セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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 本作には「独自設定」「改変」「捏造」「過度に残酷な描写」が含まれます。

 上記の要素を了承のうえでお愉しみ頂ければ幸いです。
















A GLEAM IN EYE
■■01 彼との邂逅1


 

 

 

「 ■■区 連続猟奇殺人 未だ犯人捕まらず 」

 

 一日、■■区在住の会社経営者□□□さんと、同じく会社経営者の▲▲▲さんが同じマンションで遺体となって発見された事件で、捜査本部は先月三〇日に発見された△△△さんとその秘書である×××さんの両遺体との損傷状態に共通点が見られることから連続猟奇殺人事件として捜査を進めていることが、捜査関係者への取材で明らかになった。……〈中略〉……被害者四人の共通点として「女性権利団体」に所属していることが指摘されており、元捜査官の警察ジャーナリスト○○○氏によれば被害者の遺体には通常では考えられないような傷痕が残されていたことから、激しい恨みによる犯行という可能性を……〈中略〉……市民からは不安の声が上がっている。また被害者の所属する「女性権利団体」は今回の事件に対し、今日の午後にも異例の記者会見を開くとの声明を発表しており、これに注目が集まっている――

 

 

 ◇

 

 

 

 翌日――

 

「 戦後史上最悪の連続猟奇殺人事件 死傷者数二〇人にのぼるも 捜査は難航 」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ――雨に打たれている。

 

 

 頬を叩く。冷たい。

 

 雨音だけがしている。他には、此処には何もない。

 

 死者だけがいる。墓場。骨だけとなった人たちを葬り、巨大な石で埋めた場所。

 

 ある墓石の前に、一人の少年が凭れていたが。全身を濡らした、彼もまた、屍人のようなものであった。

 

 死人のような肌。死人のような唇。死人のように真っ白な髪。死人のように何もうつさない瞳。左目に限ってのみ、虹彩は異様なほど金色(こんじき)を放っていたが。やはり虚ろで。

 

 だから――

 

 ()が彼を見て死人と違うと判じたのは、少年が心臓を鼓動させるたびに――血管を脈動させるたびに――不定期に白い吐息が、彼の口から冷え切った墓場にふわりと現れて、消えるのを繰り返していたからだった。

 

「二月。雨に打たれるには、ちぃとばかし冷たすぎる季節だぜ、坊主」

 

 下駄の石敷を踏む音が、少年の前で止まる。

 

「心までこごえちまうよ」

 

 男。年齢は四〇か五〇くらい。和服を着流したその人物は、赤い蛇の目傘を差しながら、少年を見下ろした。

 

「坊主。おい、口がきけねえのか。それとも死んでるのか」

 

 答えはない。呼吸(いき)をしているだけで、彼はそれ以外は死人なのだから。

 

「無視すんじゃねえよ坊主。おい、くそガキ。名前ぐらい言えねえのかよ、ええ?」

 

 視線。それは、「反応」といったほうが正しい。

 

 静寂のなかでずっと雨に打たれていた。長く浸っていた静寂を破る存在がいたから、消えかけの自意識が気まぐれに反応したことで、偶然にも男が視界に入った。それだけに過ぎない。

 

「やっとこっちを見たな、坊主。………おめえは、なんて目ェ(・・)してやがんだよ」

 

 死臭(・・)。見るものが見れば血みどろの彼を幻視するほどの。

 

 言葉は耳に入らない。雨の音だけがしている。他には、何もいらない。少年は、それいがい何も求めてはいなかった。このまま、枯れ木のように腐ちていければ、それで満足――

 

「よっと」

 

 ひょい、と担ぎ上げられた。

 

「……なに、を」

 

 掠れた声。酷い声だった。燃えかすのような、意志の発露。

 

「なんでえ、喋れるじゃねえか。おめえさんよ、ちゃんとメシ食ってんのか? ひょろひょろじゃねえかよ。もやし(・・・)みてえだぞ」

 

「おろせ」

 

「だめだ。とりあえず腹になんか入れて、そのあとに事情、ぅを(・・)――っ!?」

 

 瞬間。男の身体は、吹き飛ばされていた(・・・・・・・・・)

 

 至近距離で大砲を受けたかのような凄まじい衝撃。

 

 だが。

 

 男は、ひらりと曲芸師のように着地した。流石に冷や汗が浮かんでいたものの、逆に言えばそれだけだった。

 

「おいおい。こりゃあ、いったい」

 

 頽れる音。最後の力を振り絞ったらしい少年が、うつ伏せで身動きもしなくなっている。

 

 飛ばされた傘を手に取ると、駄目になってしまっていた。

 

「ったく」

 

 少年を見遣って。頭を掻いて、ため息をひとつ。

 

「とんだ拾いもんだな、こりゃあ」

 

 

 ―――。

 

 

 引き戸を開けて、玄関に入る。

 

 聞きつけたらしく、駆け寄ってくる足音がある。タオルを手に現れたのは、長い黒髪を後ろでまとめた、古風な格好の少女。

 

「おかえりなさい、先生……って誰ですかそれは!?」

 

「おう(ほうき)、出迎えご苦労。さっそくで悪いんだがこいつ用の布団、出しといてくれねえか」

 

「また先生は、ずぶぬれになって、もうなにやってるんですか!」

 

「だっはっは!」

 

 とりあえず、げらげらと豪快に笑って誤魔化すことにした。

 

「誤魔化さないでください」

 

 誤魔化せなかった。

 

 

 ―――。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 二月(フェブラリー)()の季節。

 

 三度目(・・・)の生が、その日、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

「よお久しぶりだなあ更識。俺だよ俺。六道(りくどう)だよ。ちょっと調べてほしい奴がいてなあ。……ちげーよ馬鹿。おめえさん、俺のことなんだと思ってんだ? だからよ、訊く前から勝手に終わらせんじゃねえよアホ。そんなだから未だに赤面〇〇〇なんて言われ……ああ!? ちげえっつてんだろうがっ、人の話聞けよ、ボケちまったのか! 耳がいかれ(・・・)ちまってんのか? こっちは真面目に話そうとしてんだよ、そんなだから娘っ子からうざ(・・)がられんだろうが! あ? 何だおめえ――今度は泣いてんのか!? おいくそ、いい年齢(とし)こいて、勘弁しろよ……」

 

 

 なお、前途は多難である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


















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