「不可視の国境線(ブロッケード)解除」
ガラスのようなオーラが割れたようなイメージが湧きあがった。
◆
■不可視の国境線(ブロッケード)
能力者:ベルーリオ
指定した範囲の空間を隔絶する念能力。バリア能力である。
空間への出入りはベルーリオの許可が必要になる。今回のヒソカ×ネテロ戦の観客席のように光と音だけを通すなどの調整も可能である。
人がいる範囲を隔絶することはできない。身体全体が空間に入っている状態でなければ能力の効果はない。人が中にいる状態で効果範囲を調整することはできない。複数具現化することが可能。
◆
ヒソカが片手を上げて、試合場を去っていく。ネテロは疲れたようすで気だるそうに立ち上がった。フラッとした。ウイングが実況席から飛び降りてネテロに駆け寄っていった。自然と拍手が巻き起こった。まだ会場の興奮は冷めていない。
あぁ、一つの戦いが終わったんだと改めて思った。実況者が新時代の到来と言っていたが、それは天空闘技場のこと。世界はまだネテロを必要としている。あのジイさんにいつまで世界を背負わせてんだよ。ハンター協会は。
たったいま天空闘技場はネテロを卒業したぞ。
◆
いつの間にか、VIPルームからメシアムもいなくなっていた。出ていくの早いな。エデンなんてダッシュで、まるで逃げるように出ていったし。
「オレたちも行こう」
「オレ?」
アンは首を横に傾けた。
「こっちのがしっくりくる。他の誰でもない。オレは天空闘技場フロアマスターのオルガだ」
「ちょっとなに言ってるかわかんない」
オレはじっとアンをみた。
「おまえはオレを誰だと思ってたんだ?」
「フロアマスターのオルガでしょ?」
オレが誰か知ってて近づいてきたわけじゃないのか?
「まぁ、そうなんだけどさ……」
「ふふん」
オレはVIPルームを出ようとした。
「どこに行くの?」
「ヒソカのところ」
「ヒソカは待ってればここにくるよ」
アンはときどきこういうことがある。予知というかなんというか。メシアムとエデンはいない。ヒソカが来る? あっ。
◆
扉が開いた。
「おや♣ オルガじゃないか。メシアムはどこかな?」
やっぱりヒソカの次のターゲットは天空闘技場のキングであるメシアムか。
「ヒソカ、やっと会えたな」
「また大きくなったね❤」
「親戚の兄ちゃんか」
「ボクに会えなくてさびしかったのかな?」
「ハァ? なわけないだろ」
「くっくっく……」
「なんでオレとのフロアマスターを賭けてのバトルに来なかった?」
オレはやっとのことでそれを言った。人に言葉を発するのに、こんなに勇気が言ったことは初めてだ。ヒソカの返答がオレの胸に刺さることがわかっているからだろう。
ヒソカは首を傾げた。何かを思い出しているようす。次第に困ったような顔になる。
「寝坊した」
「絶対忘れてただろ。ゴンとかいうヤツとのバトルは受けたくせに。オレとのバトルは忘れてたのかよ」
ヒソカにとって、オレは200階クラスでヒソカが不戦敗した相手と同じなのかよ。
「ん~、困っちゃったな」
ブーブーとヒソカのケータイのバイブ音。
「あ~もしもし、イルミ? 良いタイミングだよ…………ちょっと遊んでて出られなかった…………くっくっく、ボクは殺しても死なない♠」
何やらヒソカは親しそうに誰かと話している。イルミ? だれだそれ? まさか友達か?
「で場所は? …………うん、わかった。流星街ね…………なんだって?」
ヒソカの表情が険しくなる。しかし、すぐ冷静になる。
「だったら、ボクはその勝者と闘るだけだよ…………え? 一緒に鬼やってくれないの? チェッ。ボク一人じゃ…………切られちゃった◆」
ヒソカはケータイをしまった。
「ということで、ボクは大人の鬼ごっこ中で忙しいから、これでね」
「鬼?」
「ヒソカ、これを外していけよ!」
オレは右手と左手のリストバンドをヒソカにみせる。
「甘えるなよ。自分で解いてみなよ♠ ハンターだろ?」
「オレはハンターじゃない」
「フロアマスターだろ?」
「ヒソカ、オレを面倒くさがってないか?」
「思ったほど強くなってないね◆」
誰と比較してる?
一瞬、頭が真っ白になった。怒りか? 自分への失望か?
「ヒソカァッ!」
オレはヒソカを全力で殴りにいった。受け流された。オレはそのまま壁に激突した。
「キミはフロアマスターの中で最弱なんじゃないの?」
練!
「具現化系の単純攻撃がボクに通じると思っているのかい?」
オレはヒソカを殴りつづけた。オーラ量は若干オレのほうが上だが、変化系と具現化系の差か、リストバンドの下にあるモノのせいか、まったく歯が立たない。
チクショウゥッ。
具現化系は戦闘に向かない。それを裏づけるように心源流の師範代に具現化系と操作系はいない。
「キミが才能ある使い手だと思ったのはボクの勘違いだったようだ。ソレ、外してあげるよ」
「いい。自分で外す。ヒソカ、おまえはオレが倒す」
「くっくっく……♣ またね」
ヒソカは立ち去っていった。
「アイツに弟子入りしたのがまちがいだったんだ。絶対倒す」
「男の子ってさ、バカだよね」
◆
オレたちがヒソカとはちがうエレベータに乗るとウイングと彼に肩を借りたネテロがいた。ただのよぼよぼのジイさんにみえた。そう思った瞬間だった。
ゾクウゥーーーーッ。
ウイングじゃない。ネテロの覇気だ。こういう日常生活の空間ですれ違うからか、ネテロの武道家としての大きさをリアルに感じる。気後れするほどに。
エレベータが閉まる。エレベータのお姉さんが何も聞かずにオレのフロアを押す。
「ほぅ」
ネテロはオレとアンをみて、目をまん丸にした。
オレに驚いたわけじゃない。ましてやアンをみて驚いたわけでもない。だったら、ネテロは何に驚いたんだろう? このときのネテロの表情の意味は実は今もわかっていない。もう本人に直接訊くこともできない。永遠の謎だけど、永遠の謎にはしたくない。
ただこのときのオレはネテロのそんな表情の変化にまったく興味なんてなかった。
「なぜハンター協会は、あなたは心源流の師範代にしか念を教えていいという許可を与えないんですか?」
ネテロはオレの意図をさぐっているようだった。
「ほっほー。そういうことかい。誰でもよいぞ。心源流の師範代を負かせたら、念を教えてよいという許可をやろう。ハンター協会の会長として。ただしワシの立会いのもとにかぎるがの。ヒソカのような輩がおるからのう。念を教えるためではなく、戦うために挑む輩が」
ネテロが鋭い目つきになる。
「フロアマスターになるほうがよっぽど楽じゃと思うがの。フロアマスターのおまえさんでも、この出来損ないのウイングに膝をつかせることすらできんよ」
「師範、さすがにそれは言いすぎです。私は出来損ないではありません」
そっちかよ。
「それにオルガ君には才能があります」
オレもバカじゃない。ウイングが相当の使い手だってことはわかる。そのウイングが出来損ない?
「どうした? 納得いかんか? ワシの言っとることは筋が通っとらんか?」
オレの口から納得したという言葉を言わせようとする嫌な言い回しだ。武道家としてではなく、ハンター協会会長としてのネテロだ。性格が悪い。ハンター試験ってのもきっとひねくれた試験なんだろう。
「あぁ、納得したよ」
ネテロはオレを舐めまわすようにみた。
「ムチャクチャな修行をしておるようじゃのう」
「オレは心源流のセオリーの外で修業している。あんたたちの修行法じゃオレは最強にはなれないからな」
「具現化系。たしかにそうじゃ。通常の心源流の修業方法では最強にはなれん。通常じゃない方法でもな」
通常じゃない方法? 制約と誓約の話か?
「昔、同じようなことを言っておった男がおったのう。しかしじゃな、それでは大成せんよ」
「念は奥が深い。あんたが知るよりも」
「ほっほっほっほ……言うのう。おまさんの言う通り、心源流は確率を求めた流派じゃ。10人の弟子を10人とも確実に育て上げるというな。それを師の指導により精度を上げていく。おまえさんの修業は10人中9人を犠牲にして、たった1人の最強を生み出すというものじゃ。蠱毒にも似ておる」
「オレは大成する」
「そう言って潰れていってヤツをワシは幾人も知っておる。中には大成したものもおったがの。そやつはあっちこっちほっつき歩いて落ち着きなくて、ワシが集まれといっても来やせん」
ネテロはアンをみながら話した。さびしいジイさんの話になってきたな。
「オルガよ。ワシの弟子にならんか?」
「!?」
「師範ッ!! あなたは個人である前に、心源流の長なんですよ。心源流の門下生も師範から直接指導を受けられていないのに、門下生でもない彼を、すでにフロアマスターである彼を弟子にするというのは門下生からの不満が……」
ウイングは焦っているようにもみえる。
ウイングが驚くのも無理はなかった。ありえない。それにオレは具現化系だ。心源流とは相性が悪い。ネテロの思考がまったくわからない。というか、オレとネテロはバトルオリンピアのときに顔をチラッとみただけの間柄だ。観客と来賓。今はフロアマスターと元フロアマスター。話が飛躍しすぎている。
オレの実力も知らないだろうに。てか、なんでオレが具現化系だって知ってる?
「オレはオレのやり方でいく」
「気が変わったら、いつでもおいで」
ネテロとの連絡方法はいくらでもある。生きる伝説、世界のネテロだから。
「困ったことがあったら、なんでも相談しに来るといい」
ネテロはうれしそうに言った。まるで、久しぶりにあった孫やひ孫を相手にしているジイさんだ。そんなネテロのようすにオレは苛立った。
「おまえさんがハンター試験を受けるなら、ワシが直々に審査してやろう。ハンターの素質がある」
「受けないっつぅーの」
「おまえさんは今年受験するよ。ブラックリストハンターになるために。今のワシの言葉でその選択肢が生まれたからの」
なに言ってんだ。まるでオレがランセンスがないと狩れないような賞金首を狩ることになるみたいじゃないか。それもネテロには誰を狩ろうとしているか特定しているような口ぶりだ。話が具体的すぎる。
「待っとるよ」
オレたちはエレベータを降りた。
「そういえばアヤツ、百式観音の弱点に気づいておったのに、一つだけ口にせなんだな」
エレベータはさらに上に向かったようだ。下から上がってきたエレベータにオレたちは乗ったんだから、上に行くだろう。エレベータのカゴがどこで停まったかはわからない。セキュリティのためだ。あらかた予想はつくが。
ヒソカは百式観音の致命的な弱点だけは口にしなかった。あれは他の弱点とちがって純粋な制約。修業でどうこうできるものじゃない。
「変態め」
「なに、うれしそうに変なこと口走ってんの?」
ジロッとオレをみつめながらアンが言った。
「すっごい親しげに話しかけてきたけどさ、アンタ、あのエロジジイとどういう関係なの?」
「オレのほうが訊きたいよ」
「身内扱いだったよね」
ネテロはオレの手首と背中にあるアレに気づいているようだったな。めざといな。オーラは漏れてないはずなんだけど……逆か。いままで誰かに気づかれたことがなかったから、気づかなかったが、オーラが乱れているんだ。ほんのかすかな揺らぎだが。今のオレのレベルではどうしようもないけど。
◆
もし、ここでオレがネテロの弟子になっていたら、たぶん、今とはちがう未来が待っていたんだろう。歴史は変えられない。あの事件をなかったことにすることはできない。