セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の 作:ishigami
立候補者リスト。
1.「大和乙女」
2.「奉仕型依存系褐色ロリィ」
3.「水色姉妹」
new!「ゴールデンヘアー・ガール」
振りかぶる。
「とりあえず、なんだ。眠ってろ」
一撃。意識を断つ。頽れる音。
侵入者たちの、最後の一人も静かになったのを見下ろすと、深々と
――煙草が喫いたい。今は、無性にそんな気分だ。
舌打ち。収縮した警棒をベルトの
なかには、更識楯無の姿もあった。微笑まれる。
「お疲れさま。相変わらず嘘みたいに強いのね、安心したわ」
驚愕!! と広げられた扇子に達筆で描かれている。白雪軍人は一瞥するも、憮然とした声で応じた。
「俺は織斑一夏の護衛として此処にいるんじゃなかったか。なぜ俺に任せた。試したつもりか?」
「ええ。今回のは、貴方の腕が鈍ってないかを確かめるのにいい機会だったから。
「こういうのは今回だけにして欲しいもんだな……」
「あら。世界的な『火種』の護衛をしている人物とは思えない言葉ね」
「誰のせいでこうなったと思ってる」睥睨。かぶりを振り、「まあ、これまでもろくに護衛なんて、大層なことしちゃいないんだけどな。俺がやるまでもない。優秀な警備部なんだろう?」
「そうね。貴方も知っている人よ。
名前を聞いた瞬間、動揺が表に出る寸前に意識して抑えた。
なんでもないことのように振る舞う。
「――それは。確かに。優秀だろうな、あの人がいるなら」
背の高い、釣り目の美女。年齢は不詳。出自も不明。黒のショートカットで、右の目元には泣きぼくろがある。ハスキー・ヴォイス。勝気な性格。実はクォーターで、ユダヤ系の血が流れているとかつて聞いたことがある。そのせいか九〇年代中頃のジーナ・ガーションに少し似ている。ダビドフの愛煙者。ずっと同じオイルライターを使い続けている。
――組み敷かれたとき。
――互いに濡れた瞳を突き合わせて。
かつて更識の仕事として、白雪軍人を含めた五人でチームを組んでいた。ある任務の最中に三人が死亡し、生き残ったうちの一人は逃げるようにして海外を彷徨い、もう一人は「更識」で工作員としての日々を続けることを選んだ。
――傷ついた獣同士のように。
――酷い夜の一幕。
昔の話だ。本当にあったことは、誰も知らない。もう終わったことだった。
「そうか……」
名前を聞いたのはあの日以来。帰国したあとは、意図して避けていたような節もある。IS開発と暗部。畑違いで交じり合うことはなかった、それが、今日。予期せずして。
――あの人も此処にいるのか。
「ようは不測の事態に対する保険よ」
「最悪の状況に対して俺が役に立つと思うのか?」
たとえば。ISが学園の警備網を強行突破してやってきたとすれば、その段階で生身の自分にどれだけのことが出来るというのか。
言外に告げた。しかし彼女は微笑みを崩さない。
「もちろん。だってムー兄さんだもの。それに、そもそもこの任務に貴方を推薦したのって村雨さんなのよ?」
踵を返す。
「こいつらは引き渡したからな。俺はもう行くよ」
「雫ちゃんと織斑くんの試合だったら、ついさっき終わったわよ。とんでもないゲテモノで勝利したみたいね。確か……『ディープ・インパクト』だったかしら」
「なに?」一瞬、噴き出しかけた。「そりゃあ
「直接は狙わなかったみたい。それでも掠った時点で絶対防御が発動して本人も気絶、試合終了。アリーナの地面には深さ数メートルの大穴が出来たけど、それ以外にはシールドのおかげもあって被害はなかったわ。あ、あと織斑先生がキレてたから、あとで呼び出されるんじゃない?」
「俺に言ってるのか、それ」
「そりゃそうでしょう。だって貴方、お兄さんなんだから。大目玉をくらうんじゃない? 生徒じゃないのにね」
立ち去ろうとしたところで。
「なんだ。まだ何かあるのか」
笑顔。
「と、こ、ろ、で! 誰がシスコンポンコツよ!」
「やっぱり見てたか。趣味が悪いな」
「なんですって――!?」
「声がでかい。喧しいぞ更識楯無、そんなだから妹に……」
「か、かんちゃんが何だっていうのよっ?」
「別に……?」
「お、教えなさいよ! 私が上司よ!? 上司命令!」
「こんなときに上司って言われましてもねえ」
――ああ。
煙草が喫いたい。
◇
目が覚めた。
天井。
「―――」
ベッドに横たえられている。全身が痛みを訴えていた。乾いた瞳の奥で、強烈な光を直視したときのような鋭い痛みが走り、ゆっくりと目の周りの筋肉をほぐすように揉む。徐々に慣れてくると、重い身体を起こした。
気絶して直ぐに保健室へ運び込まれたらしく、恰好はISスーツ姿のままである。
腕に巻かれていた包帯を解く。細胞組織の修復を促進する保護シートは完全に皮膚と同化しており、この調子であれば傷跡も残らないだろう――とはいえ、前提としてISの操縦者保護機能に守られていなければこの程度の軽傷で済んでいたはずもなく、セシリア・オルコットは今は手元にはない、恐らく修理に出されているであろう「ブルー・ティアーズ」に感謝を呟いた。
「また貴女に助けられましたのね……」
――助けられた。そして、勝てなかった。
――だというのに、この不思議な感じはなんだというの?
悔しさ。確かにそれはある。怒り。それも、ないわけではない。
しかし、大部分を占めているのは心地の良い疲労感であった。ずっと張り詰め続けてきた糸が弾けて、それまで溜め込んでいたものが一気に爆発して――とにかく思い切り全力で暴れた結果、セシリア・オルコットのなかで燻っていたものは、試合前と今を比べると、明らかに好転していた。
発散による開放感とでもいうべきか。まるで壁を乗り越えたような、達成感さえあった。
――あんなにも叫んで、必死になって。練習ではできなかったこと以上が本番ではできるようになって。それでも。
――負けた。なのに、おかしな話だわ。あの子のことがぜんぜん憎くない。
試合中に聞いた、彼女の言葉に、共感を抱いたからだろうか。
大切なものを守るために。そう言った彼女の本心が、セシリア少女にも理解できたからだろうか。
――そういえば試合。あのあと、どうなったのかしら。
壁掛け時計を見れば、最後の記憶から一時間が経過していた。補給や修理を含めても、白雪雫と彼の試合は既に終わっていると考えるべきだろう。しかしクラス代表決定戦には、まだセシリア・オルコットと織斑一夏の戦いが残されている。
「とりあえず……連絡を――」
腰を上げる。少しふらついた、そのとき。
ふと窓の外に目が行く。視界の端に何か映ったような気がして、再び見直してみると。
木陰の傍に、スーツ姿の人物がいた。そして気づく。
「あ……」
煙草を咥えて、紫煙をくゆらせている彼が緩慢な動きで振り向いた。
固まる。視線。
白雪軍人が、見つかってしまったというような苦笑いを浮かべていた。
―――。
「目が覚めたのか」
「ええ」
「怪我の具合はどうだ」
「問題ありませんわ。ブルー・ティアーズが、守ってくれましたから」
沈黙。保健室に、再び静けさが戻る。二人の他に誰の気配もない。
気まずい空気。セシリア・オルコットからすれば目の前の男はかつての自分の行動で迷惑をかけた相手であり――青年からしても、目の前で顔を伏せている少女は自分の妹が今回のことに加えて容赦なく叩き潰しているということもあって、明るい話題をするような間柄でもなかった。
しかし気づいてしまった以上あのまま無視するわけにも行かず、白雪軍人はこうしてベッドに座っている少女と向かい合っているわけである。
「あの、先生」ぽつり、と少女が言った。「……白雪軍人さん」
「うん?」
「このたびは本当にいろいろ、申し訳ありませんでしたわ。ご迷惑をお掛けして」
「オルコット」
頭を下げられる。想像もしていなかった素直な謝罪に、白雪軍人は小さく驚きを示したが。少女の態度に嘘は見られない。
ふと、いつかの少女の姿が頭をよぎった。夕暮れ時の墓場。二人して並んで。自分や彼女が、今よりもずっと幼かった頃のやり取り。泣きそうだった、そのときの表情。
顔を上げてくれ。しっかりと目を合わせると、白雪軍人は静かに微笑んだ。
「謝罪を受け入れるよ。オルコット」
「ありがとうございます……ですわ」
ほっと安堵したようにセシリア少女は肩を楽にした。笑みもこぼれる。部屋の雰囲気が、それでいくらか明るくなった。
「意外だな。こうしてまともに話したのは初めてだが、君は男には頭を下げない現代の典型的なやつかと思っていたよ」
「あのときは……言い訳になってしまいますけども。代表候補生として、嘗められてはいけない、肩身を張っておかないといけない、そんなふうに気負ってしまっていたんだと思いますわ。だから先生に向かって、あんなことを口にしてしまって」
「その口調だと、今は違うのか?」
「そうですわね。白雪さんに負けてしまって……なのに自分でも不思議なのですけど、悪い気分ではないんですの。だから、気は楽ですわね」
「なるほど。確かに憑き物が落ちたというような顔をしている」
「皆さんにもあとで謝らなくてはいけませんわね」
「雫や、織斑のことはどうする?」
「もちろん白雪さんにも謝りますわ。織斑さんにも。それで、許してもらえたなら、彼女ともちゃんとお話してみたいですわ」
「教室では、手酷く
セシリア・オルコットは自嘲するような笑みを浮かべて、
「誰だって大切にしているものを馬鹿にされたら怒りますわ。首を絞められたのは……本当に怖かったですけど。痕も残りませんでしたし。ナンセンスなのは私も同じでしたから」
「そうか……」
会話が途切れる。しかし当初の居心地の悪さは薄れている。
「オルコット。実は俺は、あのときの君の態度がいささか気になって、ちょっと調べてみたんだ」
「先生……?」
「調べ物は得意な方でね。君は、両親を事故で亡くしているな」
戸惑った表情。確かに少し調べれば出てくる情報だが、少女にはなぜそれを口にしたのかが分からない。
「一時は後継問題も浮上したが、君は結局は年内にオルコット家を継ぎ、資産運営としての投資も上々の結果を出している。色んな社交界にも顔を出して、実に精力的な活動っぷりだ。休まる暇もないほどに」
「それがなんだというんですの」
声が少し硬質を帯びる。警戒心を抱かせてしまったらしい。
「そう疑うような顔をするな。ただ調べてみたら、なんとなくだが、君の態度にも納得がいった。――君は守りたかったんだろう? 自分の家を」
「―――」
少女は。今度こそ言葉を失う。
「オルコット家は名門だ。これは想像だが、君は当主としてはまだまだ若いし、他の資産家たちからすれば絶好の
「……先生は、私の父親の評判はご存知ですか?」
「ああ。流石に家族関係の深いところまでは調べなかったが……さわりの部分だけでも、あまり良い評価は見つからなかったな」
「本当のことですわ。いつもお母様に媚びるような笑みばかり浮かべていて。周りの大人たちはみんな言っていましたわ。オルコット家の品位を下げているのはあの男だと」
憎しみを宿した双眸。蔑むような口調。白雪軍人が語ったのはあくまでも彼の想像込みであり、実際にどんな出来事があったのかはセシリア少女以外知る由はない――しかしそれほど的を外していたわけでもなかった。
青年は続ける。
「話を戻そう。君は隙を見せるわけにはいかなかった。イギリス代表候補生になったのも、あるいはそのためか?」
「そこまでお見通しですのね。……ええ。私がオルコット家の当主として相応しく有り続けるためには、どうしても必要なことでしたの。あの屋敷を守るためには」
「必死だったんだな。ずっと」
少女は。これまで様々な人たちから幾多の同情や友誼を装う言葉を掛けられてきたが、そのいずれかとも違う、万感の想いが秘められたような彼の声に、なぜだか不意に、胸を突かれるような
「そ、そうですわ」なぜ、声が震えているのか。自分でも分からない。「私は、ず、ずっと……」
――落ち着きなさい、セシリア。冷静になって。人前なのよ。
白雪軍人。その瞳は、これまで少女に近づいてきたどの男たちとも違って、穏やかな光をたたえていた。
冷静になりなさい。自分へ強く言い聞かせようとするほどに、震えの波は波紋のように広がってく。
「家を守りたい。その想いが空回ってああいった言動に繋がった。俺はそう考えたんだ。だから、実際のところそれほど怒ってはいなかった。むしろ雫のほうがキレていたからな、あれを見たあとではなんとも言えんよ。ところで、それらを踏まえたうえで君に言っておくべきことがあった」
――なんだというの。
指先で潤み始めていた瞳を拭ってから、向き直った。
「
「―――、ぁ…」
それは、こわばっていたものを、とかしてしまうくらいに。
泣きたくなるくらいに、優しい表情で――
「セシリア・オルコット。君の居たところでは、そう在らなくてはやっていけなかったんだろう。常に気を張って過ごす日々、その苦労は俺には想像もつかない、君だけが知る君の歩んできた道だ」
だが、と。彼は言った。
「一つだけ確かなのは、ここは、かつて居た場所とは違う。君は少なくとも、ここでは自由だ。泣いて笑うのも、いつ怒ったり叫んだりするのも自由だ……ここでなら、たとえ気を緩めても誰も君を貶めたりはしない。もしも何か不安があれば、そのときは気軽に相談すればいい。隣人も、教師も、それを拒んだりはしないだろう。無論、俺でも構わないよ。そのときは、俺は
何故なら白雪軍人は、決して逃げずに戦い続けた君の在り方を、尊いと想っているから――
涙が。
――もう人前では流さないと決めたはずなのに。
――どうして/どうしても。
「っ……っ!」
――あふれてくる。抑え込んでいたものが。
記憶が。
感情が。
波のように押し寄せて――
心が、震えてしまって――
「ご、ごめんなさい……!」
「構わない。泣きたいのなら、泣けばいい」
シンプルな答え。
それが、あまりにも暖かい。
――だって、そんなふうに言われても本当にそれを許してくれた人なんてこれまで一人もいなかったから!
――そんなふうに笑いかけてくれる人は、もう本当はどこにもいないと心の底では諦めかけてしまっていたから!
ハンカチが差し出される。もはや子供のように何の疑いもなく受け取ると、やおら青年が立ち上がった。背を向けて、泣き顔を見ないようにしてくれている。そんな心遣いが、どうしようもなく嬉しかった。
セシリアは。果たしていつぶりになるであろうか、かつての必死で余裕のなかった頃の自分が見れば「みっともない」と思うくらいに、それでも幼い日の幸福の時代のときと同じように、何のてらいもなく、ただ心のおもむくままに肩を震わせて。
こみ上げる嗚咽と共に、涙を流したのであった。
◇
なんとか
白雪軍人は気にするなと首を振り、
「気分は」
「大丈夫ですわ。先生のおかげです」
「そうか。よかった。……とはいえ、急に泣かれたから少し困った」
「それはっ」目元を赤く腫らした少女の、頬も赤らんでいる。小さな声で呟いた。「……貴方のせいですわ」
「なんだって?」
「なっ、なんでもありませんわっ!」
多少は元気が出てきたらしい。
「そのハンカチは……」
「あとで洗って返しますわ」
「別にそのままでも構わないんだが」
「借りて汚したのは私ですもの。綺麗にするのは義務ですわ」
「……まあ、そういうことなら」
少女はほんのちょっぴり、嬉しそうに表情を緩めて。折り畳んだハンカチを優しく握った。顔を上げる。
「先生。それで、私の試合はどうなっていますの?」
「織斑と君の試合なら明日、改めて行われることになった。実は君との試合のあとで、雫のやつ、織斑を相手に……キサラギ社のなかでも
「だ、大丈夫ですの、それ?」
「命には別状ないらしい。今頃は別の保健室で寝ているんじゃないか」
「そうですの……」
「あ、そうだ。ところで煙草のことなんだが」
「秘密、ですわね?」
「ああ。頼むよ」
「ええ、誰にも言いませんわ。だから安心なさって。その代わりに、私が泣いていたことも」
「秘密にするよ」
微笑み合う。
「それじゃあそろそろ、俺は行くよ。これから織斑先生と、雫のことで直接話さなきゃいけない……憂鬱だ」
「大変ですわね。……あ、そうですわ。少しお待ちになって」
「ん――?」
扉に手をかけたまま、振り向く。
姿勢を正した少女が、丁寧に頭を下げた。爽やかな、すっきりとした笑みをして。
「先生。これからもよろしくお願いしますわ」
白雪軍人は。頷くと――
思わず少女が
「涙の似合う女はいる。だが、やはり君には笑顔が一番だと思うよ、セシリア・オルコット。今の君は、殊に美しい」
「なっ――!?」まるで耳元で囁かれたかのように、びくりと全身が反応した。「なっ、ななっなんですの急に!?」
――急に! いきなり!
――そんな甘い顔で! そんな優しい声で!
――不意打ちにもほどがありますわ!
この短時間で何度目になるであろう赤面と化し、ぱくぱくとするだけでブリティッシュ・ジョークの一つも言い返せないでいた彼女に、意趣返しが成功したとでもいうような、悪戯な表情を向けると、
「そう思ったから言ったまでだ。ああ、それとISの操縦についてだが。ビット制御と高速機動、自分の間合いを維持する技術。実に見事だった。しかしあぐらはかかず、これからも高みを目指せ。君ならできるよ。次の試合も期待している」
彼は出て行った。少女の心に嵐の後のような影響を残して。
セシリア・オルコットは。リフレインする衝撃が抜けきるまで動けずにいたが、一人になって、暫くすると。
しっとりとした吐息をこぼして、自分が自然と笑みを浮かべていたことに気づいた。
「きざな人……」
――「君の味方になろう」
「ずるいですわ……弱っているときに、そんなこと」
――「君には笑顔が一番だと思うよ」
「でも」
――私は。あるいは、ここでなら。
立ち上がる。リノリウムの床を踏みしめる。
その表情は、雲の晴れた空のように明るい。
――彼のような人が、いてくれる。この場所でなら。
「ええ。そうね、セシリア。ちゃんとするって、決めたんですものね」
少女の瞳には、新たな「決意」の輝きがあった。
「まずは……」
◇
翌朝。
教室でクラスメイトたちにこれまでの非礼を深く詫びたセシリア・オルコットは、改めて一年一組として受け入れられ(雫の態度は多少軟化していたが、白雪軍人が事前に何か言い含めていたらしい)、その日の午後に行われた織斑一夏対セシリア・オルコットのIS試合は、少年の善戦惜しくも届かずに、セシリア・オルコットの勝利で決着した。
更に翌日。
白雪雫とセシリア・オルコットがクラス代表を辞退する意を表したことで、一年一組のクラス代表はなし崩し的に全敗の織斑一夏に決定され、これがのちのちの騒動へと繋がっていくのだが――
ともあれ、後日。
セシリア少女は自室で青年から借りたままのハンカチを握りしめながら、泣いていても泣き顔は見ないでそれでも傍にいてくれた彼の態度や、そのあとに交わした「会話」の内容や二人だけの「秘密」のことを思い出したりして、嬉し恥ずかしいやらで赤くなっているところを同居人の国津玲美に目撃されて――いわく、見ているだけで
それでも。少女と彼女の周りの環境は、心身を追い詰めるほどの無理難題とは無縁の、年相応で賑やかな、しかし高みを目指して競う青春の、女学生らしいものへと、ゆっくりとではあったが、徐々に好転していくのであった――