心を持たぬ暗殺人形。
それは暗殺者の理想像。
背後より音もなく忍びより、ターゲットに自分が死んだことすら気づかせない。
それこそが真の暗殺。
暗殺者も心を持つ。だからこそ、心を持たないことが理想となる。理想ゆえ、それが何より難しい。
心とは――。
――ゴンと友達になりたい。
友達とは――。
◆
「どちらかを殺せばもう一方がレベルアップするだろう。怒り、哀しみ……それが破面の力……心のあり様。それが念能力の本質だ」
キッドからどす黒い殺意が漏れ出した。
「餓鬼、そっちのツンツン頭を殺せ!」
吐き捨てるような物言い。
「了解!」
ゴンが身構える。
ここでオレたちが逃げればネテロ(ジイさん)が死ぬ。
ゴンは逃げない。
それがゴンだから。
ゴンは。
――逃ゲロ
守るんだ。
オレが。
ゴンを。
――逃ゲロ
どんなことをしても。
――逃ゲロ。早ク
守る。
ゴンは。
オレが守る。
だって、友達だもん。
オレの大事な友達だもん。
「もったいないが……」
餓鬼がつぶやいた。
「うおおおおおおおおおっ」
叫ぶキルア。
キッドがキルアの前に立ちはだかる。
キルアがキッドに接近する。キッドがキルアに手を伸ばす。すり抜ける。キルアが消えた……ようにキッドにはみえたはずだ。
「視覚の錯覚を利用した肢曲……だが、円を使えば肢曲も意味がない」
円が展開された。
「念のみの知覚に錯覚は生じない!」
ヒソカ――。
キルアの中でキッドとヒソカが重なった。
やっぱ、コイツ、オレたちより遥かに念を知っている。念の研究も知識も桁違いだ。だけど、だからこそ、それが付け入る隙になるんだ。
「捕まえた」
キルアは服の中に隠していた手元のヨーヨーを飛ばして、キッドが伸ばした手を弾く。
「!?」
気のせいかもしれない。でも、キルアにはキッドが笑みを浮かべたようにみえた。
円は神経を削る。戦闘中に使うのは愚策。だから、戦闘中に円を使う者はいない。それに円の精度はそんなに高くない。透視ができるわけじゃない。シルエットがわかるくらいだ。
キルアはキッドの心臓をえぐった。
瞬間、違和感に気づいた。
「…………!?」
どういうことだ?
「多彩な攻撃バリエーション。それは暗殺者の必須要件だ。初手で暗殺が失敗しても、二手目で初手と同様のインパクトを与えることができる。初見殺しは暗殺の基本。しっかりと暗殺の基本ができている。キミがイルミ(師匠)に大切にされていることがよく伝わってくるよ」
キッドの心臓はすでに止まっていた。
最初から止まっていた。
心臓はえぐらされただけなのかもしれない。
「この身体は血液でエネルギーを行き渡らせているわけではない。ゆえに、心臓はいらない」
なんだ!?
なんだ、コイツは!?
クラピカがそうだった。強化系、変化系、放出系、複数の系統能力を100%引き出したりしたら、それに身体は耐え切れなくなる。それは命を削るような行為のはずだ。
なのに、なんでコイツらは平気な顔で使えてんだ?
息一つ切らさずに。
まるで……。
それはまるで……。
……………………。
………………。
…………。
そういうことか。
いま、わかった。
「僕たちは死人だ」
コイツらの能力なのか? それとも、べつに死人をあやつる能力者がいるのか?
「死人の身体こそが最強。生命活動という無駄なエネルギーを消費せずにすむからね。生きてるっていうのはそれだけで膨大なエネルギーを必要とするんだ。死人の身体は長時間の戦闘に向いている。複数系統の能力を100%引き出すとか、ムチャな念能力の使用にもね。今の僕は生前より遥かに強い!」
嘘だ!
――敵ハ未知数
――確実ニ勝テナイトキハ引ケ
キルアの頭に鋭い痛みが走った。キルアは頭を押さえる。
黙れ!
黙れ!
黙れ!
黙れ!
キルアはヨーヨーを飛ばして攻撃する。バギでヨーヨーは明後日のほうに飛ばされる。
「どうした? 攻撃が単調だぞ。ここで冷静さを欠いたか? 底がみえたな。もう黙ってみていろ。ゴン(彼)が死ぬところを。その底を抜いてやるから」
――逃ゲロ
嫌だ!
――逃ゲろ。早ク
切れねえから、友達なんだ!
明後日の方向に飛ばされたヨーヨーがフロアの分電盤の電線に絡まる。
もちろん、偶然ではない。
「雷炎流!」
キッドの前に風のバリアが現れる。風のバリアに雷炎流がかき消される。
キッドの腕に隠し持っていたもう一つのヨーヨーが絡まる。キルアはキッドの身体を狙っていた。しかし、左腕を盾に回避された。だが、左腕は捕えられた。
十分だぜ。
オレの勝ちだ。
「雷炎流で死角をつくったか。素晴らしい。これほどの大技を陽動に使うとは……いや、陽動に使えるとは、といったほうがいいかな?」
「これで風のバリアは意味がない」
「ああ」
キッドは狂気の笑みを浮かべている。楽しそうにもみえる。
「鬼気麒麟!」
閃光。
手ごたえが……。
軽かった。
まるで紙コップを握りつぶすくらいに。
まさか、ノーダメージ!?
鬼気麒麟の攻撃はキッドに対してノーダメージだった!?
「なん……で?」
いつの間にかに、キルアはキッドに頭を押さえられていた。
疑問を口にしている暇なんてねえぞ。オレ。
「見事だ」
キルアは床に這いつくばらせられた。
「キミの攻撃は練が必要ない。ゆえに連続攻撃を可能とした。それに対して、僕の攻防は練が必要。キミの雷炎流と鬼気麒麟の連続攻撃を一度の練で回避するのは、上級のハンターでも難しいだろうね。というか、できないはずだよ。この僕でさえ難しいのだから。つまり、キミのこの連続攻撃とまともにやり合うことはできない」
勝者の口ぶり。
嘘だろ!?
「だから」
「僕は」
「左腕を捨てた」
キッドの左腕が切断されていた。