ホーリーチェーン:自然治癒力を強化する能力。攻撃力はない。
ジャッジメントチェーン:相手の心臓に刺し、掟を約束させる能力。任意にせよ、強制にせよ、相手の自由を奪わないと実質使えない。攻撃力はない。
チェーンジェイル:人殻相手でも通用するレベルの圧倒的パワーとスピードを秘めた最強の鎖。ただし幻影旅団以外へ使用するとジャッジメントチェーンが発動し、クラピカは死ぬ。捕えたものを強制的に絶にする追加効果あり。
ダウジングチェーン:術者の直感を増幅する能力。そのパワーはチェーンジェイルに遥かに劣る。人殻相手にまともな方法でダメージを与えることはできない。
人差し指の鎖:攻撃力なし。
つまり、客観的にみて、クラピカが持っている念能力では人殻を倒すことは絶対にできない。それどころか、ふれることすらままならない。それが今の現状だった。
それでも、クラピカは人殻に多少なりともダメージを与えることができた。それだけでも奇跡といえた。
念能力バトルにおける勝敗は纏と練のレベルに大きく左右される。ゆえに、念能力の修業は纏と練にそのほとんどの時間が費やされることとなる。
されど、熟練者はいう。
念能力のバトルってもんはそんなもんじゃねえ。勝敗は常にたゆたっていて当たり前。絶対なんてもんはねえ。
と。
クラピカはダウジングチェーンを構える。攻撃に使える鎖は唯一この鎖のみ。それを見透かしたように、人殻は血に塗れた顔で笑った。
ダウジングチェーンはクラピカの前でたゆたっている。
◆
人殻はアメノムラクモを床に叩きつけた。勾玉が柄から剥がれ落ちた。人殻は凝を使う。彼は目の前にみえたそれを右手でつかんだ。
「具現化系の鎖だったのかよ……隠でみえなくしたってか?」
超重量のダウジングチェーンが人殻を包んでいた。勾玉がアメノムラクモから外れたことによって、人殻の『質量を大きくする能力』が解除された。
人殻は超重量のダウジングチェーンに押しつぶされて、大ダメージを受けたわけだった。
「舐めたマネしやがって! しかも、オレの能力を利用しやがったな!」
人殻はダウジングチェーンを力で振り払った。
「おそらく、その鎖、大きさ(太さ)を変化させることができるんだろう。小さくしておいて、オレを包み込んでから、一気に大きくする」
こいつ、これほど戦闘能力に差があるのに、このオレを倒そうとしてやがる。それも本気で。
こいつの目がそう言っている。
これで逃げる気まんまんなら、相当な詐欺師だ。ま、逃がさねえけどな。
自分の能力だけでは勝てないと踏んで、オレの能力を利用する方法をとっさにひねり出しやがった。小賢しいな。だが、それがわかれば、こっちもそれを封じればいいだけのこと。
「おもしれぇ! このオレをやってみろよ。クルタの末裔」
その緋の目は揺るがない。
もう凝は解かねぇ。油断もしねぇ。
人殻は具現化した勾玉を消した。
小細工はもうなしだ。あとは『緋の目』の能力次第だが、すべての鎖を避け切ることなどオレにとって造作もないこと。すべて避ければ『緋の目』がどんな能力を持っていようが発動条件は満たせないはずだ。
パワーバトルに力ずくで持ち込んでやる。そうすればこのオレに負けはない。
「おまえ程度の念能力ではこのオレにダメージを与えることすらできない」
「…………」
◆
人殻は手のひらの上に念弾を浮遊させる。
これはただの念弾だ。この狭い廊下、避けることはできない。
「終わりだ!」
人殻は念弾を放った。
緋の目は窓を割って、天空闘技場の外へ出た。
その手があったか!
人殻もすぐに窓から外に出た。
「がはっ」
出た瞬間、頭上から『緋の目』の全力の蹴りをその頭に食らった。
地上に落ちていく人殻。
人殻の落下速度が次第に遅くなっていく。そして、止まった。人殻は空中に浮いていた。
「まさか……浮遊術!?」
驚きの表情をみせる『緋の目』。
人殻はオーラを手のひらの上に浮かせた。左手をそのオーラの上に載せるとオーラがすこし弾んだ。飛空術はこの原理を高度なレベルで応用している。
「世界でも使えるのは数えるほどしかいない。放出系の高等応用技だ」
ゾルディック家の執事ツボネもその一人だった。
『緋の目』は窓の外に出たあと、ダウジングチェーンの先端を天空闘技場の壁面の突起部分に引っ掛けて、ダウジングチェーンを伸縮させて、自在に壁面を移動していたようだった。人殻が自分と同じ窓から出てくると想定し、窓の上に移動した。しかも相当に素早く。
ほんとに小賢しい。蹴り(こんなの)でダメージなんてねえんだよ。
「天空闘技場の壁面はおまえのフィールドだと思ったようだが、それはちがう。ここはオレのフィールドだ」
「あまり口数が多いと弱くみえるぞ」
「アッ?」
人殻の身体からオーラがほとばしる。
人殻は念弾を飛ばした。『緋の目』はダウジングチェーンを別の場所に引っ掛けて、目にも止まらぬスピードで、ダウジングチェーンを収縮させて俊敏に移動した。それは華麗ですらあった。
鎖術は見事の一言。センスもいい。オレに気圧された感じはまったくない。逆に、オレに対して威圧感すら与えてくる。煽ってくる。これがクルタの血というヤツか。いくつかの修羅場をくぐってきたことも垣間見れる。
だが根本的に弱い。念能力者として未熟だ。
ズキン……。
『緋の目』に蹴られた頭にわずかに痛みが走った。
『緋の目』はまちがいなく具現化系能力者だ。なのに、この攻撃力は……!? まさか、アイツも、全系統能力を100%引き出せるのか? クルタの血を引いているなら、それも納得だ。
あの方もまた全系統能力を100%引き出せた特質系能力者だったのだから。その血を引き継ぐ純潔のクルタ族なら、なんらふしぎではない。
「おまえの攻撃はほぼ見切った。攻撃と防御の主体はその薬指の鎖によるもの。親指と小指と人差し指の鎖は話にもならない。スピードもパワーもほとんど感じない。喉元まで来てからでも十分に避けることができる。おそらくその三つの鎖は相手の動きを封じてから使う能力なんだろう。バトルで使うような能力ではない……だろ? 自白など情報戦で使うような能力」
ここまで追い込んでいるのに、その緋の目に一切の揺らぎがみられない。
自分の勝利を確信している者の目だ。
薬指の鎖だけで、このオレをどうやって倒すつもりだ? 不可能だ。
幻のシックスチェーンでもあるのか……?
どんな攻撃でこようとすべて避ければいいだけの話。カンタンなことだ。
ずっと気になっていることがある。あの中指の鎖だ。アレは別格。アレで攻撃されたら、このオレですら危うい。あの中指からは信じられないほどのオーラを感じる。なぜアレを使わない? 使えない理由があるのだろう。使うための条件があるはず。いま、その条件を揃えているのか?
いずれにしても、現状では幻の第六の鎖に注意すれば恐れるに足らない。具現化系の怖いところは一発逆転があるところだ。
オレの勝ちは揺るぎないはずなのに、何かに引っかかっている。
そう。このクルタの末裔は相当に頭が切れる。かならず何かを仕掛けてくるはずだ。
それを見極める……と並みの能力者なら考えるだろうが、オレは並みじゃない。
練ッ!!
人殻の人差し指から念弾が次々に現れた。
「念連弾(デスボール)!」
見極めるまでもない。策を弄する隙さえ与えなければいい。すべて削り取ってやる。
この念弾はリモート操作の念弾。どこまでも追跡できる。おまえはもう逃げられない。
これがこのバトルの最終局面になるだろう。
断言できる。『緋の目』は何もできずに敗北する。
◆
心の声とは裏腹に、赤い月に照らされて、緋の目の輝きが増したように人殻は感じていた。
単純な念能力者としての本能。
畏怖。
人殻はそれを言葉にできずにいた。
半身は天使‐碧眼‐
半身は悪魔‐緋の目‐