セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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■■12 決着、そして「おっきくてぶっといのはお好き?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「そもそも」と空中で静止しながら、少女は力強い声をして言った。「誰の許しを得て、見下ろしていたんですの――この私を、セシリア・オルコットと知っていて?」

 

 少女は。セシリア・オルコットは、つい先程までの立ち位置を逆転させ、今度は紺のISを悠然と見下ろしていた。その瞳には、試合開始直後の「不安」は見受けられない。

 

 消えたわけではなかった。上塗りしたのだ、少女のなかで炎のように燃え上がる「闘志」によって。「覚悟」によって。「怒り」によって。

 

「金髪頭……」

 

セシリア(・・・・)ですわ。セシリア・オルコット。イギリス代表候補生、ISブルー・ティアーズのパイロットにして、オルコット家の当主。それとも、言っても名前を覚えられないのかしら? かわいそうな人ですのね」

 

「さっきまで、びくびく震えていたくせに。随分と余裕のある」

 

「ええ。今までの私は、ちょっぴり調子が悪かったんですの。でももう大丈夫ですわ、ちゃんと、しゃん(・・・)としましたもの」

 

「ビットは残り四機。エネルギー残量も、もうほとんど残っていないはずですが」

 

「ええ。ですからこれ以上、撃たれるのはごめんですわ――ブルー・ティアーズ、隊列再編成(フォーメーション)!」

 

 そして。

 

 その瞬間から、ビットの動き(・・)が著しく変化した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ほう」

 

 ピット内に設置されたモニターで観戦していた、細身のラウンドフレームで紺の色付き眼鏡を掛けている青年が、感心するような声を漏らした。

 

 白雪軍人(しらゆきむらと)。学園唯一の男性教員にして、現在IS「ブルー・ティアーズ」と戦闘している全身装甲のIS「フロウ・マイ・ティアーズ」のパイロット白雪雫の兄である。そして図らずともセシリア少女と雫の戦いの「火種」になったという経緯を持つ。

 

「白雪先生、なんだか急にオルコットさんの動きが良くなりましたね」

 

 隣で声を掛けてきたのは、織斑一夏。こちらも学園唯一の男子生徒であり、第一回IS世界大会(モンド・グロッソ)で優勝を果たした織斑千冬の弟でもあった。男性でありながら初めてISを動かしたことで、世界的な「火種」になりかねない事情を持つが、本人の自覚は薄い。

 

 観戦の片手間に、白雪軍人は雫が披露した「武装」について解説をしていたところであった――青年はあくまでもIS学園には出向という形で出向いており、所属先は雫と同様のキサラギ社である――が、戦局に変化が現れたちょうどそのとき、笑顔の山田真耶が織斑一夏に駆け寄ってきて、ようやく彼の専用機が届いたと朗報を伝えた。

 

 ピットが開き、眩いばかりの白いISが運ばれてくる。銘は見た目そのままの「白式」であった。

 

 すぐさま初期化(フォーマット)最適化処理(フィッティング)作業に入り、一次移行(ファースト・シフト)への準備が始められると、モニターに目を向けていた白雪軍人へ、箒が話しかけた。

 

「雫は……大丈夫なのか。どうしたというんだ急に?」

 

 「ブルー・ティアーズ」のビットは数を二機減らしており、高機動分裂誘導弾(アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン)回転式九銃身機関銃(ブレス・オブ・ヒュドラー)の圧倒的物量によってエネルギー残量も僅かなはずだ。

 

 しかし「フロウ・マイ・ティアーズ」の機動は当初と比較しても精細を欠き、なかなか瞬時加速(イグニッション・ブースト)で踏み込めなくなっている。チャンスであるはずなのに、被弾数も確実に増えていた。

 

死角(・・)というものがある」ちらと箒に目をやってから、彼は続けた。「両目が顔側面についている草食動物の視野は真後ろ――すなわち三六〇度――までカヴァーできるが、両目が顔の正面にある人間の視野はだいたい二〇〇度、つまりは残る一六〇度を通常は見えずに生活しているのが普通だ。分かるな?」

 

 箒は。良き生徒のように、こくりと頷く。

 

「ISに備わっている全方位視界(ハイパーセンサー)それ(・・)を見えるようにする。普段見ていない――見る必要のないものを見るということはそのぶん普段以上の負荷が脳に掛かるということであり、常に死角で動くものを認識し続ける作業というのは想像以上に苦痛だ。それに加えて、動物には視界内で動くものは脳が勝手に認識して目で追ってしまうという習性がある。ISが補助してくれているとはいえ、それを一瞬で把握する作業は、戦闘では小さくはあるだろうが確実にノイズになる。オルコットは意図的に視野内と死角にビットを配置して、雫の肉体的精神的な疲弊を狙っているのさ」

 

「だがそんなもので……」

 

「それだけじゃない、見ろ――オルコットのビット操作は、確実に当初よりも精度と速度を増している。おそらくだが、彼女にとっては四機のほうがより高いパフォーマンスが出来るんじゃないかな。攻撃の手数は減るが、単純にビットの処理負担は軽くなるし、操作が十分に行えない六機での攻撃よりも、今のように十全に能力を引き出せるのなら、このほうが都合がいい」

 

 要するに「結果オーライ」というやつなのだろう。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に仕留めれば?」

 

「うん。それは確かに有効な手段だが、オルコット自身、自分の弱点は理解しているようだな。踏み込まれれば撃墜は待ったなし――だからこそ、雫の瞬時加速(イグニッション・ブースト)が可能となるコースはできる限り妨げているし、踏み込まれたとしても自分は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で脱出できるようにちゃんと逃げ道を押さえている」

 

 雫は上下左右に目まぐるしく動くビットを躱しながら小回りの効く「ケルベロス」を両手に呼び出(コール)して迎撃しているが、ビット包囲というある程度動きを制限された状況下でのセシリア・オルコットのレーザーライフルとの撃ち合いでは、いささか彼女にとって分が悪い。

 

 そして現に、雫がレーザービットの雨を強引に突破して接近しようとすると相手は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を取り、自分の間合いを再設定するのだ。

 

 開始直後とは打って変わって巧みである。土壇場で瞬時加速(イグニッション・ブースト)を成功させてコツを掴んだのか、今や彼女は波に乗っていた。どうやらセシリア少女は戦いのなかで成長していくタイプらしい。

 

 無論、それだけではなかった。

 

 ――そんなもの(・・・・・)と箒は言ったが。

 

 今の雫は死角攻撃によって精神を揺さぶられ、そこに焦りもある。

 

 勝ち方(・・・)に拘り過ぎているのだ。

 

 ――おおかた、俺に勝ちを宣言してから戦いに行ったのが原因だろうな。

 ――どうやってもオルコットを圧倒して倒したかったのだろうが。

 

 セシリア・オルコットの戦術が機能し、術中に嵌ってしまった雫。

 

「とはいえ。このままだとオルコットは負けるだろうな」

 

「え?」

「ん?」

 

「……い、いやだって、今の話だと、まるでオルコットが優位みたいな言い方だったろう」

 

「まさか。オルコットは紙一重で繋いではいるものの絶体絶命な点に変わりはないし、まだ雫には奥の手(・・・)がある。あいつにとっては不本意な勝ち方かもしれないが、それでも敗北するよりは勝ちを選ぶだろう」

 

「それってどういう――」

 

「単純な話だ。雫にあってオルコットに無い」と小さく笑って、青年は言った。「特殊兵器(スペシャル)だよ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ()

 ()

 ()

 ()――

 

 両手に呼び出(コール)した「ケルベロス」でビットを狙うも、明らかに最初と速度が違っていた。

 

 掠めはする。しかし墜とすまでは行かない。そして死角ばかりを狙って配置された他のビットを警戒していると、別の方向からのレーザーが飛んできて、危うく回避する――と更にまた嫌いな角度からの攻撃が放たれる。

 

 三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)

 無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)

 

 ビットの包囲の外からは蒼いISが六七口径ライフルで常時狙撃してくるため、気の休まる暇がない。VR機械(マシン)での射撃訓練よりもハードだった。近づいて斬ろうにも、その挙動を見せた瞬間に位置を変更させるため、一種のイタチゴッコと化している。そして時間がかさむにつれて不利になるのは自分なのだ。

 

 ――何ですかこいつは。

 ――まるで別人の操縦じゃないですか!

 

 苛立ちがある。焦りがある。彼女の精神状態は、彼女の兄がピット内にて推測していたとおりであった。

 

 とはいえ。

 

 ――仕方ない、ここまでですね。

 ――遊びに付き合うのは、終わりにしましょう。

 

 完全に冷静を失っていたわけではない。最終的な「目標」は常に揺るがなかった。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)。しかし今度は接近ではなく、逆を行く。

 

 上手(かみて)へ――

 

 距離を取るという判断が、遠距離戦仕様である「ブルー・ティアーズ」相手には悪手であることは理解している。それでもあと一撃が入れば勝てるのだ。

 

 狙うは最初の再現――「高機動分裂誘導弾(アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン)」による物量圧殺。

 

 それを察したセシリア・オルコットがすぐさま到達点(・・・)を先読みし、ビットを一斉掃射。

 

 ゆえに攻撃を予想していた雫は多少無理をしてでも瞬時加速(イグニッション・ブースト)を二回に分けて行った。

 

「くっ――」

 

 「ブルー・ティアーズ」に新たな量子反応。恐らくここぞ(・・・)という場面で使うべく温存していた弾道型ミサイルが一斉に発射された。合わせるようにビットレーザーも叩き込まれる。

 

 

 着弾(・・)

 轟音(・・)――爆炎(・・)

 爆煙(・・)――

 

 「高機動分裂誘導弾(アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン)」は発射されていない。

 

 激闘の行方を見守っていたアリーナが静まり返った。蒼のISはライフルで即反応できるように狙い定めている。

 

 

 煙が晴れた。

 

 

「――そう、やはり墜ちてはくれませんのね!」

 

 引きつった笑みを浮かべて、セシリア・オルコットが叫んだ。

 

「兄様の最高傑作。念動式偏向力場発生装置(サイキック・フィールド・ジェネレーター)――」

 

 「フロウ・マイ・ティアーズ」は。

 そこ(・・)にいた。

 

 全身を、紺よりも明るく鮮やかな真空色(まそらいろ)に輝かせ――

 

 ミサイルとレーザーの全てを防ぎ、何事もなかったかのように悠然と見下ろしていた。

 

 何が起こったのかは分からない。何が起きているのかは、一つだけ確かなことがあった――「ブルー・ティアーズ」のハイパーセンサーが、紺(もしくは空色)のISの周辺空間が歪んでいる事実を知らせていた。

 

 不可視の何か(・・)が、「フロウ・マイ・ティアーズ」を守ったのだ。

 

「『四つの、あるいは力ある花弁(フォース・ペタル)』。これが無ければ、もしかしたら敗北していたかもしれません」

 

 真空色が失われる。空間の歪みも。

 

 量子の光(・・・・)

 

「では――疾く、墜ちろ」

 

 「高機動分裂誘導弾(アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン)」が降り注ぐ。一度発射されてしまえば、その光景はまさしく「雨」であった。

 

 しかし。それでも、諦めはしない。

 すぐさま迎撃に移り、レーザービットが――

 

 ミサイルの何発かを落とした直後、動きを止めた。

 

 恐れていた事態。自立兵器であるが故のエネルギー切れ。

 

 これまで全力で限界まで稼働させていたのだ――むしろここまで良く持たせたほうだった。

 

「ああ……」

 

 そしてこの瞬間、「ブルー・ティアーズ」は。

 

 さながら爆心地のごとく殺到したミサイルによって大破し、絶対防御を発動。

 

 具現維持限界(リミット・ダウン)を引き起こし、墜落した。

 

 限界まで研ぎ澄まされていた意識が、敗北を認めたと同時に急激に遠のいていく――

 

 落下する最中、地面と激突する直前。

 

 ふわり、と。一瞬だけ身体が「何か」に支えられ、薄ぼんやりと開いた瞳は、上空で全身装甲のISが真空色に輝いているのを見た。

 

 

「勝者――白雪雫」

 

 

「イェス。我が『キサラギ社(・・・・・)』の『技術力(・・・)』は『世界一(・・・)』ィィィィ! ……です」

 

 そんな言葉が、聞こえたような気がした。

 

 そして「何か」が消えると、全身をしたたかに打ったセシリア・オルコットは今度こそ意識を手放すのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「お疲れ」

 

 ピットにて、帰還した少女を出迎える。

 

 「フロウ・マイ・ティアーズ」を待機状態(ペンダント)へと戻した雫は、いの一番に白雪軍人へと駆け寄り、それから目を伏せた。

 

「無事か。怪我は?」

 

「いいえ。怪我はしていません。ただ……」

 

「なんだ?」

 

「ごめんなさい、兄様」

 

「おいおい。何を謝る必要があるんだ」

 

「私は、あの金髪頭をぶっ潰すと宣言したのに……」

 

 ぶっ潰す発言に、その場にいた何名かが顔を引きつらせたが。白雪軍人はさして気にすることもなく、優しく彼女の頭に手を置いた。

 

「十分だよ、雫。お前は実力を知らしめただろう。お前の気持ちもよくわかった。俺はそれで十分だ」

 

「兄様……」

 

 申し訳なさそうな、しかしどこか嬉しそうなものが滲んだ笑みを浮かべた雫へ、そうだ、と彼は撫で心地の良い髪を梳きながら。思い出したように、

 

「簪からメールが来てたぞ。最後のセリフ――『世界一ィィィィ』発言――はなかなか決まっていたそうだ。どういう意味だ?」

 

「このあいだ簪と一緒にアニメを見たのですが……そのアニメに出てきたセリフで、今回のキサラギ社の宣伝にぴったりなものがあったので。それを拝借させてもらいました」

 

「へえ」

 

「………、」

 

 話しかけるタイミングを失い、複雑な想いでそのやりとりを見ていた箒が目を逸らしたことに、白雪軍人は気づかないふり(・・)をする。

 

「ん、……待て、電話だ」

 

「ムー兄さん? 私よ。今、貴方の後ろにいるの」

 

 振り向く。

 

「あ。もしかして引っかかった?」

 

「おい。切るぞ」

 

「ちょ、ちょっと待って! 仕事、仕事のお話だから!」

 

「早く言え、ド阿呆馬鹿たれ。バッテリーがもったいない」

 

「バッテリーの心配!? うう、私のほうが上司なのに……」

 

 ともかく、用件を告げられた。

 

「了解した」

 

 通信終了。

 

「雫。次の試合、俺は見られそうもない」

 

「兄様?」

 

「仕事が入った」

 

 その意味を正しく理解した雫は、小さく頷き、「気をつけてくださいね」と真剣な顔をして言った。

 

「無論だよ、雫。お前もな」

 

「あ、あの――」

 

「おい。いつまで雰囲気を作っている、そこの馬鹿兄妹」

 

「むっ。失礼なことを言いますねブラコン先生」

 

「…………………なん……だと……お前……」

 

「ま、まあまあ先輩! ここは抑えて抑えて! ――白雪さん、次の試合がありますから、補給のほうに行ってもらえますか? データとかはもう送ってありますから……あ、ちなみに白雪さんのピットは今度はBピットになります」

 

「イェス。では兄様。箒さん」

 

「ああ。行っておいで」

 

「う、うむ。――って、ああ待て雫! 私も行こう」

 

 雫は。最終調整に入っている織斑一夏のほうを一瞥してから、箒に再び訊ねたが、彼女は織斑千冬を見てから「あいつにはあの人がついているから」と答え、共に移動することになった。

 

 ――さて。俺も仕事に取り掛かるか。

 

 織斑千冬と一度だけ視線を交わしてから、白雪軍人はアリーナから姿を消したのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 Bピット、滑走路――

 

 発光現象が収束する。

 

 紺の、流線型の全身装甲(フルスキン)IS。

 

「ところで箒さん。私は彼には容赦しませんが、構いませんね?」

 

「あいつは、短い時間だがそれなりに鍛えてやった。それなりに期待できると思うぞ。戦いのセンスは持ってるからな」

 

「そうですか。では、とっておきをくれてやりましょう」

 

「お、おい雫? 何をする気だ?」

 

「キサラギ製のなかでも随一の作品。見てのお楽しみ(・・・・)というやつです。それでは行ってきます」

 

「な、何をする気だ――!?」

 

 

 空へと舞い上がる(リフトオフ)

 

 

 既に空中では、白のISが待機していた。

 

一次移行(ファースト・シフト)は無事に完了したようですね」

 

「ああ。白雪さんが時間を稼いでくれたおかげでな」

 

「そうですか」

 

「……あのさ。俺、思ったんだけど、そもそも俺たちが戦う意味って無くないか? 俺は別にクラス代表になりたいわけじゃないし――」

 

「なら直ちに降伏を。私もさほどこの試合に意味を見出していませんので」

 

 少年は。むっとしたように表情をなり、

 

「……いや。嫌だね、戦う前から負けを認めるっていうのは、やっぱり無理だ。それにせっかくの俺の機体だ。戦ってみせる。ごめん、今のは忘れてくれ」

 

「勝つつもりですか。私を相手に?」

 

「やってみせるさ」

 

「……は、は」

 

 表情は見えない。

 しかし、雫は――

 

「はは、ははは、はははははは。はははははははははは」

 

 大いに笑った。綺麗な声で。そしてどこかいびつな響きを含んだ声で。

 

 聞いているだけで、不吉な予感を覚えるような声で。

 

「何がおかしいんだよ!?」

 

「いえ、いいえ……ごめんなさい、なんでもありません」謝罪を口にしながらも、しかし笑いを抑えきれないといった様子で、「ただ、あまりにも」

 

 カウント3――

 

 2、1――

 

 

 戦闘開始(オープンコンバット)

 

 

 織斑一夏は。先程まで行われていた試合を見て、ある作戦を立てていた。織斑千冬からすればそれは「作戦」と呼べるほどの中身ではなかったが、まずは強力過ぎる「高機動分裂誘導弾(アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン)」の発射を防ぐべく接近戦を仕掛けることにしたのだ。

 

 そもそもの話、「白式」には武装が「雪片弐型(ゆきひらにのかた)」しか備わっていないため他に手段が無かったという事情もあるが。戦闘経験で絶対的に不利な織斑一夏がもし仮に白雪雫よりも優っているかもしれない部分を上げるとしたら、それは剣道という経験である。

 

 ――この一週間、箒にみっちり鍛えられたんだ!

 ――そう簡単に負けてたまるかよ!

 

 両手に握られている「雪片弐型」は、かつて姉である織斑千冬が愛用した武器である。なればこそ、偉大な人の弟として無様な試合は見せられない。

 

 スラスターを全開に――

 踏み込み、振り下ろす。

 

 瞬時に呼び出(コール)された電光剣(プラズマブレード)が、その一撃を容易く防いだ。

 

「ちぃっ――」

 

 見られているような感覚。慌てて「白式」が離脱すると、追撃は無かった。

 

「その武器……ブリュンヒルデの」

 

「っ、知ってるのか」

 

「ええ。資料で何度か見たことが。しかしブリュンヒルデの弟がそれを手にするというのは、なんだか因縁を感じさせますね。でも今の貴方には扱えないかと」

 

「なんだと――」雫が冷静に答えるほどに、少年は感情を煽られていく。「なら、これはどうだ!」

 

 単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)――零落白夜(れいらくびゃくや)起動。

 

 「雪片弐型」をなぞるようにエネルギー刃が形成され、輝き始める。

 

「第一形態から単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を? ……まさか、その効果は」

 

 エネルギー性質のものであればあらゆる対象を選ばずに無効化、消滅させる能力。

 

「実際に味わってみろ!」

 

 突撃――

 

「お断りします」

 

 するよりも先に、紺のISが真空色に変化した。

 

「ぐ――!?」

 

 「白式」は。最初の位置から動いていない(・・・・・・)

 

「な、なんだよ、なんで動かないんだ!?」

 

 織斑一夏は動揺のあまり気づかない。ハイパーセンサーは、「フロウ・マイ・ティアーズ」の周辺空間が歪んでいることを示していたし、その歪みが「白式」にまで届いていることを知らせていたが。

 

「『四つの、あるいは力ある花弁(フォース・ペタル)』はその名のとおり四枚の力場(・・)の花弁によって構成されています。それぞれが私の思考によって自在に動かせる強力な力場ですが、不可視のため、今の状況を少し解説してあげましょう。織斑一夏。『フォース・ペタル』は現在、一枚は白式の身体を、もう一枚は『雪片弐型』を握っている腕を拘束しています。力場とは要するにエネルギーですので、その特性上『零落白夜』は天敵ということになりますから、もちろん刃には触れないように気をつけながら縛っています。そして――」

 

「――あ」

 

 ぽろり、と。「雪片弐型」が「白式」から手放され、地面へと落ちていった。

 さくり、と垂直に突き刺さる。

 

「……………………………………、」

 

 これにはピットにて観戦していた織斑千冬も、思わず頭を抱えてため息をついたという。

 

「これで、貴方はもう何も出来ません」

「くっ、くそ――!」

 

 スラスターを全開にする。何度も何度も不可視の「力場」から抜け出そうとするが、ほとんど身動き取れなかった。

 

「いまさら逃げることはできませんよ。何故なら兄様の最高傑作だからです。ところでドイツでは慣性制御機能(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を発展させた慣性停止能力(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)という技術が実用化されているそうですが、この技術はあちらとはまるで別物ですので誤解なきように。――さて、それでは仕上げと参りましょうか」

 

 絶望的状況。

 

 一段と広範囲な量子の発光現象を経て、全身装甲ISの背部に現れたのは。

 

「なんだ……それ(・・)

 

 第一印象は一言で――見上げるほどに「馬鹿でかい」。

 

 砲身のようにも見える。しかしその口径は闇が大顎(あぎと)を開けているかのように巨大である。

 

 唖然とする彼のISが、ハイパーセンサーで全長を割り出した。

 

「じゅ、一二メートル……!?」

 

 開いた口が塞がらない少年へ向けて、背負うようにそれ(・・)を担いだ雫は、淡々とした声をして語る。

 

「多薬室砲という言葉をご存知でしょうか。砲身側面に薬室が複数あることからムカデ砲とも呼ばれる場合もあります。この兵器の名前は『ディープ・インパクト』。対IS広域殲滅用兵器として開発された、キサラギ社のとっておき(・・・・・)です。合計一八の装薬燃焼室内に超圧縮された燃焼ガスを弾体通過時に順次点火することで複数回弾体を加速させ超高速で射出するというメカニズムですが、この構想自体は実は古くからあったそうです。しかし点火するタイミングに難があり結局頓挫……ところがISの処理能力を以てすれば問題は解決されます。そうして構想は実を結び、これが作られたというわけですね――」

 

「い、いや……ちょっと待ってくれ」

 

 話の途中から尋常でない「音」が聞こえ始めた。嫌な汗が噴き出してくる。砲口の裏側からも、光が漏れ出している。

 

「ただしあまりに巨大なため反動が大きすぎて構えるのも困難なのです。そして射出するまでのチャージにも時間がかかるので、標的を逃してしまう危険性や反撃を受ける可能性大です。ですが『フォース・ペタル』と組み合わせることにより――すなわち四つのうちの二つで砲身を支え、残りの二つで相手を拘束しておくことで――これらの問題も解決しました」

 

「ちょっと……おい! 話を!」

 

「射出時には、ガスの圧縮度にもよりますが弾体は時速八〇〇〇キロ――だいたいマッハ6.5は軽く凌駕しますので、これなら絶対防御も意味を成しません。一撃で粉々(・・)でしょう。対IS兵器としては実に素晴らしい兵器かと思われます。加えてセキュリティ面でも、事前に使用者を登録しておけばその人以外は使えませんのでご安心を。ばっちしですね」

 

「安心できるか!? というか、こっ、粉々って!」

 

「とはいえ今回は実戦ではなく試合ですので本来の弾体である対IS榴弾は使用しません。使うのは普通の榴弾です……が、威力はキサラギ社のお墨付きですのでご安心を。そういえばこれだけの武装を量子変換(インストール)できることを不思議に思う方もおられるかもしれませんのでこの場を借りて述べておきますが、これは単純にキサラギ社が開発した最新の大容量拡張領域(パススロット)のおかげですね。もう一度言っておきましょう、織斑一夏。『ドイツ』の――じゃなかった、『キサラギ社』の『技術力』は『世界一』ィィィィ! と。宣伝は、こんな感じでいいのでしょうか。――あ」

 

「あ、って何――!?」

 

「チャージが完了したようです。使用者名、白雪雫。認証コード、【我、祝砲を響かせり(ファンファーレ)】」

 

「認証コードを確認しました。即時発射可能状態へ移行」

 

 少年の抵抗、虚しくも。

 

 

 ――「撃てます」――

 

 

「ところで織斑一夏。ひとつ質問があるのですが――」

 

「嘘だろ………ああ……そんな……」

 

 雫は。全身装甲のため表情は窺えなかったが、少し頬を上気させて。

 

 見えていたなら実に可愛らしい笑みをして、言った。

 

「大っきくてぶっといのに貫かれるのはお好きですか?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 まるで隕石が近くに落ちたような轟音。爆音が、振動を伴って此処(・・)まで響いた。

 

 アリーナの方角からである。

 

「なんだ今の音は」

 

 ――もしかして雫が何かやったかな。

 

 白雪軍人はため息を漏らすと、足元に気絶している男たちを見遣った。

 

 全員が電子情報を表示する同じ規格の特殊ゴーグルをしたうえで武装し、そのなかで強化外骨格(パワードスーツ)を装備していた者は五人いたが、一人を除いて微動だにしていない。

 

「さて――」

 

 唯一気絶を逃れて仰向けに倒れていた男へ、白雪軍人は腰の(ホルスター)から伸縮式の特殊機能を組み込んだ「警棒」を振り出して突き付けると、

 

「お前たちはどこの組織から送り込まれた?」

 

 沈黙。しかし何かを期待して訊いたわけではなかった。

 

「まあ答えたくないなら別に答えなくともいい。どうせあとで専門の人間に引き渡すんだろうからな」

 

 ――ところで、この様子も見られているんだろうか。

 

 通路の天井脇に設置された監視カメラのほうを向くと、睨みつける。関係者以外立ち入り禁止の場所であるから生徒が通りかかる可能性は低いだろうが、それでも今の状況を誰かに見られたくはない。

 

 暇してるならさっさと応援よこせ、シスコンポンコツ。声には出さず、口だけを動かして言った。あの水色頭なら、読唇術くらいは窮めているだろうから。

 

「お前は」

 

「ん?」

 

 上ずった声。男の。

 

「その左目、黄金の瞳。そして常軌を逸した戦闘能力の、若い東洋人――まさかムラト・シラユキか?」

 

「どうしてその名前を知っている。どこからそんな話を聞いたんだ」ため息。「――まあ()に通じていれば多少の調べはつくか? ……いいぜ、聞かせろよ。どうせろくなことじゃないんだろう。俺が誰だって?」

 

「ムラト・シラユキ……約一年半前、中東の紛争地帯を傭兵として渡り歩き、イラクでIS『ネッスンドルマ』を生身で破壊(・・・・・)した男。そのときつけられたあだ名が善き精霊(グッドネス・ジンニー)。ほ、本当だったのか。よもやこんな場所にいたとはな……しかし聞いたところによれば、白髪(・・)だという話だったが」

 

「はは。まったく」

 

 よりにもよって善き精霊(・・・・)とは。堪らず苦笑が漏れた。

 

 ――何度聞いても、やっぱり思う。

 

 

 

 本当にろく(・・)でもねえな、おい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















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