人類の悪意の結晶ともいうべき幻影旅団。その団長がクロロ=ルシルフル。こいつは本物だ。過小評価は即命取りになる。ヒソカでも侮ると死ぬぞ。
我ながら、俺のこの能力はチートだと思う。その俺が勝利に確信を持てていない。覚醒後、こんな気分を味わったのは初めてだ。力のゴリ押しじゃどうにもならない相手。ゾクゾクしている自分がいる。
◆
『ふざけるな。ちゃんと闘えッ!!』
『もうボクはそのステージを卒業したんだよ。大人になったんだ♣ キミが大人になったらまた闘ろうね♠ おっとボクはキミを大人にしてあげないよ。そういうのはボクの趣味じゃないんだ。おいしく実った果実をどんなふうに熟したかなと思いをめぐらせながらじっくりと堪能する。それがボクにとって至福の時間なんだ❤」
『このヘンタイがッ!!』
『♣』
◆
なぜ、今、アイツのことを思い出す?
凝ッ!!
「ワァッッ!!」
喉にオーラを集めてスタングは大声を出した。声が反響する。
「ほう」
何を思っているのか、クロロの口角が上がった。期待しているような表情だ。少年のような。
なるほど。半信半疑だったが……。
喧騒が戻った。これはスピーカーによる喧騒だ。青空がみえるがその間にはみえない天井がある。デカすぎて気づかなかった、いや、気づけなかった。天井や壁までの距離が遠すぎる。俺の凝の効果範囲外だ。あんな遠くの隠なんて見抜けるわけがない。
ここは具現化された巨大なドームに覆われている。
なんてもんを具現化しやがる。
謎バリアと念獣。スイッチして使用しているんだ。それはこの空間はどちらかの付属能力ではないことを示している。それは同時にクロロが二つの念能力を同時に使っているということでもある。それとも仲間がいるのか? シャル以外の? それはないな。
この場所に来たとき、クロロは地面に手をふれていた。
このドームは謎バリアか念獣の制約に関係してるということになる。このドームを壊せばどちらかの能力が解除されるはずだ。おそらく解除されるのは念獣のほう。ここに来て、最初に使った能力は念獣だったから。どこまで壊せばいい?
ぜんぶ、すべて、ぶっ壊す!
「意外に早かったな。おまえにしては」
大声をきいたクロロは制約がバレたことを悟ったようだった。
次の瞬間……。
何もみえなくなった。
真っ暗だ。
何がおきた? 天井と壁の隠が解除されて、光が遮断されたんだ。
右脇腹をさらに深くえぐられた感触。念獣の攻撃だ。
真っ暗になったことに気をとられて身体が固まってしまった。念獣には俺がみえている? それとも血の匂いか? 痛くないだけに危機感が薄れる。内臓をやられた。面倒なことになったな。
スタングを右側から円が包み込む。スタングは条件反射的に右側を警戒した。
左脇腹をえぐられた。
スタングは円が陽動であることはわかってはいた。だが、まだまだスタングは思考より直感で動いてしまう。
念獣のオーラの光をとらえる。ようやく視認できたぞ。魚型の念獣だ。
スタングは左手に炎を纏う。
炎舞!
スタングは回転して、まわりを威嚇する。
スタングは灼炎銃を天井に放つ。
天井が破壊される。魚の形の念獣が崩れるように消えていく。念獣にやられたところが痛み出す。
外界の干渉に弱い念獣のようだな。ギリだった。制約がある念は強力だが逆に制約がバレると途端にもろくなる。一長一短だ。
「この魚はインドアフィッシュといってね。閉め切った部屋でしか生息できない念魚だ」
「おそろしく素早く強力な念魚。俺でなきゃ死んでるね」
「あぁ。この能力を使って生きていたのはおまえが初めてだ」
密室じゃないと発動しないということは地面にふれたのは土をコピーしての穴埋め。この土もコピーなんだろう。
能力は使い方次第。工夫次第。ヤツはまさにそれを体現している。
天井が燃え上がっている。
フッと壁と天井が消えた。太陽光がふりそそぐ。
「タネがわかれば対応は容易。それだけに強力だがな。この能力を盗んだときのバトルは楽しかった」
「戦闘狂が」
◆
敵を倒すだけなら、相手よりわずかにでも強ければ成し遂げることができるだろう。だが相手から念能力を盗むとなれば話は別。相手より遥かに実力が上でなければ難しい。これはクロロにとって最難関の試練と言えるだろう。
それが幻影旅団皆の見解だった。そして、それを一番よく知っているのはクロロ自身でもあった。
◆
「おまえの能力も盗む」
「だから、それは無理だって……クロロ、バカなのか?」
巨大な建物を具現化する能力……よく考えろ。考える時間を稼ぐんだ。
「シャルだってイヤイヤついてきてるんだろ? 何が狙いだ? 他に狙いがあるんだろう?」
「ないぜ」
即答すんなよ。もうちょっともったいぶれよ。
「クロロ、おまえは自分を理解していない」
そうだ。この巨大な建造物みたことがある。ペトロドームだ。隠を使えたということは具現化したもの。考えられる可能性はコルトピの能力でコピーして、なんらかの念能力を使って持ってきた……?
コピーしても持ってこれなければ意味がない。運び屋か? 瞬間移動か? 巨大なものを小さくするほうがコストが小さくてすむんじゃないか? みえてきたな。このバトルに至るまでの全貌が。経緯が。
クロロはコルトピの能力を借りて、ペトロドームをコピーし、小さくしてここまで運んで復元した。
憶測だが、クロロにはものや人を小さくする念能力がある。発動条件がわからないが、中距離タイプではないだろう。近距離で発動可能なはずだ。小さくされるのはまずい。接近戦はなしだ。それには謎バリアを攻略しなければならないだろう。
「オレはなんだ?」
いずれにしても、クロロは二つの能力を同時に使っている。それも一つは、コルトピの能力は本を開かずに。
「幻影旅団の団長で、そんな個性的な服を着て、自分さがし……それがおまえだよ」
謎バリアが念能力を無効化する能力ならば物理ならいけるか?
中距離物理攻撃か。アレをやるか。
スタングは岩を一掴みする。スタングの変化系の高温の炎でドロッと岩が融ける。溶岩だ。
「熔遁灼岩弾ッ!」
溶岩がクロロに飛んでいく。クロロは地面に左手を合わせる。右手から土の壁が出現する。
「土流壁ッ!」
土の壁に灼岩弾が阻まれる。
「念能力が効かないと知って物理で来たか。あまり手の内はさらしたくない。ここで決めさせてもらう」
クロロの地面にオーラが充満していく。
何をするつもりだ? ちょっと待て? この集まり方はやばいだろ? どんだけの周だよ。この規模は……。
スタングは左手にオーラを集める。
「潰れろ」
突如、巨大な土砂の塊が頭上に現れた。ほぼゼロ距離。
スタングは左手の炎でレーヴァテインを展開し、地面の塊を切り裂いていく。融かし切っていく。巨大な土塊が二つに割られていく。
「ハァハァハァ……」
これで確定だ。よくわからないがクロロはスキルハンターを具現化せずにコルトピの能力を使っている。やっぱりコルトピの能力は厄介だ。アイツは昔からシャルとちがって他の旅団メンバーから一目置かれていた。いつもクロロに近しいところにいたしな。クロロに守られていると思っていた時期もあったが逆だ。アイツのオーラ量はヤバかった。それにこの能力は想像以上にヤバい。
クロロは袖でひたいの汗を拭っていた。
「ほう。これで生きてるか。レーヴァテイン、攻撃力だけなら、ウボォーのビッグバンインパクト級だな」
「おまえ、バカだろ。ムチャクチャだ」
「お互い様だ」
ページを開かなくても能力が使えるとか反則だろ。
レーヴァテインによって、半分に割られて、地面に落ちた衝撃で、さらにもう半分になった大岩がシュルシュルシュルと地面に敷かれていた謎の風呂敷に包まれて、小さくなっていく。これがペトロドームを移動した念能力か?
それをクロロはぶん投げてきた。
「えっ!?」
風呂敷が解かれて、巨大な大岩が超スピードで飛んでくる。
「冗談だろ!?」
レーヴァテインッ! 出ない。ここで息切れかよ。出ろッ! 俺のオーラ、レーヴァテインッ!
飛んできた地面の塊がレーヴァテインに真っ二つにされる。
ギリ。声もでねぇ。
あれ? クロロがいない。見失っ……上だ。
「ファンファンクロス」
スタングの頭上に謎の風呂敷が覆いかぶさる。
この気配は謎バリア……。これに包まれたら、念能力が無効化される。
スタングはとっさに灼炎弾を明後日のほうに放った。クロロは一瞬視線を向けたが無視した。シュルシュルと風呂敷がスタングを包みこんで縮んでいく。風呂敷の外側に灼炎弾が当たる。ファンファンクロスが燃え上がる。
「ほう」
クロロのスキルハンターが消える。
「ジン=フリークスの跳念弾か」
念弾にオーラをまとっていないものに当たった場合、爆発しないようにプログラムし、跳弾させる高等応用技。
「一瞬の閃き。おそろしいアドリブ力だ。風呂敷には表と裏があるからな。着眼点は悪くない。だが技のレベルが高すぎる。接近戦やこういった連続攻撃を対処する技ではない。次の一手のことまで頭がまわっていない。細かな技の取捨選択、判断力がまだまだ足りていない。防げばいいというわけじゃない。一つのバトル、一つの局面を通しての技の組み立てが重要。これは経験によるところが大きい」
クロロ、おまえは何を言っているんだ? 何を饒舌に説明している?
「だから、おまえは俺の攻撃を防げなかった」
「!?」
スタングの右肩にアンテナが刺されていた。クロロが左手でポケットからケータイを取り出す。ディスプレイをスタングにみせてくる。操作可能と表示されていた。クロロは右手にスキルハンターを持っていないようにみえる。
「スキルハンターは具現化した本。隠でみえなくすることも可能。スキルハンターがみえなくなったことでオレが能力を使っていないと思い、油断したか?」
スキルハンターの隠が解除される。
スタングの右肩と両脇腹から血があふれだす。オーラのコントロールができていないのだ。クロロはケータイを操作する。
「シャルがおまえにアンテナを刺すというのはブラフだ。あれでおまえの頭の隅にオレがシャルから能力を借りていないということがすりこまれたはず。シャルがケータイに出て、話したことも思いこみを確信に至らしめるのに効果的だったかな? 初めからこの瞬間を狙っていた」
クロロはシャルの念能力用のケータイでスタングを操作して止血する。
「スタング=ロック、能力奪取準備完了!」