでいった虚飾は今では私のコントロールの外にある」苦いものを噛んだような表情。「それで、いつしか思うようになった。所詮こんなのはただの記号だ……周りが勝手にはしゃいでいるだけだ。気づくのが遅すぎたがな」

 

「そんな話を俺にしてもいいんですか。こういってはなんですが、俺たちは別段親しくもないでしょう」

 

「お前のことは束から聞いている」

 

 息を呑んだ。しかし先ほどよりかは衝撃は少ない。

 

「博士が。……なんと言っていましたか」

 

面白いやつ(・・・・・)だと。他人と身内の境が極端なあいつがそう言った」

 

「なんとなく、警戒されているとは思っていましたが。それが理由ですか」

 

「当然だろう。あいつは、やることなすこと問題ばかりを起こす。おかげで世界はこんなザマになったんだぞ」

 

 珈琲で舌を湿らせてから、深々とソファーに座りなおした。それから言う。

 

「それでも、身内と判断した奴には甘い。父親にさえも冷たく当たるあいつが、溺愛している自分の妹を任せるくらいにはお前を信頼している」

 

「どこまで聞いているんですか、博士からは?」

 

「あいつが話す内容の七割はIS関係で、一割が篠ノ之箒に絡むことだ。お前に対する比重はそこまで大きくはない。だが三年前、かつて篠ノ之箒と一緒にいたときにISに襲われ、生身で戦って生き延びたこと。あとは……お前の提案のおかげで、箒との仲が改善されつつあることか。それを感謝していたな。あの束がだぞ?」

 

「はは」

 

 安堵する。――確かに、あのとき(・・・・)約束(ひみつ)は守ってくれているらしい。

 

「俺は単に、家族がいるのにいつまでも疎遠でいるのは虚しいと、そうアドバイスをしただけですよ。あの子の身に起こったことを考えれば怒るのも無理はないですが、それでも向こうは常に箒のことを気にかけている。だったらもう一度だけチャンスをやってあげたらどうか、とね。無論、失敗を繰り返さないために条件を付けるよう勧めましたが」

 

 言い終えて。

 不意に、白雪軍人は滑稽な気分に襲われた。

 

 ――家族。俺がそれを言うのか。

 

 屋敷を出ていくと決めたとき、呆然としながら涙を流していた少女の姿を思い出す。学園で過ごすようになり、以前のように会話する機会も増えたこの頃だが、一度開いた溝は簡単には埋まらない。

 

 装うことはできる。しかし心象の深い部分では、互いに距離があった。向こうも感じていることだろう。

 

「それで週に一度のメールか。あいつ、今でも毎週のように遣り取りを私に報告してくるぞ。流石に毎日相談してきた頃よりかは、マシになったが」

 

「なるほど……」ところでこの様子だと、箒の入学を知らされたときに個人的に依頼された「仕事」については教えられていないのか。「ちなみにもう二割は?」

 

「愚痴と陰謀だな。毎回止めるのに苦労する……話が逸れた。なんだったか――そうだ、つまり……お前のことはある程度は信用している。しかしあいつに認められるような奴だ、そこまで信頼は置いていない。これが私のお前に対する評価だ」

 

「はっきりと言う人だ、貴女は」いっそ清々しい。

 

 さて、と足を組み替えて。織斑千冬は続けた。

 

「抗議文の件だが。うら若き乙女ばかりの花園に素性不明の男性教師がいるのは不適切である、ということらしい。ようは詳細な情報公開を求めている」

 

「ホームページに書いてある筈でしょう、経歴なんかと一緒に。ネットができないわけでもあるまいに……過度な情報公開はプライバシー侵害ですよ。あるいは女権団は男には権利なんかないとかほざくつもりなんでしょうかね。流石はお脳が年中薬漬けの連中だ、頭の中はお花畑と言いますが、連中の場合はケシの花でさぞや気分がいいんでしょう。いっそそのまま三途の川を渡ってくれたなら世の中もっと平和になると思いますよ。間違いなく元凶の片棒を担いでいるんだから――」

 

 鼻で嗤った。目は笑ってない。

 

「世界が平和になれば、彼女らも鼻が高いでしょう? 記念に石碑でも建てて、『貴女がたのトウトイ犠牲でこの世は平和になりました、乾杯』って刻めば完璧です。誰も彼もがどこもかしこもで感涙にむせび泣きますよ。嬉しくてね」

 

「お前、もう隠す気ないだろう……というか、やはりそういう性格だったのか白雪兄。随分と喋る口だ。相当な恨みようだな」

 

「すいません、昨日は熟睡できなかったので少しイラついていて……ですが、本気で弁舌を回せばこの程度で終わらせたりなんかしませんよ。まあ先生が連中の回し者ではないと解りましたから、一応こちらも腹の裡を明らかにしようと思ったまでです。私怨はありますが清算は済んでいますし――それに一個人の感情は別にしても、IS学園は法的にも特殊な地帯のはず。たかだか日本の一団体の要望をいちいち受け入れていたら今後が更に大変なことになりますよ」

 

「分かっている。そもそもこういったことは今に始まったわけではないからな。対処はしておくよ、ただ知らせておこうと思っただけだ。このタイミングで抗議文が来たということをな」

 

「お気遣い感謝します」

 

「気をつけろよ。学園のなかにも、女尊男卑の思想に染まった奴はいる。生徒だけじゃない」

 

「もし、なにかあればそのときはそれなりに対処(・・)させてもらいますよ」

 

 何故だか睨まれた。

 

「やり過ぎるなよ」

 

「はい? ……信用してくれていると言ったばかりですよね」

 

「お前は白雪雫の兄だぞ。あの(・・)、白雪雫の。おまけに束のお墨付き――しかも今の態度! ああ、そう考えると頭が痛い。何か起こる前からこれだ、頼むから……余計なことはするなよ。これ以上面倒を増やされてはかなわん」

 

 こめかみに手を当てて呻いたブリュンヒルデを前にして。

 

 確約できない約束はしたくないんです――とは、思っていても口には出さず。

 

 青年は眠気覚ましの珈琲に口をつけると。結局のところ明確な「否定」を避け、曖昧な笑みを浮かべてやり過ごしたのであり……、それがますます織斑千冬の「不安」を助長させたのであった。

 

 ――そのうち胃薬を手放せなくなりそうだ、と「人類最強」を囁かれる彼女が内心で嘆いていたのは、誰にも知られてはいけない秘密である。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「専用機持ちは前へ出て、ISを展開しろ」

 

 第四アリーナにて。

 

「イェス」

「分かりましたわ」

「……っ、来い、白式!」

 

 一年一組の生徒たちが見守るなか。白雪雫、セシリア・オルコット、織斑一夏のそれぞれを包む発光現象が収まると、各人は紺、蒼、白のISを(よろ)っていた。生徒たちから小さな歓声が漏れるが、織斑千冬の声は厳しい。

 

「展開速度が遅い。熟練であれば一秒とかからないぞ。それと織斑。いちいち機体名を呼ぶ手間をかけないようにしろ」

 

「は、はい」

 

 答えながらも、織斑一夏の視線はちらちらと雫の方を窺っている。先日の容赦ない一件で苦手意識が植えつけられたためか、そのときのISを今一度眼前にしたことで集中ができないらしい。

 

「おい。いつまで白雪ばかりを見ている」

 

「だっ、ダメですよ織斑くん! そんなっ、女の子の身体をじろじろと舐めるように見つめたりしちゃ――」

 

「はい!? ちっ、違いますよ!」

 

 そもそも雫は全身装甲のため、乙女の柔肌など見えるはずもないのだが。

 

 思わず山田真耶に冤罪だと叫んだ少年。しかし生暖かいやら冷たいやらの視線を寄せられて、居心地が悪いったらないのであった。セシリア(・・・・)はくすくすと笑っている。

 

「もういい。ではアリーナの上空まで飛べ」

 

 促され、ISたちは順次加速、上昇していく。

 

 ――移りゆく景色。

 

「………、」

 

 かつて少女は。変わることのなく果てもない砂漠に生まれ、その地に縛り付けられながら、どこまでも広がる青空を舞うように飛ぶ鳥に憧れていた。憧れを抱くだけで、やがて自分は他の子たちと同じように砂漠に血を吸わせながら死に、故郷である砂漠の一部として塵に還るのだろうと考えていた。

 

 それを悲しいと思ったことはない。ただ、空虚であったことを覚えている。けれど今では、空を飛ぶ鳥よりも自在に飛行することができる。あのなかの誰も想像できなかった光景を目にしている。

 

「雫さん? どうなさったの?」

 

 上空――

 

 個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を通じて、セシリアが呼びかけてくる。何がだ、と聞き返した。

 

「笑い声が漏れていましたわ」

 

「……空を飛んでいる。自由(・・)だ、と。そう思っていました」

 

 情感の滲んだ言葉。IS乗りにとっては何気ない言葉のはずであったが、響きにしんみりとしたものを感じ取ったセシリアは、最近話すようになったこの少女に、感じ入るように同意を示した。

 

「ええ。……自由ですわね」

 

 話しているうちに、白式が遅ればせながら追いついてきた。織斑千冬は無線で「スペック上の白式の出力は三人のなかでもトップのはずだろうが」と弟に厳しく言っていたが、自分の前方に角錐を展開させるイメージとかわかんねえよ、と苦戦しているらしく、

 

一夏(・・)さん。教科書にこだわらず、自分のやり方を取るほうが良い結果になる場合もありますわ」

 

「セシリアとの戦闘の際には動けていたはずですが」

 

「あのときは無我夢中だったからなあ」

 

「兄様の授業で反重力力翼と流動波干渉に関しては学んだはずですよね。聞いていなかったんですか……」

 

「いやっ聞いてたよ!? 聞いてたけどさ!」

 

 兄に関連すると極端(・・)になる雫のことは痛いほどに知っていた織斑一夏が大慌てで否定したとき――そしてセシリアはよく笑うようになった――次なる指示がもたらされた。

 

「今度は急下降と完全停止だ。目標は地表から一〇センチ。間違っても墜落するなよ」

 

「では私がお先に失礼しますわ」

 

 一瞬にして。急降下――完全停止。

 

 ISの視覚補正によって、見事「ブルー・ティアーズ」が地上一〇センチで停止したのが確認できた。

 

「それでは次は私が」

 

 雫もそう言い残し、下方向へと加速する。この程度の技術であれば仮想空間で訓練済みであり、ぎりぎり(・・・・)を攻めて停止すると、地表五センチで静止した。

 

「ふむ。流石だな」

 

 織斑千冬からお褒めの言葉。流石ですわね、とセシリアの賞賛を聞きながら、最後の一人を見上げると――

 

「……少し下がりましょうか」

 

 着地地点から距離を取った直後、意気込みを反映したかのように勢い止まることを知らず、猛然とした速度で白式が落ちて(・・・)きた。

 

 轟音。

 

「………、」

 

 土煙が晴れる。

 

 まるで隕石の落下痕のようにクレーターができており、地表に白式が突き刺さっていた。

 

「お前は人の話を聞いていなかったのか?」

 

「……スイマセン、先生」

 

 生徒たちは笑っているが、あれだけの加速で激突したというのに織斑一夏に目立った傷は見られない。せいぜい軽い(あざ)程度であり、改めてISという「兵器」の性能の高さを実感する。

 

 ――元々は、宇宙へ行くために開発されたモノだったと聞きましたが。

 

 怪我の具合を心配して少年へ声をかけている箒とセシリアを横目に、雫はふと、自分に「翼」を与えてくれたISが本来の用途から外れて「兵器」として殺し合いに利用されていることを想い、アリーナの空気とは対照に気分が冷めていくのを感じた。

 

 ――私に翼を与えてくれた貴女を縛っているのは、もしかすると他ならぬ私なのかもしれませんね。

 

 ISは「心」を持つという。であればこそ、この子たちは今の状況をどう思っているのだろう。

 

 ――「道具に心はいらない」

 

 死んでいった仲間の一人が言っていた言葉を、なんとなく思い出した。

 

「雫さん?」

 

 声。

 

 気づくと辺りは静まり返り、織斑千冬が睨むように見つめていた。

 

「私の授業で呆けているとはいい度胸だな、白雪妹」

 

 普通であれば震え上がるような声は、しかし雫にとっては恐れるものではない。視線で相手を殺せるのなら、武器は世の中に溢れていない――そして恐怖とは、常に自身の裡から生じる情動であると痛いほどに理解していた。

 

 ――なればこそ。

 ――この人を恐れる理由は、ない。

 

「失礼。少しセンチメンタルなことを考えていただけです。なんでしょうか?」

 

「……武装を展開しろ」

「イェス」

 

 量子の光。「喉斬り包丁(カットスロート)」。まさしく一瞬で現れる。

 

「……見事だ。ただし教師の言葉はよく聞くように。最後、織斑」

 

 右手を突き出し、集中するように織斑一夏が目を瞑って一秒、二秒……、「雪片弐型」が現れた。

 

「遅い。〇.五秒で出せるようになれ。そして目を瞑るな、眼前の敵に目を瞑るなど的にしてくれと言っているようなものだ」

 

「は、はあ……」

 

「返事――ィ!」

「はい――!」

 

 そして。

 

 ―――。

 

 授業が終わると、箒とセシリアがクレーター直しの手伝いを申し出たが、自分がやったことだからと言って一人でグラウンドを整備することにした織斑一夏は、なんとか作業を終えて、昼休み時間開始五分に食い込みながらも、弁当を片手に、最近新たな習慣となった「屋上」へ向かう途中で――

 

「あれ?」

 

 廊下の向こう棟で、窓越しに。並んだ三人の女子生徒と口論している、細身のラウンドフレームで紺の色付き眼鏡を掛けた男性教師の姿を見つけた。

 

 なにやら一触即発な雰囲気であり……

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――くだらない奴はいる。くだらないことに、こだわる奴も。

 

 ぎゃあぎゃあ(・・・・・・)言っていた。

 

 ――本人たちにとってはくだらなくはないんだろうが、それでもやっぱり、どうでもいい。

 ――特に、こういうタイプの奴らの話は。

 

 白雪軍人は、三人の女子たちの言葉を聞き流しながら、掌で隠しつつあくびを噛み殺した。昨日は本社(キサラギ)の開発部から新しい武装に関するアドバイスを求められたため、結局明け方近くまでやり取りしていたのでほとんど眠れていなかった。

 

 ため息。

 

「聞いているの!?」

 

「こうしてわざわざ親切に教えてあげようとしてるのに、人の話も聞けないだなんて……」

 

「ほんと男って……」

 

 きゃんきゃん(・・・・・・)と甲高い声。頭に響く。三人は上履きの色から見ても、二年生らしかった。授業を終えて、いざ昼食にしようと思ったところでこの三人に捕まったのである。明らかに「女尊男卑」の影響を受けており、朝に職員室で織斑千冬と話題にしたことからも実にタイムリーな遭遇であった。

 

 ――あるいはこのタイミングというのも、何か裏があるのか。

 

 この三人にそんな「頭」があるようには思えないが。馬鹿を装っているとも考えづらい。それにしても、である。

 

 ――こいつらは自分たちの言っている内容をどこまでまともに理解しているのか。そも、一度でも考えたことがあるのか?

 

 借り物の言葉、借り物の理屈。ゆえに語る本人の「芯」となる部分が感じられない、量産された主張(だだ)の繰り返し。まがいもの。

 

 客観的に見れば、滑稽以外の何物でもない。そして実害が出ている以上、「滑稽」だけでは済まされない段階に来ているのだ。その危険性をきちんと把握しているのか。

 

「その余裕ぶった顔……ふん、セシリア・オルコットをオトして、さぞやいい気分ってわけ?」

 

「はあ?」

 

 青年は知らぬことであったが。この三人はセシリアにも声をかけており、自分たちの賛同者(シンパ)として上手く抱きかかえられると思っていただけにクラス代表決定戦後の彼女から「白雪先生を馬鹿にするのは私が許しませんわ」と拒絶されたことで根に持っていたのだ。

 

 更にはいくら毒を吐こうとも歯牙にも掛けないすかした(・・・・)態度に、輪を掛けて子供じみた怒りがますます掻き立てられてもいた。

 

「立派だと聞いていたくせに、結局オルコットも馬鹿じゃないの!? なんでこんな男に……この学園に男がいるというだけでも気色悪いのに、さも教師然と振舞うことが許されているなんて本当に最悪ね! なんであんたみたいなのがここに居るのよ!?」

 

「そうよ、みんな(・・・)言ってるわよ、迷惑してんのよ!!」

 

 「みんな」って誰だよ、と呆れながら聞いていたが。時間も押していることである。

 

 いずれにせよ――いい加減、飽き〃々していた。

 

「いつも思うんだが」

 

 視線(・・)

 軽く(あっ)する。

 

 女子たちの動きが、固まった。

 

「お前たちの主張はどれも似たりよったりだな。男はどうだ、男だからどうだ……まるで理論的じゃあない、ヒステリーだ。ギャーギャー言って、中身はスッカスカ。少しは語彙を増やして、せめてもうちょっと工夫して、現実味を肉付けして考えてから発言したほうがいい。無い頭を振り絞ったにせよ……それ以上、馬鹿に見られたくはないだろう?」

 

「なっ、なっ、こいつっ、おまえ!?」

 

「こいつっ、こいつっ、この男っ、こいつは――!」

 

「欠点を指摘されて逆上するとは、いよいよ心配になってくるな。だがそれ以上に迷惑だ。おい(・・)静かにしろよ(・・・・・・)

 

「――ひっ(・・)――」

 

「俺の好きな小説にこんなシーンがある」

 

 

 「黙れ」と山嵐は拳骨を(くら)わした。赤シャツはよろよろしたが「これは乱暴だ、狼藉である。理非を弁じないで腕力に訴えるのは無法だ」

「無法でたくさんだ」とまたぽかりとなぐる。「貴様のような奸物(かんぶつ)はなぐらなくっちゃ、答えないんだ」とぽかぽかなぐる……

 

 

 諳んじ終えると。

 

「――漱石だ、国語で習わなかったか? ……時として目に見えてわかりやすい手段を取ることのほうが効果的な場合もある、一目瞭然と言うだろう。教師としてはあるまじきかもしれないがな、俺はそう思うんだ」

 

 ところで、と笑いかけた。

 

 笑顔(・・)

 しかし恐ろしく冷え切った瞳で。

 

「さんざん中身のねえカッスカスの暴言を延々と吐かれた俺はそれがいかに相手を嘗め腐ったクソ生意気な態度なのかをお前たちによくよくしっかり教えてやるために、どんな手段(・・)を講じるべきだと思う?」

 

「――あっ――うっ、ひっ――」

 

 引きつった声。一人が、尻餅を付いて倒れた。先程までの威勢は、完全に消え失せている。唇をわななかせて。他の二人も震えていた。喘ぐように、息をすることにさえ苦痛を強いられているかのように。睨みつけられただけで。

 

 しかしそう(・・)強いているのは、紛れもなく青年であった。

 

 視線で人を殺すことはできない。だが、意志をくじく(・・・)ことはできる。相手が本物の「殺意(・・)」を知らない、死体や傷口から滴る血さえもろくに見たことがない人間であれば、効果は一層、なおさらであった。

 

 三人の少女たちは。この瞬間まで振りかざしていた女尊男卑という半ば「権力」のような後ろ盾のことも忘れて、此処は大人たちに守られた学園ではなく、まるで戦場の、為す術もなく蹂躙される村の住民のように怯え、喘鳴し――

 

「さあ。どうするべきか(・・・・・・・)を言ってみろ」

 

 今や生殺与奪権を有する略奪者を前にしたときように、ただの無力な小娘として震えるほかなかった。

 

 

 

「白雪先生!」

 

 

 

 その人物が、現れるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 












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