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――Second Season――
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遊園地 前
皆は、『魔王』という言葉を聞いて、最初に何を思い浮かべるのだろうか?
世界を征服する悪の帝王?邪知暴虐の極悪人?
まあ、その辺りだろうか。でもこの際、どっちを思い浮かべたかなんてどうでもいいっちゃあどうでもいい。
今、俺の家に魔王が住み着いている。だからって俺は別に言いなりになったり拷問されてひどい目にあったり――などはされていない。
その魔王は寧ろ俺に対して友好的な態度をとり、最初に魔王を拾ってから今になるまで一緒に同居してきた仲だ。
…こいつには悲しい過去があってな。
詳しくは過去編を参照してほしいのだが、俺に拾われる数百年前、魔王はヨーロッパかどっかの地方に魔王として君臨した。
しかし、魔王は進んでそれになりたくなかったのだそうだ。単に先代魔王の依怙贔屓で強制的になった…と俺は聞いている。
何で進んでなりたくなかったのかというと、魔王は穏やかな心を持っていたからだ。分かりやすく言うと、殺生を嫌っていたのだ。
人間を殺したくない――生き物を殺したくない、って。
だけど、人間はそんな魔王の思いをお構いなしに、ここぞとばかりに攻め立て、そして穏やかな心を持った魔王は壺に封印されてしまった。その壺は海を渡り大陸を渡り、そして俺の手により割られ、そして今に至る。
何て理不尽なのだろう。確かに人間は自分勝手な生き物だし、自分の身を守ることであればどんな悪事も正義とみなし、催眠をかけられたように淡々と害を働く生き物だが、魔王は手を挙げてまで自分の無抵抗を言い張ったのだ。なのに、倒された。魔王というイメージだけで。
その話を聞いた俺は、コイツを保護すると決意したんだ――もう、その話を聞いたからには、人間としてそうするしかない。こんな不憫な奴を、もう一度同じ目に遭わせるなど…非人道的にもほどがあるだろう?
…まあなんで俺がこの話を今更したのかというと、皆に忘れないで欲しかったんだ。
決して、名前や風貌が悪い奴に見えても、実際は途轍もなくいい奴なのかもしれないって。
俺はこの『優しい魔王』という存在が現代のイメージによる勝手な決めつけに対するアンチテーゼになればいいと、俺は考えている。
そう一人思いながら、今日も俺は一日を生きていく。
◆
あの日から、ザッと数か月は経った。
俺らはいつも通りに過ごした。ただただ、起きて飯を食って何かして飯を食って何かして飯を食って寝る、の繰り返し。
だから、一回俺は、その時の生活を文章に起こして書いてみようと思う。
今日は、遊園地に赴いた。
◆
朝、カーテンの隙間から僅かに太陽の光が差し込み、俺の目をピンポイントに明るく照らす。隣には魔王。
まず起きたら時間を確認。7時。今日もいつも通りに起きられたことにホッと一安心。
俺は魔王の頬をぺちぺち叩きながらこう言う。
「おい、起きろ、朝だ」
「うう……あと一日…」
「死ぬぞお前」
「もー、仕方ないなあ…」
魔王はとんでもなくまだ眠たそうな顔でベッドから起きた。なんか今日の魔王は寝癖がひどい。長髪だけど
「ふぁ~あ……」
「お前何時に寝たんだ」
「11時半…」
「えぇ…なんでその時間で眠いんだよ…」
「知らん…」
俺は魔王を引きずるように一回へ連れて行く。
ちなみに、普段の魔王はもっと目覚めがいい…はずなのだが。今回だけ寝不足気味なようだ。訳が分からん。
「そんで、せっかくの土曜だ。何もしないってわけにはいかないし、どうするよ」
俺は朝飯を魔王と食いながら、そう尋ねる。
「うーん……なんだか、コマーシャル…だっけ?かなんかで、遊園地とかいう場所の広告があったんだが…そこに行ってみたい、どうせ今日することないし」
「…んー、いいけど」
「わーいやったー!」
……弄って遊ぶのもいいけど、たまには魔王が素直に喜ぶ所を見るのも悪くないだろう…と、その時俺は思った。
◆
遊園地。
そう、そこは、子供が一度は行きたいという神秘の世界。魅惑の遊び場。かくいう俺も一度は行きたかったのだが、親に反対されて全然行けなかった。大人のくせして、遊園地は初めてなのである。デ■■ニーランドには行った事ないし、U■Jにも行った事はない。じゃあ何でこんなことを説明したのかって?俺だって行きたいんだよ言わせんな恥ずかしい!
「わー、なんだかメルヘンチックなところだな…」
「そうだな」
メルヘンチックというより、城の裏庭みたいという表現が合っているような気が…いや、それもメルヘンに変わりはないのか。
改めて、今回やってきたのはグリーンランドという遊園地だ。そこは結構な数のアトラクションやアクティビティが揃っており、鉄板かつ王道のジェットコースターやお化け屋敷、またメリーゴーランドやその他のオリジナルもある。これは俺でも楽しめそうな遊園地だった。
「さてと、受付も済ませたし、最初に何乗る?」
「ジェットコースター!」
「いやいや、分かってないな魔王様。こういうのは最後に回すのが鉄板だよ」
「……ふむ?そうか、つまりフウマはカルピスの原液を飲んでから口に水を含むのではなく、口に水を含んでから原液を飲むタイプの人か」
「どうやら俺とお前ではカルピスについては別次元に居たようだ…ってそういうのはいいから」
「レンがカルピスの原液を飲んでから口に水を含むタイプだった」
「すげえなあオイ!?」
難易度が高いしそんな飲み方聞いたこともねえぞ!?
「改めて、お前はジェットコースター以外でどこに行きたいんだ?」
「んーじゃあ、もう一つの鉄板と言われてるお化け屋敷で」
「大丈夫か?」
「あんな子供騙し、誰が怖がるかっての」
「悪夢で怖がってたくせに…」
「あれとこれとは次元が別だろう!?」
見栄を張ってるのか知らないがどうしても魔王が行きたがっているみたいだったので、近くにあったお化け屋敷という看板が立てかけられていた建物の入口に立った。
「……うっ」
「やけに本格的だなあ」
入口からして不穏な雰囲気が漂っていた。しゃれこうべが節々に掛かっていて、あくまでも飾りなのだがやけにリアルな狐火が漂っている…ように見せている。
随分と本格的だがだからって怖いというわけじゃなく、これだけ自信満々な魔王が果たして怖がるのかどうかという点で寧ろ楽しみになっている。こういうのに怖がるのは大体魔王みたいなやつだ…多分。
ちなみに魔王は屋敷の装飾を見てもうたじろいでいる。初期設定怖いもの平気だったんだけどなぁ…。
そしてこの反応、どうやら俺のサディストの本領が発揮される時が来たようだ
俺は魔王の背中を押して、お化け屋敷に連れて行こうとする。
「さ、入るぞ」
「……そ、そうだ!なんか腹減ったなぁ~チュロス食べようチュロス!」
「ここにはねえよ。あからさまに避けようとしてるじゃないか」
「いや、だってここまで本格的とは思わないじゃん!?」
「お前が力量を見誤ったのが悪いんだ。さっさと見て回ろうじゃないか。それに」
俺はにやりと笑った。さながらどこかの緑髪の青年を連想させるように。
「お前が望んだことだしな」
「ひ、ひぃぃーーー!!」
魔王が素早く踵を返して逃げようとするが見逃すわけがない。両腕を掴んで否応が無しにこっちに引き寄せる。
「ぎゃああああーー!!怖い怖いってフウマなんか怖い!?完全にGルートの顔だよそれ!?」
「早くこっちへ来い」
「うわあああああああああああああ!!!!」
魔王の阿鼻叫喚は、聞いてて気持ちいい。…とかいうとさすがに言いすぎなので自粛する。
「いやもう嫌なんだって!お願いだから許して!?」
「じゃあお前は何のために遊園地へ来たんだ」
「何で女の子が涙声になりながら訴えてるのにそんな淡々とした口調なの!?」
「これ以上抵抗するとさすがに展開がグダグダになるからやめろ」
「そんなこと言わないでよ!?だ、誰かぁーーーーー!!」
結果的に入ることになった。
「……いや、そこまで怖くはないか。さすがに子供騙しの屋敷に怖がったりはしない」
魔王が何だかそんな独り言をつぶやいている。
確かにこのお化け屋敷はあまり怖い予感がしない。一応奥の方からは絶叫が聞こえてくるが、今のところ不気味な雰囲気が漂うのみであり目立ったドッキリは出てこない。
「……ん?……あ!?」
「どうした魔王?」
「う、ううううう後ろ……」
「え?」
青ざめた魔王が震えた指でさしたそこには、大量の……ゾンビ(の変装をしたスタッフ)が居た。
うわ…メイクとか精巧なんだけど。これトラウマになった人もいるんじゃないか?
「ヴアアアアアァァァァ!!」
「キャアアアアアア!!??」
ゾンビ達がそんな声を上げながら(すげえスタッフだ)こっちに向かって走ってきた。
魔王は金切り声を上げて逃げ惑い向こうの通路に向かって走る。俺はもっと高速で走る。というか神速で。
「え、ちょっとフウマ助け」
ごめん走ってると無意識にこうなるんだわ。
魔王を余裕で抜かし、一応通路の向こう側にぶち当たったので後ろを見てみると、大量のゾンビに怯えながらこっちへ向かってくる魔王が居た。
バイオハザードにこんなシーンあったような。そいつは助かる直前に悪役の手によって射殺されたっけ。
「ぎゃうっ!」
あ、コケた。ゾンビ達は魔王が起き上がるまで露骨に走るペースを落とす。怖がらせるのが目的なのに追いついてしまってはしょうがないからな。
魔王がすぐ起き上がって凄い勢いで走ってきた。
「…逃げ切れた。うっ、オエッ…」
「何で吐きそうになってるんだよ」
「お前が我を置いて先に行くからだろうが!?」
「走ってると自然にああなっちゃうんだよ。不可抗力だって」
「だけど我を置いていくのは酷い!」
「ホラさっさと先行くぞ。ここに留まっているわけにはいかないからな」
「酷い!私泣くよ!?というかもうすでに半分泣いてるよ!?」
暗闇でよく見えないが、言われてみれば魔王の目元に少し涙が滲んでいる気がする。
ちっとばかしからかいすぎたか。
「あー分かったって。もう置いてったりしないから、泣くんじゃないぞ?」
「本当だな!?」
「本当だって。今まで俺が嘘をついたことがあったか?」
「あった」
「うん…あったな」
妹の件で。
俺らは更に先へ進んだ。道中急に轟音と共に煙が噴き出たり、通路の横にあるドアから謎の手がうようよと出現してたり、何か総評を言わせてもらうと、俺でも少しビビる程の怖さだった。さすがそこそこ名のある遊園地。これならジェットコースターにも期待できる。
ちなみに魔王は一回だけ気絶した。メンタル弱すぎだろコイツ。
「ちょ、ちょっと…もう、あの非常用ドアから脱出しないか…?」
「あれは緊急用だろうが」
「そんなこと言わないでよ…」
「そんな俺は非情のヒューマン」
「自覚してるならもうちょっと親切にしろ!」
「ごめんよー魔王ちゃん?あんなに厳しくしちゃって。今度から俺が毎日オムツ変えてあげるから」
「親切になりすぎて逆に気持ち悪い!もうちょっとだけ厳しくしてくれ!」
「オラさっさと行けよ。こんなところで油売ってる場合じゃないんだ」
「1か100しか知らんのかお前は!?」
まあでも、実際ここで油を売っている場合ではないので俺らは先を往く。たぶん、もうすぐ終盤辺りだろう。
ちょっと先へ進むと、そこは通路が二手に分かれていた。ただし、片方の道には鬼(くどいようだが、そういう変装をしたスタッフ)が立ちふさがっている。
「ヒッ!?くわばらくわばら……逃げろーぉぉ!!」
「反応が何か古臭えよお前」
もう片方の道へ進むと、そこには三つのドアがある。どれかが正解なのだろう。あと、横にある看板を見るにどうやら出口への道はもうすぐらしい。
魔王は慌てて三つのドアを右から順番に開けていったが、そのどれもが外れだった。
「えっ…えっ!?嘘、じゃあ何処ドコどこ!?」
「鬼が居たもう片方の道だろ」
「ああ、そうか!」
若干焦り気味に魔王は戻り、鬼の居た通路へと向かう。魔王は強引に鬼を押しのけ、ようやく出口へとたどり着くことが出来た。
「やっっっっっと出れたー!!!何なのあの屋敷!?もう二度と来ねーよバーカ!!」
「馬鹿とか言わない」
「ふふん、どうだフウマ、お前も怖かっただろう?」
やっと恐怖から抜け出せたという安堵感からなのか、魔王が急に強気な口調になる。
突っ込んでおこうと思ったが、これについては抑えておこう。
「強いて言うならば煙とかが突然噴出したところでビビった」
「はっはっは、そうか!やはりお前も怖がってたのか!」
「お前は失神していた」
「比較するように言うな!!」
魔王が顔を赤くして反駁した。
◆
もうお昼時なので、遊園地の売店で食事を賄うことにした。
俺はカレー、魔王は味噌ラーメン。
「ちゅるちゅるちゅる……ん、んぐ」
いつも思うが、やっぱり魔王は食べ物を食べる時の一挙一動が可愛い。咀嚼するたびに声を発するのもそうだと思うが、なんだろう、箸の持ち方や使い方がぎこちないのもその思いを加速させてるのだろうか。
「ラーメン…というんだっけか?これも十分美味しいな。この細長くて噛み応えのある麺も、なかなかいい。極め付けはスープだな。味噌…だったか?このしょっぱい味の中に様々な材料の出汁が混同していて、これはしょっぱいというより旨い…だな。なるほど現代の人たちはこの絶品料理を安く食えてるのか…我もこの時代に人間として生まれたかった」
「ラーメンで自分の人生を蔑ろにするなよ」
「そういえばカレーも十分に美味しかった。あの美味しさ、他の料理では再現できないなあ。うん、あの茶色い料理が一般人の好きな料理ランキングのベスト3に入ってるのも十分頷けるだろう」
「日本料理じゃないのにね…」
正確に言うとカレーではなくカレーライスであり、そのカレーライスが日本生まれというより、日本でカレーから派生した料理なのだが…。カレーの本場を日本と勘違いしている外国人は多い。それほどに万国共通で美味しいのだ、このカレーライスは。
「さて!フウマ、飯も食い終わったことだし、次は何処へ行こうか?」
「何処へ行こうかな?とりあえず所々にある遊具でも散策するか?」
「いいよ。ジェットコースターは最後に回すのが鉄板なんだよな!」
「まあね」
俺と魔王は次の面白そうな遊具を求めて遊園地を散策し始めた。
どうも三倍アヲイです。
今回は前回までのはちゃめちゃな話ではなく、かなーり平和で大人し目の回となりました。というかあと2~3話ぐらいはこのスタイルで行こうと思います。
でもネタが切れたらまたはちゃめちゃになりそうだけど。
それではまた。