俺の家に魔王が住み着いた件について   作:三倍ソル

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「さて、東京への旅行も終わったことだし、最終回の執筆でも始めるとしますか。
…ん?どうしたんだい魔王、そんなに泣いた顔して。「もしこの小説が終わったら、自分はどうなってしまうのか」だって?そんなの簡単さ。続きは君らが紡げばいいんだよ。僕という名の監督に束縛されず、自由に、気ままに、毎日を『謳歌』できるんだ。今まで役者だった君にとって、これ以上嬉しいことはないだろう?……あれ、どうしてだろう、何だか涙が…」




始点

 数時間後。

 俺らは今は兄弟諸とも亡きレンの家にやって来た。

 

「……ボロボロだ。これも、我のせいで…」

 

 魔王がこの最早廃屋と表現できるこの家を見て思いっきり落ち込んでしまっている。励ましてやらなくてはと思ったけど、どう励ませばいいのか見当がつかない。

 俺は窓から入って、レンの家に不法侵入した。もう住む人がいない以上、不法侵入なのかどうかは分からないが。

 

「しかし、何でここに入ったんだ?」

「レンは祈祷師をやっているんだ。お前も覚えてるよな?だから、もしもの事のためにレンの家にある素人目で分かりやすそうな一番強力なお札を頂戴しておくんだ」

「なんでそうする必要がある?」

タイムスリップ(時間逆行)して、未来を変えるためだ。札は、いわばお守りみたいなもんだよ」

 

 魔王は俺の発言に少し驚く素振りを見せた。

 

「時間逆行だと!?お前、その方法も使えなくはないが…」

「なあ魔王、時間逆行ってさ、任意の人に発動させることも出来るのか?」

「うむ。だけどそのパターンの時は魔法は逆行している奴が発動しているという判定になるから、生命力がすり減るのはお前だからな?」

「へー、成程ね。んまあ別に、大丈夫でしょ」

 

 俺はその後レンの部屋と思しき場所で、誠勝手に失礼ながらも部屋を物色させてもらった。祈祷師である以上、効果もあの件で実感されてるし、どっかに代々伝わるような強力な札が残ってても可笑しくはなかったのだ。

 そしてその結果見つけたのが、レンの机に下敷きになってた札。いかにも強力そうな装飾が付いており、その札の名前が『悪霊退散』とでかでかと書いてあった所からそうだと確信した。

 しかし、魔王という洋風な奴らに仏の札が効くか分からなかったので、試しに魔王に一瞬貼り付けてみる。許せ。

 

 ペタリ

 

「ぎゃあああああっああああっあっあああああああッッ!?」

 

 おっと、効果が覿面の様だ。俺は慌てず冷静に魔王の背中に張り付けた札を剥がす。

 魔王は顔を赤くして憤怒の表情でこちらを向いた。

 

「貴様アアアアア!!我の体に札を貼り付けるなどオオオオ!!??」

「ああごめんごめん、ちょっと魔王に効くのか確かめたかったのさ。どうだった?」

「『どうだった?』じゃねーよ!?危うく再び力を封印されそうになったわ!!」

 

 ……なるほど。

 普通に札の力によって倒されるのではなく、封印されそうになった、か……。

 もし戦闘態勢に入ったときのお守りとして有効なのかもしれない。もし無闇にアドと鉢合わせし、札を貼り付けて浄化させてしまったらと思うと…安心する。そんな心配がなくなるからな。

 

 さて、目標の札も手に入ったことだし、まず作戦から説明しよう。

 まず俺は、魔王の時間逆行を俺を対象に発動させ、昨日の深夜辺りに逆行する。あの時は魔王は俺の部屋で寝かせ、俺はリビングのソファで寝てた日だったから(何でかは忘れた)魔王にとり憑けるタイミングは、あそこしかないのだ。

 だから、どうにかしてアドを見つけ、交渉してその先の未来を変える。これが、この崩壊した町を元に戻す方法なのだ。

 

「…え、じゃあ今の我…は、どうなってしまうんだ?」

「もしこの時間軸をX、俺がアドと交渉に成功した時の時間軸をYだとするならば、ずっとXに取り残されるんじゃないか…?あるいは、Xが消えて、お前も消えるかだ」

「……そうか…。消える、か。若干怖いものがあるな」

「でもXのお前もYのお前も同じ存在だし、意識はそのうちYの方で元に戻るかもな?」

「……うーん、でも、そこでこの今の記憶が消えちゃうわけだ…」

 

 魔王は俯いた。俺もそうなのかと思ってしまうと、一緒に俯きそうになる。

 確かに、Yの時間軸でも魔王はいるが、今ここに居るXの魔王は、消えてしまうか、そのまま永遠にここに残るか…。後者の方だと、ちょっと残酷だな…。

 

「あのさ」

「?」

 

 魔王が口を開いた。

 

「どうせ消えてしまうんなら、ちょっと…言いたいことがあるんだけど」

「お、何だい。言ってみなさい」

「……分かった」

 

 少し時間を置いて、魔王が話し始めた。

 

「私はさ…出会って最初のころはしもべなり服従なりいろいろ言ってたけどさ…まあ、本当に、えーと、…ありがとう」

「こちらこそどうも」

「いや、どうもなんて言われる筋合いはないよ…。ずっと後ろめたさを感じてたんだよね。何かさ、何にもしてないし、我儘ばっかり言ってたし、これじゃあフウマの生活を圧迫してしまうだけの存在ってさ……そういう夢も見たし」

「…んまあ、確かにそれは否定しない。だけどさ、どうもと言われる筋合いはあるんだぜ?お前はそれだけのことをやっておけたんだ。それは何だと思う?」

「……え?何なの?」

「駄目だ。当ててみろって」

 

 魔王は考えた後、全く何も見当のつかなかったかのような顔で「分からない」と言った。俺は一回ため息をついて、諭すようにこう言った。

 

「お前はな、『人の心』を変えることが出来たんだ。俺はな、最初は一人でずっと生きていたい、住んでいたい、孤独がいいって思ってたんだけど、お前と一緒に生活していてようやく気付くことが出来たんだよ。誰かと一緒に住むのって、こーんなに面白くて、楽しいってことにな」

「……」

「例えば、だ。俺が誰かと一緒に住むのが嫌だった理由は、一緒に住んだ奴の気を一々遣う必要があったからだ。箸が使えないからフォークだけで食えるものを用意する。その服装じゃ外に出れないから、仕方なく新しい服を買う。俺はこれがたまらなく面倒臭くて、嫌だった。だけどな、分かったんだよ。お前がさ、外に出て喜んでいた時、こう思ったんだ」

「…っ」

 

 こいつ、俺がああしたお陰で喜んでいるのか――と思うと、とても感慨深くて、とても嬉しく感じて。そしてさ、思わず表情筋が緩んでしまって、久しぶりに笑顔を作ってしまった。

 そこから、俺はお前と一緒に過ごすのが段々楽しくなってきたんだ。誰かと一緒に住むことが、こんなにも嬉しくて楽しいことだって気が付いたんだよ。

 

「そこだけ聞くと、別にアンタが勝手に喜んでるだけじゃないかと思うのかもしれない。だけどな、人の心を変えるってのは、なかなかできないもんなんだぜ?しかもそれはお前がいないと絶対に出来ないことだったんだ。よくやってくれたよ魔王は」

「……そ、そうなのか…な?」

 

 一通り話し終わって改めて魔王を見ると、今度は赤面をさせながら魔王は下を向いていた。ははは、ちょっとでも優しくされると照れてやがる。俺はもう昔の俺とは違うから、そういう奴は嫌いじゃない。むしろ好きだ。

 

「…え、えへへ……」

 

 露骨に照れる。そういう所も魔王を拾った直後ならうぜえだの思ってしまうだろうが、今の俺は魔王のそういう所もちゃんと可愛いととらえられるし、好きだ。

 

「じゃあ、俺はそろそろ旅立とうと思う。じゃあ魔王、そろそろ時間逆行を唱えてくれ」

「…分かった。必ず…未来を変えてね。たとえ…私が消えてもさ」

「そうだ。最後に魔王、今お前が一番願っていることって、何だ?」

「えーと……まあそれは、()が未来を――世界を救ってくれたら、話してあげようかな」

「えー?それちゃんと言ってくれんのか?まあいいよ。じゃあ改めて頼む。時間逆行を」

「了解」

 

 魔王は両手の平を俺の方に向けて、力強く叫んだ。

 

「時間逆行!!」

 

 

 

「………」

 

 意識が覚醒したそこは、自分の家の中のソファだった。どうやら世界が崩壊する一日前の深夜らしい。そしてこの感じ……どうやら寝てる時の俺に意識が乗り移ったって感じか?

 確か時間制限は二時間。それまでの間に、俺は上手く未来をいい方向に傾けなければならない。その間に、アドが来て上手く俺と鉢合わせさせることができるのかどうか…。一応、時間だけでも確認はしておくか。

 

「1時……丁度」

 

 暗くてよく見えなかったが、何とか読み取ることは出来た。ド深夜だ。チャンスは今しかない。

 俺は急いで自分の家の階段を駆け上り、魔王の寝かせている扉をガンと開ける。

 そこには、気持ちよく寝ている魔王とそれを座って眺めていたアドがいた。

 

「……!?き、貴様…人間!なぜ分かったんだ!?」

「人間だな。まあ確かに俺は人間だが、未来から来た。お前のしでかしたことも、そしてその動機もすべて把握している。だから、とりあえずこちらへ来い。危害は加えないから」

「嫌!どうせそうやっておびき寄せて、私を倒すつもりなんだ!今までの人間もそうだったからな!」

「まあ待てって……そう慌てるなって。よく考えてみろ、お前は魔王が誘拐されたと勘違いしているみたいだが、魔王をよく見てみるんだ。誘拐されたなら人間のベッドでこうも気持ちよく寝ていられるか?」

「うっ…」

 

 よしよし、魔王が単純な性格なら、その母も単純な性格だ。このままどんどん勘違いを正すことが出来れば、お札要らずに未来を変えることができる。俺は無血解決を望みたいのでね。

 

「それにお前、見てなかったのか?お前が言う『誘拐』された後の、魔王の生活を。あんなに謳歌しておいて、あんなに楽しんでおいて、悲しんでる訳ないだろう?」

「………何よ、人間の癖にペラペラと喋っておいて……」

「何がだ。喋って何が悪い。俺は真実をただお前のようなカンチガイ君に伝えてるだけだ。何が悪い?」

「あんたにヘルと――私の何がわかるっていうのよおおおおおッッ!!」

 

 アドはそう叫んで、俺に無闇に突撃する。カンチガイ君がいけなかったのかな?

 仕方ない……あのお札は俺が襲われそうになったら使って良いと魔王には一応公認させてもらったものの、やはり使うのには抵抗があるな。

 でも今ここで札を使わないと殺されてしまうかもしれない。許せ魔王。

 

 ペタリ!

 

「うわあああああああああああああああ!!!!」

 

 深夜のとある住宅街の民家で、耳に劈くような叫び声が家中に、いや街中に響いた。これは次の日らへんに近所迷惑が来ただろうなあ…まあいいか。

 その叫び声を間近に聞いた魔王は跳び起きた。

 

「…えっ?……えっ!?」

 

 まるで状況が掴めていない。そりゃそうだ、叫び声が聞こえたと思ったら俺の目の前で自分の母が札を貼り付けられて倒れてるんだもの。

 誰だって混乱する。

 

「ああああああっっ!!ううう……っ!ヘルだって!!ヘルだってあんたみたいな屑人間に束縛されず、自由に過ごしたいはずなのに!!ヘルだってあんたみたいな屑人間に卑怯な手段で倒されず、世の天下を取りたかったはずなのに!!どうして、どうしてぇぇぇ!!??」

「……」

「ちょ、ちょっとフウマ、これはどういう状況なの!?」

「ああ…それは」

 

 俺は今までの顛末をなるべく手短に魔王に話した。その話を聞いた魔王は驚いたのち、アドに近づいて話しかけた。

 

「お母さん…」

「何!?あなたは私を助けようとしないの!?人間側の味方にでも立つの!?この札を剥がさないの!?洗脳されたの!?気がトチ狂ってんの!?」

 

 魔王はアドに付いている札を剥がして、無言で抱きしめた。

 

「…え?」

 

 あまりに予想だにも出来なかった行動に、アドはフリーズした。

 

「我は、平気だよ。お母さん」

「………あの人間は、誰なの?」

「フウマだよ。我みたいな見知らぬ人を()()してくれて、自分の生活を苦しめてまで我に人生を楽しませてくれた、この世界で一番いい人」

「…ほ、保護?じゃああれは…誘拐じゃなくて、保護?」

「そう」

 

 アドは再びフリーズした後、俺に向かってこう言ってきた。

 

「……ッごめんなさい!」

「……」

「私、自分のエゴのせいでとんでもないミスをやらかしてしまう所でした。何の罪もない人間を皆殺しにしてしまう所でした。もう一度言います、ごめんなさい!」

「まあいいよ。許してやるからさ、さっさと帰っていいぞ」

「あ、本当ですか!?許していただけるんですね!?ありがとうございます!!では、さようなら!」

 

 そう言ってアドはまた白い光を出して消え去った。何だか慌ただしい感じの奴だった。人間に謝罪することが屈辱的だったのかなぁ?まあいいか。

 俺は魔王に向かってこう言う。

 

「おめでとう。これでお前はこれから起きる絶望的な未来を回避することが出来たのだ。お前のお陰でな」

「…うん。我は…この世で最も不名誉な人種にならずに済んだという訳か…」

「ははは、ちょっとそれは言い過ぎってやつなんじゃないか?」

「いや、冗談抜きでだよ。想像しただけでも恐ろしいね…」

 

 最も、その想像しただけでも恐ろしいことを、俺は既に体験したんだけどな、とは言えない。

 おっと、こうしちゃいられない。生気を完全に吸い取られないうちに、時間逆行を無効にして元に戻らねば。

 

「じゃあな魔王、俺は帰るから。ああそうだ、今ならまだ未来を変えることが出来るぞ。お前、何かこの先の未来でしたいことってあるか?」

「んーと……そうだ、野原にピクニックをしに行こう!フウもジャガノもレンも誘って…最高のパーティにしようじゃないか!!」

「お、いいねそれ」

 

 俺は時間逆行を無効にする準備を始めた。

 

「じゃあな、魔王」

「じゃあね、フウマ」

「「さようなら」

 

 そして俺は、光に包まれてYの時間軸へと移動したのであった。

 

 

 目が覚めたら、そこは緑が鮮やかに華を咲かせ、常に綺麗で新鮮な空気が漂い、まあつまり言えば魔王とジャガノとフウとレンと俺で全員大の字になって野原に寝っ転がっていたのであった。横には、ちゃんと木の下にシートが敷かれていてバーベキューなどをした跡など、すでに結構楽しんだ形跡がある。

 ――ちゃんと、いい未来に行けたんだな、俺。

 

「んん……ん?あ、フウマ、目が覚めたか?」

「ああ、お陰でな」

「あはは、誰のお陰なのさお兄ちゃん」

「…俺は寧ろお前に感謝したいねえ。こんな俺をピクニックに招待してくれるなんて」

「俺は何で呼ばれたのか知らないがな。一番フウマと接点少ないだろうに…」

 

 んまあジャガノが呼ばれたのは別に時間軸でかなり接点を持ったから、だったのだが…この時点ではそんな記憶ないし、ジャガノにとっては理解不能だったか。

 あとレンとジャガノの口調がかぶってて区別しにくい。

 

「あーあ……幸せだ」

 

 魔王は夢見心地に、こう呟いた。

 

「一生、こんな平和な日が続けばいいのに」

 

 これで、俺の――いや、俺らが紡いだ物語は、終わりを告げたのであった。




「……終わっちゃったね。いや、本当に君はこれで晴れて自由の身なんだ。何、悲しい?そうかそうか。ならまだまだ続きを書いてやるかい?いいよ、まだまだ君が束縛されて過ごしていたいならね。………え、本当にいいのかい?本当の本当に?
 ………仕方ないなあ。何かもうこれで最終回のような気がしたけど。分かった。まだまだ続きを書いてやるさ」

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