モニターに虚空が倒れているようすが映し出されているのをスタングは眺めていた。
「虚空が負けるとは……」
ベイルン卿は驚いているようだ。フロアマスターの中でも最低ランクに位置する闘士に負けたのだから、それも当然だろう。
「私は彼を侮っていたようだ」
強くなればなるほど、相手の強さを測る精度は上がるのに、ベイルン卿はヤツの強さを見誤った。
「オルガ=トリンク。ハンター養成学校パリストン学園に首席で入学。その一年後、天空闘技場に参戦。学園は去年首席で卒業し、同年天空闘技場で最年少フロアマスターにもなっている。その経歴と家系から未来のV5候補とも言われている。実力はネテロ会長の折り紙つきで、すでにプロハンタークラス」
アスフィーユはバトルオリンピアのパンフレットをみながら言った。
「なんか、コイツ、うさんくさいな。ほんとうに大統領の孫なのか? ぜんぜん似てないぜ」
祖父のトーラス=トリンクは金髪。シングルマザーの母親は金髪。オルガ=トリンクは銀髪のくせっ毛。
「父親似なんでしょ」
「父親って……だれ?」
「さぁ」
公表できない人物? 誰だよ?
◆
キルアは銀髪のくせっ毛をいじった。
「じいさん、それマジで言ってんの?」
「大マジじゃ。ゴン、キルアよ。十二支んに入らぬか?」
キルアはちらりとゴンをみる。
「ネテロさん、ごめんなさい。十二支んには入れない。オレたちはカイトについていく。それがジンのメッセージだから。その先でジンが待っているから」
「ジンは十二支んじゃ」
「!?」
「ハンター協会の中枢に入ればアヤツの情報も入ってくる。もっとおもしろいことも待っておるぞ」
「それでも、オレたちはカイトについていくよ」
「強情じゃの」
じいさんはおもしろそうに笑った。
「そういえば、バトルオリンピアにも十二支んのメンバーが参加してるよな」
キルアはパンフレットをパラパラとめくる。
「あっ、こいつだ。こいつ」
能力は不明。強化系や放出系にはみえない。おそらく具現化系能力者。人前で戦うにはリスクが高すぎる。
「なんで参戦したんだろう?」
「チャンピオンになりたいからじゃないの?」
「そうなんだけど。ふつうはさ。な~んか引っかかんだよなぁ」
キルアは頭をかく。ゴンは首を傾げる。
「ふぉっふぉっふぉ」
じいさんは不敵に笑った。
「じいさん、コイツ、どんなヤツなんだ?」
「おもしろいヤツじゃよ。ワシは退屈が嫌いなんじゃ」
このじいさん、何を考えているのか、ときどきわからなくなるときがある。ほんと食えないじいさんだ。ま、嫌いじゃないけどさ。
◆
ヒソカはバンジーガム、ドッキリテクスチャーの他に、もう一つの能力を持っている。
それは呪霊錠。
クラピカのジャッジメントチェーンと同じように、その能力を発動させるためには相手の承認が必要になる。その能力とは練の抑制。大きなオーラが使えなくなる。
解く方法は二つ。
術者であるヒソカを完全屈服させること。または被術者が死ぬこと。
なぜヒソカはこんな能力を生み出したのだろう? オルガはすぐにその結論に至った。
ヒソカは強すぎたのかもしれない。運命(ライバル)に出会うことはないと絶望するほどに。
運命は自分の努力だけではどうにもならない。
オレがヒソカの運命になる。そして――。
◆
『ズシ選手、またまた立ち上がったぁ~~~~っ!! 不死身かぁ!?』
しつこいな。
ズシは何度も立ち上がってきた。
相変わらずの坊主頭。かなり幼さは残っているものの将来美形になるんだろうことを容易に想像させた。幼い男の子が好きな女性からズシへの声援が飛ぶ。
纏と練の地道な努力の成果だろう。防御力が高い。高いといっても崩せないほどじゃない。オレの敵じゃない。
念の肉弾戦において、流の習得は必須だ。流が使えなければフェイントすらできないということになるのだから。ズシの流はあまりにお粗末だった。実戦レベルに達していない。
ズシの攻撃は容易に避けられるし、オーラの薄いところを容易に攻撃することができる。
だから当然こうなる。
『またまたズシ選手ダウ~~~~~ンッ!! だが、立ち上がる。ズシ選手、不屈の闘志です!!』
ズシへの声援が大きくなる。
そうなるよな。会場のモニターにズシが健気に立ち上がる姿が大きく映し出されている。強敵に立ち向かう主人公みたいだ。
「ずいぶんと卑怯な手を使うんだな」
「なんのことッスか?」
ズシは肩で息をしている。
「さっきの男を使って、不戦勝を狙っていたんだろう?」
「そんなことしてないッス!!」
「とぼけるのが上手だな。オレはさっきの戦いでダメージを負っているんだ。どうして試合の延期を提案しなかった? チャンピオンになる、か。こんな汚い手を使ってチャンピオンになってうれしいか? おまえの夢は汚れている」
精神攻撃は基本。
ズシがそんな手を使っていないことはわかっている。
『なんと、オルガ選手からとんでもない発言が飛び出しました。ズシ選手に黒い疑惑です!』
「うそッス!!」
会場がざわついている。
ズシのオーラが乱れる。もろいな。
「おまえの夢なんてその程度だ。他人におとしめられて、くじける程度のもの。オレは誰になんと思われようと、夢に向かって突き進むけどな。おまえはまだフロアマスターには早すぎる」
「バトルオリンピアのチャンピオンに自分はなるッス!」
ズシのオーラが凛とする。
「ふん。来いよ。綺麗に潰してやるから」
ズシが真っ向から突っ込んでくる。
頭に血がのぼりすぎだ。ズシの右手にオーラが集中する。ズシが振りかぶる。ズシの右手がオルガの視界から消える。
右ストレートにカウンターを合わせて終わりだ。
…………。
ズシの右ストレートが放たれた。ズシの右手にはオーラが纏われていなかった。ズシの右ストレートがオルガをとらえた。オルガは右ストレートにカウンターを合わせなかった。
オーラを纏っていないズシの右ストレートではオルガにダメージは通らない。
ズシはそのまま前転する。オーラを込めたズシの右足がオルガに振り落とされた。
オルガはカウンターでズシを蹴り飛ばした。ズシはリング外の壁まで吹き飛ばされる。
『オルガ選手のカウンターが決まったぁ~~~~っ!! ズシ選手、立ち上がりません!!』
まさか、たった一年でここまでの流を修得しているとは思わなかった。
「ふぃー。あぶねぇー。良い攻撃だったよ。ズシ=カーライル」
◆
「なんで!? 完璧な奇襲だったはず。実戦レベルの流を修得していることを最後の最後まで隠しての完全な死角からの攻撃。どうして攻撃が見切られたんだ!? 円も使ってないのに」
キルアにはわからなかった。
「ふぉっふぉっふぉ……さすが、ワシが見込んだ使い手じゃ。なかなかやりおるわい」
審判がオルガの勝利を宣言した。
◆
「くっくっく……なるほどね。よく気づいたもんだね。及第点だよ。オルガ。こんなの見せられたら、興奮しちゃうじゃないか♣」
充血した目をギョロつかせるヒソカ。
「この高まりを沈めなくちゃ……マチ、ちょっと殺ってくるよ♠ それとも一緒にくるかい? マチにみられながらするのもいいかもね❤」
「ねぇ? いったい、どうやってあのコは死角からの攻撃を見切ったんだい?」
マチは素直に疑問を口にした。
「ん◆ それはね――」
変態殺人狂が天空闘技場を徘徊しはじめる。