クート盗賊団はハンター協会も無視できない存在になっていた。しかし、クート盗賊団の強大さにハンター協会も対応できていなかった。ネテロの年齢とともに、ハンター協会の弱体化が囁かれて、一盗賊団相手に、会長自ら乗り出すことやゾルディック家の力を借りることはハンター協会の存続意義すら問われかねない状況だった。
スタングたちは10歳になっていた。そんなある日、アリスは村を出ていった。家出だった。シモンに結婚を迫られていた。スタングとネイロはアリスの捜索を開始する。スタングたちの常識では10歳で結婚は早い。
あの日、あの遺跡で、俺たちはこの世界の主人公になったと思った。でも、それはまちがいだったと気づかされる。アイツとの出会いで。
◆
スタングとネイロは村の外の森の中で、アリスをさがす。
「アリスは村から出たがってたよな。シモンと結婚したら、もう村から出られないんだよな」
「誓約と制約があるからね」
アリスはシモンとの結婚の誓約として、左腕にタトゥーを入れられる直前に逃げだした。村はシモンの怒りを恐れた。
「なんで10歳で結婚なんだよ。17歳だったよな?」
「ネア姉ちゃんの件があるからじゃない?」
「ジン=フリークスかぁ。なんで余計なものまでハントしちゃうかな」
「合鍵ってないよな?」
「そうだと思うぜ」
「だったら、なんであのときアリスはあの扉を開くことができたんだ? なにかあるんだよ。鍵じゃなくなる方法。離婚する方法か、婚約解消する方法がさ」
「ジン=フリークスだ。アイツだ。アイツが婚約解消の原因だ」
俺とネイロは見つめ合った。俺たちは鏡のように頭をかいた。
しばらく無言だった。
「あっ、オレ良いこと思いついた」
「なに?」
「シモン、ぶっ倒そうぜ」
「ネイロってさ、ときどきとんでもないこと思いつくよな」
十三使途聖獣シモン。どこにいるんだろう。どうやって倒すんだろう。
「俺は賛成だよ。アイツ、嫌いだよ。元婚約者のネア姉ちゃんを見殺しにしようとしたサイテー野郎だし」
そして、助けに来たのはジン=フリークスだった。
「神だからって調子に乗りすぎだよ。俺は許してないし」
「今日の森はやけに静かだよな?」
「あぁ、うん。そういえば……」
静かすぎる。
突然、樹が縦に真っ二つになって燃えた。そして、ふわりとニケが舞い降りてきた。ニケにはアリスが乗っていた。アリスのひたいには汗。
「ごめん」
アリスが小さくあやまった。
絶体絶命だ。助けに来るなら今だろ。シモン。
筋肉質の熱そうな男とほっそりとした氷のような女が上から降ってきた。ニケが女の手刀で斬られた。
「ああああああああああああぁっ!」
ネイロが吠えた。やばい。
「フージン、殺っちゃっていい?」と男が女に訊く。
「ライジン!」
フージンは手を振って、俺たちをさす。
ネイロは男に突っ込んでいく。くそっ。俺もネイロにつづく。何の策も思いつかない。どうしていいかもわからない。
ライジンとよばれた男の両手がバチバチと光を放つ。
ライジンの右手がネイロを襲う。右手がネイロを逸れた。近くの木がライジンの逸れた攻撃によって横に真っ二つになる。
木に不気味なジョーカーが描かれたトランプが突き刺さっていた。
フージンが明後日の方向をみている。そこに奇妙な格好の少年がいた。俺たちよりちょっとだけ大人だ。森の中で、この状況で、あきらかに異質なオーラを放っていた。
「小僧、ナニモンだ?」
「ヒソカ♣」
そういって、肩をすくめて「くっくっく……」と笑った。
「ジンの弟子か?」
「ジン? だれそれ? ボクの師はマリアンだよ❤」
「マリアン? 知らねえな」
ピンク色の髪。カツラだろうか? 現実味がない。
俺たちは手負いのニケのもとに駆け寄る。アリスが回復魔法をかけている。治れ。治れ。と念じながら。
「俺たちをA級首のクート盗賊団だって知ってケンカ売ってんのか?」
「ふ~ん、へぇ、そうなんだ。それがどうかしたのかな? あなたたちが誰だって関係ないよね? 何か問題ある?」
俺たちと大して変わらない年齢なのに、こんなヤツら相手に一歩も引いてない。それどころか笑顔さえ浮かべている。
ライジンがヒソカに襲いかかる。接近戦。ヒソカはライジンの攻撃を紙一重で交わす。うまい。足の踏み場を的確に選択している。反発力が高く、砂の少ない滑りにくいところを選んで地面を蹴っている。そういう足元の選択が必要な場所にライジンを誘っている。そして、その差がスピードにはっきり出ている。
狙ってやっているんだ。
ヒソカと名乗った少年は右手を前に出す。右手がぼぉ~っと光出したようにみえた。
力の差は歴然だった。ヒソカは追い詰められている。それでもヒソカの表情から余裕が消えない。
ライジンのバチバチと音を出している光腕がヒソカを完全に捕えた。ヒソカの手からトランプのカードが現れた。ライジンはヒソカから跳び退った。攻撃をキャンセルして。最大のチャンスをみすみす逃した。いや、好判断かもしれない。ヒソカを攻撃していたらカウンターでやられていただろう。一瞬の判断ミスが即死につながる。そんなバトル。そんな気がする。
「具現化系能力者か」
ヒソカの顔にわずかに悔しそうな表情が浮かんだ。すぐに消えた。
左手からも同じようにカードが現れた。どこから出したんだ? こいつもアリスと同じように念能力が使えるのか。
ヒソカのトランプがこっちに飛んできた。俺たちに迫っていたフージンがヒソカのトランプを避けた。このやり取りの中で、俺たちも視界でとらえていたのか? 木に突き刺さったはずのトランプがみえない。木の中に入ったのだろうか? ていうか、いつ飛ばした? そんな動作はなかったように思う。
ヒソカ、なんなんだ、いったい!?
「ライジン、要警戒」
ヒソカの右手と左手のトランプの数が数十枚に増える。ヒソカの態勢が低くなる。
「フージン、どうするよ? おそらく一撃必殺タイプの能力だよ」
「能力未知数。撤退!」
フージンとライジンは消えた。あたりから完全に二人の気配が消えた。
「勝った……の……?」
ヒソカの両手からトランプが消えていた。ヒソカの手がぼぉ~っと光っている。
「あなたは具現化系能力者?」とアリスは首をひねりながら訊く。
「くっくっく……◆」
何がおかしいのかヒソカは笑っている。意味不明だ。
ヒソカはニケに近寄り、頭を撫でる。ニケは嫌がらなかった。おそらくヒソカは12歳くらいだろう。念を覚えてどれくらいだろう。相当の使い手だ。
スタングとネイロは念能力が使えない。マノリアと12歳になったら教えてもらえる約束になっていた。
「キミたちは誰だい?」
「アリス=カリュー」
「ボクは奇術師ヒソカ♣」
「奇術師ね。なるほど。ミスディレクションか」と一人勝手に納得のアリス。
「いろんなところのいろんな念能力を調べて、研究をしているんだ。念能力を制するには念能力を知らなければならないからね。いまはマシュラという人をさがしてるんだ◆」
たぶん、この瞬間だろう。ヒソカは俺にとっての神になった。
「なんだろう? バトル中に身体の奥からこみ上げてきたこの感じ……❤」
ズキュゥゥゥン。
「いいよね♣」
アリスがドン引きしていた。アリスはドン引きしていた。
前言撤回……やっぱり、なんかちがうかも。
「キミたち、みんな、おいしそうだ❤ 特にキミ。いいよ。すごくいい❤❤」
ヒソカはネイロをみながら唇をぬぐった。ジュルッと音がしたような気がした。
「こんな幼い果実を狩るなんて、なんてもったいないことをするんだろうね。許せないよ」
「私の名前は忘れてください」
◆
奇術師ヒソカ――
それはスタングにとって今まで出会ったことのない
奇妙で、ふしぎで、底の知れない未知との遭遇だった
◆
やっとヒソカが戻ってきた。なにか良いことがあったのかすごく機嫌がいい。うれしそうだ。
「マリアン、ただいま❤」
「ヒソカ、どこに行ってたのよ?」
「ちょっとクート盗賊団とこぜりあい♠」
「はいはい。そんなわけないでしょ」
マリアンは首を振って、あきれたように言った。
「あなたはさっき念を覚えたばかりなんだから。纏しか使えないでしょ?」
「♣」
ヒソカはニタリと笑った。
「サトラの村がどこかわかったよ」
◆
奇術師ヒソカ――
気まぐれで、嘘つき。それは変化系の特徴
そして、ヒソカの念の系統は――
ヒソカはサトラの一族の村を訪れる。数日間、お祭りなどをスタングたちと一緒に楽しんだ。アリスをみるヒソカの目が異常だったこともあるが、マリアンがいるにも関わらず、村人たちは旅人にまた花嫁を奪われるのではないかとヒソカを警戒していた。予想に反して、何事もなく、ヒソカは村を去っていった。また来ると言い残して。
そして、運命のあの日を迎える。それはアリスの結婚の日だった。