法の条文とは初めから完成されているものではない。その時代時代に合わせて、調整されていくものであり、経験から生まれいずるものである。それは人の英知の結晶である。
ハンター十ヶ条
其乃四――
ハンターたる者、同胞のハンターを標的にしてはならない
但し甚だ悪質な犯罪行為に及んだ者においてはその限りではない
どんな法を掲げているかで、人がどんな世界を求めているか、今、そこがどんな世界なのかがみえてくる。ハンター十ヶ条も例外ではない。ハンター十ヶ条はハンターの歴史そのものといえる。
人の歴史は繰り返される。人は愚かだから。いや、それが人だから……。時代も人も変われども、求めているものは同じものなのだから……。
ハンター、その最大の天敵はハンター。
◆
全盛期のネテロの最大級の念弾とシスイの最強級の念弾がぶつかり合う。念弾によって、中心部の地面がえぐられて、地形が変わる。衝撃波で岩が吹き飛ばされていく。
シスイも吹き飛ばされて、地面を転がっていった。シスイは地面に手をついた。シスイの頬から涙が流れて、地面にしたたった。赤い雫だった。血の涙。
「ハァハァ、ハァ……」
怨にシスイの身体が耐えられなくなってきていた。
呪怨モードは長くはつづかない。もうすぐオーラを御し切れなくなる。人の身体は六系統を100%引き出した状態に耐えられるようにはできていない。誓約と制約は身体に負担をかけすぎる。使いすぎれば念能力を使えなくなる危険性すらはらんでいた。それゆえに、心源流では推奨していない。心源流で誓約や制約を使うものはいない。それはそもそもが弱き者の考え方だから。力の弱さじゃない。それは心の弱さ。
だから、シスイは誓約と制約にすがってしまった。
心源流に弱者はいらない。彼は心が弱かった。
「負けるわけには……いかないんだ」
それは世界を導くため? それは世界への復讐のため?
――練ッ!
さっきの念弾のせいか? オーラの残りが少なくなって、オーラをうまくあやつれない。
シスイの右手に光が集まっていく。
「光よ! 神の片鱗ッ!」
オーラを太陽光に変える能力。
シスイはそれを凝縮していく。剣の形になる。しかし、いったん光が分散する。シスイは気合いでもう一度光を集める。
ネテロは両の掌を合わせていた。
シスイとネテロは互いに向かって走り出す。
「ライトエクスカリバー」
「百式乃零」
シスイの背後に百式観音が現れて、一瞬でシスイを包み込んだ。シスイは百式観音の両の手をライトエクスカリバーで切り落とす。
無慈悲の咆哮!
百式観音の開かれた口から、ネテロの100%中の100%のオーラが放出される。
「解き放て、堕天天衝!」
ライトエクスカリバーが光のレーザと化す。
百式乃零で、シスイの右手が吹き飛ばされた。だが百式乃零の相殺に成功する。
百式乃零を右手ひとつで凌げたのは及第点といえた。
「堕天天引(フォースグラビティ)」
シスイは引力をあやつる念能力でネテロを引きつける。ネテロを捕えた。
「堕天天照(ライトファントムペイン)」
左手は堕天天引フォースグラビティ。右手(があったところ)は堕天天照ライトファントムペイン。シスイの右手は失われている。
「終わりだ。ネテロ」
全霊を込めた一撃である百式乃零。これを使ったあとネテロは攻撃までにわずかなタイムラグが生じる。つまり完全な無防備となる。
シスイの光の拳ライトファントムペインがネテロをとらえた……かにみえた。
拳だったものがヒットした。だがシスイもネテロと同じように攻撃までのタイムラグが生じていた。正確にはオーラが尽きていた。身体強度はネテロのほうが上。拳だったものはネテロの顔面で完全に止まった。
ネテロのオーラがよみがえる。
シスイの拳だったものの影に不気味な黒い笑顔のネテロ。シスイの血で染まったネテロは鬼気迫っていた。
それは狙った通りに獲物が動いたときにみせるハンターの表情だった。
念能力のぶつかり合いで、最強のネテロに隙が生じたということはシスイにも隙が生じるのが必然。
そんな、まさか……初めから、これを狙っていたのか? 待っていたのか? オレのオーラが尽きるこの瞬間を。……ネテロ?
ネテロの筋肉が盛り上がる。ネテロの身体からほとばしる圧倒的な気迫。それに反して、ネテロのオーラは静寂を保っていた。静と動が同居する。武の極みがそこにあった。
「感謝の正拳突きッ!」
ネテロが祈りを捧げたと同時に、シスイは遺跡まで吹き飛ばされていた。
遺跡の外壁に激突する。
「ハァハァハァ……」
右手があった場所から血が流れ出る。信じられないくらい血が流れている。これはヤバイ。
シスイは服をやぶって、止血する。
ネテロが歩いてくる。それは勝利を確信した足取りだった。
「自分よりオーラ量の多い使い手と闘うのは初めてか? だろうな。覚えておけ。こういう戦い方もある」
攻撃させることで、相手のオーラを消費させる。自分は回復に徹するが、オーラ量がまさっているから、最後には相手のオーラが底を尽き、自滅においやることができる。
攻撃より回復のほうがオーラを多く消費する。これは念能力研究により証明されている。だが相手より圧倒的にオーラ量が多ければそんなことはもはや関係ない。
こんなヤツにどうやって勝てというんだ?
強化系、変化系、放出系じゃ、ネテロには勝てない。勝てるわけがない。
「もう終わりにするんだ。シスイよ」
「オレじゃない。このバトルに終止符を打つのは貴様だろう? フッ……まさか、オレにとどめを刺さないつもりか?」
ネテロは悩んでいるようだった。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「人とはむずかしいな」
ネテロはシスイをみつめて悲痛な表情を浮かべる。
「バカ弟子が」
ネテロの目に涙があふれていた。
「…………」
もうないはずの右手がどうしようもなく痛んだ。もう痛むはずのない右手がなぜこんなにも痛むのだろう?
どうしてこうなったのだろう?
もしも、叶うなら――。
シスイは羅刹の首だけ具現化した。それだけのオーラは回復していた。羅刹の口から機械が吐き出される。ファソラが開発した薔薇だった。
一瞬にして、ネテロは百式観音で自分を投げ飛ばした。
もう間に合わないさ。
薔薇が爆発した。
――バイバイ、ネテロ。
◆
――バイバイ、ネテロ。
そんなシスイの声がきこえた気がしたそうだ。
彼はどっちの意味で言ったのだろう?
薔薇は超広範囲攻撃。当然逃げ切ることはできなかった。ネテロは念でガードするも致命的なダメージを負う。
それはとっさの判断だった。そして、それは賢明な判断だった。ネテロだから成し得たことかもしれない。ネテロは四肢を捨てた。捨てて、生存するために最低限必要な生命器官だけ全オーラを使って守った。
ネテロをみつけた瞬間に、少年はそれを悟った。
「ふひゅぅ……」
「まだ息がある。生きてる」
十二支んの少年はネテロを抱きかかえる。
「おい! ジジイ! ジジイ、だいじょうぶか?」
何の反応もない。
「死ぬなよ。こんなところで死ぬな。オレとまだ戦ってないだろう?」
「どけ」
十二支んのカミナが少年を押しのけた。
「緊急手術をはじめる」
カミナはドクターナースカプセルを具現化した。回復の水が入ったミニプールだ。カミナは念の液体が入ったそのカプセルの中にネテロを放り込む。
「息は?」
「問題ない。液体の中に酸素が含まれている。二酸化炭素も排出可能だ。24時間後には四肢も再生されているはずだ」
「そうか。よかった」
「ぜんぜんよくない。薔薇には毒がある。その毒を取り除かなければネテロはあと数時間の内に死ぬだろう」
「どうにかしろよ。名医なんだろう?」
「よく知っているじゃないか。会長は助かるよ。ドクターカミナ。この私がいるのだから」
カミナのその言葉は自信に満ちあふれていた。
「ルーラ、私と会長を連れて、飛べるか?」
「もちろん」
ルーラが少年の頭に手をのせてぐしゃぐしゃにした。
「泣かなくても、だいじょうぶ。あとは大人に任せなさい……ゼノ君」
少年の銀髪が風に吹かれて、ゆれた。
◆
大勢を巻き込んだ会長とシスイの師弟喧嘩が収束してから、一週間が経過した。カミナの見立てはハズレ、会長はまだ回復途中だった。原因は会長の異常なオーラ量らしかった。
「あのバカは死んだのか?」
会長は力なく尋ねた。
「あの爆発では生きてはいないかと」
ビーンズは答えた。
カミナとカミナの友人アメの念能力によって、会長が損傷した四肢はほぼ復元されていた。
「会長? 複数の系統能力を100%引き出す怨能力。シスイはその怨能力をどこで手に入れたのでしょう?」
ビーンズは不安を言葉にする。
「怨は、破面流はドン=フリークスによって完全にこの世から消されたはずなのに……」
会長は何も言わず、病室からのぞく青い空をただ眺めた。
妙な胸騒ぎが渦巻いていた。
◆
それは数十年が経過した今でも、ビーンズの胸に残っていた。
ビーンズは少年だったゼノ=ゾルディックのあの言葉を今でも覚えている。
――死んじゃいない。わかるんだよ。アイツはまだ生きてるぜ。
なんつーかな。暗殺者の勘ってヤツ?