No.057 初陣×バニシング
天空闘技場を中心とする娯楽都市アベルシティ。その夜空には星がほとんどみえない。今夜もまた夜空には月しか出ていなかった。
天空闘技場150階周辺の壁面。刃のようなトランプたちが飛び交っていた。傍生はそれらを振動する魔聖剣ダークセイバーで斬り落としていた。ヒソカはアベルシティの夜景を背景にバンジーガムで飛びまわっていた。
ヒソカの攻撃パターンを見切ってやる。
一枚のカードが傍生の脇腹を斬った。かすり傷だ。
「黒いカードか……」みえなかった。
「目はそんなによくないみたいだね?」
傍生はヒソカの目に違和感を覚えた。野性を感じる。しかし、これまでバトル中に感じたことのない他の何かも感じていた。これは……? モヤモヤする。居心地のいいものではない。
「カードの剣か。剣を投げるとは無粋な」
「投剣だよ♠」
脇腹か……コイツ、オーラの薄いところを狙ってきやがった。堅は全体を守れるが均一なわけじゃない。どこかに綻びは出てくる。それを攻防力の移動で補うのが念能力バトル。その醍醐味。
凝でオーラの薄いところをみつけて攻撃する。
キテレツな格好をしているが、意外にも、バトルのセオリーは守っている。基本はできている。凝を使うと自分の技の精度が落ちるから、パワーでごり押ししてしまいがちな二十代でこういう戦い方をする者は少ない。カウンター型以外の使い手ではなかなか守る者の少ないセオリーだ。常時凝という戦い方が身につくのは三十代。
「ボクの能力が具現化系のカードで、付加した能力が傷つけた者を操作する能力だったら、今ので決着がついていたよ」
「そんなクソ能力なんてねえよ」
「キミのいた時代にはね♣ キミはいつの時代の人間なんだい?」
「最強の時代だよ」
「なるほど。キミは自分が所属している組織や友人のステータスで自分を語るタイプなんだね♣」
「あ?」
傍生はヒソカを睨みつける。
「この組織に属している人とやりたいとか、こんな経歴の人とやりたいとか、こういう信念を持っている人とやりたいとか、相手にステータスを欲する人もいるけど、ボクは気にしないよ。バトルで使うのはこのカラダだけ。ボクは相手のカラダにしか興味がない♠ さぁ語り合おう。カラダとカラダで❤」
意味不明だ。何を言っているのか全く理解できない。
ヒソカはトランプを一枚投げる。バンジーガムがついている。
当たる直前で向きを変えるつもりか?
関係ないな。着弾が予測できるところ、すべてをさらに強化すればいい。
練ッ! 堅ッ!!
ヒソカのカードが弧を描き、傍生の首にヒットする。だが弾かれた。さらに傍生はバンジーガムを焼き切ってみせた。
「バンジーガム、攻略完了!!」
「くっくっく……♣」
ヒソカは不敵に笑っている。
「どうした? 本気を出せよ。それともそれがおまえの本気なのか?」
「本気を出すかどうか、それはボクが決める♠」
「ならば、出し惜しみして……死ね!!」
ヒソカは笑みを浮かべながら、人差し指と中指をクイクイと曲げて、傍生を誘う。
「ふざけやがって!」
バンジーガムはダークセイバーで焼き切ることができる。すでにバンジーガムは攻略できている。だいじょうぶだ。接近戦も問題ない。空中で接近してもだいじょうぶだ。
ヒソカへの攻撃を開始する。
傍生は武空術でヒソカに突っ込んでいく。
「死ね!」
傍生は振りかぶる。武空術の加速で身体が流される。ヒソカの視線が横に移動した。どこをみている? 傍生は空中で流された身体の態勢を整える。
目の前からヒソカが消えた。
なん……だと!?
ヤツはどこだ!?
ヒソカは天空闘技場の本体の横から張り出した『枝』に、足から伸びたバンジーガムを張りつけて、プラプラと逆さまに吊られていた。タロットカードの吊るされた男のようだ。
近づきすぎたせいか?
バンジーガムを使って、一瞬で視界から外れられてしまったようだ。まるで奇術師(マジシャン)だ。
バンジーガムは初速がトップスピード。能力の特性もあり初速が桁外れに速い。通常の武術とは動きのメカニズムがまるでちがう。これが厄介。慣れるまでに時間がかかりそうだ。
ガムとゴム、想像以上に面倒かもしれない。応用力が並みの能力の比じゃない。
ダークセイバーは対バンジーガム用の能力と言ってもいいのに、それでもこれだけやりずらいとは……。
解決方法は……。
近づきすぎが問題なら、答えは簡単だ。
「伸びろ。セイバー!」
ダークセイバーが長くなっていく。傍生はヒソカを威嚇するように素振りする。ヒソカはニコニコしながら眺めている。常人の反応じゃない。不気味だ。
「剣先のスピードが速くなったね。それはどこまで伸ばせるのかな? う~ん……それ以上伸ばすと威力が激減する。ちがうかな?」
コイツ……ビビるどころか、冷静に俺の能力(ダークセイバー)を分析している。
通常、強者と弱者のバトルは実力差以上の差がついて決着する。それは弱者が実力を出し切れていないからだ。恐れ、緊張、焦り、憧れなどによって。コイツにはそういったマイナス要素がみえない。なのに、実力を出し切っているわけじゃない。オーラをほとんど練っていない。まるでザコが纏うオーラだ。なのに、洗練されている。
なんなんだ、こいつは。
「もしかして、キミ、死んでから、これが初めてかな?」
「…………」
「初めての相手とやるのはあんまり好きじゃないんだ。キミの場合は二回目の初陣ってことになるのかな?」
傍生の脳裏に死んだときの記憶がかすかによみがえる。
屈辱の記憶。
◆
二人で湖に落ちていく。
「水の中で、その剣は使えないよね?」
長い黒髪が跳ねている少女は湖に落ちながら冷静に言った。
剣(ダークセイバー)が使えなくても、俺がおまえなんかに負けるかよ。
「あなたの負け! これで決まり!」
湖の中に落ちる。
身体に電撃が走る。
身体が痙攣する。身体が動かない。
俺はもがく。もがくほど沈んでいく。鎧が重い。
息が……。
できない……。
苦しい……。
ヤツが水面近くで、沈んでいく俺を見下ろしていた。
雷か……?
そうか……ヤツは自然力をあやつる操作系能力者か……。
百戦錬磨のこの俺が……四天王のこの俺が……あんなザコに……一般兵ごときに……あんなガキに……なんで、この俺が負けなければならないんだ。こんなの絶対に間違っている。あってはならないことだ。俺はこんなところで死ぬ人間じゃないんだ。
空さえ飛べていれば、この俺が負けるはずがないんだ!
空さえ……空さえ飛べていれば……。
チクショゥ……。
魔王様……。
もしも、生き返ったのなら、同じ過ちは絶対に犯さない。
◆
傍生は外壁を駆け上がる。逆さまに吊られて、俺を上から見下ろしているヒソカとの間合いを詰める。ヒソカはトランプを構える。傍生は超長剣ダークセイバーを振るった。ヒソカの足から伸びるバンジーガムを切断した。
バンジーガムの弱点。逃げる軌跡がバレバレ。ヒソカ本人への攻撃はバンジーガム発動によって逃げられてしまうが先回りしてバンジーガムの接着部分を攻撃することは可能。そこは動かないから。ダークセイバー以外では攻撃は通らないが。だからこその対バンジーガム能力。
ヒソカは自由落下をはじめる。ヒソカは天空闘技場にバンジーガムを放つ。
遅い! 遅い! 遅いッ!
移動時のもうひとつのバンジーガムの弱点。それはバンジーガムがセットされていなければ発動できない。
おまえのバンジーガムはもう攻略済なんだよ。
凝でバンジーガムを使っていないことはわかっている。他に念能力を発動していないこともわかっている。
もう逃げられない。
天空闘技場の外壁からでも、ダークセイバーはギリ届く。
勝った!
傍生の頭の片隅に妙な違和感がよぎった。バンジーガムの弱点はヒソカが一番よく知っているはずだ。バンジーガムを二方向に伸ばしていれば対処できたはず。ヒソカの横の『枝』から伸びる『葉(別棟)』にバンジーガムを伸ばしていれば対処できたはず。
なぜ対処しなかった?
バンジーガムは二つ同時に使えないのか?
ヒソカの眼が見開かれた。狂気の表情をのぞかせる。
ゾクッゥウウウウウウウウウウウウウッ――。
一瞬だが傍生の身体が硬直した。
傍生は硬直を振り切って、ダークセイバーを水平に振るった。
捕えた!!
終わりだ!!
傍生は完全にダークセイバーを振り切った。
ヒソカは何もしなかった。
連載初期以来のヒソカ戦です。
そういえばハンター×ハンターの世界に天体の月ってあるんでしょうか?