Hyskoa's garden   作:マネ

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No.015 緋涙のブループラネット⑤

 ゼネルが迫っていることをジンは知らなかった。

 

 このころのジンはまだ大統領クラスの権力を持っていなかった。そして、個人情報がネットで公開されることの恐怖も知らなかった。名前と顔だけで人を殺せる能力者もいるかもしれない。のちにその恐怖をジンは知ることとなる。

 

 

 ◆

 

 

 アリスの理解不能な推理ショーがはじまった。

 

「サトラの一族は遺跡を守る一族なのに、遺跡は無防備そのもの。誰も警備していない。これってあきらかにおかしいでしょ?」

 

 俺はハッとした。

 

 言われてみればその通りだった。守ると言いながらぜんぜん守っていない。

 

「人類が獲得した秘宝を守る方法は二つある。一つは秘宝を自分の近くに置いて、文字通り敵から守る方法。もうひとつは宝箱に入れて、鍵をかけたり隠したりする方法。今使われているのはあきらかに後者。絶対に宝箱が開かないなら、宝箱を守るのではなく、守るべきは鍵」

 

 ドクンドクンドクン……。

 

「なるほど」

 

 ネイロがバカな表情でうなずいている。たぶん、思っていることは俺と同じだろう。まったくわからない。

 

「鍵とは何を指し示すのか? 村が守っているもの。なんだと思う? ネイロ隊員?」

「えっと……メーラが持ってきたチョコレート?」

「あとでネイロのチョコは没収します」

「な、なんでオレがチョコ持ってることわかったんだ? アリス、超能力者かよ」

「畑とか?」と俺。

「それは開墾でしょ」

「わかんねぇよ」

 

「最強の村人ってだれ?」

「マシュラさんだろ?」

「守るには隠すか、強い人に守ってもらうか、二つの方法がある」

 

「マシュラさんが守っているのはネア姉ちゃんだ! 鍵ってネア姉ちゃんのことか? どういうこと?」

「そういうこと」

 

 当時の俺は二人の話についていけなかった。

 

「ネア姉ちゃんがパスワードを知ってるとか?」

「おそらく、ネア姉がこの壁にこういうふうにふれると……」

 

 アリスは背伸びして、例の壁にふれる。

 

「開くと思うんだ。うっすらと手形もあるし」

 

 壁が二つに分かれていく。

 

「おおおおっ」

 

 俺たちは驚いた。

 

「あれま」

 

「やったぜ。さすがアリスだ。天才だな」

「すげえ」

 

 俺とネイロは本気で感心していた。アリスは気まずそうだった。推理外したもんな。俺たちは推理が外れたことにすら気づかなかった。

 

 アリスは小声で「おっかしいなぁ……」と言っていた。

 

「私が鍵になったってこと? ネイロとスタンには開けなかった……鍵の条件……? 修道女……神の花嫁……条件……う~ん」

 

 アリスの推理がそんなに外れていなかったことが数日後に証明されることになる。

 

「行こうぜ」

 

 俺たちは本当の遺跡の中へと足を踏み入れる。

 

 ヘタクソな壁画の壁が並んでいる。

 

「芸術ね」

「ラクガキだよ」

「オレでも描けるぜ」

 

「わかってないなぁ」

 

 みるものがいろいろあった。まるで博物館だった。博物館に行ったことないけど。

 

 エレベータがあった。

 

 乗ったことはなかったが、写真などでみたことはあったのですぐにわかった。ちょっと感動していた。

 

「スタン、知ってるか、これ動くんだぜ」

「知ってる」

 

 ボタンがあった。

 

「押すぞ」

 

 ネイロが柄にもなく緊張している。ボタンを押した。ピンという音がして、扉が左右に開いていく。

 

 広い。数人が生活できるようなスペースがある。パーテーションで区切られていて、全体はみえない。数人どころかもっと大人数でも住めそうなスペースがあるかもしれない。

 

 俺たちはエレベータに乗った。

 

「遺跡にエレベータ? 動くのか?」

 

 ネイロは適当にボタンを押す。いろいろボタンはあったが届かないので一番低いところのボタンを押した。

 

 扉が閉じて、エレベータが動き出した。下へ。

 

 …………。

 

 …………。

 

 …………。

 

 俺たちは言葉を発しなかった。

 

 …………。

 

 …………。

 

 …………。

 

 ずっと下へと動いている。だんだんとこの状況に慣れてきた。

 

「どこまで落ちるんだ、これ?」

「永遠に止まらなかったりして」

「スタン、怖いこと言わないでよ」

「でも、いくらなんでも、おかしくね? もう5分は経ってるんだけど」

 

 ネイロはボタンをいろいろ押そうとしたが、アリスが制止する。

 

「これってシャレにならない状況かもよ」

 

 ネイロの表情が青ざめている。

 

「もう帰りたい」

 

「1分で1kmって感じかな。もう6分経っているから、6km地下へ下がったことになる」

「ゾクゾクしてきたんだけどさ……」

「オレも」

「私も」

 

「オレ、耳がなんかヘン」

「気圧のせいだよ」

 

 泣かなかったのは三人一緒だからだった。

 

「そうだ。寝よう。寝て忘れよう」

「寝ても状況は変わりません」

 

「とりあえず、探検してみる? ここ?」

「……だね」

 

 食堂やお風呂やトイレもあった。いろいろな野菜や肉があった。ただ俺たちは料理ができなかった。

 

「数ヶ月はここで生活できそうね」

「やだ。オレは帰るもんね」

「おふくろが心配しているから俺も帰るよ」

「どうやって?」

「寝る」

「寝んな」

 

 そして、1時間が経過した。60km下へ進んだことになる。

 

 アリスはネイロが押したボタンのあるパネルをみている。ボタンが多すぎて、わけがわからない。メモリが変化しているところがある。アリスはじっとそれをみている。親指の爪を噛みながら。

 

「世界地図ってみたことある?」

「あるよ」

「もしかしたら、あの外側ってあの世界地図より遥かに大きいかもしれない」

「ちょっとなに言ってるかわからない」

「私も自分で何を言ってるかわかってない。地下15万kmくらいあると思う。最下層まで3ヶ月以上かかる」

「ふ~ん」

 

 ネイロが壊れた。思考するのをやめた。

 

「地下一階につくのが2時間後だと思う。ご飯にしましょう」

 

 アリスは持ってきていたバスケットを開ける。サンドイッチがあった。

 

 おいしかった……と思う。異常な環境で味どころではなかった。

 

「でも、これでこの世界の大きさがだいたいわかった。最下層の表示、おそらく地上一階って読むんだと思う」

「この文字読めるの?」

「アリス、天才か」

「パネルの文字から推測するとってこと。昔から世界は球体という説があるの。仮にその説が正しいとするとこの世界の広さは端から端まで、つまり世界一周で約45万km」

 

 このパネルをみただけで、そんなことまでわかるのか。

 

「ねぇ、スタン。あと6年して12歳になったら、三人でハンター試験を受けない? 三人で世界の果てを見に行くの」

「おもしろそう。一緒にハンターになろうぜ」

「どうかな?」

 

「べつに、いいよ」

 

 アリスが笑った。ネイロが抱きついてきた。

 

 これが人生の中で、一番幸せな瞬間だったと思う。このときはこの瞬間の大切さなんて気づきもしなかった。

 

 

 ◆

 

 

 不意に目が覚めたネアはふらふらとアリスの部屋へと入った。二人は血のつながった姉妹で部屋は隣同士だった。アリスの寝顔をみるのがネアのひそかな楽しみだった。

 

 ベッドにアリスの姿がなかった。争った形跡はない。ただアリスの外履き用の靴がなかった。ネアは混乱した。

 

 そして、もっとも安易な行動を選択する。

 

 

 ◆

 

 

 エレベータが動きはじめてから、3時間が過ぎたころだった。

 

 チーンと音がして、女性の音声で「地下1階でございます」ときこえた。


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