どんな決心をしたのかだって?
…あの、フウの件についてだ。
あの日、フウが言っていたではないか。
『フウマの事が好きだから、私は新しく生まれ変わる』って。
だから、俺もその思いに少しだけ応えてやろうと思う。
…だけど、俺は見てしまった。
あの蒼白の髪、華奢で可憐な体。吸い込まれるような模様の瞳――見るものを釘づけにしてしまう、あの
あの日に5ちゃんねるで見たあの件は何も起きずに終了してくれた。
そもそもあのスレでは殺害予告がなされていたらしく、それによる通報でスレごと話題が終了してくれたのだった。
それについて、俺は酷く安心した。
魔王に悪意ある手がそのまま伸ばされていたかと思うと、心臓がバクバクする。
まあ、展開が思いつかなかっただけなのだが。
これで安心して、フウの告白に覚悟できると思った。
思ったんだ。
ある日、日用品を買いに買い物をしていた時、その帰り道に俺は見た。
その日常の景色に不釣り合いな、華奢な体に澄んだ瞳、そのアルビノの髪を持つ少女と。
その少女は辺りを見回していて、果たして迷子と言うより、今、自分がどこにいるのか全く分からずそこかしこをさ迷っているように見えた。
……言葉を言い換えただけで、厳密には迷子じゃないか。
やがて、その少女は俺を見つけると、とてとてとてと近寄ってきた。
「おにーさん、ここがどこなのかわかる?」
第一声がそれだった。とてもかわいらしい声だった。
「え……? あー、ここは――県――市だ。お前、ここがどこなのか知らなかったのか?」
「うん。気が付いたらここに居たの。今私が誰なのか、何でここにいるかも分からない」
訳の分からないことを言う少女。両親を覚えているか聞いてみたが知らないの一点張りだったので、とりあえずこの子を持って帰ることにした。
……大丈夫、誘拐にはならないだろう。もし警察が来たとして、この子が知らないと言っていたことをちゃんと言えば大丈夫だ、多分。
「そういえば、名前は何だ?」
連れて帰る途中、名前を聞いてみた。
「……ルーツ・マーガトロイド」
…奇しくも、それは魔王と苗字が同じだった。
◆
「知らん」
「知ってるだろ」
「知らんと言ってるだろ」
「知らんとは言わせねえぞ」
「知らない」
「知らないとも言わせねえぞ」
「言論の自由を行使する」
「言論の自由を行使するとも言わせねえぞ」
「我に発言権はないのか!?」
そんなこと言われても、別世帯による苗字被りとは考えにくいし、よく見てみれば魔王とこの少女の顔つきって微妙に似てるので身内なのではないかと推測する。
そしてその少女は、さっきから表情一つも変えずに魔王を見つめていたのだった。
「…な、なんだ。……改めて問う、お前の名前は何だ?」
魔王がルーツに蒼白の髪の毛に嫌らしく目を細めながらも話しかけた。
「ルーツ・マーガトロイド。あなたの名前は?」
「……高崎零」
「それ和名だろ。本当はヘル・マーガトロイドだ」
「またそうやって余計なこと言う」
「…名前を誤魔化すほどにこいつが嫌なのか?」
「そうだ。悪いことは言わない。フウマも早くコイツの里親を見つけ、返してあげるべきだろう」
「……だが、コイツの名前はルーツ・マーガトロイドであって――」
「知らんものは知らんよ。我に兄妹はいたような気がするのだが、こんな美しい奴が我の兄妹な訳がない」
といって、魔王は寝室の方へ行こうとした。…さっさとその場から離れようとしてるようにも見える。
それを見たルーツは、無表情のまま魔王にこう言った。
「嘘でしょ。あなたはヘル・マーガトロイド。私の姉であり、かつてとある地を脅かした魔王」
振り返って寝室へ行こうとしていた魔王にルーツがその言葉を投げつける。逆鱗に反応したのか、魔王は久々に禍々しく目を光らせ、そしてルーツの胸倉を掴んだ。
「いい加減にしてよ! 我に兄妹なんていないし、お前みたいな神々しい見た目をしている奴が我の妹なわけがないんだ!」
「…お、落ち着けって」
何とか仲介に入る。だが、ルーツと魔王の方は全く表情が変わっていない。
「……アドに聞いてみるしかないか?」
「余計なことはしなくていいと言っただろう」
「しかし、このままお前が怒鳴ったままでも何も解決はしないんだ。それなら、一刻も早く結論を出した方がルーツのためにもなるだろう。…まあそうだな、それまでこいつは俺が保護しておくか」
「……お前、自分でおかしいと思わなかったのか?」
「…? 何がだ?」
「
…あ。言われてはじめて気づく。
何で俺は、ジャガノやアドを受け入れずに、ルーツのみ受け入れたのだろうか?
……言われてみれば、ルーツの瞳には何か不思議な魔力がある気がする。…言葉で表現するのは難しいが、なんというかこう、引き込まれるような感覚が……。
「……フウマ。おにーさんの名は、フウマっていうの?」
「…ああ」
「あなたは、姉を保護しているの?」
「…一応そういう風になっているが」
……話しかけてくるたび、その目を淡く光らせながらこっちへと寄ってきて、こちらとしては話しかけ辛い。迫られているような感覚に陥る。
「お前は何処から来たんだ?」
「私は気が付いたらここに居たんだ。その後の記憶は残っていないのに、何でなのか姉についての記憶はある」
「……それ以外の記憶は?」
「ないの」
……え?
さっき、何も知らないって言っていたはずだが…? 言葉の綾ってやつか? 言い忘れちゃったのかな?
「……魔王、コイツ保護するよ」
「は? ……本当か?」
「本当だ。何せこいつはお前の妹だと言っているし、野放しにするわけには――って、うおっ!?」
そう言いながら魔王の方を見ていると、すごい速さで魔王がこっちに来て、俺の胸倉を掴んでいた。…半ば、泣きそうな表情になりながら。
胸倉を掴んだまま、魔王はこう叫んだ。
「だったら何で母さんをこの家に入れなかったんだあ!?」
……ああ。
確かに、矛盾しているな。
「…まあ確かに、アドを入れずにルーツを入れたのは少々矛盾してると思う。が、アドは何だかんだ今は会社に就職して楽しくやっているそうじゃないか。だが、ルーツの場合別だ」
「何が別なんだ!?」
「一人では生きていけないというところだ」
「どうしてそう思える!?」
「姉であるお前が一人では生きていけないから」
「………」
どうやら無意識に論破してしまったらしく、ただ茫然と俺の胸倉を掴んだまま硬直する魔王。
「……フウマ。分かった、妥協する。そいつはここに居てもいい。が、あまり一緒にいない方がいい」
「さっきからそう言っているみたいだが、どうしてそう思えるんだ? 居てはいけないという根拠はないだろう?」
「嫌な予感がする」
「嫌な予感って……根拠にならないじゃないか」
「……わかったよ。フウマがそこまで言うならそいつを好きなだけ保護すればいい……だが、あまり一緒にいない方が…いい」
魔王は唇を噛み締めながら絞り出すような声でそう言い、歯磨きをするのか洗面所へと向かった。
俺は未だに、コイツの言っている意味が分からなかった。
どうしてそこまでルーツを忌み嫌うような台詞をペチャクチャと喋るのだろうか? ましてや自分の妹だというのに。
妥協した時の声も、とても苦しそうな声だった。……何かご不満でもあるのだろうか? それとも嫉妬? …いや、今に限って魔王がそういう意味でその言葉を言ったとは思いにくいのだが。
「まあいい。行くぞ、
俺はルーツの手を取って、自分の部屋兼寝室へと連れて行った。
◆ 語り部:ヘル・マーガトロイド
フウマの様子がおかしいと、我は感じずにはとてもじゃないが居られなかった。
洗面所に行って歯磨きをするふりをしてフウマのこの後の動向を見守っていたが、何とフウマは言葉の最後に驚くべき台詞を付けたし、ルーツを我も寝ている寝室に連れて行ったそうではないか。
この後の動向を確認しようと思ったが、歯磨きをしなければあとでフウマに怒られるのも嫌だったので、歯磨きをいつもより高速で済ませて部屋へと向かった。
この行動が失敗だったと言わざるを得ない。
「……!?」
何と、フウマとルーツが同じベッドで寝ていたのだ。
このいつも寝ているベッドは大人と子供それぞれ一人分でやっと埋まる程度の幅なので、ここで我は寝ることが出来なくなっていた。
……恐る恐る布団をめくってみる。
「………っっ!?」
……抱き合っていた。お互い、とても幸せそうな顔で。
…冗談でしょう。最初、我を拾った頃はこんなにベッドで抱き合うほど親しい仲では無かったはずなのに!? いくらこの約半年間でフウマの性格も変わったとはいえ、我の妹だと言って連れてきた奴に初日からベッドに連れ込み、そして抱き合って寝るなんて……これが素だったら、我は今フウマに殺意を抱いている!
シラフだったら、フウマの腹に包丁を突き立てている!
…我がああやってその場から逃げたりしなければ、こんな展開にはならなかったのだろうか。
………しかし、素でフウマがこんなことするはずない。あそこで妥協せず、我も必死に自己主張を続けていたらこんなことにはならなかったのだろうか?
これは、我に非があるのだろうか?
…なら、この件についてはもうフウマは機能しないだろうし、我が片を付けるしかないか…。
「…待ってて、必ず取り返して見せるから」
我はフウマに小さい声でそう告げて、部屋から出て行った。
◆
我がまず真っ先に向かったのは、お母さんの住処だった。こういうとイメージが悪くなるが、実際にこの世界では会社の一室を使って寝床を確保しているようなので、この表現は強ち間違ってはいない。
…我が入ろうとすると不法侵入になるが、そこは問題ない。何と都合のいいことに、我のお母さんは来て欲しいと願った数十秒後に出てきたりするので、この会社の前で待てば問題ないだろう。
「やっほー、お待たせぇ」
30秒後にお母さんが来た。我はこの夜の月明りですら映えるお母さんの美しさに、少し見惚れる。
「お母さん…。こんな夜に呼び出してごめんね」
「いいよいいよ、私達家族でしょ? …んまあ、事情を察するになんかあったみたいだね」
「何かあったよ…お母さん」
我は少し間をおいて訊いてみた。
「我に妹って…いたか?」
「いるよ」
「名前は?」
「ルーツ・マーガトロイド」
……いたよな、そりゃあ。実は我はルーツについての知識は全くなかったわけではなく、存在は知っていたし、見た目も我が思っているのと実際にあったので一致していた。我が、なぜ、頑なにルーツの存在を認めたくなかったというと――
「大好きなフウマがとられるのは嫌だったのかなあ?」
「違う!」
お母さんが全く的外れなことを言って、思考が遮られる。
「決してフウマの事は友情的に好きと思っているのであって、恋愛的に好きとは一言も言っていない!」
「そんなわざとらしい反応をするのは、怪しいねえ」
…我が母なのに、調子が狂ってしまいそうだ。多分、今の自分の感情が混濁としているだけなのだろうが。
「…彼女にはあまり関わらないほうがいいような気がした。一族特有の水色の髪色に、白は我ですらも気味悪く思っていたんだ」
「それな!」
…………。
「それで、彼女が使える能力は――」
「あの子は催眠術が得意なんだ。それも質の悪いことに、前触れとなる動作も無しに」
と、我の思考を先回りするかのようにお母さんがそう言った。
…そう。あの子は催眠術が得意なんだ。ああいう風に寝ていたのも、きっとフウマが気付かずに催眠にかけられた影響だろう。
「…事情は把握した。でも、私の息子ならちょっとの魔力で催眠術の遮断が出来たはずだよ。何でしなかったんだい? …事前に被害を最小限に防ごうとしなかったのは、何で?」
「…え? 催眠の遮断なんて、知らなかったよ。そんな、ちょっとの魔力でせき止めることができるなんて」
我が逃げずにルーツの催眠術に拮抗していればこうならなかったというあまりにも下らない事実に話し方が平坦になってしまう。
「…まあ、確かに、そこは私の非ではあるよ」
我の表情から思っていることを察したのか、慌てて付け足したように聞こえなくもないセリフを足すお母さん。
全ては我が臆病者の選択を取り続けたことに由来する出来事なのだから、あまり気を遣わないで欲しい…。
「…ルーツって、どういう存在だったんだ?」
「それは次回に話すこととするよ。テンポが悪くなってしまうと思うけど、勘弁してね。とこの世界どこかに居るこの小説のリスナーに私はそう告げた」
「メタフィクション発言はこの際止めて欲しかった!」
折角いい雰囲気だったのに!
…しかし、確かにもうすぐ終わるタイミングとしてはいい頃合いだろう。では、ルーツの過去や我のとるこの後の動向についてはまた後に話させていただく。