Hyskoa's garden   作:マネ

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No.039 死神の半身×クルタの姫君

 さいきんは蜘蛛をみても、緋の目が発現することはなくなった。いま、緋の目が発現しているのは臨戦態勢に入ったことによる興奮によるものだったのかもしれない。

 

 戦闘本能……いや、これが悪魔の一族とよばれた殺戮本能なのか……?

 

 クラピカは楽しかった同胞との思い出の写真が無残にも焼かれていくような気持ちになった。

 

 

 ◆

 

 

 バンッ!!

 

 クラピカは人殻のひたいから、銃口を人殻の右眼にスライドさせて、バレッタを撃った。ひたいへの攻撃ではクラピカの周程度ではダメージが通らないと判断したからだった。それほどのレベル差がクラピカと人殻の間には存在した。

 

 クラピカの全力硬でもダメージが通るかわからない敵。倒すことなど想像できない敵。到底敵わない敵。それが人殻だった。

 

 弾丸が人殻の右眼に突き刺さる。

 人殻の頭がのけぞる。

 視界の端に影よぎった。

 ダウジングチェーンが反応する。

 自動(オート)でダウジングチェーンが縮んだ。

 ダウジングチェーンがクラピカの元に収納される。

 ダウジングチェーンはドアノブに絡まっていた。

 クラピカの上半身が反った。

 クラピカの上半身の上をアメノムラクモの鞘がかすめる。

 

 クラピカは脇腹を蹴られた。

 

 クラピカは廊下の壁に叩きつけられた。人殻が接近してくる。

 

 ダウジングチェーンをさらに縮めて、クラピカは人殻から距離をとった。

 

「その態勢からこの攻撃を避けるかよ」

 

 第三、第四の攻撃まで用意していたとは想定していなかった。技も持っているのか。どうやら相手の力量を見誤っていたようだ。

 

「右眼を奪われた言い訳には十分だ。見事な鎖術。堂に入っている。称賛に値するぜ。その若さで念能力の使い方をよく勉強している。念能力を覚えて、5年といったところか?」

 

 クラピカは答えない。

 

 人殻の右眼から一筋の血が流れ落ちている。凝を使うとよくわかる。オーラが集まっている。止血しているようだ。

 

「おまえのその緋色の目……もしや、クルタ族か?」

「ならば、どうだというのだ?」

「絶滅したはずだが……生き残りがいたのか。クルタの姫か」

「私が女だと言ったか?」

 

 人殻は首を傾げる。何を言ってるかわからないといった表情だ。クラピカはあきらめた。

 

「おまえ、スシという料理を知っているか?」

「ふむ。もちろんだ。世界的にも有名な民族料理。知っていて当然だ。何度か食したこともある」

 

 クラピカは答える。

 

 普段の戦闘で、こんなくだらない質問にクラピカが答えることはない。しかし、この質問にだけはどうしても答えたかった。知っていると言いたくてしかたなかった。クラピカにとって、この質問にはそれだけの魔力があった。

 

「スシのネタを切るとき、刺身包丁を使う。魚の種類によって、包丁を使い分ける料理人もいる。それによって切り口が変わるからだ。丸太を切るとき、刺身包丁は使わない。ノコギリを使う。そう。モノによって、切るモノを変える。当たり前のことだ。こういうふうにな」

 

 アメノムラクモが纏うオーラが次々に変化していく。

 

「オーラを刃に変える能力……といっても、いろんな刃がある。すべてを切り裂く刃より、一つしか切り裂けない刃のほうが強い。当然だ」

 

 オーラを刃に変える能力。

 

「オレは数百種類の刃を持っている」

 

 変化系か?

 

 強化系の印象が強かったから意外だな。嘘はないだろう。

 

 人殻は不敵な笑みを浮かべた。クラピカはその笑みの意味を理解できなかった。

 

 クラピカのスーツが切り裂かれていた。黒いスーツの下から、クラピカのくびれたウエストに巻き付いた鎖がのぞいている。

 

「人を斬ろうとしたら、鉄の塊だった。斬れるわけがない。鎖を身体に巻きつけて、鎖かたびらとして使って防御力を底上げしたのか。攻防一体の武器。よく考えられている」

 

 クラピカは自分のへその辺りをなでる。

 

 パワーじゃなく技の攻撃でよかった。クラピカは改めて思った。

 

「また何か仕掛けられても面倒だ。次からはコレで行く」

 

 アメノムラクモが強力なオーラに包みこまれる。

 

「周!!」

 

 これは斬撃じゃない。打撃だ。

 

 人殻はパワーで押し切るつもりだ。

 

 右眼を奪われて、なおこの冷静沈着な分析力と解決力。なんという精神力だ。

 

「行くぜ!」

 

 クラピカはダウジングチェーンを廊下に蜘蛛の巣のように張り巡らせる。それによって、人殻の動きを鈍くするのが狙いだった。

 

 人殻はダウジングチェーンをぶっ叩いてきた。しなやかに動くダウジングチェーンを人殻は斬ることもダメージを与えることもできない。

 

「鎖使い……なかなか厄介な能力だな。だが――」

 

 ダウジングチェーンの動きが鈍くなる。重くなっている。

 

 これは……!?

 

 ドーンとダウジングチェーンが床に落ちた。クラピカの右手が床から離れない。鎖が異常に思くなっている。

 

 どういうことだ?

 

 まさか、これは斬った対象を重くする具現化能力……!?

 

「このアメノムラクモは能力(具現化系)を装備する」

 

 人殻はアメノムラクモの柄のところに勾玉が嵌め込んであった。それを指差す。

 

 嘘は言っていない。そういう目をしている。

 

 クラピカは左手で右手をおさえる。

 

「動けないようだな? クルタの姫ともあろうものが無様な姿だな」

 

 クラピカは人殻を見据える。人殻はアメノムラクモを構える。クラピカは左手で右手を持ち上げて、人殻に向ける。人殻がアメノムラクモを振り下ろす。

 

 ジャッジメントチェーン!

 

 ジャッジメントチェーンが人殻に向かうが、人殻にジャッジメントチェーンは振り払われた。

 

 ホーリーチェーン!

 

 ホーリーチェーンもなぎ払われた。

 

「なんの真似だ? なりふり構ってられないか? 鎖使い?」

「なりふり? ただの戦術だ」

 

 ダウジングチェーンが床から消えている。

 

 人殻の身体が突然思くなったように態勢が下がった。ねじ切れるようにひねられ、人殻の皮膚が破れた。血が噴き出した。

 

「捕獲完了!」

 

 人殻はアメノムラクモを床に叩きつけた。

 

 !?

 

 

 ◆

 

 

 クラピカは人殻に対して、大きな違和感を覚えていた。

 

 おかしい。

 

 あきらかに、人殻は強化系、変化系、具現化系の能力を100%引き出している。

 

 彼は……彼も……!?

 

 すべての系統を最大限に引き出すことが可能なのか?

 

 しかし、それは諸刃の刃。能力を使うほどに命を削る行為。付け入る隙はそこにある。私自身がそれをもっとも理解している。自分自身より大きな力は持つべきではない。誓約と制約は使うべきではない。

 

 中指のチェーンジェイルが揺れた。

 

 

 ◆

 

 

 人殻のコメカミから血がしたたっている。

 

 人殻の眼つきが変化した。それはこれからの戦いこそが本番だと言わんばかりの表情だった。


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