俺の家に魔王が住み着いた件について   作:三倍ソル

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悪魔

 ジャガノと我との体が数ミリ単位で接触する直前――。

 

「危なっ!?」

 

 我はジャガノの突進を間一髪でよけ切った。いや、それでも伸びていた髪の毛が慣性の法則でその場から動かずジャガノの突進に当たってしまい、勢いよく引っ張られる感覚に襲われた。

 避けたのに痛い、何たる矛盾だろう。

 

「あれー?おかしいねー。かつてのお前なら、こんな突進楽々避けて居たろうに」

 

 ……そうだったか?

 よく覚えてないが…なら、かつての自分なら、その感覚を身に着けていたということだろう?例えそれが予想しきれなかったものだとしても。

 まあ、最近戦闘とか、そういう野蛮なものとは無縁だったから感覚を忘れていても可笑しくはないな。

 

「…まあ、久しぶりだからな。多少のブランクはあって当然だろう」

「もしこれが実際の戦場でも、同じことが言えたわけ?」

 

 ジャガノはそう言って、そのまま――何もしてこない。否、突然我の目を合わせて右目でウィンクをしてきた。

 我はその行動が一瞬理解できなかったが、やがて思い出し、咄嗟に頭を伏せた。

 そして、その瞬間、後ろのほうから石らしきものが崩れる音が聞こえた。

 

「…危ねえ」

「これこそ間一髪ってやつだな」

 

 我は音のしたほうを振り向く。すると、我の後ろにあったブロック塀が、近くで爆発でもさせられたかのようにぽっかりを大きい穴が開いているのだった。

 ――彼にジャガー・ノートという名前が似合う理由はこれだ…。

 ウィンクした先にあるものを壊す。

 悪魔の能力の中でも、ずば抜けた使い勝手の良さと破壊力を誇る、チートと形容しても何ら可笑しくない能力の一つだ。

 ジャガノが、この能力のことを『ルッキング・デストロイ(破壊する眼差し)』と呼んでいたことを思い出した。

 あれはいつ聞いてもダサい。

 もうちょっといいネーミングはなかったものか。

 

「はい、休んでる暇はないよ。そう、ここを戦場だと思い込むんだ」

「……」

「肉片が飛び散り、内臓は露出する。紅い血液は自分の体に付着し、そして酷い腐乱臭に鼻はひん曲がる」

 

 ウィンク、ウィンク、まだ次にウィンク。

 その後もまだジャガノは何かをしゃべっていたようだったが、避けるのに精一杯だった我はそんなことを聞いている余裕などなかった。

 ちなみに我の後ろのブロック塀はもう跡形もない。たぶん、家の壁にすらも被害を及ぼしている。

 どうやって償うんだ、それ。

 

「さあさあ、さっきのパンチより強く、攻撃できないものかな?こっちは楽しみにしてるんだよ。お前の渾身カッコワライのげんこつ」

 

 カッコワライって…(笑)を発音しようとした結果がそれなのか。

 でも確かに、我は今ずっと避けていてばかりで攻撃が一度もできていないのも事実。なんとかこの能力の突破口はないものなのか?

 いや。

 絶対ある。

 何故なら、かつての対戦でならこのウィンク――ルッキング・デストロイは既に突破しているはずなのだから。

 思い出せ…思い出せ。

 過去の記憶の引き出しから探し続けるんだ。

 

「…ふー、疲れた」

 

 ジャガノは急に疲れたみたいで、ウィンクをやめてその場で座り始めた。あぐらをかいて。

 やはりあれは何らかのエネルギーを消費するのだろうか?陰湿で卑怯な奴のことだ、もしかしたら疲れたふりをして我をおびき寄せようとしているのかもしれない。

 どっちみち、近づく気などないが。

 

「…何だ、そんな露骨に隙を見せて。我を誘っているのか?」

「半分正解半分不正解。疲れたのは本当だけどこれで君が来ないかなーって」

「…なら、一旦休戦と行こう。正直言って我は心の準備が出来ていない。このまま戦闘を続けると我の精神がくたびれてしまう」

「ふーん…」

 

 我は地面にどっかりと腰を下ろす。

 ジャガノはニヤニヤと笑っているばかりで、全然攻撃をしてこない。

 これにはさすがに、ジャガノも手を出す気にはならないだろう。

 それともかつてのライバルまたは宿敵としての流儀なのか。

 

「随分とさり気なく出来るようになったじゃないか、ルッキング・デストロイ」

「まあ君にはブランクというものがあっても俺はここまで数百年間戦って生きてきたからね。百戦錬磨の悪魔ジャガー・ノートとは俺の事だよ」

「そういえば、お前は何処で誰と戦っていたんだ?悪魔という存在はまだいるのか?」

「いるよ、それも大量にね。人間の目につかないよう生きているから、みんな知らないだけさ。そして悪魔というのは《《飽くま》》で好戦的だから…おっと、プフッ、失礼」

「…つまんないぞ」

「なんだい、君には笑いのツボって概念がないの?それとも、核マントルぐらい奥深くにあったりして?」

「…お前とは休戦中でも疲れるやつだな。ある意味感心するし尊敬するよ」

「へへっ、そりゃどーも」

 

 こういう時はこいつは素直に言うこと聞いたりして今一緒に話してたりするのだが、戦ってるときはとんでもなく正々堂々の勝負を嫌い、遠距離攻撃ばかりして自分は攻撃をされないようにするとか、卑怯なことしかしてこないのだ。

 だから今、こいつを話しているふりをして、ルッキング・デストロイの対処法を同時に考えてもいるのだ。

 そういえば、ジャガノと戦い始めた時から妙な違和感を感じる。

 何だが、ここにいるようでここにはいない、ような…?表現が難しい。何と言えばいいのか、空間が――何か様子がおかしいのだ。

 これもジャガノの能力によるものなのか?末恐ろしい奴。

 

「まあしかしねえ。思えば対戦している奴といまこうやって話しているのはちょっと変だと思わないの?」

「なんだ急に。お前だってそれに従ってるだろう」

「まあ疲れたからね。だけどお前と話しているうち、疲労は回復してきたよ。じゃあ、再戦と行こうじゃないか?」

 

 我はジャガノと距離をとってうなずいた。

 対処法は、まだ見つかっていなかった。

 

「じゃあ行くよ、ハイ」

 

 そう言って、ジャガノは高速でドロップキックを仕掛けてくる。

 我はルッキング・デストロイが来るのを予想していたため、それが外れて回避することもできず、まともに攻撃を食らってしまった。

 痛みと共に衝撃で後ろに吹っ飛ぶが、その最中に何とか体勢を立て直す。

 そしてこれを狙っていつものウィンクをするだろうから、ジャガノを確認するまでもなく大体予想でタイミングを見計らい、そして回避。我が地面から足を話した直後、その地面はアスファルト後と大きく砕けていった。

 ふふ、予想通り。蹴られた腹は少し痛むが、そんなのに慣れている我はこれからの展開に何の影響も与えない。

 

「こら、女性に暴力はいけないんだぞ?」

 

 とりあえず強がってみせる。

 

「ふふ、おかしな事を仰る。散々戦ってきたくせに、今更そんなことを言うのですか?」

 

 ジャガノは軽蔑するようなニュアンスで敬語になり、中指を立てて露骨に我を挑発してきた。

 だがしかし、ここで無闇に特攻してもすぐ爆散することは既に予想できていることなのでとりあえずこちらも親指を下に下げる。

 

「おっ、やるかい?」

「ああ、いいさ、来いよ!」

 

 しかし、ここでそっちが突撃するかと思ったが、どうやらそうでもなかった。一応右足を一歩前に出しているので臨時体制には入っているようだが。

 ジャガノは我がいる方角の少し横でウィンクをした。

 我が回避したところを狩ろうとでもしたのだろうか、とことん冷酷な奴だ。しかし、そんなテクニック我には通用しない。

 多少のブランクがあるといえど、戦闘で培った知識や動体視力などを完全に忘れているというわけではないからな。

 

「…ふふ、いくら陰湿だからってそんなバレバレの回避狩り我には通用せんよ」

「ま、そこまで雑魚じゃないよね。そんなことわかってたさ」

 

 ジャガノが話している間にも我は思考する。

 あの攻撃をどうやってかわそうかを。

 

「ではそっちのターンは終了だ。今度はこっちの番だろう?」

「冗談がうまいね。そんなRPGのルールがこの現実世界で通用するとでも?」

 

 そう言って、ジャガノはまたウィンクをしてきた。

 単調な攻撃だったため、かわすのは容易だった。しかし、その後が少しだけ問題があった。

 

「……っ!!」

 

 地面から間欠泉の様に水が噴き出てきたのだ。

 どうやらルッキング・デストロイでマンホールの周りをぶち破ってしまったらしい。

 

「おーおー、これは良い格好の的だ」

 

 我はマンホールの蓋の丁度上に居たため、水の勢いで真上に上昇したマンホールの蓋に乗る形になっていた。ここで我は、普通に飛び降りればいいだけの話だったのだが。

 しかしあろうことか。

 これのおかげでルッキング・デストロイを回避しつつ、さらに間合いを詰めることのできる方法を思いついてしまった。

 我は《《あること》》をして間欠泉から降り、そして一気に間合いを詰めるようにジャガノに近づく。

 

「おっと、そんな命知らずなことしていいの?」

 

 ジャガノは我を見下すかのような目でウィンクをする。しかし、ここで我は跳んだ。

 常人なら飛べないほどの、ものすごく、オリンピック世界一位の記録を凌駕するほどの高さを跳んだ。

 そして空中で静止――そして、ジャガノのほとんど真上に達したところで膝に勢いをつけて、そのまま大気を《《押し出すようにして》》急降下していった。

 ジャガノはすかさず我と目を合わせてウィンクをするが、しかしそれを我は軽々と回避した。

 

「…お?」

 

 我とジャガノの目の前で砕けたのは、マンホールの蓋だった。

 そう、我はルッキング・デストロイで攻撃を食らう瞬間、マンホールの蓋を盾にしてこの攻撃を回避したのだ。

 回避がし辛いなら防御をすればいい――これは、我がかつてコイツと戦った時の作戦と同じだった気もする。

 なぜ今まで思い出せなかったのだ。

 

「…やるじゃん」

 

 ジャガノはもう一回ウィンクをするが、しかしそれもまた防ぐ。

 実は、マンホールの蓋は二分割されていて、先ほど防御したのは片方に過ぎなかった。そして、今もう片方を使い切って丸腰になったとき、我とジャガノの距離はすでにかなり近くなっていた。

 

「……うっ!?」

「はぁっ!」

 

 もうすぐジャガノに衝突するであろう距離で我は高速で体を回転させ、頭が真下になっていた体制から普通の姿勢――つまり、頭が上にあり足が下にある姿勢のことだ――となり、そして自分の両足をジャガノの両肩に着地させる。

 これでもかなりの衝撃が来ただろう。しかし、それではジャガノを倒すのには全然足りない。

 むしろ悪魔というものは生命力がタフで、いくら攻撃という攻撃を浴びせてもそんな簡単には死なないだろう。

 なら。

 生命活動が不可能になる攻撃――いわば、即死する攻撃を繰り出せばいい。

 

「とりゃーっ!!」

「…!!」

 

 ジャガノの両肩に着地した両足の位置をうまく調整し、横に移動させてジャガノの首と接触させる。そしてそのまま足首をひねりながら再びジャンプをする。

 そして跳んだことにより足の裏が両肩から離れ、我は地べたに着地、ジャガノはそのまま倒れていった。

 何が起きたのかって?

 簡単な話だ。首の骨を折ったのさ。

 

「……ふふ、我の勝ちだな」

 

 倒れたジャガノに向かってそう言うが、彼は倒れたまま微動だにしない。

 

「……おい、ジャガノ?」

 

 何度も声をかけているうち、我はあることに気付く――。

 

「…………あ」

 

 そのことに気付いた瞬間、我の内側という内側から後悔の念が溢れ出てきた。

 

「……何で倒してるんだろう、私」

 

 なんてこった。

 リミットを解除してたとはいえ。

 まさか、契約を破棄させる人物を殺してしまうなんて。

 これじゃあ一生、フウはサイコパスのままじゃないか。

 そして、これでは――

 

「――一生、悪者扱いされてしまう」

 

 この事実はフウマに伝えなければいけないのはもう既に分かっていることなのだが、もし言えばどうなるだろう。確実にフウマは私にマジ切れして、一生我を隔離するかもしれない。いや、もうそれは覆せない未来なのだから、しれないではない。確実に「する」。

 

「……あ、あ…」

 

 自分のせいだ。

 我のせいだ。

 私のせいだ。

 

「……………」

 

 何も喋れなくなってしまった。

 半端なく、自分のせいだという感情が強いのだろう。

 そして、よりにもよってこのタイミングで、更にその不安の助長させる奴が現れた。

 

「……魔王?」

 

 びくっ、となり我は声のしたほうを振り向く。

 そこには、電柱からこっそりと見守っているフウマが見えた。

 この戦いの最後を見届けていたみたいだった。

 

「あ……あ…え、っと…」

 

 言葉が出なかった。

 何故なら、そのフウマは、今朝フウに怒った表情――つまり、ものすごい憤怒の表情をしていたからだ。

 魔王として情けないが、その顔を見るだけで我は涙を流しそうになった。

 

「おい、魔王」

「……」

「地面はそこかしこ陥没し、知らん人の家のブロック塀は全壊。マンホールがあった場所から下水が溢れ出て、そして謎の死体」

「………」

 

 沈黙を続けていると物凄い拳骨が頬に当たった。

 フウには怒っただけであったが、我は追加で制裁の暴力を食らわされた。

 そして神速でも使用したのだろうか、我は気が付いたらフウマに胸倉を掴まれて壁に勢いよく押し込められていたのだった。

 

「おい!これはどういう状況なんだよ!?説明しろ、魔王様!!」

 

 我はフウマの叫び声に押されて委縮してしまい、小さい声で震えながらもフウマにこの戦いで起こったことの一部始終を話した。

 話し終わったとき、フウマは全身から力を抜いたようにその場にもつれ込み、そして地面にふにゃふにゃになって倒れた。

 

「……もう、駄目だ。お前は」

「………」

「やっぱお前、不幸をおびき寄せてるっていうか、街を滅茶苦茶にしてる」

「………」

「なあ、魔王。この死体は、ジャガノっていうんだよな?」

「………」

「聞いてるんだが?ひょっとして、ワザとシカトしてる?」

「………違います」

「じゃあ、こいつは誰だって?」

「………ジャガノ」

「誰なんだ、こいつは?」

「………元凶」

 

 我は消えかかりそうな細い声で、そう答えた。

 もし、今ここで、こうすることが出来たならば、我は目玉が飛び出るほどに首を絞めて自害している。

 申し訳なさ…というより『全部、自分のせい』という思いが何もかもを喪失し、憂鬱にし、生きる気力を失わせた。

 これ以上生きようという気が起きなかった。

 

「…へえ、そう」

 

 フウマは地面に横たわったまま、力なく返事をした。

 皮肉なことに、今の天気は物凄い晴天である。雲一つなく、これ以上晴れないのではないかというほどに。

 

「………どうするの?」

「テメェで考えろ」

「……っ」

 

 何故。

 我は悪くない。

 気持ちは分からなくもないが、もう少し我の気持ちも考えてほしい。

 自分の意見ばかり一方的に話すな。話すな。

 

「大体な」

 

 フウマが立ち上がってもう一回。

 叫ぶ。

 

「お前が自分でそう言ったんだろうが!?こっちは俺の妹がああなっていてそれで丸二ヶ月悩んできてやっと解決法が見つかったと思ったらこれだよ!?何なんだ!?大体、二か月前ってよくよく考えてきたら魔王を拾った月じゃねぇか!?やっぱりお前最悪だよ!!最初からあんな壺スルーしとけばよかったんだ!!」

「………私だって」

「あ?」

 

 やめろ。

 反論するな。

 今はそういう立場ではな――

 

「私だって好きで魔王に生まれたわけじゃなかったのに!!何なの普通の人間よりちょっと立場が高いからって!!しかも何もしてないのに人間どもは私を倒そうとするし!!え!?ナニコレ差別!?違うよ差別なんかじゃない!!いじめだ!!本来ならば投身するほどのいじめだ!!」

「………」

「大体みんな押しつけがましいんだよ!!自分にできないことはそのまま全然考えないで私のところに頼ってくるし!!しかもその理由が『魔王だから自分にゃできないこともできるはず』!?ふざけんなよ!!こっちだって出来ること出来ないことだってあるんだよ!!何で存在感だけで全部決めつけるの!?そんでもって出来なかったらぜーんぶ私のせい!?馬鹿じゃないの!?そんでもって散々利用された挙句恩知らずな奴らが私を倒すし!!もう人間なんか大っ嫌いだよ!!世界なんてクソ食らえ!!死ね!!お前ら全員死ね!!この世の人類なんか消えちまえ!!」

 

 我は自分が延々とため込んでいた本音を意味もなくぶちまけて――灰の中の酸素という名の酸素を限界近くまで使って、そしてようやく我は落ち着いた。

 そして今の現状を思い出す。

 そうだった。フウマが怒りの形相で怒っているんだった。

 

「………魔王――」

「フウマ」

 

 我はフウマの言葉を遮ってまで、その言葉を言いたかった。

 正座をし、首を深々と垂れて、両手は頭の斜め前に。

 

「今まで、本当に迷惑かけて、ごめんなさい」

 

 土下座の姿勢だった。

 フウマ――いや、我が生きていた中でこの姿勢を、ましてや誰かに向かってしたことなんて今までなかった。

 にしては完璧な姿勢だったらしい。

 

「……あ、ああ。こっちこそ、ごめん。なんかパニクっちゃって情緒が不安定になってたんだ。すまない」

 

 許してくれないのかと思いきや、意外にもフウマのほうからも謝ってきた。

 我は一旦その頭を上げ、フウマの表情を拝んだ(つまり見た)後、もう一回土下座をした。もう、本気を出せばアスファルトに埋まることができるのではないかというぐらいに。

 嘘だけど。

 

「……いいよ、もう。こっちだって何回も土下座されてどういう風に対応すればいいのかわからない。頭を上げてよし」

 

 どうやらフウマのほうからも憐みの念を垂らしてくれたようだった。

 我は口に出さずとも心の中で精一杯お礼を言って、そしてやっと立った。

 ああ、我ながら本当にひどい風景だ。

 ルッキング・デストロイによるものがほとんどの原因なのだが。

 マンホールの下水は間欠泉の様に噴出して、家の壁はほぼ全壊して、電柱は何故か首尾よく回避しているという奇妙な奇跡。

 廃墟じゃないのに廃墟にいるかのよう。

 正確に言うと、滅んだ惑星のごく一部にある生命活動が可能な場所――と言えばわかりやすいだろうか。

 というか一番奇妙だったのは、あれほどの物音(声量)が起きたのにもかかわらず家から全然人が出てこないということだ。

 

「これ、どうやって直そうか」

「……」

 

 ジャガノに頼んでみたいところだが、生憎彼は我によって死んでしまったので、もう、頼る奴がいない。

 フウマは人間だしこんなにぶっ壊れた街の風景、我と協力しても直せる奴はいない。この場を立ち去るわけにもいかないし、この町の責任者に頼むのも憚られる。

 詰みか?

 いや。

 まだどこかに道はあるはず。

 それこそ、奇跡でも起こらない限り――。

 

「……ジャガノ」

 

 我はジャガノによろよろと近づいて、その冷たくなった体をひしと抱きしめた。

 

「お願い、生き返って」

 

 ……ビクともしない。

 そりゃそうか。温めれば体温が上がり、生命活動が復興するなんて、普通ならあり得ない。

 いっそ、このまま町から逃げて人の目のつかない場所でひっそりと暮らしてやろうか。誰かに恨まれながらの生活、出来るものか。

 

「お願い、お願い、本当に」

 

「分かってるよ、うるさいな」

 

 ふと、もう諦めて死体を降ろそうと思った時、その死体から声が聞こえた。

 見れば、ジャガノがニヤニヤした表情で我のことをずっと見ていたのだった。

 

「ジャガノ!!」

「あーもう、自分で倒しといて俺に頼るって、どういうこと?烏滸がましいというか図々しすぎて生命活動が復活しちゃったよ」

「嘘だろそれ。そんなことより、戦闘の後始末をしてくれないか?こんな瓦礫だらけの道、放っておけるわけがないだろう」

「いいよ、はい」

 

 はい、とジャガノが言った瞬間、いつの間にか瓦礫は元に戻って、人が普通に通っていた。

 一瞬理解できなかったが、そのすぐ後に理解した。

 

「…ははん、トリックルームか」

「いくら俺でもそんなルッキング・デストロイの被害による罪を被らず全部お前に押し付けるなんてことはしないさ。対策してないとでも思ったのかい?」

「…ああ、もう、そんな単純なことだったのか」

「そうそう、あと放して。見られてるよ」

「えっ!?」

 

 ジャガノに指摘されるがまま見てみると、一部の通行人が我のことをじっと見つめていたのだった。傍から見れば少女が成人男性を抱えているという形になり、かなり不自然だったのかもしれない。

 我は無言でジャガノを放して立ち上がる。

 

「あ、そうそう。俺、ちょっと生き返るために結構能力使っちゃったから、もう悪魔としての力が残ってないんだよね。だから、さ。今日から俺は人間として生活することにする。だから、もう戦闘とかはできないぜ。じゃあな、ちょっと市役所行って住民票取ってくるよ。もう一度言う、じゃあな」

 

 ジャガノは我に有無を言わさず一方的に話を進めて、そそくさとその場から立ち去って行った。

 確かに、今よく思い出せば悪魔特有の羽がなかったかもしれない。

 

「…………えーと、一ついいか?」

 

 後ろでずっとジャガノとのやり取りを傍観していたフウマが質問を我に投げかける。

 

「結局、あいつは、誰だったんだ?」

 

 我は少し考えた後、こう答えた。

 時には陰湿で、時には卑怯で、時には冷酷で――しかし、我の一番の、

 

「――盟友」




~兄妹編 終~
   でももう少しだけ続きます

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