ソリュシャンが斬撃・刺突に耐性を持つけど殴打は通るっていう設定を見て首を傾げた作者の脳裏をよぎったのは、龍の穴の格闘家の前に立ちふさがる
“シャルティアの親切なタクシー、片道たったの銀貨千枚!”
お付きの
「ええと……シャルティア様、これは結局どういうことなのでしょう?」
プレアデスの中ではおそらく一番シャルティアと仲がいいと自負する、ソリュシャンが交渉役を買って出る。姉妹の内明白にシャルティア派なのは彼女だけなので。
「そそそ、それはねえソリュシャン、書いてあるとおりでありんす。この部屋を訪問した訓練生達を、私が安全確実に地上まで送り届けてあげますんえ」
『……あー。本当はここに地上への転移門を設置する予定なのだが、現段階では実装が間に合っていなくてな。正直ちょっとした思いつきでシャルティアに送迎役を頼んだのだ、深い意味はない』
まだ多少キョドっているシャルティアに、アインズのフォローが入る。
「思いつきとはまたご謙遜を……アインズ様の深遠なるお考えを私共が理解しようなどとはおこがましいですが、私達には思いもつかぬような狙いがあるのでしょう」
殆ど反射的に発せられたユリの言葉にアインズがうっと返事に詰まったりもしたが、とにかく仕組みが説明される。要はここで代価を支払えば、地上に送り届けてくれるということだ。
『そうそう、銀貨千枚とは書いたが、適正な値段というものもまだ試行錯誤中でな。ここに来るまでに幾らくらい稼げて、幾らくらい支払う余裕があるのかさっぱりわからん。お前達、今幾ら貯まっている?』
アインズの言葉に、姉妹の視線がソリュシャンに集中する。ソリュシャンが長椅子の前に置かれたテーブルの上に無言で手を差し出すと、その手の平からじゃらじゃらと硬貨が溢れだしてきた。このダンジョンで入手した金を一括で保管していたのであった。
「……銀貨が六百七十六枚と、銅貨が二百四十八枚ございますわアインズ様」
『む、そうか……えーと、ソリュシャンがまとめて持っているのだから、本来一人当たり銀貨百十二枚と銅貨四十一枚くらい、か……我ながら
アインズがぶつぶつと呟くと、目を丸くしたシャルティアが問いかける。
「おやまあ、所持金が銀貨千枚に届かないでありんすか!? それでは残念ながら、妾のたくしぃを利用することはできんせんでありんすなあ」
『いや、待つのだシャルティア。これはテストだからな、とにかくやってみないことには何事も始まらぬ。ゆくゆくは値段設定と財宝の配置も見直すとして、ここは全額受け取って依頼した、ということにしようではないか』
「わかりんした、我が君の仰せのままに」
そう返事をしてシャルティアがちらりと見ると、もとよりプレアデス一同に異論のあるはずもない。机の上に積まれた硬貨がソリュシャンの手によってそっと押されると、
「では、地上まで送るでありんす……
シャルティアの詠唱と共に、部屋の中央に黒い穴が現れ一同を飲み込んだ。
一瞬の暗転の後、自分たちがアインズの執務室に居ることを確認すると、プレアデスの姉妹達は次々と至高の御方の前に跪いた。ここはダンジョン内じゃないからもう跪くなとは言わせない……まあ、そんなつもりはないのだろう。アインズが勝手に邪推しただけである。
「……とりあえず、ご苦労だったお前達。本来の想定では、訓練生達はここではなく迷宮入り口の地表に転送され、エ・ランテルに帰還して武具の手入れと戦利品の処分を行い、傷を癒し疲れを取って再び迷宮に挑む……という感じで考えている。お前達にはどれも不要だろうが……何か意見のある者は居るか?」
アインズが問いかけると、姉妹達は顔を見合わせた後、一斉に首を振った。まあ、何かあるかと言われても分からないだろうな、アインズとしてもそう思う。
「それでは本日はここまでにしておこう。今から私は雑務を処理することにするから、各自休息を取って明日に備えておくように。では解散」
アインズがそう言って机の脇に積まれた書類の山に視線をやり、非常に嫌そうにゆっくりと手を伸ばす。それを確認したユリが姿勢を正すと、妹達が倣って整列した。
「それでは、アインズ様。私達はこれで失礼致します」
「うむ、明日を楽しみにして居るぞ」
ぞろぞろとアインズの執務室を出ると、ルプスレギナが大きく伸びをして口を開いた。
「はぁー、緊張したっす。それじゃユリ姉、みんな、また明日ぐぇっ」
「お待ちなさい」
ユリがルプスレギナの襟首を掴んで勢いよく引くと、ダッシュで走り去ろうとしたルプスレギナが潰れた蛙のような声を上げてユリの胸元に引き寄せられた。
「な、なんすかねえユリ姉……」
「今から皆で反省会をするわよ。アインズ様のご期待を裏切ることの無いよう、万全を尽くすのは当然でしょう?」
そういうことになった。
◆
翌日。
地下迷宮の入り口で合流し、さっと装備と隊列を整えて出発する一行を見て、アインズの満足そうな声が降ってきた。
『うむ……出発までの手順には慣れたようだな。結構なことだ』
「光栄ですアインズ様。……シズ、階段まで案内して」
「……了解、ユリ姉様」
アインズの激励に気炎を上げたユリがシズを促すと、一行はシズの指示に従ってさくさくと地下二階へと続く階段に辿り着いた。そのまま階段を下り、下層へと歩を進める。
「さて、昨日と同じ場所に行っても仕方がないから……」
「別方向に探索開始っすね、ユリ姉。先陣は任せるっす」
ユリの視線を受けたルプスレギナが張り切って先頭に立つ。湧き出るアンデッド共を千切っては投げ、千切っては投げ……苦もなく蹴散らしながら進んでいくと、ナーベラルが声を上げた。
「姉様、
彼女の台詞に一同が警戒を高める。
この辺りには彼女達の相手にもならぬ雑魚しか居ない――そのような推測に意味はない。御方に見せるべきは未知の存在を発見したときの心構えである。姉妹達は武器を構え隊列を確認して互いの位置を微調整し、何が起こっても即応できる態勢を維持しながらゆっくりと進んでいった。
しかし――
「……ウサギ?」
そいつは……凶悪なモンスターと言うにはあまりにも小さすぎた。小さく、可愛く、儚げで……そして愛らしすぎた。それはまさに、兎だった。
先頭のルプスレギナが鼻をひくつかせて呻いた。彼女の目も、耳も、鼻も。目の前にいるのが見た目通りの小動物達であるとの情報を脳に送ってきている。こちらの足音を警戒したのか、長い耳をぴんと立て、ルプスレギナの呟きにぴこぴこと反応させている様子はまことに愛くるしい。
「…………白い。モフモフ。可愛い」
そう呟くと共に、ゆらりと後方のシズが隊列を崩し、ユリがはっと振り向いた。
「いけない! ナーベラル、シズを止めて!」
「承知です、ユリ姉様」
ユリの声に素早く反応し、ナーベラルはふらふらと兎たちに歩み寄ろうとしたシズの小柄な体をひょいと抱き上げた。シズがそのまま三歩虚空に歩み出そうとし、体が前に進まぬ事を疑問に思って漸く己の状況に気づくとじたばたと暴れ出す。
「……解放要求、解放要求! はーなーせー!」
「こら、落ち着きなさいシズ。見た目はあんなでも地下迷宮に棲息している生物よ、不用意に近寄るんじゃありません」
「……全く、お子様なんだからぁ」
その言葉を聞いたシズが、暴れるのをやめてエントマを睨み付ける。後衛がわいわいと騒ぐのを他所に、ユリがコホンと咳払いをした。
「さて。不用意に刺激するのを避けるため、シズは止めさせたけど。……彼らも、私達にそれほど敵意を向けているようには見えないわ。今回は私の方針に従う番ということで良かったわね?」
先日話し合った方針について確認を求めるように顔を向けると、ルプスレギナとソリュシャンは素直に頷いた。
「ええ、姉様。取り決めには従いますわ」
「邪魔はしないからお任せするっす」
「よろしい」
ユリは満足げに頷くと、耳をピコピコさせながら怯えたように身を寄せ合う六匹の白い兎に向けて、敵意はないことを示すかのように両手を広げた。……特に彼女の場合、素手であるから敵意がないと言い切ることは出来ないのだが気にしてはいけない。
「よーし、よし……大丈夫。ほらね、怖くない……」
ちちち、と舌を鳴らしながら、ユリがゆっくりと兎たちの前に手を差し出す。兎たちは赤い眼でその様子を大人しくじっと見つめている。ユリが兎の顎下を撫でてやろうと、そっとその白い指先を伸ばしていくのを、姉妹達はドキドキしながらそっと見守った。約一名、ずーるーいーと叫びながら暴れていたが。
しゃきんっ。
その瞬間、兎がかぱっと口を開くと、その前歯が俄に数メートルも
ごとりと音を立てて、ユリの首が床に転がった。
「ユッ……ユリ姉様――――!?」
妹達の絶叫が迷宮にこだました。
そのままその場に崩れ落ちる首無しメイドにはもはや見向きもせず、兎たちは残る姉妹達の方に向き直り――否、向き直ろうとしてぎょっとしたように身を竦めた。
首を失ったユリの体が、迷宮の床に膝をつくや真っ直ぐ床の上に転がる自分の頭に手を伸ばし、胸元に抱き上げたのだ。
「……あ、ああー、びっくりした。魔法のチョーカーで固定されたボクの頭を切り離すとは、どういう手品なのかしら?」
そのままユリの唇から発される言葉を耳にし、兎共がざざっとユリを囲むように間合いを取る。読者諸兄には今更驚く話でもないであろうが、ユリが
「姉様、援護しますわ」
はっと気を取り直したソリュシャンがすすっと前に出て、ナイフを構えて兎たちを牽制する。ユリが礼を言いながら頭を首の上に戻し、妹達に合流すべく後退する。ソリュシャンの後ろにまで一旦下がり、彼女がそれに気を取られ目線を切った時にそれは起こった。
しゃきんっ。
「ソッ……ソリュシャン――――!?」
再び絶叫が迷宮内にこだました。
ソリュシャンが目線を横に向けたその一瞬の隙に、一匹の兎が
だが、そのまま姉妹達に殺到しようとした兎たちは、再度驚きに動きを止めることとなった。
床に転がったソリュシャンの頭がにゅるんと不定形のゼリー状に変質すると、首を失った彼女の体がよろめきもせずそのまま自分の頭を踏んづけたのだ。踏みつけられた元頭は自身の足に纏わり付くとそのまま服の隙間から胴体に溶け込んで、首の断面から新たな頭が生えてきた。それに遅れること数秒、黒いヘッドドレスが頭の中を経由して元の位置に押し出されてくると、軽く手を添えて位置を手直しする。
「……なんとまあ。けったいな生物ですこと」
兎達にその言葉を理解することができれば、お前に言われたくねーよと返したに違いない。ソリュシャンが素早くユリの横まで後退すると、プレアデスと兎達は数メートルの距離を挟んで睨み合う形になった。
「ユリ姉に続いて、斬撃に耐性を持つはずのソーちゃんの首まで落とすとは……これはもしかしてそういう特殊能力なんすかねえ……?」
戦慄におののいた表情でルプスレギナが呻くと、アインズのどことなく楽しそうな声が降ってきた。
『フフフ……見た目で判断すると痛い目を見る、という実例だな。そのウサギ、見た目は愛らしい小動物だが、問答無用で対象の首を刎ねるというレアな
ドワーフの王国奥地で発見したときには大喜びで、アウラと一緒に捕まえてまわったものだ。アインズが楽しげにそう語ると、ルプスレギナは震え上がった。
「そ、そんなあ! ユリ姉やソーちゃんと違って、私は首を切り飛ばされたら死んじゃうっすよ!? なにか弱点とかないんですか!」
ちなみに状態異常耐性系の装備はテストプレイ開始時に全て取り上げられている。その言葉を聞き、シズが口を開いた。
「…………己の領域を守護する恐るべきウサギの伝説、聞いたことがある」
「し、知っているのかシズぅ――!!」
エントマが叫ぶと、シズはちらりと視線をやって頷いた。
「……かつて偉大なる王が円卓の騎士達と聖杯を求める旅に出た際、人間に飛びかかって容易く首を刎ねる凶悪な殺人モンスターに遭遇したという。そのウサギは……
「
じりじりと近寄るそぶりを見せる兎に鳥肌を立てたルプスレギナが叫ぶが、シズは沈痛な表情で頭を振った。
「……そこまでは記録されていない。祝詞によって聖別された
「あー、もういい、わかったっす! とにかく聖属性が弱点なんすよね!? だったら――」
そのように叫んだルプスレギナが巨大な聖杖を前面に振りかざすと、ナーベラルが弾かれたように顔を上げて反応した。
「ちょ、待ってルプーあなたまさか――」
「
杖の先に取り付けられた
「……あれ?」
聖属性というものは、火や雷と違って、効かない敵にはとことん効かない。一瞬眩しそうに眼を細めたが、それだけで微動だにしない兎達の姿を怪訝そうに見つめるルプスレギナ。
「ちょっとシズちゃん、効果がないっす――よ――」
後ろを振り向いて情報提供者に苦情を述べようとした、ルプスレギナの声がその途中で萎んで消えた。
後ろに控える妹達の顔が強張っている。その視線を追った先には……
迷宮モンスターより遙かに格上、同レベル帯の妹が放った攻撃の巻き添えを食った姉のユリが、全身から煙を噴いて床に転がっていた。
「ユッ……ユリ姉――――!?」
《ドワーフの王国》
新刊発売前に完了させます宣言を逆用し、色々な設定を大体この国のせいにしていくスタイル。
十一巻ではシャルティアがドワーフの国で八面六臂の大活躍をするでありんす。
ううん、知らないけどきっとそう。
《マピロマハマディロマト》
帰還の呪文。疾く遠くへ帰れ生命、みたいな意味があるとかないとか。
本来は迷宮の奥から地上へと安全安心に送り届けてくれるド親切な爺様が使用する。Wizにおいて、迷宮外の地表に直接転移しても転落死や溺死せずに済むほぼ唯一の方法であり、生半可な冒険者にはできない精緻な転移呪文の制御能力の証左である。基本的に地上への便利なショートカットとしてしか認識していないが、冷静に考えると他人の集団を強制転移できるとか結構やばい存在。
《アブドゥルのタクシー》
ただし、代金を取る(冒険者視点から見れば)劣化版なので、わざわざ利用したいと思う状況に追い詰められることは滅多にない。
迷宮の奥で進退窮まった冒険者達の足下を見る商売と言えば腹も立つが。本人だって危険を冒して迷宮に潜り込み、支払いを済ませた依頼者を安全確実に送り届けてくれると思えば、採算が取れるのか心配してやりたくなるほどの割に合わない商売だと思われる。……実際その後、ギルド職員に転職したという話もあるとかないとか。
《ボーパルバニー》
可愛らしい見た目とは裏腹に凶悪な特殊能力を持つ殺人兎。多くの冒険者が初めて遭遇するであろうクリティカルヒット(※1)持ちのモンスターであり、見た目とのギャップから生じるインパクトとトラウマから、くびをはねられたというフレーズに対し職業スキルとして首刎ね能力を持つニンジャよりもこの兎の方を連想するプレイヤーは多いと思われる。
元ネタはモンティパイソンというイギリスのコメディグループが作った動画に出演する、聖杯へと続く洞窟に巣くう殺人ウサギ。群がる騎士達を瞬く間に皆殺しにした凶悪な怪物であるが、聖なる手榴弾によって爆殺された。ちなみにこの聖なる手榴弾の聖なる部分は言ってみただけなので聖属性とは無関係。
このSSで作者が想定する彼らの強さは特殊能力込みだと大体1匹当たり1ガゼフ。本当にこんな生物が群れをなして出没するなら、ドワーフ達は絶滅必至である。ナザリックのPOPモンスターにするという手もなくはなかったが、基本的にアンデッド中心の筈だし、プレアデス側に予備知識があると展開変わっちゃうから……シズのデータベースに半端に記録が残っていたことと合わせると、どこかのプレイヤーが持ち込んだNPCの子孫であるのかもしれないという設定。
ちなみに
……作者はWizardryをプレイするまで、モンティパイソンのモの字も知りませんでした。
※1:昨今のゲームでは会心の一撃扱いされる傾向にあるが、Wizでは
……構想した瞬間から、首を刎ねられるのはユリ姉様の役目だと思ってました。
《
詳細は捏造。Wizardryに属性の概念はない。