No.069 シャル×ウィダンス
幻影旅団をA級首に押し上げたのはクルタ族襲撃事件だった。A級首には必ずこういった代表的な事件が存在する。9.3と呼ばれるヨークシンシティ同時多発テロ事件も幻影旅団の事件として有名だ。この事件には幻影旅団に対抗するために、謎の暗殺組織ゾルディックも参戦したと言われている。
今や幻影旅団に手を出そうなどというまともなブラックリストハンターはいない。
これらの事件によって、幻影旅団は世界で最も恐れられる盗賊団となった。
コンスタントに活動して、結成10周年を迎える盗賊団はほとんどいない。ほとんどが1年以内に壊滅させられている。有名なクート盗賊団ですら、2年しか活動していない。
これだけ長い間、A級首でいつづけた盗賊団は幻影旅団が初めてといっていいかもしれない。
そんな幻影旅団も入れ替わりが激しい。
昔は固定メンバーだったが、さいきんは新メンバー加入で活動期間の長期化を狙うのが盗賊団の主流となっている。
長くこの世界で生きていると人の死になれてしまう。
自分の命さえも。
そして、良くも悪くも、あがくことをしなくなる。
――殺せ
足掻け。足掻け。足掻け。足掻け。足掻け。足掻け。足掻け。
生きて……。
シズクはまだ人の死になれていない。
パクノダの死に、それぞれがそれぞれの思いを抱いた。
シズクが幻影旅団に入団したのは楽しそうだったから。圧倒的な能力を誇るシズクは一般世界では生きにくかった。才能に差があるほど、その差を埋めて、友情を築くことは難しくなる。
シズクにとっての幻影旅団はハンターたちにとってのハンター試験のようなものだった。
念能力が念能力を求め惹き合うように、人は一人では本当の意味で生きられない。
シズクは仲間の死を何よりも恐れた。
ゆえに、シズクの占いにそれが出たのは当然の帰結だった。
◆
マチはまだヒソカの部屋(フロア)にいた。
シズクの四行詩
――拘束されるように勧めるといい
――弥生にどんな屈辱的な拷問が待っていようとも
ヒソカのバンジーガムで拘束されるものだと思っていた。だから、いろいろ覚悟もしてきた。それがマチが生き残る可能性がある唯一のルートらしい。もちろん、占いにそんなのがなかったら、拘束なんて絶対にされないし、させない。
そう。
これはさせる、させないというマチの覚悟の問題。普段のマチなら、自分の身を拘束されるようなことはない相手に拘束されなければならないということでもあった。占いは拘束されたあと命が奪われることはないが、かなり屈辱的な拷問が待っていることを示唆していた。
占いには助けを求めろ、求めるように助言しろとは書かれていなかった。助けを求めることは逆効果でもあるのだろう。
100%当たる占い。マチは追い込まれていた。
姿見がある。ここでヒソカは自分の身体をチェックしているんだろう。
マチは自分の姿をみる。我ながら顔は整ったほうだとは思う。マチは溜め息をついた。
突如、窓が割られた。
黒い影が入ってきた。三ヶ所同時に。黒い影たちはマチに接近しながら、黒いボールを投げつけて攻撃してきた。マチはひらりとそれを交わす。素早く黒い影の後ろにまわり、首を折る。
手ごたえがない!?
マチはすぐに自分の身体を離した。
奥の窓から、次々に黒い影がフロアに入ってくる。
最後に大柄の男がのっそりと入ってきた。
これはもっともポピュラーな放出系能力。オーラの塊をあやつる念能力。
マチはフロアにいくつかある柱に糸をまわして、小柄な黒い影の首を撥ねる。二体。
黒い影は10体から8体、8体から6体に減った。
「げん……えい……だん……みつけた……幻影……旅……団……みつけた……幻影旅団!」
「あぁ……アンタ……ゲームの……なんだっけ?」
刈りあげられた髪。角ばった顔。筋肉質の大柄な身体。
「ゲーム……マスター? ……だっけ?」
「殺す!」
「アンタにはムリ……アンタ、弱いし……普通に」
「ぶっ殺す!」
――発動! 破面モード!!
「ふうん。オーラ、乱れすぎ。そんなんじゃまともな念能力は使えない」
マチは大柄な男の能力をバッサリと切って捨てた。
マチはすぐに大柄の男に突進する。放出系は接近戦に弱い。黒い影が大柄の男の前に立ちふさがる。その黒い影にマチの念糸が絡まる。切断する。
大柄な男と相対する。
ズズズ……と大柄な男の前に黒い念獣が4体現れた。
念獣、まだ増えるんだ。ま、予想してたけどね。
黄泉に近づかないと黄泉にダメージを与えることもできない。だからといって、遠距離バトルを得意とする放出系能力者にはそうやすやすとは近づけない。
さて、どうするか?
念獣の攻撃を的確に交わすマチ。
たしか、あの能力、14人の悪魔って名前だったっけ? だからといって、14体ってことにはならないけど。
マチはフロアの柱に張りめぐらした糸を使って、念獣との攻防を繰り広げる。
大柄な男はこれでマチのデータをとっているようだった。マチのバトルパターンを。
しかし、それはマチも同じこと。熟練者ほど、最初から必殺技を使うことはしない。必殺技は初見でこそ、最大の効果を持っていることをその経験から知っているからだ。最初から必殺技を使ったり、必殺技のごり押しは素人。玄人は確実に殺れる状況で必殺技を使う。
マチも大柄な男もそうだった。
「俺は黄泉(こうせん)」
黄泉は名乗った。
黄泉の能力は影分身のようなもの。
それを軸に相手との戦いのシミュレーションをする。
黄泉はそういうタイプだ。最初から自分の戦い方をしないほうがいい。
「オーラを糸に変える能力。変化系能力者か」
マチはなかなか黄泉に近づけずにいた。
マチは放出系能力者と戦うセオリーの反対に、黄泉から距離を取る。そして、パワーダウンした悪魔を柱をまわした念糸で絡めて切断し倒していく。
やはりそうだ。黒い念獣にはナンバーが振ってある。ナンバーが大きいほど黄泉の近くにいる。ナンバーが小さいほど黄泉から遠くにいる。おそらくナンバーが大きい念獣は黄泉から離れて活動することができないのだろう。パワーが大きく、主戦力のはずなのに、アタシのところまで追ってこない。
そういう制約。
おそらくナンバーが大きい念獣うの活動テリトリーはドッジボールのコート程度。
マチはコートの外くらいの場所からナンバーの大きい念獣と戦う。そこがマチがもっとも力が出せて、念獣の攻撃を受けない領域だった。黄泉の射程距離のわずか外。絶妙の位置だった。
「なるほど。さすがは幻影旅団。14人の悪魔の射程距離をこうもあっさりと見切るとは……」
黄泉のしゃべりがだんだんなめらかになっていっている。
黄泉はフェイタンとフィンクスに殺されたはずなのに……なんらかの念能力によって、復活したのだろう。復活して間もなかったのか、頭脳が働いてなかったのかもしれない。
マチは戦闘員ではないが弱いわけではない。通常のフェイタンやフィンクスにも匹敵する戦闘能力を有している。戦闘考察能力に関してはフェイタンやフィンクスを上回るかもしれない。
遠くに離れたとき放出系能力をパワーダウンさせないために、有線にする手もあるが、そんなことを実力者はしない。有線ということは弱者の証でもあるから。マチの糸も手元から離れると頑丈な糸程度の強度しかなくなる。
放出系の長所は大きなオーラを外に出していられること。
マチはなかなか黄泉に近づけずにいた。そして、黄泉の射程距離のわずか外にポジションをとって、交戦していた。
そして、黄泉は……。
「そうくるなら……」
黄泉はマチに接近する。マチを自分の射程距離内に入れる。
まさに、それがマチの狙いだった。
攻撃を仕掛けるとき、必ず隙が生まれる。同じ間合いの戦いも、自分から仕掛けるのとやむをえず仕掛けてきた敵との戦いとではその意味合いはまったくちがう。
駆け引き。それがマチのバトルスタイルだった。もっともオーソドックスなバトルスタイル。
マチはカウンターで、フロアにある柱をまわしてあった念糸を黄泉の四肢に絡ませた。念獣にも糸が絡まっている。
黄泉のパンチがマチを襲う。が、空を切った。
「隠ッ!?」
黄泉は凝を使っていなかった。
そして、念獣は凝が使えないようだ。念獣は隠を使えば容易に倒せることがわかった。
「アタシの糸じゃ、アンタの動きを止めることはできない。でも、軌道を変えることはできる」
マチの凝パンチカウンターが黄泉をとらえる。
黄泉は吹っ飛ばされる。
ヒソカのソファがこなごなになった。
黄泉はゆっくりと立ち上がる。
「硬だったら、おまえの勝ちだったかもしれないな」
「戦闘で硬なんて誰が使うんだい? それに勝負はもうついている」
「あ?」
黄泉の首にマチの糸が絡んでいた。
「また隠か?」
「学習能力がないね。これで終わり」
黄泉の首に糸が食い込む。食い込む。
プツン。
マチの念糸が切れた。黄泉の首を断ち切れなかった。
「その糸のパワーでは俺を倒せないようだな?」
「…………」
黄泉は冷たい笑みを浮かべた。
「ふぅん……そう」
◆
お互いの能力の概要を把握し、ようやく戦いがはじまろうとしていた。
原作ではまだ描かれていないマチのバトルを描きます。幻影旅団情報処理班のマチの戦闘能力とは……。