Hyskoa's garden   作:マネ

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No.059 奇術師×騎士

「キミ、おいしそうじゃないね♣」

 

 それが俺を侮辱する言葉であることはすぐにわかった。

 

「ボクは早くクラピカを助けに行きたいんだ。キミとはあとでゆっくりとしてあげるから。地上の上でね♣」

 

 何が地上の上でね、だ。頭痛が痛くなる。

 

「いま苦手な空中戦をやるのはキミにとっても不本意だろう? これはお互いにとって、良い提案だと思うんだ。だいじょうぶ。2連戦も3連戦も、ボクは平気だから❤ キミにも十分満足してもらえると思うよ」

 

 これはバトルのためのバトルじゃない。防衛戦だ。本気の命のやり取りなんだ。

 

 戦闘狂(ヒソカ)め。

 

 そんな交渉に乗れるものか。

 

「キミには気持ちを高めておいてもらって、ね♠ お互いに出し尽くそうよ。くっくっく……♣」

 

 連戦が平気で出し尽くそうだ?

 

 嘘つきめ。言ってることがメチャクチャだ。

 

 ヒソカは俺の実力を最大限に引き出そうとしている。普通の使い手はそんなことは絶対にしない。まったく逆のことをする。相手の実力を発揮させないように戦う。それが普通の考え方だ。

 

 さっきの解説もそうだ。俺にこの時代のバトルを学習させようとしている。俺を導こうとしている。俺とのバトルを楽しむために、俺の潜在能力を最大限まで引き出そうとしている。

 

 これは戦闘民族の思考だ。これがヒソカという男。

 

 俺の力を最大限に引き出し、俺の本性をさらけ出させ、その上で俺をねじ伏せようというのだ。こいつは真実の変態。完全に頭がイカレてやがる。

 

 どんな生き方をしてくればこんなヤツが生まれるんだ?

 

 纏ったオーラ量はザコのはずなのに、その思考は王者のそれだ。自分を最強だと勘違いしている者の考え方だ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「この時代の最強戦士は誰か? 数年前まではゾルディックのナンバーワンがそう呼ばれていたそうだ」

 

 呼ばれていたそうだ。呼ばれていたそうだ。呼ばれていたそうだ。

 

 過去形ということはもう呼ばれていないということ。

 

 それ以上のことをキッドは言わなかった。

 

 それって、つまり……。

 

 俺の頭の中に、シルエットの戦士が現れる。顔のない戦士。そのシルエットの戦士の傍らで伏せるゾルディックの暗殺者(シルエット)。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 なぜ、いま、キッドとの会話を思い出す?

 

 俺はヒソカと誰を重ね合わせようとしているんだ? そんなこと、ありえないだろう。なのに、なんで、この二人の人物を重ね合わせてしまうんだ?

 

 俺の脳裏のシルエットの戦士の右頬に星のマークが現れる。左頬に涙のマークが現れる。

 

 だから、ありえないって……。

 

 俺がこんなザコ相手に恐れを抱いているなんて……。

 

「闘いは自分だけが気持ち良くなればいいってもんじゃない、ってのがボクの考えだよ。お互いを思いやれなければ本当の闘いとはいえない◆」

 

「……………………」

 

「闘いの半分はやさしさと思いやりでできていると思うんだ♣」

 

 いったいこいつは何を考えて、何を言ってるんだ?

 

 言葉の一つ一つは武道家のようだが、その集合はイビツな様相を呈している。とてもまともだとは思えない。

 

「キミはボクと闘りたくなる❤ 地上の上でね」

 

 ヒソカはゾクゾクゾクと身体を気持ち悪く震わせた。

 

 ヤツが求めるのはどこまでも純粋な快楽だ。

 

 決闘は崇高なるものだ。決して娯楽などではない。

 

 こんな遊びで決闘しているヤツにこの俺が負けるはずがないんだ。この俺が負けるはずがないんだ。

 

「キミはボクのことをどれだけ理解している? ボクはキミを理解しているよ。その本質まで♣」

 

 そういって、ヒソカはペロリと長い舌で唇を舐めた。

 

「キミは誰かに仕えるタイプの人間じゃない。キミは防衛戦(こういう)戦いには向かない。キミはキミの主を殺そうとするようなタイプの人間だろう? 強さを追い求めて。キミに騎士は似合わない」

 

 俺の本質が……こんなヤツに……こんなふざけたヤツに……。

 

「キミがボクの背中を攻撃したあの瞬間が……あれがキミのすべてだ。キミはただの戦士だ。ボクと同じね◆」

 

「それ以上をかたることは許さない」

 

「かたる? それはどっちだい?」

 

「もう、その口を開くな!」

 

 傍生は武空術でヒソカに突っ込んでいく。が、傍生は一瞬でヒソカに自分の懐に入られてしまった。身体にバンジーガムをつけられていたようで、傍生はバランスを崩す。バンジーガムを使った武術。通常と動きのメカニズムが違うために、傍生の身体がまったく反応できていない。傍生はダークセイバーで斬りかかるが腕を抑えられる。

 

 力が入らない!?

 

 そういうふうにヒソカは傍生を抑え込んでいる。

 

 ヒソカは人の筋肉の構造を知っている。人体の構造を利用した戦い。こんな戦いなんて知らない。

 

 破面のチカラは制御がむずかしい。制御できないといったほうが近いかもしれない。さらに、すべての系統を100パーセント引き出すために、制約として、制限時間を設けられている。

 

 俺たちは日の出までしか活動できない。破面は寿命を削って使うチカラ。

 

 努力をしないで得たチカラは別のところでリスクを負う必要がある。

 

 傍生は武空術とダークセイバーでかなりのオーラ量を消費している。纏が薄くなっている。ヒソカの攻撃による動揺もあって、一部分だが、傍生の纏がさらに薄くなった。

 

 ヒソカが狙ったのはまさにそのオーラが薄くなった瞬間(ところ)だった。時間と場所。傍生の息が切れる最高のタイミングで。

 

 ヒソカのコブシが傍生の胸に入る。

 

「ガハッ」

 

 ここは普段、腕で防御していた部分……。こんな弱っちぃオーラ攻撃で、ダメージが通るなんて……。

 

「こういうの……ジン=フリークスっぽいだろ? 最中に他の男の話なんて無粋だったかな?」

 

 ヒソカァ!!

 

 続け様に傍生のアゴが何かに引っ張られる。

 

 バンジーガム!? 会話は時間調整か……。

 

 天空闘技場の分厚く巨大なガラス窓が飛んできて、傍生のアゴにヒットした。傍生は吹き飛ばされるが、武空術でとどまる。アゴが曲がった。顔が変形する。

 

「バンジーガムはガムとゴム、両方の性質を持つ♣ 説明したよね? つけられたら、即切断がセオリー。シミュレートをしていなかったのかな?」

 

 アゴのバンジーガムはいつ、つけたんだ?

 

 一枚だけカードを投げてきたあのときか……? 隠? いつでもつけられたか。

 

「ふ~ん。脳震とうは起こしていないんだね。死人(アンデッド)じゃなかったら、これで勝負は決していた。これがアンデッドの特性かな。脳で動いているわけじゃない。思念は物理じゃ揺らせない、か♣」

 

 ダメだ。本当に空中戦じゃ勝てない。

 

 空中戦で、飛べる俺が飛べないヤツに勝てないなんて、そんなバカな話があるかよ。

 

 ホントに強い。

 

「実力を出し切れていないようだね?」

 

 

 ――通常、強者と弱者のバトルは実力差以上の差がついて決着する。それは弱者が実力を出し切れていないからだ。恐れ、緊張、焦り、憧れなどによって。

 

 

 

 弱者が実力を出し切れていないからだ。

 

 弱者が。

 

 

 

「は? はぁ? ざっけんなよ!!」

 

 この俺を格下扱いかよ。何様のつもりだ。この俺を誰だと思っている? 歴史上の偉人だぞ。大人物だぞ。おまえらにとっては神にも等しい存在だぞ。

 

「苦手な浮遊術(モノ)を武器として使うのは愚策中の愚策だよ。これじゃ、せっかくのパワーも技もなんの意味もない。ガッカリだよ」

 

 ゾクウウウウゥ――。

 

 ヒソカの目を睨み返した瞬間、傍生はゾクリとした。

 

 傍生の怒りをヒソカの睨みに抑え込まれた。

 

 一瞬、またカラダが動かなかった。俺がヤツを恐れている? そんなわけねぇ。そんなわけねぇ。そんなの絶対に認めない。

 

 ヒソカはじっと傍生をみている。

 

「クイズを出そう。キミが持っていて、ボクが持っていないもの、な~んだ?」

 

「あ?」

 

「答えは死因◆」

 

 ヒソカは壁面を歩きながら言葉をつむぐ。ヒソカは傍生を見下ろす。

 

「キミの敗因を教えてあげよう。それは自分の死因の分析を誤ったこと◆」

 

 俺の死因……。

 

 そこは貴様ごときが踏み込んでいい領域じゃない!

 

「その浮遊術って死んでから覚えたんだろう?」

 

 見透かしたようなヒソカの物言い。

 

 ヒソカは禁断の領域にまで軽々と足跡をつけていく。

 

 傍生の頭に血がのぼっていく。

 

 

 

 ――空さえ飛べていれば、この俺が負けるはずがないんだ!

 

 

 

「空が飛べたら、負けなかったのに……かな?」

 

「ヒソカ、てめえっ!」

 

 クソクソクソッ!

 

 小僧が、俺の心を見透かしたことを言ってんじゃねえ!

 

「おそらく水の中にでも落とされたんだろうね? その剣は水の中では使えないから◆ 空を飛ぶことで解決できるからって、安易にその答えに飛びつくべきじゃない。それは真実の解決法じゃないんだから。それをなんていったかな? あっ。そうそう♣ それを付け焼き刃っていうんだよ♣」

 

 ヒソカは俺の背景を……俺の本質まで……解体している。

 

 コイツの目には野性の他にもうひとつ宿っているものがある。知性だ。

 

「今、キミが戦っているのはバンジーガムじゃない。ボクだよ❤」

 

 ヒソカはニタリと笑った。

 

「はっきり言おう。キミは弱い♠ 空中戦に関してはね◆」

 

 こんなやつに俺の本質が見抜かれてたまるかよ。そんなの屈辱以外の何ものでもない。

 

 こんなの……生き恥……死に恥……じゃないか。

 

 こんなヤツに俺の本質が見抜かれるくらいなら、死んだほうがマシだ。

 

「この防衛線はキミには守れない◆ どうやって守るつもりだい? 立体的に動けないキミに。キミにできることはボクと戦うことじゃない。時間稼ぎ。ボクの話し相手になるくらいなもの。地上戦を交渉材料にね。キミは地上なら可能性があるから。キミは捨てられたんだよ。キミの仲間(メンバー)から」

 

「殺す! 今すぐ殺す!」

 

「♣」

 

 ヒソカは不気味に笑みを浮かべる。

 

「やってごらんよ♠」

 

 ヒソカは両腕を広げた。

 

「スペシャルサービスだよ。ボクの能力をみせてあげるよ♠」

 

 ヒソカはカードデッキから、ジョーカーを取り出す。

 

 傍生はダークセイバーを構えた。

 

 ヒソカの手からジョーカーのカードがふっと消えた。瞬間、傍生の腕にジョーカーのトランプが突き刺さった。

 

「痛っ!?」

 

「瞬間移動◆ キミにふれた瞬間に具現化する。不可避の一撃♠」

 

 具現化系能力!?

 

 こんなのどうやって回避すればいいんだ?

 

「現代念能力バトルは戦闘考察力がものをいう。さぁ、頭をフル回転させなよ。キミがバンジーガムを攻略したと思い込んだように破れない念能力はないよ」

 

 ヒソカはあと何個奥の手を隠し持ってるんだ?

 

 まるで勝てる気がしない。

 

 傍生は風変わりなピエロにかつてない恐怖を覚えていた。


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