奏でる右腕(ビットワン)が戻ったことで、右手でのレーヴァテインは可能になった。しかし、左手はもう限界だった。これ以上は身体全体に影響が出る。ビットワンとビットツーを御し切れなくなる。暴走させるわけにはいかない。
この二つのパーツをコントロール下に置くためには莫大なオーラ担保が必須。もうひとつ。左目も莫大なオーラ担保が必須だった。。
あったほうが便利なのか、ないほうが便利なのか、ときどきわからなくなる。これは半分、呪いのようなもので、キズナのようなものだった。
◆
クロロの姿をしたレプリカが爆発した。
これは……番いの破壊者……? クロロじゃない……? それ以前に番いの破壊者の能力者である長老は死んだはず。スキルハンターの制約により、番いの破壊者サンアンドムーンは使えないはずなのに……。
理解不能。
右腕(ビットワン)再生!
スタングの右腕が生えかわる。スタングは手を握って開いて(グーパー)して感覚を確認する。
いったい何がどうなっている?
背後に妙な気配があった。ファンファンクロスが広がる。そこからコートを纏ったクロロが出てきた。おそらくクロロじゃない。どこからどうみてもクロロだが。表情がちがう。目が死んでる。
「スタングの腕を奪え!」
レプリカはすぅーっと両手を伸ばし、スタングの左腕を掴もうとする。クロロの姿をしているそいつの両手にはプラスとマイナスのマークがついていた。番いの破壊者か?
爆弾レプリカ!
爆弾レプリカをファンファンクロスで小さして、潜伏させていたのか?
爆弾レプリカが両手を合わせる前に、スタングの左脚の蹴りでそれを吹き飛ばす。
嫌なイメージがよぎる。
爆弾レプリカは一体や二体だとは限らない。
土の中から次々に現れた。全員コートを着ている。爆弾レプリカがスタングの右腕を取りに来る。能力を盗むためだろう。クロロってヤツは限度を知らない。徹底的に徹底的だ。
100体くらいが這い出てきた。クロロが100体。スタングを取り囲むように。
右腕を狙っているのはフェイクだ。本当の狙いは左手。スキルハンターの表紙には右手の跡があるが、おそらくあれもフェイク。手ならなんでもいい。もしかすると手以外もありかもしれない。
その証拠にヤツは落ちている右腕を狙わなかった。ヤツは知っている。右腕の能力に。
右腕を取られることは怖くない。問題は左腕のほう。右腕とちがって切り落とされて捕獲されたら左腕の能力では逃れられないだろう。
クロロは俺の左腕を切り落とすつもりだ。
スタングは本物のクロロをさがす。
いた。
本物のクロロはコートを着ていない。もちろんクロロがレプリカのコートを着ている可能性はゼロではないがクロロが負った傷まで真似ることは難しいだろう。
レプリカは本物と思われるクロロを守るようなフォーメーションを取っている。
レプリカの手にプラスの印があった。これで確定だろう。これは番いの破壊者サンアンドムーンだ。それに額に人というマークが入っているレプリカも幾人かいる。もしかしたら、身体のどこかに全員マークが入っているのかもしれない。レプリカの動きはクロロの身のこなしとはあきらかにちがう。見分けはつけやすい。クロロが身のこなしのクセを変えている可能性もあるが。
やはりクロロはいくつもの能力を同時に使っていやがる。どういう制約をつけているんだ? ありえない。
クロロの戦術は完全に俺の戦闘考察能力を越えている。もうクロロは無制限に能力が使えると考えたほうがいい。
先手をとったつもりだったが完全に後手だ。形勢は互角のはずだが、実力も互角のはずだが心理的に上を行かれている。俺の心を摘み取られている。
「フォーメーションツー」
さらに、二百体ほどの爆弾レプリカが現れた。
囲まれたとしても、爆弾レプリカなど恐れるほどのこともない。俺の身体が再生可能だからという意味ではない。こんな爆弾レプリカ、さばくのは造作もない。だからこそ疑問が浮かぶ。
なぜこんな無意味な戦術をとるんだ?
クロロにしては戦術が幼稚なような気がする。こんな爆弾に嵌るヤツなんて相当なマヌケだけだ。爆弾化する意味がない。クロロがムダなことをするとは思えない。そこには意味のないことをする意味があるはず。
つまり、それは制約だ。
推論を重ねていくとそういうことになる。
これが正しいと仮定すると、いまクロロは番いの破壊者サンアンドムーンを発動していないから、これ以上、爆弾レプリカが増えることはないということになる。隠れていなければの話だが。おそらく隠しているだろう。
能力を使うための制約。それが番いの破壊者。
問題なのは爆弾ではなく、爆弾レプリカがクロロの盾として使えること。サンアンドムーンは俺の攻撃を封じるためのものだ。
戦術の主体は「人」のマーク。この能力。
サンアンドムーンを崩せればこの戦術を無効化できるはずだが崩す方法がわからない。
「オーダースタンプという。戦闘能力は元になった人間の能力に起因する。強ければ強いほどオーダースタンプの攻防力は増す」
「あっそ」
元になった人間……クロロか? それにしては能力が何パターン化に分かれて、異なっているような気がする。素早い者。力の強い者。器用なもの。姿は一緒なのに。どこか動きがフェイタンやフィンクス、フランクリンに似ている。あとマチ。
オーダースタンプ連中はクロロのイメージが変わるような身のこなしだ。
俺の攻撃は全体攻撃は得意ではない。灼炎弾で全体攻撃はできなくもないが、決定力に欠ける。このオーダースタンプの爆弾レプリカは盾としてかなり厄介な存在になる。
クロロは喉にオーラを溜める。オーダースタンプへの一斉命令か。
爆弾レプリカが襲いかかってきたとして、具現化系の炎で対応するとどうなる? オーダースタンプにより命令されていれば死の恐怖と痛みはないも等しいだろう。構わずに突っ込んでくるような生物ではありえない行動がとれるはず。
具現化系の炎で燃やし尽くすまで、行動不能にさせるまで、わずかだが時間がかかる。その間は番いの破壊者より厄介な存在になる。あの炎は術者の俺にも伝染する。解除もできない。食らったら面倒。具現化の炎で迎えうつのは逆効果だ。
逃げるようだが、大ジャンプで回避するか。
スタングは両足にオーラを溜める。
「良い読みと判断だ。最悪の事態を回避したな。攻撃に重きを置けば防御が遅くなる。おまえの武器である右腕と左脚は反応が遅いから」
クロロは見抜いている。ビットの弱点を。
ビットは流が苦手だ。決定的に。
ビットは防御が苦手だ。奇襲に弱い。事前プログラムしていれば別だが。そのすべてを見抜いている。
「以前なら無謀に突っ込んできたのに……成長しているじゃないか」
「だから、上から言うな」
「フォーメーションスリー」
爆弾レプリカたちが広がる。
やっぱり口頭操作(セミリモートタイプ)か。完全リモートのような複雑な操作は不可能。
具現化の灼炎で爆弾レプリカを着火し、いったんここから離脱する。具現化の炎は時間をかければ確実に燃やせる。それでほぼ一掃できるだろう。逃げる準備を完了している今なら問題ない。
スタングは右手に具現化の炎を出す。
「具現化の炎か」
どうして、わかった?
スタングは内心動揺している。
「どうして、わかったか、か? 大気のゆらぎをみればあきらかだ。変化系とはあきらかにちがう……熱量が」
見切られてる。
「そんなことにも気づかなかったのか?」
くっ。
「オレに二度も同じ技が通用すると思わないことだ」
洞察力と分析力、そして、思考力。そのすべてを兼ね備えていないと言えないセリフ。あと中二病。
クロロはそのすべてを兼ね備えている。そのすべてを兼ね備えている。
戦いが長引くほどに、じりじりと実力の差が浮き彫りになってくる。これが地力の差というヤツか。
初見では通用していた技が一巡して通用しなくなる。クロロに通じる技が少なくなっていく。勝機が薄れていく。九回裏満塁で、これまで封じ込んでいた四番バッターを相手に投げる球がなくなったピッチャーの気分だ。
あらためてヒソカの凄さを思い知らされる。能力がバレてるのに、無限の応用力で対処する。バケモノだ。
パワーもスピードも才能だって、俺のほうが上なのに……なぜかクロロ(ヤツ)に上を行かれる。
攻撃すれば捕まる。逃げてるだけじゃ勝てない。攻撃と防御を同時にやらなければならない。でも、そんな方法は……。
ヤバい。手がない。
クロロとは四歳差くらいだったかな。その差がそのまま……。
――シモン
――シャンバラ
――シンファ=カルマ
俺も一線級で戦ってきたんだけどな。それでも経験値がクロロに追いついている気がしない。クロロは目をつけられて、ゾルディックとも何度か戦ったって言っていた。どれほどの修羅場をくぐってきたんだ。
クロロの恐ろしさはスキルハンターじゃない。スキルハンターを使いこなし、他人の能力を自分のものにするところだ。
「おまえの力はわかった。オレの手札は以上だ。これ以上の念能力は使わない。使う必要がない。誇っていい。他人の念能力を盗むために使用する能力数記録更新だ。殺るためだったら、もっとずっと少なくて済んだだろうがな」
「俺を評価するな」
「さぁ、本当の第二ラウンドをはじめようか」
自分のほうが上だと宣言するように、スタングのセリフを言い返した。
「第二ラウンドが最終ラウンドだがな」
ヤロウ。
◆
俺は……負けるのか? ここで? こんなところで?
『私の夢は世界の果てをみること』
『プロハンターにオレはなる!』
『私の夢をあなたにあげる』
『ハンターになれ。オレの夢を代わりにみてくれ』
アリス……ネイロ……俺は……どうすればいい? おまえらなら、どうする? おまえらなら、何ができる?
おまえら……なら……おまえら……なら……!?
クロロの唇が動いている。何か言ってるが、スタングはクロロの言葉をきいていなかった。
もしも、クロロなら、俺の能力をどう使いこなすだろう?
スタングの炎(精神)は冷たく研ぎ澄まされていった。
ゴゴゴゴゴ……。
スタングはビットツービットを地面の下に放った。
クロロの表情が変わった。
「なんだ? おまえの中で何が変わったな? おまえはあきらめることを覚えたはずだ?」
「もう忘れたよ」
「おまえを支えてるものはなんだ? 何がおまえを突き動かしている?」
「クロロ、悪いが、この能力は……この身体はおまえにはやれない」
「フッ……強引にでも奪ってやるさ」
クロロが爆弾レプリカをスタングに放つ。
「やれ」
スタングのまわりの地面が一斉に融ける。溶岩と化す。ビットツービットを分散させて、一気に変化系で融かした。
「この戦術は……オレの思考に似てるな。手に詰まったとき、誰かの思考をトレースするのは……よくある手だが……」
溶岩化したエリアがクロロまで到達する。クロロがジャンプするとその足の裏を爆弾レプリカが蹴り上げる。クロロは空中へと高く飛ぶが、その着地点も溶岩と化した。
スタングはじっとクロロをみた。
「51、52、その場で自爆しろ」
クロロはスキルハンターを具現化し、パラッとページを開く。
爆弾レプリカが二体、他の爆弾レプリカを巻き込んで自爆する。その衝撃波でクロロはさらに吹っ飛ぶ。
「そうくると思っていたよ。おまえに着地点はない」
「なら、つくればいい」
クロロはスキルハンターを消した。隠じゃない。
「神と悪魔の合わせ鏡(フェイカーフェイカー)……解除!」
◆
九回裏。ツーアウト満塁。ノーボール。ワンストライク。
スタングが対峙するは四番クロロ=ルシルフル。