No.038 アメノムラクモ×ダウジングチェーン
◆ 回想
最初の念能力に系統は存在しなかった。
念能力の系統は念能力の進化の過程で人が手に入れたもの。系統が生まれたことによって、念能力に個性が生まれた。生物に例えるなら、有性生殖の誕生に似ている。多種多様性は進化の必然。
「誓約と制約は遺伝子の古い記憶を揺り起こすものでしかない」
イズナビはクラピカに解説する。
「おまえの過剰な誓約と制約が遺伝子の古い記憶の扉を開いたんだろう。そして、全系統100%引き出せるという、おまえのその特質系を生み出したのかもしれない。だが系統を捨てた先に未来はない。最強の念能力は一人ではたどり着けない場所にあるんだからな」
それは最近の念能力実験によって証明されて来ている。念能力に関する情報は広く出回るものじゃない。だから、インターネットが発達した現在も知っている人は多くない。念能力は実戦の中でしか学べないともいえる。
「オレたちは全系統100%引き出せるおまえのような能力をドラゴンの力と呼んでいる。最強かもしれないが人間にはかなわない」
「私は同胞の無念を晴らせればそれでいい」
イズナビは溜め息をついた。
クラピカに友情のなんたるかを彼らしくもなく熱く語ってみせたがまるで手ごたえがない。こいつを変えることなど自分にできるのだろうかと自信をなくすばかりの日々だった。
クラピカが最初に具現化したのはチェーンジェイルだった。もっともクラピカが信用している鎖だろう。次に、ジャッジメントチェーン。ホーリーチェーンと具現化していった。最後につくったのがダウジングチェーンだった。
最初の三つは幻影旅団を一網打尽にするための能力。
最後のダウジングチェーン。それはクラピカの迷いから生まれた能力なのかもしれない。
だからこそ、イズナビにとって、クラピカが具現化したダウジングチェーンは驚きであり、喜びであり、可能性でもあった。幻影旅団をさがすための能力だと言っていたが、クラピカほどの頭脳があればいらないはずの能力だった。
「緋の目はおまえには似合わない」
イズナビは鎖を確認しながら言った。よくできた鎖だ。
「貴様に何がわかる!」
「師匠に向かってキサマって……あぁ、わかるさ。おまえには碧眼が似合っている」
「…………」
「コレ、よく再現されているな」
「それは本物の鎖だ」
「…………」
「…………」
「おまえ、そういうの、早くいえよ」
イズナビは鎖をクラピカの手に返した。
◆
バチッ!!
◆
天空闘技場、廊下――。
窓ガラスに見慣れた顔が映り込んだ。金色の髪が肩にかかっている。
ずいぶん伸びてしまったものだな。この事件を解決したら、センリツに切ってもらおう。
黒いスーツ……街を歩くと人が避けるようになった。怯えるように道を開けるようになった。
いつから、私は、オレは、笑わなくなったのだろう?
――もう一度言ってやろう。オレにとってこの状況は昼下がりのコーヒーブレイクとなんら変わらない平穏なものだ。
パイロ……緋の目を集めた向こう側で、オレは……笑える……のだろうか?
クラピカは迷路のような思考をめぐらせていた。
自分が映った窓から街を見落とすとパトカーや消防車、救急車が集まってきていて、重々しい雰囲気になっている。
あれからレオリオにはつながらなかった。
テロによって完全に封鎖されている天空闘技場にどうやって来るつもりなのだろう?
クラピカはレオリオの考えの浅さに溜め息をついた。
ケータイは相変わらずつながりにくい状況だが、テレビ、ラジオの情報で、沈黙する天空闘技場の現状は容易に把握することができた。
250階で観客が人質にされていて、さらにその屋上でネテロ会長がテロリストのリーダーと思われる人物に捕えられているようだ。250階には私の仲間やテロ対策のプロハンターもいる。人質の解放は時間の問題だろう。並みのテロリスト相手ならば、の話だが……。
エレベータのルートを使って、上に行くのは得策ではない。罠が仕掛けてある確率が高い。敵のレベルも上に行くほど上がると思われる。非常階段も同じ。だが、いずれにしても、コントロールルームを奪還し、こちらの優位を取る必要がある。
どうやって、そこにたどり着く……?
「テロリスト(彼ら)の裏をかくルート……盲点……」
クラピカは窓から外を眺める。
「ここしかないか」
ズズズ……
クラピカは鎖を具現化した。
クラピカは廊下のまがり角の向こうに妙なオーラを感じた。そのオーラの主はクラピカに気づいていないようだ。気づいていないフリをしている感じもしない。どうやら絶を使っているようだが熟練度が低い。こんな絶で効果があるのはレオリオくらいなものだろう。
クラピカはこのオーラの主に対してマヌケな印象を受けた。
だが、おそろしく強い。
クラピカの念能力では歯が立たない。
クラピカはすでに鎖を具現化している。クラピカは操作系を装うバトルスタイルを基本にしていた。コーナーから影が伸びてくる。
出てきた。
「フロアマスターか? なんだっていいや」
細く、ザラついた声だった。
ストレートの銀髪。背はレオリオくらいだろうか。細みの身体。腰に刀を差している。
「…………」
彼は左利きのようだ。
操作系か? 具現化系か?
凝は怠れないな。
「何者だ?」
「人殻(ヒトカラ)……今はそう名乗っている。よわむし虚空を倒したのはおまえか?」
「知らん」
「だよな。ヤツならもっと上の階にいるはず。楽しみが増えたよ。おまえの他に、そいつを殺す楽しみがな」
クラピカは左手でピストル(バレッタ)を構えた。クラピカはゆっくりと自分から向かって左側の壁際へと寄っていく。そこは壁が近く、抜刀術での攻撃がしにくいはずだ。
人殻はクラピカからみて右側に移動していく。一手目抜刀術で来る可能性が高い。
ジャラン――。
ダウジングチェーン!
クラピカが実質戦闘に使える鎖はこれだけだった。クラピカの前でダウジングチェーンが左右に揺れている。
「なるほど。おまえは放出系もあやつる操作系能力者か。武器をみればわかる」
あぁ、これをみせられたら、まず、その答えにたどり着く。そして、いくつか疑問を抱くはずだ。操作系の長所は放出系と隣り合っているから、手元から離しても、それほど精度が落ちないところにある。それを利用しない手はない。この鎖は完全に私の手とつながっている。どういうふうに分離するか? どこに取り外せる繋ぎ目があるのかと考えるはず。
ヤツの視線の動きから、そういう思考は見てとれない。つまり、ヤツはそこまで頭がまわっていない。
言動と同様、頭の中身も軽いのだろう。
「そんな遅い武器でどうするつもりだ?」
ピストルが遅い……?
クラピカは背中に冷や汗をかいていることに気づいた。
人殻の空気が変わった。戦闘モードに入ったらしい。
「どうせ出方を伺うか、カウンター狙いなんだろ? お望み通り、こっちから行かせてもらうぜ!」
人殻が飛ぶように突っ込んできた。
これまでのヤツの行動から刀での攻撃をフェイクに使ってくる可能性は小さいはず……。
クラピカはバレッタを人殻に向けようとする。反応が遅れた。というより速い。間に合わない。
「おそーい!!」
人殻は抜刀した。刀はクラピカの左脇腹を完全に捉えた。
「?」
人殻の口があんぐりと開いた。
クラピカの左脇腹を斬れなかった。
この攻撃は強化系ではなく変化系の攻撃に近いとクラピカは感じた。パワーじゃない。パワーで来られたら、勝負は決していた。
人殻は小首を傾げて、不気味にニィッと笑った。
「……なんで?」
クラピカは人殻のひたいにバレッタを突きつけた。ゼロ距離。もはや避けることは不可能。
クラピカは初めから気づいていた。
「その刃……天叢雲剣(アメノムラクモ)ッ!!」
エンペラータイム!!
バンッ!!