ヒソカは天空闘技場の壁面に垂直に立ち、じっと天動を見据える。ヒソカの奇抜な髪が後ろに流れている。それがヒソカが重力に逆らって天空闘技場の壁面に立っていることを教えてくれる。
天動の左耳につけられたイヤリングが揺れた。
――キミもクルタ族なのかい?
ヒソカの質問に対して、天動は何も答えなかった。
ヒソカは天動を観察する。
緋色の目が発現しているのに、天動にはクラピカのようなオーラの揺らぎがまったくみられない。オーラの流れに淀みがない。あくまで自然体。興奮状態にないようだ。臨戦態勢だから、完全な自然体とは言いがたいけれど……。
クルタ族は欲情すると碧眼から緋色の目になるってきいたんだけど、彼(彼女?)には当てはまらないようだ◆
やはりその辺りにクルタ族の秘密があるんだろうね。ツジツマが合わない……不可解なところにこそ真実が隠されている……緋の目に謎があるのか? それとも、逆に碧眼のほうに謎があるのか? ……くっくっく♣
「ネテロを倒したフロアマスター。老いぼれを倒したくらいで好い気にならないことだ」
「それ、だれだっけ?」
ヒソカはとぼける。
「ふん」
「キミがボスかな? ふ~ん、ちがうようだね♣」
ボスがこんな前線に出てくるとは思えない。彼以上の使い手が控えているのだろうか? これは楽しみだ♠ くだらない使い手集団なら、レベルアップになるから、ゴンにでも任せようと思っていたけれど、クラピカとのバトルをみると、それなりの使い手集団だ。天空闘技場制圧の手際をみても……。
今のゴンには荷が重いだろう。
ボスはボクがもらおう。
二戦……三戦はできるかな?
天動は右手を構える。
凝を使わずとも、天動の右手にオーラが充満していくのがわかる。
これこれ、これだよ♠
93点ってところかな。火遊びには十分だ◆
「お互いにとって素敵な夜にしよう❤」
ヒソカは天動にそっと手を伸ばす。
「…………」
天動は引いている。
天動の目がクラピカを捕えた。天動は右手を伸ばす。ヒソカは小首を傾げる。
狙いはボクじゃない!?
まずい!
バンジーガム!
クラピカが天動に引き寄せられた。それとほぼ同時に、クラピカの足にバンジーガムが付着する。
天動とヒソカ……クラピカの身体が上下に引っ張られる。疲弊したクラピカの身体強度では耐えられない。それ以前に、クラピカの意識がなくなってしまったようだ。
「ちっ」
ヒソカはバンジーガムを解除した。クラピカの胸に貼りついていた生地が剥がれた。
天動の胸の中にクラピカがおさまった。天動は上着を脱いで、クラピカの上半身にかける。
「この少女を助けたくばここまで来るがいい! フロアマスター、ヒソカ=モロー!」
「彼に手を出したら(死人でも)殺すよ? てか、手を出さなくても殺すけど♠」
「私は天動……電子制御室で待っている。彼女と一緒に。そこまでたどり着けるのならば……」
背後からの殺気!?
殺気に気づいたヒソカはそれをひらりとかわした。
細身の長身の男が光る剣を右手に握って、ヒソカに奇襲の一撃を放っていた。
「円も使っていないのに、かわしただと!?」
痩身の騎士はヒソカを振り返る。驚きを隠せないようす。
「傍生……彼は並みの使い手ではない。おそらく人殻を倒した彼女よりも強い。理性と野性を兼ね備えている」
「念(第六感)は感覚の一つにすぎない……戦闘の基本は五感♣ 念に頼り切った戦い方じゃ本質を見失うよ?」
「ハァ!? 誰にモノを言っている? このオレを誰だと思っている?」
ヒソカに悪気はまったくない。しかし、ヒソカの言動に、痩身の騎士傍生は憤慨しているようだった。
ヒソカからどす黒く禍々しいオーラが立ちのぼる。ヒソカは臨戦態勢に入る。
天動はヒソカに念弾を飛ばした。
「バンジーガム!」
ヒソカの両手からドロドロしたオーラがあふれ出す。バンジーガムが天動の念弾に付着する。ヒソカはそのまま天空闘技場の中へ逃げる。バンジーガムでくっついていた念弾がヒソカにコントロールされて、天空闘技場の壁面に激突した。爆発した。
「狭い窓に飛び込み、窓の淵に念弾を当てて、威力を殺す、か……そんなことよりも……」と天動。
「バンジーガムはガムとゴム、両方の性質を持つ♣」
「やはり……」
天動は驚愕の表情を浮かべた。
「それは炎に雷を融合させるようなもの。マルチスキルではなく、完全なデュアルスキルの変化系能力……バンジーガム……信じがたい……その能力(一部でも)継承した能力か?」
「ボクのオリジナルだよ♠」
ガムとゴム、両方の性質を持つというヒソカの言葉を天動はまだ信じられないようだった。
変化系は一つの性質変化しか加えることができないとされてきた。しかし、理論上、二つ以上の性質変化を加えることも可能だという研究者もいる。二つの性質変化を持つ変化系能力はまだ公式記録として残っていない。そもそも念能力自体が公式記録として残っているものが少ない。
バンジーガムは理論上可能というだけで、現実には存在しないだろう領域にある能力。
バカにされることが多いが、バンジーガムはそれほどの能力だった。
「ヒソカ=モロー、もしかすると我々の手に余るのかもしれない。一つの性質変化を修得するだけでも、センスが必要とされているのに……性質変化を二つも修得し、かつ融合させるとは……継承によらない単独者による血継限界領域……並みのセンスではない」
炎と氷などを個別にマスターすることをマルチスキルという。それら、炎と氷を融合させた能力をデュアルスキルという。マルチスキルだけでも相当のレベルがなければ習得できない。デュアルスキルはさらにその上の別次元の難易度といえる。
ヒソカがあまりに簡単に成し遂げているから気づく者が少ないがバンジーガムレベルの能力を発現させるのは一流のハンターでも不可能に近い。
それに気づく天動のレベルもまた高いということを示していた。
「傍生……あとは任せた」
「行かせないよ!」
せっかくの90点台の獲物。逃がさないよ♠
「それはオレのセリフだ。おまえの相手はこのオレだ!」
ヒソカはちらりと傍生に目をやる。
「目覚めよ。ダークライトセイバー!」
傍生は光る剣を発現させる。
「オーラを超振動させる能力だね♣」
天動はクラピカをさらっていった。
同じクルタ族だ。クラピカに危害を加えることはないだろう。精神的なことはあるかもしれないけれど◆
「何がデュアルスキルだ。このダークライトセイバーで蹴散らせてやるぜ。この騎士傍生様が!」
「背後から仕掛けてくる……それがキミの騎士道っていうものなのかな?」
「ケンカ売ってんのか?」
「くっくっく◆ それはボクのセリフだよ」
ヒソカは明後日の方向をみる。
「さっきのコがよかったな……チェンジで♣」
ヒソカは指で交代を示唆する。
「おまえ、ぶっ殺す!」
傍生は逆上している。ヒソカは笑う。あまりの期待外れ感に。
念能力の強さは精神の強さでもある。特に現代のバトルにおいては情報戦が勝敗に大きく影響する。肉体的なストレス耐性よりも精神的なストレス耐性のほうが重要度が高いともいえる。
傍生の精神力は大したことがない。
「♣」
ヒソカはもう死神クイズのことを考えていた。