俺の家に魔王が住み着いた件について   作:三倍ソル

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この回を境に、必須タグに性転換を追加するとします。

あと、日常の描写に結構力を入れて描いたので、長いくせに面白味も何もありません。

それではどうぞ。


トランスセクシャル

 目が覚めた時、少しだけ違和感を覚えた。何だろう、体が変な感じがする…。

 とりあえず、昨日のことを思い出してみる。

 ……んん? あれ? よく思い出せない…。何だろう、朧気というか……記憶が朦朧としている感じがする。

 ベッドから起き上がって辺りを見回した時も、俺は更なる違和感を覚えた。

 何だか目線が低い――いや、これは背丈が小さい?背が低くなってしまったのか?いやいや、まさか……とそんなことを考えて隣で寝ている奴を見てみたが、それは俺だった。

 ……俺だった。本当に俺だった。俺が二人いる?そんなのあり得ないだろう。だからって、別の可能性も考慮してみたが……。

 まさかと思い、自分の服を見てみた。漆黒のローブを着ていた。自分の髪を触ってみた。サラサラで水色で長い。自分の手を見てみた。一回りサイズが小さくなっている。

 自分の股間をまさぐってみた。

 

「っ……ぎゃあああああああああああああ!!??」

 

 ……無かった。

 

 

 そんな映画を見たことがある気がする。何だっけな、名前は忘れたけどつい一年前とかに大流行した映画――えーと、名前は…。

 

「君の名は。じゃないの?」

「ああ、それか」

 

 そうそう、ついこないだ一緒に見たんだったな。余りにも普通の映画だったし、何か途中で寝てたから覚えてないや。というか、問題はそこではないんだよな。入れ替わったってところから連想しただけだし。そのことより、なんで俺と魔王の意識が入れ替わってしまったか。性転換までしてるし、平たいながらも胸がある。そして股間にいつもついていたアレがないせいで落ち着かない。

 

「えーと何だっけ?この股間についている奴がチン――」

「止めろ!一回ハッキリ言ったことあるけど二回目は止めろ!」

 

 何だろう…魔王が男性の体に興味津々なせいで、早く戻らないと自慰を始めてしまう可能性だってある…。それは何としてでも止めなければ、俺が今まで純潔な生活をしてた意味が…。

 

「あーー!これからどうすんだ俺!」

「これ一時的なものじゃないの?」

「原因不明なんだぞ!?ずっと俺がこの体だったらどうすんだ俺!」

「知らないねえ。いいよ、我が代わりに会社に行ってあげるよ」

「解雇されるからやめろ!」

 

 一応有休はとっておきたいところだが……実は今月あと一回しかないんだよなぁ、あまりにも魔王の世話やらなんやらで休みすぎてしまったせいで。まさかこんな場面でこんなことになってしまうとは、魔王を放っていてでも通勤すればよかった。

 

「魔王……」

「何だい?」

「あのすまん、俺の会社の上司に電話してくれないか…?休むって伝えるから」

「やだなんか一人称が俺の女子って萌えちゃう」

「話聞けよ!?」

 

 確かに、女子の声色で…というか萌えボイスで俺という一人称の女子は人によっては結構ストライクの部類だとは思う。

 ちなみに俺は野球の方のストライク、つまり空振りだ。

 

「えーとな、電話番号は――…で、多分上司が出ると思うから敬語で、そして今から俺が言う定型文をそのまま言ってくれ。そしたら多分上司は二つ返事で納得してくれると思うから」

「分かった」

 

 魔王は俺が教えたとおりの電話番号をスマホに打ち込み、そのままそれを耳に当てて電話をした。

 

「……あ、えーと、ハイもしもし、いつもお世話になっております、高崎です。あのですね、今日もで申し訳ないのですが、あの、有休をとらせてもらってもかまいませんでしょうか…?あ、ハイ、分かりました。ええ、今月が最後なんですね。分かりました。ハイ、失礼しました」

「…やればできるじゃん!」

「えへへー」

 

 ……うげ、仕草は可愛いっちゃあ可愛いのだけれどそれをしている人が男性だから気持ち悪いことこの上ない、吐きそう…。

 

 さてとりあえず、何をすればいいのだろうか?有休がもう今月しか取れない今、明日までには何とかこの状態を戻さないとマズい。あとはもう仮病で休むしかないのだろうが、有休終わった丁度に体調を崩すとか都合が良すぎて逆に怪しまれる。だから、何としてでも意識を元に戻さないといけない。

 

「魔王、こんなことする奴に心当たりはあるのかい?」

「ない。アドだったら出来そうだけど、こんなことするかね普通」

「だろうなー…」

「ところがやるんだよ私は」

「なんだなんだ、やっぱりアドだったのかあ――……ってオイ!?」

 

 何の悪びれもなく自分の仕業であることを自白し、何の屈託もない笑顔を浮かべているアドが、何のためなのか俺のすぐさま横にいつの間にか現れていた。何でこいつは急に現れるのだろうか。

 

性別転換(トランスセクシャル)っていう魔法で、女性と男性の意識を入れ替える魔法なんだよね。本来私のような死神でも扱えるかどうかっていう魔法なんだけど、何となく寝てる君たちに向かって撃ってみたら偶然成功したみたいでさ。だから入れ替わっちゃったんだよね。ゴメンネ☆」

「あのなーそんなことは聞いてねえんだよ。解除しろよ」

「やっだーもう男らしい口調の女の子超かわいいー♪」

「クッソきめえ。だから、意識を元に戻せ」

「ごめん、無理。だけど、それ一晩経ったら元に戻る魔法だから、明日の朝には意識戻ってるから安心していいよ」

「そっか、なら安心……ってそれ今日一日中はこの体で生きなければならないということなのか!? 嫌だぞ俺は?!」

「大丈夫大丈夫。私のお陰で平日を一つ潰すことが出来れたと思えば」

「なけなしの有給使ったんだぞ!? しかも今月休みすぎて月末でもないのに有給使い果たしちゃったよ!?」

「別にいーじゃんそんぐらい。ケチだなー」

「ケチとかそういう問題ではなくてだな! なんなら今月から休みたいのに休めない俺の身にもなってくれよ!?」

「あ、そろそろ日清食品に行く時間だ。じゃあもう私行くから、じゃあねー」

「結局就職に成功したのかよ!?」

 

 俺は突っ込む間もなく、アドはもうその場には居なかった。急に現れて急に消えた。何なんだアイツ。

 ……そういえば魔王の母って死神だったな。

 

「………うそー、俺今日はこのまま暮らさなあかんのか…」

「自分自身をまさか第三者視点から見られるとは、稀有な体験だな」

「普通はねえよ」

 

 ……さて、これからどうしようか。さっきのアドとのやり取りのせいでもう時間が10時近くになっているが、朝飯を食べていないせいで腹が苦悶の声を上げている。

 冷蔵庫を開けると、そこには調味料と飲み物しかなかった。

 

「……………………………」

 

 俺が唖然としていると、魔王の意識の乗り移った俺がとある袋を出して俺にこう言った。

 

「塩を食べよう」

「出来るかッッ!!」

 

 それは塩の入ったタッパーだった。

 

 

 参ったな…なんで俺がこの姿のまま外に出て買い物をしなければならないのだ。

 いや、こんなことになるとは予想もしてなかったとはいえ冷蔵庫の食糧事情をちゃんと把握&管理してなかった俺にも非があるっちゃああるんだと思うけど。

 何よりすれ違う通行人が俺のことを見てくるのが一番恥ずかしい。女子高生には写メを撮られ、男性には如何わしい目で見られ…今まで魔王はこんな思いをしながらレンの家まで往復していたのだろうか。それともこういう目で見られなくする方法でもあったのだろうか。

 

「………」

 

 女の体に意識が乗り移った男はつらいよ。

 

 そしてその弊害は、買い物している時でも出てくるわけで。

 

「………届かねえ」

 

 背が低くなってしまったせいで棚の高いところに手が届かない。しかも脚立に乗って尚届かない。

 ……見知らぬ人に商品を取ってもらうしかないのか。

 

「すいません……これ取ってもらえますか?」

 

 俺はちょうど近くにいた男に話しかけた。出来るだけ謙虚な口調にして。

 

「え? うんいいけど? …見た所キミ可愛いね。こんなところで何してたんだい?」

 

 ……とりあえず本当のことを言うのはやめておこうか。ただでさえ女の子が一人で買い物に来ているということで奇特な目で見られているというのに、そこでおかしなことを言ってしまえばさらに変な目で見られかねない。それは絶対に嫌だ。

 

「…お使いを頼まれたんです。お母さんにあれを買ってこいって」

「へーそうなんだ。ならいいよ取ったげる」

 

 ……超絶に恥ずかしいのだが。

 

 

 家に帰ると、魔王は居なくなっていた。…まああの体だし特に変なことをしなければ何にも起こらないし、まあいっか。

 俺の方は相当恥ずかしい思いをしたんだけどな! もう二度と女になりたくねえって心から思ったよ!

 

「…………」

 

 そういえば魔王って生理とかどうしているんだろうか。あいつも一応体はほぼ人間なわけだし、自然治癒能力以外はそこまで人間と変わってはいないと思うのだが。

 まあ……気にする問題でもあるまい。今は昼飯を食うのが先だ。餓死しそうなほどに空腹な今、料理するなんて無理難題なので弁当を買ってきた。……狩ってきたのではない。

 今回買ってきたのはおでんだ。電子レンジで温めてもらったし、きっと美味しいんだろうな……

 

「熱ッツ!?」

 

 ……魔王は猫舌だってこと完全に忘れてた…。え、嘘でしょうこれ…普通の俺なら余裕で食える熱さなのに、こんなにも我慢できないとか…。

 しぶしぶ俺は冷蔵庫から氷を取り出しそれをおでんの中に入れて熱さの調整をした。嗚呼、折角のおでんが…。

 別に好きってわけじゃないけど。

 

「……あー食った。やっぱセブンイレブンのおでんは最高」

 

 俺は長く空腹だった腹を満たしご満悦だったところ。

 

「やっほーフウマ! 女は楽しいかい?」

 

 突然正面から声がしたので見てみると、そこはスーツを着てまるでOLの姿になっているアドがいた。何だ、少し吃驚したが会社姿なだけか。

 俺は答える。

 

「ああ、おかげさまでな」

 

 ――皮肉を最大限に込めながら。

 

「ヘルは今ね、適当に外をぶらついているよ。大事にならなきゃいいね。けっしっし!」

「いちいちお前の言動は気持ち悪いんだよ。シリアスだった頃のお前に戻ってくれ」

「やーだよ。だって私いつもこうだからさ」

「ええ…最初出会った頃のイメージが驚きの速さで塗り替えられていってるんだが」

「人は見た目で判断するなってことやね」

「ちょっと違う」

「…ん、もう時間だ。それじゃあね。私はこれから同僚と昼飯を食いに行かなきゃいけないんだ」

「……ちょっと待て、その昼飯ってなんだ?」

「カップラーメンくさや味。試食も兼ねるんだ」

「誰が提案したんだそんな味!?」

 

 アドは俺の質問に答えず手を振りながら光を纏っていなくなった。人間界に馴染んでもその移動方法は異色の目で見られるのではないかと思ったがそれはアドの問題なのでどうでもいい。

 

「……あーーーー、魔王の居所がすげえ気になる…。どうにかして居場所を探れないもんかな……」

 

 そう独り言を言って、魔王の体に備わってある機能を色々探ってみる。時間逆行は詠唱すれば唱えられそうだし、あの例のパンチは力を込めるだけで繰り出せそうだし。SIRENのように視界をジャックする魔法でも唱えられればいいんだけど…。

 ………特にないなぁ。…俺が探って見つけられなかった魔法とかもあるんだろうし、後で魔王に聞いてみるとすっか。

 

「さて…何をしようか」

 

 というわけで俺は今、暇を持て余している。

 ……フウとか呼んでみっかね。試しに、俺は魔王に体に意識が乗り移ったフウマであることを内緒にして。

 

「……あ」

 

 携帯持ってねえ。フウマの服にポケットに入れたままだったわ。

 

「……まあいいや。寝よ」

 

 寝るのが一番だな。折角の有休がもったいない気がするけどもうどーでもいいや。

 他にすることなどないし。ちょうど満腹で眠くなってきたし。

 

「………」

 

 ピーンポーン

 

「えぇ…」

 

 なんという絶妙なタイミング。悪い意味で。

 俺はドアノブに手をかけてドアを開けようとするが、一応魚眼で誰がいるか確認してみる。

 

「…ええーっと…」

 

 それはフウだった。来たらいいなって思ってたのに本当に来るとは。僥倖なのかこれは?

 俺はドアを開けた。

 

「やっほー兄ちゃ……ってレイちゃん?」

「うむ。フウマは今適当に散歩している。まあそのうち帰ってくると思うし、上がってけ」

「そうかい? じゃあ遠慮なさらず」

 

 ……うーん、口調が魔王になりきれてるのかどうか。

 フウは家に上がった。

 

「で、何の用なんだ?」

「実はね、フウマに今日は用があったんだよねえ。それも結構大事な用がね」

「ほう気になるな。どうだ?フウマはここにはいないし話してみれば?」

 

 …ちょっと罪悪感を感じた。

 

「……まあ、レイちゃんにならいいかな。実は…私…」

 

 フウは何かを言おうとするが、どうしてもそこで口籠ってしまっていた。

 

「…んん? 何だ顔を赤くして口籠って。勿体ぶらず言えばいいじゃないか」

「兄ちゃんが好きなのっ!!」

 

 

 

 

 

 時が凍りついた。

 俺はどう反応すればいいかわからず、まるで妹にアストロンをかけられた気分だった。

 やがて意識が戻ってくると、俺は顔を赤くして絶叫した。

 

「分かってるよ……こんなことおかしいことだって。近親相姦になるもんね……」

「…え、じゃ、え、でも、あの、前の恋人は」

「私は新しくなるの!」

 

 フウは一段と声を張り上げて叫んだ。

 

「もう昔のことは忘れて、新しい自分に生まれ変わるんだ!!」

「……だけど、あの、前の恋人の件は…」

「あれは反省してるよ…しまくってるよ…勿論。だけど、私はずっと昔から、フウマのことが好きだったんだ! ヒナタくんには申し訳ないと思ってるけど、実は、昔からフウマのことが大好きなんだーー!!」

「………ぁぁーーーーっっ…」

 

 俺は口をあんぐりと開けていた。まさかフウにこんなことを言われるなんて……。

 いや本当、どういう反応をすればいいのかわからない。見当がつかなさすぎて俺がマンボウだったら思考停止して死んでいそうだ。

 ………いやマンボウって亀甲縛りされてバリバリ生きてるからこの例えは矛盾しているな。

 

「だから告白しようと思ってここにきたのに…折角プレゼントまで持ってきたのに…」

 

 と言って、フウは懐からプレゼント用に包装された…ケーキ? らしきものを取り出した。

 …………ガチだ。

 

「……あああーーどうしようかなーーー今日で告白するべきなのかなー……!」

 

 …………ガチだ!!

 …とりあえず、なるべくして今日告白させるのはちょっと止めておくべきだろう。

 

「……フウマは平日忙しいしな。今月はもう有給が取れないとか言ってたし、休日に告白するべきだな」

「…そうかなぁ。…まあいいよ。明後日土曜日だし」

「フウマはきっと快く承諾してくれるんじゃないか?」

「………でもねぇ。兄妹だもん私達」

 

 まぁ…そうだよなあ。

 現実的に考えて兄と妹が付き合うなんてことありえないものなぁ…。

 さっき快く承諾してくれるなんて言ってしまったけど、今冷静に考えてみればちょっとこのセリフは言ってはいけなかったのではないかと思う。

 

「……うん、わかった。レイちゃんがそういうなら。明後日告白してみるよ」

「……あ、じゃ、またね。健闘を祈るよ」

 

 フウはしっかりとお邪魔しましたと言って部屋から出て行った。

 ……やばいやばいやばいやばいまずいまずいまずいまずいやばいって!! 今まで冷静を保っていたけどもう我慢の限界だ!! なんでよりにもよって妹が俺のことを好きになるんだよ!? 俺だってフウのことを可愛い奴だなーとか何回も思ったことはあるけどさすがに恋愛感情は抱いてねえんだよ!? 多分あいつ明後日告白するだろうしもうどうすればいいの俺!? 終わったんじゃね!? 俺終わったんじゃね!?

 

「…………………………………」

 

 寝よう。何も考えず寝よう。

 

 語り部:魔王

 

 いやー男の体っていいなあ! 心なしか筋力がついた気がするし、精神も屈強になった気がするし! 何より通行人がこちらを見つめてこないのがかなり心地いい!

 ……まあ、股間にあれがついているのが落ち着かないっちゃあありゃしないのだけど。

 こっから何をしよっかなー。レンの家にお邪魔でもしよっかなー……あーでも、平日だしいないか。

 ………やることがないなぁ。

 ………そういえばフウマって携帯持ってたよなー。ちょっと弄ってみるか。そこら辺にベンチあるし、そこに座っておこう。

 

 我は懐に携帯が入っていたのを見つけた。それは会社用のガラパゴス携帯と多分プライベート用のスマートフォンがあって、我はスマートフォンのほうを弄ってみることにした。

 なんだかアプリがいくつか入っている。タイトルはAngry birdとpapers,pleaseとfruit ninjaか……どれも面白そうだけど下手にデータ弄って怒られたくもないし触れるのはやめておこう…。

 …そういえばフウマの検索履歴とかどうなっているんかね。ちょっとチェックしてみよ。これくらいなら別に怒られはしないだろう。

 

 ……特にない。……うーん、あ、そうだ! 別に減るもんじゃないし、いろいろ検索してみよっと。

 自分の名前でも入力して検索したらなんかでないかなー。まああの時についての古文書の情報でもあるんじゃないかな。

 「ヘル・マーガトロイド」っと………お、300件ぐらいヒットした。えーと、「中世ヨーロッパの平和を脅かした禍神」……中身を読んでみると完全に我のことを悪だとみなして非難している内容だった。嫌だなあ誤解されてるっていうのは。

 他には「ヘル・マーガトロイド、実は可憐な少女の姿だった!?」……容姿を誰かに把握されていたな。あの時殺しそびれた一人が情報を話しまくったのかなあ? 出典として我の似顔絵っぽいのが書いてあった。あまり似てない。

 「ヘル・マーガトロイド、現代に復活した可能性」……復活していることまで把握されている。内容は、まず何故復活したのか、封印されているのはどのような性格であったかなどの情報が(ほぼデタラメで)書いてあって、「目撃情報によると、マーガトロイドは観察がてら人間を一人使役し、特定の地区を徘徊しているそうだ。……その人間はやけに笑顔であったが」などと勝手な考察を付け加えた目撃情報まで乗せてあった。写真はなかったようだ。

 ………フム、まあもう復活して1年経ったし、さすがに目撃情報の一つもないとおかしいしな。それにまだ我に害を与えてはいないようだし、放っとけばそのうちかき消えるだろう。

 次、「ヘル・マーガトロイドに萌えるスレ」………見るのはやめておくか。

 

 …うん、もう気になるサイトとかはないかな。ちょうどいい時間だし、腹も減ったし帰るか。

 ……と、いうか朝飯も昼飯も食ってないから飢餓で死にそうなんだけど。

 

 

「ただいまー」

 

 道中フウに出会ったが、我を見つけた途端顔を赤くして小走りで去って行った。何があったのだろうか。

 

「おかえりー」

 

 フウマは毛布にくるまってリビングのソファの上で寝ていた。我が帰ってきた時に起きたようだ。

 

「昼飯は買ってこれたのかい?」

「恥ずかしくて死にそうになったけどな……ホレ、弁当だ」

 

 フウマはレジ袋からハンバーグ弁当を取り出して我に渡した。

 既にかなり温かく、このまま食っても大丈夫そうだ。……猫舌だけど、別にフウマの体だし平気なんじゃないかな…。

 箸を取り出して、おそるおそる熱々のハンバーグの欠片を口に運ぶ。

 

「………!! 美味っ!」

 

 思ったより平気だった。確かに熱いっちゃあ熱いが、これくらいの熱さなら余裕で召し上がることができた。

 これで猫舌も卒業できるのかもしれない。

 

「やっぱり猫舌平気になっていたか魔王。俺はおでんを食おうとして地獄を垣間見たよ…」

「……猫舌って体質だったっけ?」

「多分」

 

 我はおでんをあっという間に平らげて、そして普通に食器を下げる。

 このやり取りにオチなんてない。

 

 時は移って夜10時。

 我らはいつものように、同じベッドで布団にくるまり寝る準備をしていた。

 

「…なあ、フウマ」

「何だ?」

「……どうだ? 魔王の生活は」

 

 少しの沈黙の後、フウマは答えた。

 

「最悪の一言に尽きるね」

「そうか」

「自由が制限されているじゃないか、まず。それに、存在が為に外にもまともに出れたもんじゃないし」

「……我は、慣れたけどな」

「つくづく思うんだよなぁ……どうにかして、魔王が受け入れられるような世界にしてみたいって」

「別にそんなことしなくても…いいよ。我は、フウマに保護されてもらってるだけで満足だから」

「敷居が低いよな……普通の人間のような生活をしてみたいと思わないのか?」

「思うけど、いい加減大人になって現実を見ないといけないからな。そんな叶わぬ願望なんて、願うだけ無駄だろう」

「敷居が低いのではなく、肝が据わっているの間違いだったか」

「ふふっ」

「……でだ。俺の体での生活はどうだったか?」

「最高の一言に尽きるね。外に出ても全然変な目で見られなかったし」

「……俺が当たり前だと思っていることが、魔王では当たり前ではないんだよな…」

「うん」

「そんな些細なことも楽しめるなんて、良かったじゃないか」

「その言い方は語弊があるように聞こえるが。我に対して失礼じゃないのか?」

 

 実際少し苛立ったので魔王の姿をしたフウマの平たい胸を罰として少し揉んでおく。

 

「おいさり気に破廉恥なことしているんじゃねえよ」

「気持ちよかったか?」

「女性の胸は敏感な性感帯じゃねえだろ」

「シュンキに胸を揉まれた時、何気に気持ち良かった」

「この雰囲気でこのタイミングでそのカミングアウトは誰がどう聞いてもミステイクだ」

 

 下手したらr-18指定されかねない会話を終えたところで。

 我とフウマは眠りに就いた。

 

「お休みー、フウマ」

「……お休み。明日元に戻ってるといいな」

「我としては戻らなくていいのだけれど…」

「有給使いきったから冗談抜きで戻ってくれと願う俺だよ」

「ふふっ……」

 

 意識が霞む。

 視界が淀む。

 体力が抜ける。

 我が誘われたのは、睡眠の快楽であった。

 

 語り部:フウマ

 

 ……なんだよ上の文章。

 まあいいか。

 

 

 結局朝起きたら、俺と魔王は本当に元通りになっていた。ちゃんと俺の意識はフウマの体に居るし、魔王の方も意識は魔王の体に戻っている。良かった良かった。これで明日も無事出勤できそうだ。

 んじゃあ俺はそろそろこの話の幕を閉じましょうかね……んん? 何だか身に覚えのない記憶が脳ミソの中にあるみたいだ。

 あれか、体が入れ替わっていた時に魔王がとっていた行動の記憶の片鱗がまだ残っているのか。一応何なのか確かめておこう。

 

「………」

 

 成程、魔王は俺の携帯を弄って自分の名前を検索していたようだ。特に変なことしてなくてよかった。……へー、あいつの本名ヘル・マーガトロイドっていうのか。初めて知った。

 ……ん? 何だこの記憶の中にちょっとだけある「ヘル・マーガトロイドに萌えるスレ」って? 2ちゃんねるの何かか? 気持ち悪い類だなぁ…。

 ……どんなレスをされているのか気になる。ちょっとパソコンで調べておくか。

 

 俺はレスを確認した後朝飯を作ろうと思っていたのだが、そのレスがどう考えても看過できないものだった。

 

「ヘル・マーガトロイドの住所特定完了いたしましたw」

「そマ? 証拠見せろ証拠」

「ほれ」

 

 そのレスに添付されていた画像は………俺の家だった。

 

「この家に住んでいるのか? あのヘルちゃんが?」

「胡散くせえなコイツ。もっと豪邸に住んでると思ってたな」

「ひょっとして使役している人間の家なのでは?」

「あ、そっかぁ。じゃけんお邪魔しに行きましょうね」

「クッソ、どう見ても近所じゃないのが残念だな」

「住所の番号キボーヌ」

「(それはまだ)ないです。」

「あ、ない。」

「まあいいや。じゃあ午後3時集合な。使役している人間、その時間帯に居ないみたいだし」

 

 そこからのレスはなかった。

 俺はいったんウェブを閉じて深呼吸をし、

 

「………はああああああ!?」

 

 焦燥感溢れる叫び声をあげるのだった。




 次回の構想、まだ決まっていない…というか脳ミソが動かないんですけど…

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