俺の家に魔王が住み着いた件について   作:三倍ソル

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今回は特別回でございます。
魔王は晴れて誕生日を迎えたのでした。

語り部:永遠に魔王


来るべきあの日、我はレンの家へと訪れた。

「そういえば、レイの誕生日ってなんだ?」

 

 それは、唐突に聞かれた。

 

「ん?……んん、817日だけど?それがどうしたレン?」

 

 ちょっととぼけた返事をしてしまい、その後に普通に言い直す。

 

「いや何となく。恋人として誕生日を把握するのは当然の事じゃないか?」

「別れちゃったときに後で気恥ずかしくなるセリフだなそれ…」

 

 ちなみに今日からあと二日で誕生日なのである。それで何歳になるのかって?知らん。

 詳しい誕生年数も覚えてないのに年齢聞かれてもどう答えろと。

 

 そんなわけで、今我はレンの家に滞在しているのだった。滞在なんて大それた言い方だが、というか実際はレンの家にお邪魔しているだけだ。

 レンがそんなこと聞くってことは、勘だけど多分プレゼントをその日に用意してくれることだろう。ちなみにフウマは多分照れ臭くなって用意できないと思う。数か月同居してるから十分予想が付く。

 何だろうなーレンのプレゼント。楽しみになってきたなー。期待しておこっと。

 

「…で、いつまでここに居るんだお前は?」

「晩飯を食う時間までだよん」

 

 我はそう言って、人差し指をクイックイッと振る。

 

「フウマには許可とってあるのかよ?」

「無断で家出たらシバかれるからとってある」

 

 1ヶ月前、無断で外に出たら後にフウマに軽く怒られたことがある。フウマに許可を貰ってからじゃないと人間にどんな目に遭わされるか分からないから外に出ちゃいけないんだってさ。

 これだから魔王は嫌なんだ、とその晩何度ぼやいたことか。

 

「ふーん…」

 

「ただいまー。あれ、レイじゃん」

 

 あ、ユウキだ。…んー?学校の制服を着ている。夜7時だってのに、最近の学生も大変だなあ…。特に意味などないが、とりあえず手を振っておく。

 

「…やれやれ。兄に彼女が出来たのでは飽き足らず、ついに同棲、か。いやー羨ましいね」

「ユウキ…。今回は同棲じゃなくて普通にお邪魔してるだけだぜ?」

「ちっす」

「魔王が馴れ馴れしくしてるんじゃないよ全く。イメージが崩れるっつーかね」

「いつから魔王が人間に対して馴れ馴れしくならないと錯覚していたんだ?」

「だからそれを言ってしまえば身も蓋もなくなるからそう言ってんだよ!」

「やーだね。数百年前のようなはっきりと言って束縛された生活、二度と御免さ」

 

 そんなこと話しているうちに…っていうかサラッと本音ぶちまけてるのだが。レンやユウキと話しているうちに、あっという間に晩飯の時間になった。

 

「うわー、もうこんな時間かよ。フウマの家に帰りたくないなあ…。ちょっとフウマと交渉してくんないか?」

 

 我はさっきから座ってだらけているソファの上を軽くゴロゴロし、申し訳程度に我の香りを擦り付けておく。

 直後にユウキにそのソファにファブリーズをかけられた。何てことだいセンチメンタル。

 

「無理があるだろ。せっかく腕によりをかけて作ったフウマの飯を食わないってのか?」

「むー、いや、それもそうだが…。そうだ、フウマに飯を配達してもらおう!」

「お前自分の拾い主をパシリにするなよ!?」

 

 ……フウマの扱いが不憫すぎて笑えないな。

 

「それも一理あるな、うーん…」

「いや帰ればいいだけだろ。それだけの話だ」

「帰りたくない!もうちょっとレンと話をするんだ!」

「……いや、まあ正直に言わせてもらうとそこまで言われるのは初めてでどう対応すればいいのか分からないんだが」

「自分のネガティブさに感けて友達すら作らなかったのかい我の恋人は?情けないねー」

「仕方ねえだろ。事情ってもんがあるんだ事情が」

「あっはは。でも結構イケメンでしょレンって?その性格さえなければモテてたかもね」

「ユウキ。あんまり俺をからかうんじゃない。俺は正真正銘の不細工だ」

「またまたそんなこと言っちゃって。というかそれもう自己嫌悪というより謙遜に近いよね」

「いい加減俺をからかうのは止めるんだ。元に戻るぞ?」

「勘弁してつかあさい」

「分かればよろしい」

 

 ……このままじゃレンに押し負けてしまいそうだな。…よし、レンとユウキが話しているうちに冷蔵庫の中を探ってやろう。お酒さえあれば…あった、缶ビール!

 よっしゃ!

 

「…………ん?あっ兄ちゃん、こいついつの間にエビス飲んでやがる!?」

「何だと!?マジかよ!俺が一番好きなビールなのに!?」

「ぷはー、中々美味しい!」

 

 ……ふふふ、これで我はそう簡単に帰らせはしなくなったぞ!そう、今の我は大胆不敵だ!向かうところ敵なしだ!

 

「…ハハ、コレはしばらく帰りそうにはないな…」

「さあレン!もっと話し続けるんだ!」

「いやマジで、帰れよお前。フウマが心配するだろうが」

「しっかたないなー。レンが我に対してそう懇願してくれるなら、そうしてあげてもいいけどなー」

「いやもうホント帰ってくださいお願いします」

 

 プライドの欠片もないなぁ!? お辞儀したぞこの人!?

 

「フハハ、もっとだもっと!次は土下座だ!」

「………チッ」

「どうした、早くしないのか?ホラホラ早く」

 

 完全に自分のペースに乗った我は、レンが静かに怒っているのに気付かなかった。

 

「帰れ」

「……へ?」

「早く」

「……あっ」

 

 直後、これは限度が過ぎてしまったと我は思った。

 一瞬で体中に回っていたアルコールがぷすぷすと抜けていく。酒を飲んだばかりなのだが、シラフ同然の状態になってしまった。

 そして酒により半ば朦朧としていた意識が回復し、改めてレンの顔を見てみたら、……チープな表現で申し訳ないが、凄く怒っていた。我がマンボウだったら、この視線を受けただけで死んでしまうような、そんな視線だった。

 レンは凄い形相でこっちに近づき、我の胸倉を徐に掴んだ。

 

「帰れっつってんだろ。フウマ様が心配してるんだろ?」

「……あ、いや…、えと…」

「参ったな。こんな状態になったらしばらく戻りそうにないんだよな」

 

 視野の大半がレンの顔などに遮られてて見えなかったが、ユウキが頭を軽く抱えてそう言ってたのは分かった。

 

「俺だって長居してもらわれると困るんだ。フウマだって心配している筈なんだろ?なら、帰れ。分かったか?」

「…え、あ、あ、はい」

「分かればよろしい。俺だってこれから用事があるもんでな」

 

 やっと胸倉を離してくれた。

 しかしまあ、フウマには勝らないが怖い…というか、何だ。我の周りってキレたら怖い奴しかいないのか?だとすれば相当殺伐としてるなここ一帯。

 我は渋々ここを出た。冷静に考えてみればいくら酔いに身を任せてたとはいえいささか失礼が過ぎたかもしれない。今度から気を付けるか…。

 

 

 

「おい」

「……ユウキか」

 

 帰り道を歩いていると、ユウキが後ろから追ってきた。振り返らずとも分かる。

 どうやら兄の弟として謝罪をしたいらしい。やっぱりいい奴じゃないか。最初出会った時とは大違いだな。

 

「まずは兄があんな恋人に対して乱暴な言葉遣いや言動をしたことを許していただきたい。俺の兄は元ネガティブな性格だった故に、プライドがやや高いんだよ」

「なんか丁寧な言葉遣いだなあ…」

「…ん、何だ、そこまで傷付いてなさそうじゃないか」

「だって非は我の方にもあるじゃないか。そんなレンに罪を一辺倒に擦り付けるなんてことしないよ」

「…優しいんだな、魔王の癖に」

「まあな。多分世界で一番優しい魔王だと豪語できる自信はあるぞ」

「…まあいい。そこまで傷心してないなら安心だ。俺はもう戻っていいか?」

「いいよ。我のためにわざわざ来てくれてありがとうな」

「おう。じゃあな」

 

 さっき我が手を振ったときはあまり反応していなかったが、今度は去り際にユウキの方から手を振ってくれた。我はすぐに振り返す。

 最初ユウキと出会った時、好き勝手言ってたんだけどな…アイツ。成長したなあ、お互い。

 

「ただいまー」

「お帰り。何か遅かったな?」

「ん、ちと長居しちゃってね。今日の晩飯は何なんだ?」

「トンカツだぜ。豚肉を衣で揚げた奴だぜ。きっと美味いぞー?」

「ふーん。もう出来てんの?」

「あと5分くらいかな」

 

 というわけで、今夜の晩飯はトンカツだった。

 

 ……さっきからややテンションが低めになっているのはお気づきだろうか。ユウキの前では強がって見せた物の、実はレンのさっきのアレは我にとってかなり心にグサッと突き刺さったものがある。

 要するに、レンが怖くなった。

 …まあ、怒らせなければいいっていう話なのだが。

 

 その日の夜、我は夢を見た。

 レンが我を突き飛ばしてどこかへ行く夢を見た。

 それだけで、その前後はよく覚えてはいない。正夢にならないことをただ祈りつつ、我は睡眠という生理現象に身を委ねることにしたのであった。

 

 

 チュンチュン、と小鳥のさえずりで我は目を覚ますことになった。……この住宅だらけの町で小鳥のさえずりって、まずありえない気がするのだが。

 まあいいか。

 我はフウマの携帯電話からユウキに電話をしてみた。

 あの夢が、正夢になりたくないから、事前にフウマの携帯から電話をしてレンの様子を確認してみようっていう魂胆だ。

 あの兄弟は携帯兼用らしいから、必ずどっちかは出てくる。

 

「……あー、兄ちゃんなら昨日の晩から自分の部屋に籠ってるんだよ。結局いつものネガティブが元に戻ったらしくて、多分理由はお前に怒ったことを深く反省しているだけかと思うんだ…」

「……」

「ちょっと今は声かけない方がいいのかもしれないね」

「いや、行くよ」

「…ええ、行っても別に構わないけど…。いや、火に油を注いでしまったような結果になるのが怖いから、何だろ、触らぬ神に祟りなしっていうか…」

「火のない所に煙は立たぬ、っていうじゃん。ある物事が発生するのには必ず理由があるって意味だよ。この場合、我が火なんだ。だから、消火させる義務がある」

 

 実際はただレンに謝りたいだけなんだが。こうやってかっこつけて言ってるけどな。

 

「……あー、分かった。じゃあちょっと、携帯越しでもいいからレンの声を聞かせてみていいか?」

「え?どうやって?」

「俺がマイクを兄の扉に押し当てて、俺が兄の部屋に扉越しで声をかけてみる。そしたら、レンの反応が聞こえてくるはずだ」

「成程」

 

 ユウキは自分が提案した通りの行動を実行に移す。

 携帯越しじゃあ声が小さくて聞き取りづらかったが、かろうじてレンの声を聴くことは出来た。

 

「一人にさせてくれよ!俺はアイツに対して最低の行為をしでかしてしまったんだ!俺にはもう生きる義務なんてないんだ!だから一人にさせろ!さっさと!」

 

 ………その声を聞いた時、我は一番最初にこんなことを思ってしまった。

 

「……矮小だ」

「ああ。俺の兄はご察しの通り、とんでもなくプライドが高く、そして矮小なんだ。もっとわかりやすく言うと、メンタルが超弱い」

 

 たかが昨日の晩我に対して怒鳴ったぐらいで翌日にはこんなことになるなんて…。最初からレンは一癖も二癖もある奴だということは承知していたが、ここまでとは誰が予想できよう。

 

「そして、ネガティブに戻ってしまった」

 

 声のトーンを一段と下げてユウキはそう言った。

 暫しの思考の末、我は言った。

 

「……行くよ」

「え?…あまりお勧めはしないぞ?」

「何回も言うが、レンをこんな風にさせてしまった責任は我に全くない訳でもない。多分、我が自ら出向いて声を聞かせてやることが出来れば、レンも元に戻るんじゃないか?」

「……なるほどね。じゃあいいよ、今すぐじゃなくてもいいから来てな」

「分かった」

 

 我は適当に朝飯を食い、大体午前の10時ごろに家を出てレンの家へと向かったのであった。

 

 

「ちっす」と我。

「よっす」とユウキ。

 

 インターホンを鳴らして、中へと入る。

 当たり前だが、リビングのどこにもレンの姿など見当たらない。部屋に引き籠ったままでいる。当然その扉には鍵がかかっていた。

 

「………」

 

 扉に耳を押し当てて聞き耳をしてみたが、特に物音などはしない。部屋の隅で一人震えているのだろうか?

 

「…ああ」

「…?」

 

 レンの独り言なのだろうか、ドアの向こうからそれらしき声が聞こえてきた。声が小さくて聞き取れないので、もう少し深く耳を押し当てる。

 

「一体どうやったら頼を戻せるんだ…?絶対レイは怒っている、そうに違いない…。だったら、何をしたら喜ばせることができるんだ…? …そういえば、明日は誕生日だったよな…アイツ。だったら……うぅ」

 

 …………そこから先、更に声が小さくなって最早聞き取れない声量へとなってしまった。我は一旦扉から耳を離し、そしてそこからは何もしなかった。

 何もしなかった?否、思考していた。

 ここから扉を開けてレンの部屋へと入って、レンに我の思っていることを話すか、それかこのまま黙って誕生日である明日まで見守るか。

 

「…どうしたんだ?」

「!?」

 

 急に後ろからユウキに声をかけられて、過剰にリアクションをとってしまう。声こそ出さなかったものの、驚いたことにより体の重心が傾き、それがレンの扉へと突っ込んでしまった。ドアは開かないが、音は鳴る。

 

「あっ…」

 

 マズい。今この音でレンはこっちに来るのかもしれない。我は急いで体勢を立て直し、どこかで隠れようとしたが――。

 

「うるせぇよ! 誰だよノックしたのは!? 暫く一人にしてくれよ!!」

 

 どうやらノックと勘違いしていたらしい。ノックにしては妙に音が力強かったことは気にしてはいなかったようだ。

 

(…なあレイ。このままお前と兄が話す方向に持ち込んでもいいか?)

(仕方ないな。丁度いい機会だし、そうしてくれ)

 

 我とユウキはそういう風にアイコンタクトを取り、ユウキが扉に向かてこう言った。

 

「どうやら昨夜の件でレイが話したいことがあるらしい。ちょっと部屋から出てきて欲しいんだが」

「…は? レイが?」

「うむ」

 

 暫くしたあと、扉の鍵が開いた。

 

「ちょっとレイをこの部屋に入れてはもらえないか…?」

 

 我は扉に手をかけて、中へと入った。

 …意外なことに、レンの部屋に入るのはこれが初なのである。

 

 レンの部屋へ入ると、その部屋は…もう何というか異様に散らかっていて、雑誌やライトノベルっぽい本などが大量に床に散乱していた。引き籠った代償なのだろうか。

 そして、部屋の隅にレンが丸まって怯えて座っていた。

 

「………」

「………」

「情けないな、お前は」

「……!?」

 

 その光景を見て、我は呆れた。

 まさか自分の恋人がこんな情けない奴だったなんて。

 レンは驚いた様子だった。

 

「つい昨日たった我に怒鳴っただけで、まさかここまで酷い有様になるとはね。矮小にもほどがあるぞ? レン」

「……い、いや、そんな」

「大体、お前は自分のしでかした行動によって我が勝手に傷つき、絶交されたなんて勝手に思い込むなんて…。言っておくが、我は全くお前の事を嫌いになったりなど、断じてしていない」

「……ち、違うんだ、ちょ、レイ」

「何が違う?」

「……俺は、それだけの事を仕出かしてしまったんだぞ…?」

「そこだよ」

 

 我は声を一段と張り上げて、さらに続けた。

 

()()()()()()なのか? アレが。我がレンの言うことに反対して不必要に長居し、帰らせるためにお前が怒鳴っただけの、アレが」

「………しかし」

「そしてお前は、矮小で、卑屈で、薄っぺらい。プライドが高すぎる。だけど――」

「…お、お、俺だって申し訳ないと思ってるよ!!」

「……!?」

「お前が折角俺んちに長居したかったのに、そのまま怒鳴って無理矢理帰らせてしまった時の自分が矮小で卑屈だったと思った時の俺の気持ちがお前にわかるってんのかよ!?」

「分かんないよ! それに、せっかく我がこうして面合わせて真実を伝えてるっていうのに、お前は何故怒鳴っているんだ!?」

「ああああああ!! 判らねえ!! 知らねえ!! もう俺には何にもない!! 最低で矮小で卑屈で薄っぺらくて…!! もう嫌だこんな俺なんて、死んでやる!! 死ぬ!!」

「…ええ!? 一体どんな思考していたらそんな結論に至るんだお前は!? 頭がおかしいだろ!?」

「ああそうだよ俺は頭がおかしいんだキチガイだよ!! いいからさっさとそこをどけろ!!」

「キャッ…!」

 

 よほど情緒が不安定になっているのだろうか…。レンはヤケクソ気味になって入口に立っていた我を突き飛ばし、そのまま外へ出ようとした。我は突き飛ばされた時に腰を殴打してしまい、しばらくは立てそうにはなかった。このまま外に出させたらもう止められないと思っていた、その時。

 

「やっぱこうなると思っていたよ」

 

 家の入り口のドアにずっとユウキが突っ立っていたらしく、たった今出ようとしたレンをタックルで家の中に突き飛ばし、そのまま暴れているレンを抑えた。

 

「こうなってしまったら話していても埒が明かない。お前はもう帰ってていい。あとは俺が何とかする」

「…え、でも」

「早く!」

「…………っ!!」

 

 最早我もレンにつられたのか何も考えられなくなっていた。我は勢いよく靴を雑に履いてレンの家を出て、そのまま走ってフウマの家へと戻った。

 

 

「うっ…ぐすっ…あぅ…」

「………ええっと…。……何があったんだ?」

「聞かないでよ馬鹿ぁ! フウマの馬鹿ああぁ!!」

「えぇ……」

 

 その夜、我は耐え切れずに何かのタガを外したかのように涙を出して泣いていた。

 その直前まで、我は何をしていたのだろうか?それについての記憶は、本当に何も残ってはいない。いつの間にかフウマに八つ当たりするかのように泣いていて、フウマは当然困惑していた。

 

「……あ、えっと、涙…拭いてやろうか?」

「うわああぁぁん……やだぁ、見ないでぇ…」

「……困ったなコレ。…うーん。じゃあ俺は先に寝てるから。いつでもいいから、気分が落ち着いたら俺を突き飛ばしてベッドに無理矢理入ってもいいからな?」

「…………」

「…お、おやすみ」

 

 終始困り顔だったフウマはそのまま2階にある寝室へと上がっていった。我はまだその場から動かず、泣いたままだった。

 そしてその涙は、一向に留まることを知らなかった。

 

 

 今日こそ叱ってやる。

 そう思った我は勢いよくフウマを突き飛ばして寝たベッドから起床し、そしてフウマに寝起きにもかかわらずすぐに朝飯を用意させるのであった。さながら、しもべの様に。

 ちなみにもう気分は元に戻った。一晩経ったらケロリと元に戻る性格はお母さん譲りとの言い伝えがある。

 以下、回想。

 

 

 

 

「……レン、またもや大いに反省していたみたいだぞ。さすがに俺が根性叩き直してあげたからこれ以上ああなることはない筈さ。そして、何やらさっきから血眼になってデザートのレシピブックを見つめているみたいなのだが…。まあしかし俺はこれ以上の詮索は止めておく。あと、この後のレンの運命を決めるのははお前の行動次第だな。基本何をしても俺は反対しないが、できれば兄に対して叱ってやれば完全に兄も元に戻るんじゃないかという推測をする。まあ要するに今日も俺んちへ来てくれ。分かったか?」

「…うん」

 

 ちなみにその時はもう完全に涙が引いた後だった。何とそのときの時間は深夜2時半。何故中学生のユウキがこんな時間に電話をかけてきたのかしらないが、その時まで泣いていた我もそうだ。我も十分情緒不安定だったのかもしれない。

 

「分かった。明日ならいつでもいい。また気狂いして兄がまた変なことやらかすのであればその時はすぐ連絡してやっから。それでいいよな?」

「…分かった。有難う、ユウキ」

「…うぐっ、褒められるのには慣れてないんだよ…俺。まあ、…じゃあな」

 

 ……あれ、おかしいな、ユウキってこんな可愛い奴だったっけ?

 とかなんとか思いつつ、我はなんとなくフウマを蹴飛ばしてベッドに無理矢理入るのであった。

 ちなみにフウマはそれで目覚めはしなかった。何でだよ。寝付け良すぎだろ。

 

 

 

 

 回想、終わり。

 まあそんなこんなあって、いつも描写している朝飯を食う部分は割愛したわけでね。

 来るべきあの日、我はレンの家へと訪れた。

 お邪魔しますと言って入ろうとしたが、その前に一応ユウキに電話で状況を確かめておく。……あーでも、確か携帯は兄弟兼用のはずだから、レンが出てしまったら気まずいな…うーん。

 

「……」

 

 静かにドアを開けた。ちなみにカギは開けっぱなのである。レン曰く「盗まれて困るものが何もないから別に空き巣に入られてもいい」とか。いや何が何でも困るだろ何か盗まれたら、とその時は心の中で突っ込んでおいた。

 話を戻そう。

 

「……ん?」

 

 リビングの方に行くと、テーブルに何かと誰かが…テーブルに寄りかかって倒れているように見えた。

 よーく目を凝らして見る。

 

「…レン!?」

 

 何かは拙い見た目をしたホールケーキだった。そして誰かは、果たしてレンだった。

 我は急いで駆け寄り、レンの安否をチェックする。どうやら脈はあるので、生きているみたい……いや、これ寝てるだけだろ。

 ホッとして胸を撫で下ろし、そして次にこのホールケーキをよく調べてみる。どうやらイチゴのショートケーキであり、我がクリスマスで食べたケーキとよく似ている……ん?なんかケーキの真ん中に何か書いてある…どれどれ。

 

「レイ 誕生日おめでとう」

「……!!」

 

 それも字が汚くて、所々潰れてて読み辛いことこの上なかったが、それでも何とか読めた。

 そしてそれが我の誕生日を祝う旨の文章だと気付いた時、我は感動した。

 

「………レン」

 

 そして改めてレンの方を見てみると、何やら手の部分にメモとボールペンがあるのに気付いた。我はメモを取り、読んでみる。

 

『やあ、レイ。

 この手紙を誰が書いたのか、分かるだろう?

 俺だ。レンだ。

 まず一昨日と昨日の事、心から謝りたいと思う。

 活字だからよく伝わらないかもしれないが、謝っておく。

 すまない。

 そして、お詫びと言っちゃあ何だが、誕生日を祝うケーキを作っておいた。

 俺は不器用だから、ものすごく見た目が汚いと思うかもしれないが、

 ちゃんとお前に対しての愛は込めてある。本当だ。

 だから、もしお前がここにきて、このメモを読んだとき、

 このケーキを食べて、そして感想を言って欲しいんだ。

 別に強制はしない。食べなくてもいい。

 だけど、これは俺が一晩かけて精いっぱい頑張って作ったものなんだ。

 きっと美味しいと思う。美味しくなかったらそう正直に言って欲しい。

 まあどうであれ、最後に言うことになってしまったが、あの言葉を

 言っておこう。

 

 お誕生日おめでとう、レイ。何があろうとも、お前の事を心から愛すよ』

 

「……………馬鹿っ」

 

 そのメモを最後まで読み終わったとき、いつからか知らないけど我はいつの間にか泣いていた。

 涙声で、こう言う。

 

「これじゃ、怒れないじゃないかぁっ……!」

 

 メモが涙で濡れそうだったので我の胸に押さえつけて濡れないようにした。

 そしてこのまま放置してケーキが腐るといけないので我は涙ながらにそれを平らげた。

 それをマズいと言ったらいけないのでレンに抱き着きながら美味しいと何回も言った。

 抱き着いたのは、起こそうと思ったからだ。その理由はこの時間まで寝てると体に悪いからだ。

 ……体に悪いから。

 

「……?」

「レン…!」

「…レイか」

「うわああぁぁぁ…!! 誕生日祝ってくれてありがとう!! とってもケーキ美味しかった!! 大好きだよ…!!」

「……ははっ。 なんだ、そこまで喜んでくれるとはね…」

「当たり前じゃん!!」

 

 無理矢理レンの体を起こして、今度は正面から抱き着く。

 レンは驚いた様子を見せたが、そのあとすぐにレンの方からも抱き着いてくれた。

 

「……俺もう、お前が来ないのかと思ってたよ」

「そんなわけないじゃん!! 私が君をどこまで好きなのか分かってなかったのかなぁ!?」

「ああすまんすまん、失言だったな」

「馬鹿あぁ!! ……好きだけど、馬鹿ぁ!!」

「俺も好きだよ、お前の事」

 

 その言葉を聞いて、我の涙は勢いを著しく増して、レンの服が物凄く濡れた。ごめんと謝りたかったが、溢れ出る涙のせいで言葉すらまともに喋れなくなってきた。

 ずっと抱き着いているのも何だか恥ずかしいので、抱き着いた手を離す。

 

「…ケーキも全部食べちゃってるし。よっぽど美味しかったのか?」

「うん!」

「そっか、嬉しいな。あとどうしたんだ、さっきからメモを胸に押さえつけて」

「……それは聞かないで欲しい!」

「…んー? まあいいか」

 

 実はさっき言っていたことは全部嘘だ。

 メモが涙で濡れそうだっだんじゃなくて、そのメモに込められたレンの気持ちを受け取ろうとしたから。

 ケーキが腐るといけないのも事実だが、本当は今すぐにケーキを食べて感想を言いたかったから。

 マズいというと申し訳ないからじゃなくて、本当の意味でケーキがとても美味しかったから。

 抱き着いたのは………言わなくても分かるよね?

 

「……えへへ、私たちはずっと恋人だよ。そうだよね?」

「…どうかな。きっとそうだと思うよ。俺はね」

「…後ね。実は昨日のセリフ、続きがあったんだ」

「え?」

「矮小で、卑屈で、薄っぺらい。プライドが高すぎるけど」

「……」

 

 昨日の頃とは違い、レンはそれを顔もしかめずに黙って聞いていた。

 

「それでも、我はお前の事を永遠に愛そうと思うから、さっさとその機嫌を直して、元に戻ってくれ。頼む。……ってね」

「…ハハハ。なんだなんだ、あの時俺が話を遮らなければ、コトはあそこまで発展せずに済んでいたのかい?」

「そうだよ! だから謝って!」

「めんごめんご」

「あーっ! それ反省する気のない挨拶だ! そんなんじゃダメだ! もう一回!」

「えー? しっかたないなー。 ごめんねごめんね~♪」

「それ今はもうあまり流行ってない芸人のネタでしょ! もう一回!」

 

 レンがプッと噴き出して笑い始めた。滅多にしない表情だ。

 

「フフフ。やっぱお前って話してて面白いわ」

「…あーもう、反省してんの!?」

「してるよ」

「反省する気ないんでしょう?」

「あるよ」

「じゃあ抱いて!」

「分かった」

 

 レンは迷いもなく我に抱き着いてきた。我の方も、レンに抱き着く。

 我とレンは、そんな風に一日中、共に過ごした。フウマに許可を貰って、寝る時も一緒に寝ることにした。レンのベッドは心なしかとても心地よかった。

 

 我とレンは永遠の恋人だ。皆もそう思うだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、ちゃんと録れてるな」

「「!?」

 

 丁度この話を締めくくろうとしていたところ突如レン以外の声が聞こえたので、レンと同時に我は後ろを振り向く。

 そこには表情筋がはち切れんばかりのにやけ顔でカメラのレンズをこちらに向けているユウキが居たのだった。

 

「ゆ、ユウキー!? 一体何をしてるんだ!?」

「いや、見ての通りウルトラレアシーンの録画。これは永久保存版ですな」

「て、テメエ…!!」

「ちょっと奪い返してくる」

「や、やめろー!?」

 

 その後に我とレンとユウキの途方もない喜悲劇が繰り返されたのだが、そこは割愛するとしよう。




どうも、三倍です。
きっとこの小説が終わりを告げてしまっても、私は永遠に魔王の事はネット小説家のころの思い出のキャラクターとして残しておきます。
そしてこの小説はこの話が投稿されたのを境に一周年を迎えます。ここまで応援してくれた皆さん、誠にありがとうございました!そして、この小説が終わるまでよろしくお願いします!


……アンケートどうしよ。

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