そして――。
No.024 ヒソカ×暗殺指令
ヨークシンシティ、パリストンホテル。ネテロの片腕とよばれる男が経営するホテル。
ホテルの中でもっとも豪華なホールにトーラスはいた。そこで彼は共働党の大統領候補マック=ランプに話しかけられていた。
「昨年の9.3ヨークシンシティ同時多発テロ事件のときはどうなるかと思ったが、ゴミが一掃されて、ヨークシンの治安が改善されて、犯罪率が激減しているそうじゃないか? 建物の損壊も最小限だったし、流星街行きのような連中がいなくなってよかったくらいだな。幻影旅団とか言ったか? 彼らには感謝だな」
そう言って、ランプは「ガハハ」と笑い飛ばした。
どういう思考回路を持っていればそういう発想や発言に至るのか、まったく理解に苦しむ。政治家の言動じゃない。こんなヤツが大統領候補とは共働党の連中も頭を悩ませていることだろう。
トーラス=トリンクはあきれ果てている内心を押し殺して苦笑してみせた。彼の補佐官であるリザがジロリとランプに視線を送る。
「なんだね? 事実じゃないか。大虐殺。こういうのは定期的にやったほうがいいんだ。悪は徹底的に滅ぼすべきだ!」
ランプは得意の演説をするように言い放って、トーラスたちから立ち去っていった。
「大統領、いったい彼はどういう神経をしているんでしょう」
リザがメガネを押さえながら、あきれたようにつぶやく。
「次期大統領にふさわしいのはビスカレア=トリンク(奥様)です」
「ふん……ビスカレア(リア)がふさわしいか」
トーラスは鼻を鳴らす。
リザ、青いな。
皆を幸せにできる大統領など存在しない。だから、選挙をするんだ。誰を幸せにするかを決めるための選挙を。この世界は戦いだ。
リザは要人護衛を主にしているプロハンターだった。今はサヘルタ合衆国大統領であるトーラスの護衛兼補佐官をしている。リザは有能な秘書でもあった。時々、トーラスはリザに法律の勉強を教えてあげている。リザは将来何になるんだろう。
リザは二十代前半。さすがに若すぎる。あと私が十歳若ければ……トーラスはどうしたらいいか悩んでいた。
◆
パリストンホテル、サヘルタ合衆国大統領主催で、いくつかの国の首脳陣を集めての会食を開くことになっていた。
表向きの主な議題は(ジンによって壊滅されられた)クート盗賊団や幻影旅団のようなテロ組織に対する国家的な対策についてだったが、実際の議題はべつのところにあった。
――アイザック=ネテロ
◆
「やぁ、トーラス! お久しぶりです」
ジャポンの首相が右手を上げて、にこやかに話しかけてきた。護衛はついていない。
「ハットリ! 久しぶりだ」
トーラスはジャポンの首相と握手を交わす。ハットリはトーラスとリザにハグしてきた。
「奥様(コムギ)はお元気ですか?」
コムギとはハットリがつけたビスカレアのニックネームだった。なぜコムギとつけたのか、トーラスは知らない。ビスカレアは知っているようだった。
「あぁ、すごく元気だよ。報道なんて嘘ばかりさ。報道だって断定はしていないだろ?」
ハットリは笑った。
ハットリとは彼の本名ではない。
彼のファーストネームがジャポンの有名な兄弟ハンターだったハットリ兄弟の弟のほうと同じ名前だったことから、そのハンターのファミリーネームにちなんで、トーラスがつけたニックネーム……ということになっている。
事実はちがう。
ハットリからそういうことにしておいてくれと頼まれたからだった。ジャポンの首相とサヘルタ合衆国の大統領はそういう親しい間柄だということを国内外に印象づけたいのだろう。トーラスは断る理由もなかったので、その通りにしている。
それにハットリはジャポンの国民が抱いている印象とはちがい、かなり狡猾な男だった。
彼とのやり取りを誤るとダメージを受けるかもしれないとトーラスは警戒していた。
「お孫さんの天空闘技場最年少フロアマスターの記録が抜かれたそうですね」
「あぁ」
「ズシとか言いましたっけ? 残念でしたね」
「それよりも早くハンター試験を受けてほしいものだけどね。なかなか受けてくれなくて困ったもんだよ。今の子は敷かれたレールの上を行くのが嫌なのかね」
「こどもを育てるのは難しいものですよ。なかなか思った通りに育ってくれなくて」
ハットリの目が鋭くなる。
「ネテロ会長がヒソカという若者に負けて、いよいよハンター協会も危うくなってきましたね。彼もプロハンターらしいですが……。トーラスはどちらに付きます? ハンター協会? それともハンター協会と決別し(あなたが所属する)V5? 結局はそこでしょう。あなたの判断が世界を左右することになる」
さぐりを入れてきたか? それとも……。
この会食の最大の目的は「世界再編」についての方向性を決めることだ。
ハンター協会は絶大な武力を誇っている。それは世界を支配しうる武力だった。ハンター協会によって、世界の安定は保たれているが、同時に、悪意も生み出されてきた。武力には武力。それは昔から変わらない。ハンター協会を頼りながら、我々はハンター協会を恐れてきた。
ハンター協会=ネテロ会長。
そういう認識を持つ政治家は多くなった。それほどの影響力をネテロ会長は持っていた。彼がいなくなったら、世界はどうなってしまうのか? 不安でならない。アイザック=ネテロという名前にはそれほどのチカラがあった。
ネテロ会長の高齢にともなって、彼の影響力と求心力は失われつつある。
そんなとき、ネテロ会長はどこの馬の骨ともわからない若者に敗北した。
ハンター協会と決別する時は近いのか? それとも、ヒソカという若者にハンター協会の次世代を担う力と素養があるのか?
我々は見極めなければならない。
どうやって?
ネテロがヒソカという若者に完全敗北した今、世界再編は緊急を有する議題だった。
「ネテロを倒したヒソカという若者はどういう人間なんだろう? 興味あるな」
ヒソカのカネの流れからある程度は調べがついている。彼はゾルディックとも関係を持っている。幻影旅団と思われる人物ともカネのやりとりをしている。渡航記録からも相当な修羅場をくぐってきていることは垣間みてとれる。
上がってきた報告で、最も驚いたのはその報告書が提出されるまでの早さだった。彼は何も隠そうとしていない。我々を、世界を恐れていない。多少、面倒に思っているだけ。
そういうメッセージ。
ジン=フリークスとはべつのタイプ。
ヒソカは普通に表社会で生きている。裏社会の人間と通じているだけで。
9.3のとき、彼はヨークシンシティにいたと思われる。なんという男だ。逃げも隠れもしていない。する気もない。
「大した人物ではないですよ」
嘘だ。
「そうかな?」
トーラスは首を傾げる。
ハットリもヒソカについては調査済のはずだ。ヒソカは調べやすいから。ハンター協会と私に対立してほしいのか?
「今がハンター協会にダメージを与えるチャンスですよ。トリンク大統領」
ハットリはV5を中心とする世界を構築しようとしているようだ。
ヒソカの話を強引に切ってきた。ハットリは「トリンク大統領」と呼んだ。ヒソカ、彼はこの世界の命運を握っているかもしれない。
「お孫さんをハンター協会の中枢に入れて、内部からハンター協会を支配する。時間のかかる話じゃないですか? それよりも、ここでハンター協会が問題を起こせば我々がハンター協会の実権を握ることも可能。今ならネテロ会長も我々の多少の無理難題は聞き入れざるを得ないでしょう。失敗を起こさせることなど簡単なことです」
ハットリはトーラスに悪魔の囁きをする。
ハットリがパリストンと内通しているという情報があった。当然、トーラスもパリストンとのパイプは持っている。問題はどこまでのパイプを持っているかということ。
「あなたは世界の王になる人だ」
私がV5の頂点。妻がサヘルタ合衆国の大統領。そして、ハンター協会をコントロール下に置き、私が世界の実権を握る……?
ハットリはプロハンターであるリザに余裕の視線を送った。ハンター協会へのプレッシャーだろうか?
「有能な方に護衛されてうらやましい限りですね」
有能という言葉は仕事ができるという意味ではなく、美女という意味なんだろう。仕事ができるかどうかなんてわからない。セクハラ発言と反論させない隙のないセクハラ発言に、リザはイラっとした表情をみせた。リザは感情を隠さない。そんなリザの視線に苦笑いのハットリ。
やはり食えない男だ。
◆
ハットリの存在がハンター協会にとって最悪の結末をもたらすことになろうとはこのときはまだ誰も予想していなかった。そして、このときすでに、バルサ諸島でその最悪のシナリオは動き出していた。
◆
議題の結論は積極的にハンター協会を潰すようなことはしないというハンター協会に寄ったものとなった。妥当な落としどころであると思う。現時点でハンター協会と対立するメリットはない。弱体化しているのだから、時を待てばいい。まだそのときではない。それが結論だった。
先送り。よくある結論ではある。
会食終了後、リザはハットリを尾行した。彼はケータイで誰かと電話をしているようだ。
「どうもトリンクはネテロを倒った男に期待している節がある。そこを崩せば問題ない。あと一押しだ。……あぁ、そうだ。……あぁ? ゾルディックが使えない? なら『影』を使っても構わない。ヤツを殺せ」
ハットリは振り返り、リザをみつけて、ニヤリと笑った。
ジャポン社会は責任の所在を曖昧にさせる風潮があるという。いま、彼は独断で暗殺指令を出した。自国の風土をもろともしない。
恐ろしい男だ。
◆
ヒソカの生死が世界を左右することとなる。