百式観音は巨大な的だった。
百式観音へのダメージはネテロに還元される。どうやらそういう制約のようだ。知られてはいけない類の制約だ。そもそも念能力において、制約がバレることは死に直結する。絶対に他言してはならないし、バレるような行動言動をとってはならない。。ゆえに念に不慣れな念の初心者は制約をつくらないのがセオリー。制約をつけるのは念の中級者以上から。初心者で制約をつけるのは相当のバカか余程の使い手だけ。
それほど重要な制約が今まさに白日の下にさらされた。恐ろしい。
ヒソカと戦うと自分のウィークポイントが次々と露呈してしまう。200階クラスで僕がヒソカと戦ったときもそうだった。僕は才能と度胸だけで勝ちあがってきた。そんな僕はヒソカの前に僕のすべてがさらけ出されてしまった。屈辱だった。悔しかった。だがその弱点を克服してきたからこそ、今の僕がある。まだまだだけど。
リングは半ば消し飛んでいる。あの二人の戦いはリングにおさまるようなものじゃない。
「彼の強さの秘密はそのコストパフォーマンスにある。同じ結果を導き出すためのオーラ量が他者より圧倒的に少なくてすむ方法を紡ぎだしている」
メシアムはこんなにしゃべるほうじゃない。いつになく饒舌だった。
「あれほどのスピードを足の速さで出すためにはネテロ師範ほどの才能と数十年の修業が必要になるだろう」
「それをゴムという能力とヒソカの変態的なセンスで達成してしまっているんですね。想像以上にヤバイですね」と僕。
「あぁ」
メシアムの頬に笑みと冷や汗が浮かんでいた。
ヒソカ優位で試合は運んでいるが相手はあのアイザック=ネテロだ。攻略はそんな簡単なもんじゃない。百式観音にも奥の手があるはずだし、ネテロ自身にも何かあるかもしれない。
「単純な実力ではネテロ師範より彼のほうが一枚上手だよねー。でもでも、ネテロ師範の戦闘経験値は頭抜けている。ネテロ師範の経験が上を行くか、彼のセンスがそれを上回るか。すんなりいけばヒソカが負けるかな。くぐってきた修羅場の数がちがうよ。土壇場でものをいうのはセンスより経験だよー。ネテロ師範には100年の重みがある」
エデンは軽い口調で重みの話をした。
「センスか……経験か……」
「とっさの閃きじゃない? とっさに閃けるかどうか」
ボソッとアンがつぶやいた。
◆
「やっぱりおまえと闘れてよかったぜ。ワシが……オレが、オレの中が研ぎ澄まされていくのがわかる」
ヒソカの表情が緩んでいく。まちがいなく放送禁止の尋常じゃない表情をしている。大画面に映すためのカメラもヒソカの表情を映していいものやら迷っている気持ちがうっすらとみてとれる。
「いいよ❤ ボクをもっともっと気持ちよくさせてよ。ボクはボク自身が追い詰められれば追い詰められるほどゾクゾクして、たまらなくなるんだ……もっと、もっとだよ……」
「ただの変態じゃねぇかよ」
「あはは……それじゃ、そろそろ打ち合おうか♠」
バンジーガムが放射状に放たれる。百式観音が息を吐き出した。まるで台風のようだ。
観客席は念能力によってガードされている。光と音と匂いは通るが触覚に影響を及ぼすものは通らない。ヒソカとネテロが戦っているところはちがう次元に存在している。近くにあるようで月よりも遠い場所に存在している。ちなみにVIP席は観客席とはちがう。より臨場感が味わえるようにしてある。場合によっては死ぬこともある。
「へぇ~、そんなこともできるんだ♣」
「六十六乃掌」
「手のひらじゃないけどね◆」
ヒソカは無数のトランプを回転させながら飛ばした。ヒソカの手から伸びるバンジーガムがすべてのトランプに付着している。
「次、五十三乃(フル)ショット♠」
「五十三枚だろうが百枚だろうがすべて叩き落してやるわ!」
百式観音のラッシュが再び炸裂する。
「バンジーガム!」
バンジーガムの伸縮を操作して、軌道を修正、さらにスピードと鋭さを上げる。
「ドリャアアーーーーーーァァアアアアアアアッ!!」
「ウッソ◆」
ネテロは百式観音の九十九乃掌ですべてのトランプを叩き落した。
「残念♣」
大量のトランプが地面から噴出した。バンジーガムでセットされていたらしい。
「ドリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ……ッッ!!」
再び、百式観音は無数のトランプを撃ち落としていく。今回はさすがに数が多かった。しかし今度はオーラを纏っていないカードがほとんどだ。
ヒソカが僕らをチラリとみた。何をする気だ? バンジーガムでコントロールされた数枚のトランプが防弾のガラス窓を綺麗に切り取った。窓ガラスをバンジーガムで引き寄せる。ヒソカとネテロの上でそれが割られた。ガラスの破片がキラキラと輝く。これではトランプのオーラがみえにくくなる。
この数のトランプはさすがの百式観音でもすべては撃ち落とせない。オーラを纏ったカードをみつけて撃ち落とすしかなかった。ヒソカはそれを封じた。
「照明の光に紛れ込んだ微かなオーラでも見切ってやるぜ!! アイザック=ネテロを舐めんなよ! 凝ゥッッ!!!!!」
ヒソカのセンスをネテロの技量が上回るか?
ネテロの右太股をトランプが貫通する。右肩もトランプが貫通している。
痛みより驚きのほうが大きかったのか、口を開けるネテロ。
「くっくっく……◆」
「ヒソカァ……てめェ……」
「あぁ♠ 本命は地面すれすれからのショットでしたぁ……凝でも見抜けなかったでしょ?」
ヒソカはネテロに指を差して愉快そうに笑う。獲物を狩ったあとのハンターのように。
トランプのカードは地面の色と同化させている。窓ガラスの破片をフェイントに……なんてことを考えやがる。
「そして、これで確定したね。百式観音の弱点その4。三つ以上の腕を同時に動かせない。つまり、同時多発型攻撃に弱い。その数十の腕を同時に動かせるなら、このトランプをすべて撃ち落とすことも可能だったのに」
そんなの気づくほうも気づくほうだ。攻撃を同時多発的に百式観音に仕掛けても、普通は百式観音の速さの前に圧倒されるだけ。
『凄いぞ。ヒソカ選手。完全にネテロ師範を圧倒しています!! ここまでネテロ師範が一方的にやられる試合展開を誰が予想していたでしょうか? 誰も予想していなかったでしょうッッ!!』
バンジーガムが最強なんじゃない。ヒソカが使うからバンジーガムが最強になるんだ。能力がバレても構わないのも同じ。その使い方がバレなければいい。
◆
「ヒソカのヤツ、ネテロを食うかもな。オレの思ってた通りだぜ。経験じゃ生まれ持ったセンスは上回れねェよ」とエデン。
さっきと言ってることが逆なんだけど。ほんとテキトーなヤツ。
じわりじわりとネテロはヒソカのバンジーガムに絡め取られている。確実にヒソカはネテロを詰めている。ヒソカの勝ちのイメージも見えている。なのに、どうしてだろう。エデンが言うネテロの戦闘経験値なのか。どうにもそれが頭の隅に引っかかっている。なにかが引っかかっている。
オルガは言葉にならない違和感を覚えていた。