三人はサトラの一族の……ルルカ遺跡の秘密をさぐる。
「こらぁ! おきろぉ~」
俺は脇腹を蹴っ飛ばされた。次の瞬間、隣りでネイロのうめき声がきこえた。俺はネイロの部屋にいて、いつの間にかに眠ってしまっていた。
「ルルカ遺跡に行くよ」
アリスの声だった。
「なんで行くことになったんだっけ?」
「はぁっ!? プロハンターが興味もってる遺跡にはなんかあるから、私たちで行ってみようって話になったんでしょ?」
覚えてねぇ。そんな会話をした記憶ぜんぜんなかった。
「そうだっけ?」
「そうなの! 行くよ」
「オレはパス」
「ネイロ、なに寝ぼけたこと言ってんの?」
「寝ぼけてるから」
「バカなこと言ってないで、さっさと行くんだよ」
俺たち三人は深夜の村をこっそりと歩きはじめた。
ネイロには親がいない。ネイロが赤ん坊の頃に死んでしまったらしい。6歳で一人暮らしだった。
ほぼすべての村人がネイロの引き取りを申し出たが、村長から許可が降りなかった。村長の独断で、一人暮らしということになった。ネイロの親権がイコール次期村長のポジションといえたからだ。パワーバランスが崩れることを恐れたのだ。ネイロの身体能力は村の宝だったと思う。
俺の身体能力が飛び抜けていることがわかってから、俺の両親も村での発言力が強くなっていった。そうアリスが言っていた。俺にはよくわからなかったが、いまになって、ようやく理解できる。
アリスは賢かった。
村はシーンと静まり返っていた。月明かりで、意外に明るかった。
大人たちにナイショで、なんだかワクワクしていた。ふしぎな解放感があった。そして、ちょっと怖かった。
「夜になると、村の外にモンスターが現れるんだぜ。たのしみ」
「あぁ、それ嘘だから。モンスターなんてこの世にいないから」
ネイロは衝撃を受けたような表情をしている。
アリスはあっさりとこどもの夢を踏みにじった。アリスにはこういうところがある。
茂みの中から、ニケが現れた。耳と鼻が尖っていて、銀色の毛並みで、青い瞳をしている。3mはありそうな大きな犬だ。俺たちの友達だった。大人がいるときは現れない。小さな子犬の頃から、俺たちで育てていた。
「ニケ! アリスがモンスターなんていないっていうんだ。そんなことないよな?」
ニケは人間の言葉がわからない。
「モンスターが出るなんて、こどもを村の外に出さないための嘘なんだよ」
ニケはペロペロとネイロを舐める。
「オヤジがさ、耳と鼻が尖っていて、銀色の毛並みの、青い瞳のモンスターをみたって言ってたけどな」
「そんなモンスターいるわけないじゃない。ねぇニケ?」とアリス。
「やっぱり、モンスターなんていないのか……」
ネイロはしょんぼりした。
◆
ルルカ遺跡は小さな祠があるだけ。四角い石が詰まれた神秘的な遺跡。
そんなものを、なんで必死にサトラの一族が守ろうとしているのか、あの日まで知らなかった。
遺跡のまわりには動物の気配がまるでない。ニケは立ち止まった。ニケは遺跡が苦手なようだった。
「ニケは待ってていいよ」
俺は頭を下げたニケの頭を撫でた。
「プロハンターが興味を持ち、私たちが遺跡を守りつづける理由……なんだかワクワクするね」
「あぁ、夜外歩くのってなんかワクワクするな」
ネイロが無邪気に言った。
「…………」
あの頃は会話が噛み合ってなかった。アリスの知能の発達は早くて、なかなか会話にならなかった。これでも会話は噛み合ってきていたほうだ。
今なら……。ときどき思う。もしもって……。
階段をのぼって、俺たちは遺跡の内部へと入っていった。暗い。何もみえない。アリスが後ろから俺たちを制止する。
「装備の確認をします。ネイロ隊員?」
「何もなしであります」
「スタン隊員?」
「手ぶらであります。アリス隊長」
アリスは懐中電灯をつける。
「おお」
「おお……じゃないよ。あんたたちは何しにきたのよ」
「はっはっは」
ネイロは笑った。
それをネイロにわたす。あと2つ、ペンライトを持ってきていた。その一方を俺にわたした。アリスはバスケットを持ってきていて、他にも何か入っていそうだ。おいしそうなパンの匂いがする。
遺跡内部は下につづいていた。中は広いようだ。特に何かあるというわけではない。いくつかの部屋といくつかの硬そうな石の像があっただけ。すぐにすべてをみることができた。
「なにもないなぁ。石像がいくつかあるだけで」
「だけど、何もないわけはないよね。みつからないだけ」
「隠し扉だ!」
「スタン、おまえ天才か」
アリスは肩をすくめる。
「隠し扉をさがしましょ」
俺とネイロは壁を押したり、床の石を一枚一枚押してみたりした。
「こういうのって、頬っぺたくらいの大きさの石があやしいんだぜ」
ネイロが得意げに説明する。もちろん、なんの根拠もない。
アリスは歩き回りながら、天井壁床をまんべんなくみている。いや、すこしちがう。いま思えばアリスがみていたのはこの遺跡の部屋の間取りだったのかもしれない。隠し部屋をつくれば当然間取りに違和感が生まれるから。想像でしかないが。
アリスは俺たちとはアプローチの仕方がまったくちがっていた。
「あった」
アリスがつぶやく。ほぼ三人でかたまってさがしていたような気がする。なんでかたまっていたんだろう? 怖かったのかもしれないな。ほんと、こどもだった。ヒソカとちがって、ただのこどもだった。
アリスが指差したその石だけつるつるしていた。アリスの手の届かない少し高いところにある。背を伸ばせば届きそうだ。6歳のこどもにはいろいろなものが大きい。
「さて、どうやって開けるんだろう?」
「とりゃ」
ネイロがジャンプした。手で押す。着地する。何も反応しない。
「ちがうんじゃね?」
「ここだよ。そんなにむずかしい場所なら守り人なんていらない。さがせば見つかる。だから守り人が必要」
「アリスって自信満々だよな。どんなにうまく隠しても絶対みつけられるって思ってる?」
「うん。みつけられるよ」
ネイロとアリスはにやりと笑った。
「アリス、どいて」
俺はコブシに力を込める。
「ちょっ……スタン!?」
全力で跳んで、最強の一撃を石の壁に食らわせた。壁が光った。俺は弾き飛ばされた。
「スタン? だいじょうぶか?」
ネイロとアリスが倒れている俺をのぞき込んだ。アリスは心配そうな顔をしている。ネイロは吹き飛ばされた感想をききたそうな興味津々の顔をしている。
痛みはなかった。床にぶつかったとき多少痛かったけど。
「だいじょうぶ」
アリスが安堵の表情を浮かべる。
「スタン、大切な遺跡に何してんの?」
そして、俺はアリスに数分間説教された。
「ほんと、バカなんだから」
「でも、これでここが隠し扉だってわかったよな」
「反省してんの? してないの?」
「スタン、おこられてんの。ぷぷぅ」
ネイロが茶化す。
アリスは本気で怒っていた。
「反省してる(言わされただけ)」
アリスは溜め息をつく。
「でもさ、俺のパンチなんかでこじ開けられるなら、その程度の秘宝ってことだろ? カンタンには開かない。きっと特別な開け方があるんだよ」
アリスはハッとした表情をする。
「あんたもときどき核心つくよね……って、あれ……?」
アリスがこの部屋への出入口をみて首を傾げる。なんでいまそっちをみる?
「おかしい」
「なにが?」
俺たちはアリスの思考にはついていけない。
アリスは右手の親指の爪をかむ。髪をぐしゃぐしゃにしながら「わからない」という。アリスがゾーンに入ったときの行動だった。ただ、答えがかならず出るとは限らない。
アリスは部屋をぐるぐるとまわりだした。何かぶつぶつ呟いている。完全に自分の世界に入った。俺たちが目に入っていない。
「アリス、あっちの世界に行っちゃったぜ。アリスちゃ~ん?」
アリスは立ち止まる。
「そっか。私はバカだ。簡単なことじゃない」
「アリス、もしかして……?」
「来たか?」
「解けた」
アリスは俺たちをみながら、壁を指で叩いた。