Hyskoa's garden   作:マネ

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No.012 緋涙のブループラネット②

 ゼネルの必殺技によって、山の地形はだいぶ変わってしまった。

 

 ホコラとシルドラは気絶していた。完全に戦闘不能だった。

 

「キミが殺らないなら、あたしが殺るよ」

 

 アスフィーユは凝で右手にオーラを集める。美しいとはいえない流。オーラが異様に乱れている。

 

「もしかして、アスって殺ったことないの?」

「は? このあたしが? そんなわけないでしょ。バラガムなのよ。A級首なのよ」

「アスは賞金首じゃないだろ」

 

 アスフィーユは戦闘が苦手のようだった。戦っているところをみたことがない。戦闘技術がないわけじゃなかったけれど。

 

「じゃあ、さっさと殺りなよ」

「わかってる。キミが邪魔してるんでしょ」

「わるい」

 

 アスフィーユは深呼吸する。

 

 三流かよ。もう面倒くせぇ。

 

 ゼネルがアスフィーユを押しのけてホコラの首をはねようとした瞬間だった。

 

 ホコラとシルドラが倒れていた地面が二つに割れて、その穴に二人は落ちていった。そして、バタンと地面が閉まった。

 

「なにこれ? ゼネル君?」

 

 ゼネルとアスフィーユに緊張が走る。

 

 ゼネルはアスフィーユの盾にいつでもなれるように警戒する。

 

 ボスからアスフィーユは死んでも守るように命令を受けていた。漫画とはちがって、現実では戦闘員よりバックアップメンバーのほうが価値がある。特に具現化系と特質系は尊重される。操作系は知能が高い人が多く、能力よりも頭脳のほうが重宝されることが多い。

 

 バラガムに入団して、ゼネルはそれを知った。入団するまでそんなことは考えたこともなかった。ボスのシドーと出会って、ゼネルの価値感は変わっていった。仲間というものを教えてもらった。

 

「あの二人を救出する作戦まで用意しているなんて、二段三段構えで周到に準備されているね」

「あぁ、警戒に値する」

 

「おそらく、あたしの存在までは読み切れてないはず。あたしと一緒でよかったね。一人なら死んでいたよ。念能力者二人相手に襲ってくる人はそう多くないから」

 

 相手は何人だ? 例え、回復系等の能力者だったとしても、あの二人の心まで回復させることは不可能。さて。

 

「今回は引こうか」

「なに言ってんだ? オレを誰だと思っている? 最強の強化系だぞ」

「うん。知ってる。最強のバカだって」

「バカっていったほうがバカなんだからな」

 

「キミと具現化系は相性が悪いのよ」

「悪くないよ」

「コンビって意味ならね……とにかく! キミの念弾は破壊力重視でスピードが遅いでしょ。あんなの普通は当たらないの。具現化系に接近戦は初心者でもやらないわ。わかる?」

 

 アスフィーユは叱るように言う。

 

「オレは……」

「わかる?」

「んぐ……」

 

 手で胸にふれられた。

 

「動かないで」

 

 アスフィーユが囁くように言う。アスフィーユの声に緊張感があった。あきらかな具現化系能力。同じ具現化系同士、相手の力量がリアルに感じられたんだろう。

 

「ヤバくなったら、いつでも飛ぶから」

 

 みえた。

 

 メガネをかけた黒髪の少年だった。アスフィーユやホコラ、シルドラと同い年くらいだろう。具現化系独特の神経質そうな表情がみえた。アイツがドアを使う瞬間移動能力者だ。ドアの中にトラップがあるとすればはまった瞬間に勝負が決する。

 

「あたしの円で捕えられれば倒せる」

 

 アスフィーユの円が展開される。

 

「アイツ、知り合い?」

 

 アスフィーユの円には「顔をみる」と「肌にふれる」と「会話する」という彼女の能力の誓約をスキップする効果がある。ただし、24時間が経過すると登録が抹消されるという制約もあるが。彼女の円は「ふれる」と同じ効果がある。円の効果範囲にいる人物を自分と一緒に瞬間移動されることもできる。

 

 つまり名前を知ることがこの能力のキーポイントになる。名前は愛称でも構わない。ただし師匠とか先生とかではダメらしい。

 

「ノヴ=ラックハウス。スーパールーキーと呼ばれるはずだった期待のプロハンター」

「呼ばれるはずだった?」

「あたしの同期だから」

「アスってハンターなんだ?」

「そだよ。心源流の人に念能力ならったって話したでしょ?」

「心源流に念をならうことがプロハンターってどういうこと?」

「そういうことなの」

「意味がわかんない」

 

 アスフィーユはビスケという人の言葉を話すメスゴリラに念能力を教えてもらったらしい。メシアムという凄い使い手も一緒だったらしい。メシアムはそのあと師匠がネテロに変わったそうだ。四つも年下のメシアムにアスフィーユはまったく歯が立たなかったそうだ。

 

 アスフィーユの人生において、自分の才能が誰かに劣るなんてことはまったく経験がなかったそうだ。そういう経験をしたくて、ハンター試験を受けたそうだが、実際に経験するのはまた別の話らしい。

 

 ゼネルはそういった経験はなかった。

 

 天空闘技場で最強と呼ばれていたネテロのバトルをみたことがあったが正直勝ったと思った。全盛期のネテロなら話は別だけど。

 

 ネテロは念能力を武道に寄せすぎだと思った。武道を念能力に寄せるべき。それがゼネルの考えだった。

 

 ネテロの発想には岩を操作して攻撃するといった武道外の発想がない。あくまでも武道が攻撃の発想の起点だった。発想の自由度が低い。古い。それがゼネルの結論だった。

 

「ノヴを円で捕えて、スコーラスのところへ飛ばす」

 

 スコーラスはバラガムの戦闘員。ナンバー2にして、バラガム最強。いちおうそういうことになっている。もちろん、真のバラガム最強はゼネルだと彼は思っている。

 

 相手が誰かわかって、アスフィーユに余裕が出てきたようだ。

 

 アスフィーユは消えて、円の端に瞬間移動した。アスフィーユは円の中を自在に瞬間移動できる。ノヴの気配が消えた。二人を連れて、遠くへ行ったのかもしれない。

 

 ホコラとシルドラは一歩も動いていなかった。地形は変わったが場所は移動してなかった。それがノヴの能力の発動条件だったのだろうか?

 

「逃げられた」

 

 アスフィーユは円形に円を展開した場合、その半径は20メートル。目的物に対してのみ展開した場合は50メートル。登録用じゃない円の場合はさらに距離が広がるらしい。アスのはそういう能力だから。べつに負けたわけじゃないから。

 

「もどろ」

 

 

 ◆

 

 

 ハンターの少年はネアとマシュラと一緒に村長の家に行った。マシュラは教会の前にいつも立っていて、ネアが村の外に行くときはかならず一緒についていく剣士だった。

 

 サトラの一族は数十年に一人、飛び抜けて身体能力の高い村人が生まれる。マシュラの次がスタングだった。

 

「ルルカ遺跡ってなに?」

「え?」

 

 アリスが驚いた声をあげた。

 

「それ、マジメにきいてるの?」

「うん」

 

「そ、そうなんだ。サトラの一族はルルカ遺跡を守ってる一族なの」

「なに言ってるかさっぱりわからない」

 

 俺はまだ6歳で、一族が何をしているかなんてわかる年頃じゃなかった。遺跡の意味すらわかっていなかった。アリスは頭の良い子で、むずかしいこともよく知っていた。

 

 教会の扉がドカンと開けられた。

 

「なんかヘンなヤツ来てるぞ。ジン、ジン、ジン! ジンなんとか」

 

 ネイロが入ってきた。

 

「ネイロ、彼をみて、何か気づいたことある?」

「ん? メーラと同じ匂いがした。街の匂い」

「悪い人じゃないのかな。バカのネイロがこれだけはしゃいでるんだから」

「バカって言ったほうがバカなんだからな!」

「はいはいはい」

 

 俺たちはすごく仲が良かった。

 

 出会うという言葉を知る前に、出会って、

 友達という言葉を知る前に、友達になって、

 ケンカという言葉を知る前に、ケンカをして……

 

 仲直りという言葉を知ったのは二人とケンカをしたときだった。そして、友達という言葉を知った。

 

 俺にとって二人は友達だった。ただの友達じゃなく、大切という言葉を横に添えた……。

 

「ハンターなんだって」

 

 ネイロの夢はハンターになること。12歳になったらハンター試験を受けるらしい。遠い遠い未来の話だと思っていた。

 

「ホンモノだぜ。ホンモノ」

「それは私でもわかるよ。物腰がちがうから。ジンさんは世界の果てをみたことがあるのかな? あとで訊こうかな。でも、自分の瞳でみたいからな」

 

 二人ともジンに夢中のようだった。

 

 アリスの夢は世界の果てをその瞳でみること。世界の果ては滝になっているとか、大人たちは言っている。だったら、その滝の先に何があるの? ってきいたら、大人たちにヘンな顔をされてるアリスの顔は今でも覚えている。

 

 世界にはいろんな謎がある。今でもわからないことがある。

 

 俺は……俺には夢がなかった。

 

 あの頃の俺は何を思っていただろう? 思い出そうとするけど、記憶はぼんやりしていて、うまく思い出せない。忘れたくないことがたくさんあったように思う。忘れたくない人がたくさんいたような気がする。

 

 ときどき手を伸ばす。思い出の中に。

 

「――跡に行ってみようよ。今晩。って、スタンきいてるの?」

「きいてなかった」

「だから、こっそり三人でルルカ遺跡に行っちゃおうって話」

 

「ムリ。眠いから」

「ふっふっふ……昼寝すると夜眠くならないのだ」

「アリス、やっぱ天才かよ」

 

 ネイロが驚嘆の声をあげる。

 

「えへん」

 

 今日は日曜日で開墾作業はなかった。俺とネイロの主な仕事だった。俺たちは大人たちより腕力があった。まるで重機扱いだった。一生懸命働いても、そんなに喜ばれなかったような気がする。才能という言葉で片付けられたっけ。

 

「今夜22時に教会前に集合ね」

 

「22時って何時?」

「アリス、時間は12時までしかないんだぜ。ぷぷぷぅ」

 

 ネイロが笑う。

 

「…………」

 

 

 ◆

 

 

 戻ったら、ブループラネットの奪取の作戦会議のはずだった。あきらかにアジトの雰囲気がおかしい。それにボスがいない。

 

「あぁ……全員そろったな」

 

 シンファが声を出す。口許をゆがめている。

 

「ボスが殺された」

「へ?」

 

 ゼネルが持っていたペットボトルを落とした。こんな動揺した人間をアスフィーユは初めてみたような気がした。

 

「殺ったのはプロハンター、ジン=フリークスだ」

 

 ジン=フリークスとの戦争はもはや不可避だった。


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