Hyskoa's garden   作:マネ

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No.028 百式観音×百鬼羅刹

「壱乃掌ッ!」

 

 下膨れの顔。でっぷりとした身体。何より巨大だった。そんな百式観音から壱乃掌がシスイへと振り落とされた。

 

 

 ◆

 

 

 シスイはそれを地面に潜ることで難なく回避した。いや、岩をクッションに使ったといったほうが正確かもしれない。世界でも5本の指に入る念能力者に岩の硬さなど意味がない。

 

 シスイはオーラをドリルのように回転させて、地面の岩の中に潜る。そして、物体をすり抜ける念弾を放つ。それも人型で。シスイはそれを自在にあやつることが可能。放出系と操作系の融合技だ。

 

 ネテロの円が展開された。

 

 敵を見失ったら、円を使え。

 

 それは誰もやらないが念能力バトルのセオリーだった。円を戦闘で使えるレベルで使いこなせる使い手はごくわずかしかいない。世界でも数人しかいないだろう。ネテロとシスイはその数人の内の二人だった。

 

 

 ――オレを見失ったら、円を使うと思っていたよ。ネテロ(バカ)

 

 

 シスイはネテロの円にふれた瞬間の角度と円の広がり方、シスイと地面までの距離から、ネテロの座標を数学的にピンポイントで算出した。

 

 ネテロはゼノほどの円の精度は持っていない。絶で土に紛れればネテロはシスイを把握できない。ネテロはシスイが放った念弾をシスイと誤認するはず。

 

 ネテロ(貴様)がオレとさがそうとしたとき、オレはネテロ(貴様)をみつけている。

 

 ネテロの百式観音の九十九乃掌が念弾に炸裂した。人型念弾のほうに。

 

 次の瞬間、シスイの念獣の一撃がネテロをぶっ飛ばした。超速攻。不可避の一撃だった。

 

 百鬼羅刹の視覚はシスイに還元される。しかし、それを待ってネテロ本体を攻撃すればネテロに回避するだけの時間を与えてしまう。ゆえに羅刹を具現化した瞬間攻撃するという不可避の一撃を繰り出す選択をした。

 

 それが見事に嵌った。

 

 ネテロを岩壁までぶっ飛ばした。空にまで届く岩壁にネテロは突き刺さる。

 

 円は索敵に使う技じゃない。敵を追い込むために使う技だ。円と隠を併用しないなんて話にもならない。貴様は戦闘シミュレーション能力が低すぎる。所詮は武道家。念の使い手ではない。それがネテロの限界だ。

 

 百式観音の気配がぼんやりと消えていく。自分の意思で消していない証拠だ。それほどネテロは虚を突かれたといえる。

 

 百式観音の弱点だな。

 

 技を切り換えることができない。切り換えるためにはいったん百式観音を消さなければならない。強制リセットだ。九十九乃掌は百式観音の技の中でも最弱の一手だ。

 

 ネテロはバトルの駆け引きが苦手なようだ。しかし、それは逆に、念能力を覚えてからこれまで駆け引きが必要もないほど圧倒的な強さをみせつけていた証でもある。その強さが貴様の最大の弱点だ。

 

 シスイは羅刹に自分の身体を投げさせた。羅刹をいったん消し、再び具現化し、羅刹の左手でネテロを掴み、ネテロで岩を削りながら、岩壁を登っていく。並みの使い手なら身体が引きちぎれているはずの攻撃。ネテロ。さすがに頑強だな。

 

 羅刹の右手にオーラを溜めていく。そして、ネテロを天に向かって突き上げた。

 

「百鬼、堕天天衝ッ!」

 

 ネテロは天の川に突き刺さった。

 

 

 ◆ 以下、回想

 

 

「これはなんだ?」

「念能力によって、小さくしておりますが大型の爆弾です。私はこれを薔薇と名づけました」

「薔薇?」

「魔法と科学の融合です」

 

 ドクター・ファソラ=ロイド。トリプルハンター。

 

 一度得た称号は暗黒面に堕ちても、それが偽りの称号だとしても、はく奪されることはない。ゆえにハンターの称号は圧倒的な成果を上げないかぎり授与されることはない。単純明快だった。

 

「その爆弾を使用すればネテロといえど再起不能にまで追い込めるでしょう」

「使ったほうは即死だな」

「えぇ」

 

 沈黙が降りる。

 

「騎士の誰かに使わせるのが良いかと思います」

「ハァ? オレはシスイ=ウォーカーだぞ。オレが使うさ」

「あなたに死なれては困ります。我々をお導きください」

「オレはネテロの代わりか?」

「いえ。彼は偽物。あなたこそが世界の救世主なのです。世界に壁をつくり、塀の中だけで暮らす。それが今の人類。我々にみせてください。この世界の外側を。この世界の真実を」

 

「ネテロの……いや、人類のアンタッチャブル、暗黒大陸か」

 

 ファソラはシスイに赤と黒に染められた仮面をわたす。

 

「あなたは新たな暗黒卿となる方だ」

 

 

 ◆ 以上、回想

 

 

 ネテロは天の川から自分の身体を引き抜く。回復力を強化して、怪我を治癒しているようだ。全快までは行っていないようだ。ネテロは空から逆さでシスイを見下ろしている。

 

 ネテロの座標。所詮は卓上の見積もり。計算通りにはいかないか。クリティカルヒットだったなら勝負は決していた。強化系は運も良いからな。

 

「百式観音」

「百鬼羅刹」

 

 互いに念獣を具現化する。

 

 念獣が互いの術者を投げ合う。再具現化し、観音と羅刹の拳とコブシがぶつかる。

 

「バカ弟子」

「老いぼれ」

 

 まともにぶつかった。ネテロの潜在オーラを感じる。やはりオレよりネテロのほうが上か。

 

 岩盤で囲まれた世界。十三使途聖獣の聖域。ダークワールド。不完全な世界。世界が生まれる前の世界。太陽もなく、星だけが世界を照らす。そこでネテロ軍とシスイ軍は戦っていた。シスイ軍劣勢。勝機は短期戦でネテロを倒すしかなかった。

 

 ネテロはどこまでもやさしい目でシスイをみていた。それはむかしと変わらぬ目だった。ちがうのはハゲ上がった髪とその色だけ。どうしてこうなったのだろう?

 

 百式観音が消える。シスイのそばで百式観音の不可避の一撃が放たれた。シスイは百式観音が消えた瞬間、部分的な羅刹を具現化しはじめた。百式観音の一撃を羅刹の左手で受け止める。

 

 いくら出し入れが刹那といっても、百式観音の消失と出現に対して、羅刹は出現だけ。対応するのは容易だった。

 

「不可避の速攻」

 

 羅刹がさらに一体具現化し、ネテロを吹っ飛ばす。早いだけあって、攻撃力は低い。

 

 強力な技は当然リスクがある。

 

 たった一体の百式観音で、三体の羅刹相手にどうする? どんなにオーラ量が多かろうが無関係。ワンターンに一手しか打てないプロ棋士は二手打てる素人にボロ負けする。念能力のバトルとはそういうもの。

 

 本体ではない影分身の羅刹でネテロを攻撃する。百式観音が消えて、ネテロを百式観音の手が包みこんでガードする。さすがに早いな。けど、羅刹は全部で三体いるんだよ。

 

 百式観音は二つの攻撃を同時に繰り出すことができない。だから、この攻撃を防ぐことはできない。

 

 羅刹の一撃が百式観音を攻撃する。

 

 百式観音は羅刹の右ストレートを受け止める。腕を握る。ネテロをガードした状態で攻撃完了と判定されて、次の攻撃に移っていいというわけだ。だから、ガードした百式観音の手はそのまま残る。

 

「九十九乃掌」

 

 羅刹が攻撃されて、ポンと煙をあげて消える。

 

 ネテロは百式観音の二つの掌に包まれたまま。シスイの両腕からは羅刹の両腕が具現化されている。そのまま二人は再び地面に降りる。

 

「強く……なったな」

 

 ネテロが考え深げに口を開く。

 

「影分身……闇の技か。おまえは世界の救世主になるはずだったのに……この世界を導くものになるはずだったのに……シスイ……」

 

 ネテロはさびしそうに言った。

 

「百鬼羅刹。呪怨モード。百鬼呪怨羅刹」

 

 具現化された羅刹の目から赤い涙が流れる。オーラが飛躍的に上がった。

 

「久しぶりだな。シスイ」

 

 羅刹が口を開いた。

 

「ネテロを倒す」

「いいのか?」

「許す」

 

「百式観音。千手モード。百式千手観音」

 

 具現化された百式観音からうじゃうじゃと、さらに腕が生えてくる。さらにでっぷりとした身体が筋肉質になる。

 

 変身プログラムがあるのは省エネのため。常にファイナルモードだとオーラの消費が激しく、不効率だから。念獣を具現化する使い手の中で、オーラ量が大きい者はだいたい変身できるようプログラムしている。

 

「怒り、憎しみは暗黒面に通じている。その力に頼ってはならない」

「だから、なんだ? 感情に優劣など存在しない。貴様の基準で事を語るな」

 

 オーラ量は絶対値だけで決まるものではない。わずかなインターバルをおいた後の回復力も考慮に入れなければならない。シスイのオーラ回復力はネテロを上回っていた。若さだった。

 

 百式観音の二本の腕にオーラが集まる。

 

 羅刹の右腕にオーラが集まる。羅刹がチラッとシスイをみやる。

 

 百式観音と羅刹からそれぞれオーラが放たれた。


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