俺は幼い時、重傷を負った。
何故かというと、両親と車に乗っていた時、後ろから猛スピードで飲酒運転の車が突っ込んできたからだ。
俺は車の爆発によって両足骨折と体の大部分に火傷を負った。両親は、大人の頑丈さとでもいうべきなのか、片腕骨折ぐらいしか被害がなかった。
今ニュースを見ても、飲酒運転の車と衝突したというニュースでは殆どの場合人が誰か死んでいるのだが、俺の場合では誰も死ななかった。類まれなる事例である。
しかし、それだけで済めば良かった。しかし、この事件のせいで俺にある異常が起きた。
足の骨折のせいで、もうまともに走ることは出来なくなってしまったのだ。
いや、正確には走れはするのだが、骨折によってかなり骨が虚弱になり、少しでも激しい動きをしたら簡単に折れてしまうという状態になってしまったのだ。
俺は骨折する前は足が速かった方なので、走れなくなってしまったことを酷く悔やんだ。小さい子特有の単純思考回路を働かせて、死のうとまでした。まあそれは寸でのところで踏みとどまったけど。
しかし、どんなことをしたところで脆くなってしまった骨は元には戻りにくい。それこそ栄養剤を毎日飲めば治るようなものなのだが、俺の家にはそんな余裕なんてなかった。
だから、体育はいつも休んでいた。走ることができないため、下校の時のかけっこなんかではいつも存在を忘れられたように置いてかれていた。
ああ、何たる不幸だろうか。
もう、一生走れない生活なんて、嫌だ。
俺は数年後――具体的に言えば、中学校に入学したころ、脆くなった骨を元に戻す方法というものを模索した。出来るだけ低コストで、簡単にできるもの。
しかし、そう簡単に戻す方法なんてないに決まっている。カルシウムを大量にとっても、その虚弱な骨からは折角摂ったカルシウムが漏れてしまうからだ。
だから、もう一生、元には戻れないのかもしれない。
そんなことも思っていた。
俺が高校生になった時、不思議な奴に出会った。
小さい頃折った火傷は成程深刻なものではなかったので完全に回復したが、虚弱な骨は相変わらずだった。
だから、まだ走れなかった。
しかし、俺はそれでもみんなと走りたいと思い続けていたのだった。
だが、現実は現実である。歩き朝起きたら足が治っているなんて、そんなどろどろご都合主義があるわけがないのだ。
なら。
それなら、あり得るかもしれない。今まで方法を模索しても治す糸口のつかめなかった、この虚弱な足の骨を治すことが。
実際、俺はそんな奴にばったりと出会ってしまったのだ。
俺が街中で買い物をしていた時、あまり人気のない住宅街で俺はそいつに出会ってしまった。
「やあ、何だか足の骨が悪いみたいだね」
「………は?」
最初、俺は混乱した。
初対面の奴に挨拶をやあの二文字で済ませていきなり本題にサラッと入っていく奴なんて、生まれてこのかた初めてだからだ。
後で解釈したのだが、こいつは話というものが苦手みたいなようだった。
「うん分かっている。君の心は全部読める」
何だかおかしくないようにおかしく聞こえるような、支離滅裂のように聞こえるけど支離滅裂ではないような、可笑しな日本語で、奇抜な服装を着ているけど男子高生にしか見えない奴は、そう言った。
「治してあげるよ、その足」
「……何を言ってるんだ、お前…」
「ほら早く、こっちきてよ」
逃げてしまいたかったが、この足の状態である今、逃げようとしても足の骨が折れるか追いつかれるかがオチだ。素直に従ってみよう。
俺はその謎多き男に近づいてみた。あえてゆっくりとした足取りで。
「うん、それでいい。じゃあどうしたい?足の骨、どうやって直す?」
「まず何を言っているんだお前。足の骨は確かに悪いがそれを治すってどういうことなんだ」
「質問を質問で返すのは日本人特有の会話方法って聞いたね。それは駄目だ嫌われちゃう」
……?
じゃあこいつ、日本人ではないのか?顔つきは普通の日本人なんだがな?
「で、どうする?」
「……あ、ああ、もういい好きにしろ。信じがたいが俺の足を治してくれるってんならな」
「うん、分かった。じゃあサービスしてあげるよ」
「え?」
「サービス、ええと、まあいいか、君ってさ、もっと速く走りたかったんじゃなかったっけ?」
「…え、ああ、まあな」
「じゃ、亜音速で走れるように足に改良施してあげるね」
「え?」
「速く走りたいのならそれがナンバーワン」
「ちょ、ちょっと待て!?」
「よし完了した。じゃあね。自分の役目は終了」
何だか独特のペースで進行していく会話に俺はついていけず、気が付いたらもうアイツはそこにはいなくなってしまっていた。
そして信じられないことに、その後俺は本当に自分が亜音速とまではいかないが、超絶に速く走れるようになってしまったのだ。アイツが消えてから一瞬だけ走ってみたが、一瞬で石垣にぶつかってしまったのでそれでよく分かった。
アイツは何をしたんだ?ただただ俺の足をじっと見ていただけだったのに。
謎が多いというか、多すぎて訳が分からない。
多すぎて訳が分からず、そのまま詮索する気も失せてしまう。
俺は、そのまま何もしなかった――否、泣いていた。
「………っ」
声を上げず、ただただ涙をその場に流しながら、泣いていた。
足が治って、走れるようになったという嬉しさと。
代わりに異常なスペックになって、公衆の面前では走れなくなってしまったというショックが複雑に、雑にかき混ぜられたように混雑して。
泣くしかなかった。
……。
結局、俺は家にそのまま帰った。
母に遅かったねなどと言われたが、そこは適当に誤魔化して自分の家に入った。
そこから数日の間、引き籠る生活に入る。
そして、そこから数年して成人し、何とか就職にも成功してそこから更に数か月経ったある日――。
うるさい目覚まし時計に覚まされた瞬間が、俺の物語の始まりだ。