流星街は春先、常に東から風が吹いている。やさしく……はげしく……。
外から入ってくるのは大量の廃棄物とマフィアからの武器などだが、街は意外にも整備されている。その土地の狭さからは考えられないが、廃棄物が外に出ていくことはないのに、廃棄物であふれるということはない。
流星街の最高議会はペトロドームという大きなドームで行われている。水道電気……インフラは意外なほど整備されている。外交は完全に閉ざされているわけではない。マフィアを経由して行われている。都市機能はまともに機能している。輸出量が極端に少ないという面に目を瞑るなら。
流星街には外のルールが適用されない。念能力は無法状態になっている。それもあり宗教色が強い。人を信じるもの。力を信じるもの。さまざまだ。
神の具現化を試みたとしても、なんらふしぎではない。悪魔の具現化を試みたとしても、なんらふしぎではない。
今日も聖堂に人が集まる。奇跡を求めて。
◆
スタングの左目が青色から不気味な黒色へと変色していることに気づいた。
そんな……まさか……。
団長のお気に入りの逆十字コートに大きな穴が開いてしまうなんて……ま、いっか。
団長のコートが黒い炎で燃え上がった。団長はコートを脱ぎ捨てる。灼炎銃が貫通したのは団長のコートだけだった。それは異様な燃え方だった。
「シャル、なんだ?」
「団長のお気に入りのコートがひどいことになったので、つい……」
「問題ない。同じのをあと14着持っている」
「シャルの半分は天然でできてるからな」
そこは団長の14着発言にツッコめよ。あれ、絶対オーダーメイドだろ。逆十字(あんなの)着るの団長くらいだし。
団長のコートが完全に燃え尽きて、灰と化し、風に流されていった。
「燃え尽きるまで消えない地獄の黒炎か。具現化系だな。変化系と具現化系の融合に放出系を加えた技。強力すぎる。そう乱発できないだろう」
「制約と誓約にもよるだろ」
「そんな駆け引きはやめろ。くだらない」
スタングは変化系の低温の炎の攻撃に具現化系の炎の攻撃を混ぜてくるんだろう。絶対避けなければならないのは焼き尽くすまで消えない具現化系の炎のほう。だけどおそらく両方に区別はつかない。さらに放出系能力によって中距離戦闘を可能にしている。そして、シャッフル効果によって、どれも高い精度を保っている。
相当に厄介な能力だ。
初見ならね。
タネがわかってればその弱点を突く作戦を立てて、実行すればいいだけ。スタングはヒソカほどじゃない。そして、ヒソカのバンジーガムは炎に弱い。この能力を手に入れればヒソカを倒すことは難しくない。ただし使い手は団長に限るけど。
プルルルル……。
あっ、営業の電話だ。
「はい。幻影旅団のシャルナークでございます」
「クリリンだけど」
「いつも大変お世話になっております」
「いま、メシアムのヤロウからクロロが死にそうだってきいたんだけど」
なにそれ?
「おい、だいじょうぶなんだろうな? キャンセルとかないよな?」
「だいじょうぶでございます」
「キャンセルしたら、契約通り、違約金支払ってもらうからな。いいな?」
「はい。もちろん、そのような場合は契約にのっとって支払わせていただきます」
支払うわけないだろ。オレたちを誰だと思ってんだ。てか言ってきたら殺すけどね。言わなくても殺すけど。
「なら、いいんだ。頼むぞ」
一方的に切られた。
何者かにみられてるな。それも桁違いの使い手だ。まったく気づかなかった。団長も気づいてる感じじゃない。これはやばいかも。いざとなったら、こっちには奥の手があるけど。
「シャル! ケータイの電源切っとけよ。気が散るだろ」
「シャル! 切らなくていい。オレは気が散っても、こいつ程度なら問題ない」
「言ってくれんな、クロロよぉ」
「事実だ」
「本気出すぞ」
「出せよ」
団長は人差し指で「来いよ」とスタングを煽る。
スタングの両手に黒い炎が纏われる。
「灼炎拳」
スタングは団長に接近する。団長はスタングから距離を置いている。逃げているようにもみえる。技を使わせて、オーラ切れを狙うつもりかもしれない。放出させなければそれほど大きなオーラ消費につながらないから。生け捕り方法のセオリーのひとつだ。それはスタングもわかっているはず。
ゾクッ。
スタングの瞳の奥に黒い炎がみえたような気がした。
彼はまだ何かを隠している。そういや、アイツの闇は深かったな。
◆
『ジン=フリークス。あのクズだけは絶対許さねぇ。絶対殺す! 絶対にだ!! シャル、一緒にジンを殺らないか?』
『何があったんだよ?』
なんかオレ、昔からスタングに気に入られてんだよな。
◆
スタングはじりじりとクロロを追い詰めていく。クロロの動きよりスタングの動きのほうがいい。気づくとスタングたちはシャルナークからかなり離れたところまで移動していた。岩がごろごろしていて視界が悪い。よく知っている場所だが視界が悪いことに変わりはない。いやな場所だ。スタングが知っているかぎり、クロロはそのときの戦局や地の利を活かす戦い方をよくやっていた覚えがある。
ここはたまたま行き着いた場所ではなく、クロロに誘導された結果だろうか? そんな感じはまったくなかったが、偶然にしてはここは特殊な場所だ。それに空気が変わったような気がする。妙に重苦しい。風がやんだ?
クロロが両手を地面につける。
「なんのマネだ?」
クロロがスキルハンターを具現化した。クロロが悪魔的な笑みを浮かべる。
得体の知れない殺気。スタングは殺気から逃れようとする。
グシャッ。
スタングの右腕が切断された。それもグチャグチャに。
右腕が地面に転がる。スタングの横を何かが通っていくような気配。スタングはその場から離れて、凝を行う。岩が邪魔になって、気配の原因を視認できない。スタングは苛立つ。左手の炎が解除されている。
「なにした? 隠を使った具現化系の技だな? 生き物のような息づかいを感じたぞ」
足音はない。足跡もない。風も感じなかった。浮遊系の念獣。やはりここはヤツのテリトリーか。
スタングは周囲に目を凝らす。
凝をしながらバトルするのは一流の使い手でも難しい。相手が格下ならなんら問題ないがギリギリの戦いで他のことにオーラを使うのは精神を削る。目に意識を集中するために、他の感覚が鈍ることもある。目にオーラを集中させるために技の精度が落ちることを嫌う使い手もいる。昔は旅団のメンバーも怠っていて、よくクロロから「凝を怠るなよ」と言われていたらしい。
スタングも同じだった。他の感覚が鈍るのが嫌で凝は気になるときしかしない。
おかしい。
止血しているわけでもないのに傷口からの流血がない。痛みもない。毒か?
「安心しろ。毒じゃない」
「そうかよ」
ブラフか? いやそれはない。意味がないから。
「右腕を失っても、意外と冷静だな」
「鋭いキバで食いちぎったような跡。念獣だな。それも相当強力な。何か制約があるはず。それをみつければ攻略は可能……だろ?」
落ちた右腕に変化はない。本当に毒ではないようだ。
「攻略か……やってみろ。その前にケリをつける」
隠を使った念獣。
クロロが突っ込んできた。こいつ……近距離は自分の距離だとでもいうのか? 右腕を失ってナメられたか? スタングは距離を取るが、背中に岩が当たる。凝を使っていて、発が遅れた。この技は発動まで時間がかかる。左腕にオーラを集める。その状態でクロロを威嚇する。
今度は念獣と思われるものに防御が薄くなった右脇腹を食われた。
自分をおとりに念獣で攻撃かよ。オーラの攻防力を右側に集めるべきだった。
スタングは左手のオーラを炎に変える。
出し惜しみしていてもしょうがないな。クロロは岩陰に隠れる。炎で岩を燃やすには時間がかかるからな。悪くない判断だ。だが、俺の灼炎銃は岩をも貫通する。
灼炎銃(レッドレイ)!
スタングは岩に灼炎銃を当てる。一瞬で岩を融かし貫通した。手ごたえあり!
スタングの右腕と右脇腹から血が噴き出した。痛みも出てきた。スタングはすぐにオーラで止血する。なんなんだ、これは? 意味がわからない。
クロロが岩陰から出てくる。ダメージはないようだ。中距離の先端になるとかなり精度は落ちるが灼炎銃の円の効果によって、手ごたえはあったように感じた。なのに、なぜだ? なぜクロロにダメージがない?
「おかしい」
クロロは首をひねる。
「具現化系との融合で焼き尽くす炎の具現化ならわかる。能力発現までの修業過程も。だが、オーラを炎に変化させるだけではそれほどの熱量は得られない。制約? 条件? いや……ちがう……その能力はなんだ?」
「教えるかよ」
こっちもわからないことだらけ。お互い様だ。
この炎は俺の生い立ちともう一つの念能力に起因する。憎悪が生み出した悪夢の産物。悪夢という名のゴミを焼き尽くすための地獄の火炎。
「一気に勝負を決めさせてもらうぜ」
スタングの左手の炎が伸びる。剣のような形状になる。
「灼炎剣(レーヴァテイン)!」
「憎悪の塊のようなオーラが生み出した剣に聖剣と名づけるか。黒き炎にレッドという名。滑稽だな」
「これは悪夢を焼き払う剣だ」
「悪夢を取り込んでいるようにしかみえないがな」
スタングは炎の剣をクロロに振るった。完全にクロロの胴体を捕えた。今度こそ手ごたえあり。クロロがそのまま接近してくる。ダメージはないようす。どうなってやがる!? 何かやばい。スタングは距離をとる。なぜレーヴァテインが効かなかった? レーヴァテインには円の効果もある。何か軽いものにふれたような気がしたが?
能力を無効化する能力? バリアのようなものか? しかも接近してきたといううことはカウンター型の能力だ。近距離は謎バリア。中距離は念獣。面倒だな。能力の切り替えも以前とは比べ物にならないくらいに早くなっている。
スタングは火の粉を振りまきながら、クロロとの距離を保つつつ、周囲の念獣に注意を払う。しんどいな。
早めに念獣の制約をみつけなければ……。
こうなってくると右腕がないのは。むしろ好都合だ。オーラの消費が右腕分抑えられるし、それに……。
汗がひかない。ダラダラ汗が流れやがる。風がやんだせいか? それともクロロのプレッシャーのせいか……この俺が精神を削り取られていくとは……。
いま、クロロを相手にしているんだよな。スタングに笑み。
あれ?
この季節、流星街に常に風が吹いているはず。こんな無風はありえない。
クロロが襟首をひっぱって、汗をぬぐった。オールバックの髪がわずかに乱れている。
みつけたぞ。
幻の念獣、その攻略の取っ掛かり。