Ainzardry   作:こりぶりん

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 綺麗に終わらせたのに蛇足をつけていくスタイル!
 そろそろ新刊発売カウントダウンも始まる頃かと思いますが、11巻発売までをネタの寿命と定めたこの作品に滑り込みでオマケ的な何かを追加します。全5話です。本編で提示した設定の枠内で後日談を考えた体裁なので、本編ほどWizネタに対する拘りはないかと思います。
 あと外伝なので主人公が違う結果プレアデスはほぼ出ません。



外伝:蒼薔薇の受難
1F:来訪


 かつて王国の国境防衛の要であった城塞都市エ・ランテル。今は魔導国アインズ・ウール・ゴウンの首都であるその巨大都市を囲む三重の防壁。その外側に、巨大な平屋の建物と、隣接する広大な平地を囲む柵が存在した。

 敷地内では大勢の人間がせわしなく動いている。巻き藁相手に剣を振る者、覚束ない手つきで弓を引き絞り射撃訓練に勤しむ者、基礎体力を鍛えるために柵に沿って外周を走り込む者……外周を取り囲む柵の外側には、百メートル毎に一体の死の騎士(デス・ナイト)が直立不動の歩哨を二十四時間体制で務め上げており、街外れの城壁外だからと言って何らかの脅威を心配する必要は欠片もなかった。

 

「おーおー、こいつはなんというか……盛況だねえ」

 

 冒険者候補生達が訓練に励む様子を見ながらそう言ったのは男と見紛う出で立ちの女戦士。王国のアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”のガガーランであった。

 エ・ランテルの門に並ぶ入場待ちの列の中、数台の馬車を取り囲んで護衛する“蒼の薔薇”の一行は、王国からはるばるエ・ランテルまで商いに訪れた隊商の護衛として魔導国への入国を待っていた。

 

「……魔導国では軍事力の過半をアンデッドと異形種が務めるという噂は、まんざら嘘でもないみたいね。それであぶれた人間の若者達が、魔導国が新しく提唱した『冒険者』に夢を見て集まっている、ということかしら」

 

 そう言って訓練場の様子を遠目に窺うラキュースに、馬車の中から顔を出した壮年の男が声をかけた。

 

「まあ、ここまで来れば万に一つの危険もないでしょうし。どうもありがとうございました、アインドラさん。無事に入場できたらその場で一旦解散という形で結構ですよ」

 

「どういたしまして。……ご協力、感謝します」

 

 隊商の護衛など、凡そアダマンタイト級冒険者に相応しいような仕事ではないが、無論それには理由がある。壮年の商人は、相好を崩して声を潜めた。

 

「いえいえ、こちらとしてはアダマンタイト級冒険者を安価で護衛に雇えて、損のない話でしたから。王女様にもよしなにどうぞ」

 

「お伝えしますわ。私達はエ・ランテルでは『黄金の輝き亭』に滞在する予定ですので、帰りの際には使いを寄越してくださいませ」

 

「……承知致しました、幸運を祈っております」

 

 段々と近づいてくる門と、自分たちの順番に、ラキュースは唾を飲み込んで緊張を紛らわせる。自分たちへの本当の依頼内容が、脳裏をよぎった。

 

 

 

 

「……アインズ・ウール・ゴウン魔導国の、偵察をしてきて欲しいですって?」

 

 斜陽の王国、リ・エスティーゼ。人も領土も財産も何もかもを致命的に失って凋落する王都リ・エスティーゼにて、国内の冒険者組合を統括する冒険者組合長から、王国の双璧と呼ばれるアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”に対して出された指名依頼の内容を聞いて、リーダーのラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは目を瞬いた。何かの聞き違いかと思って眼前に座る組合長の顔を見返すが、どこまでも真面目に自分を見つめてくる組合長の真剣な眼差しに鼻白む。組合長は両肘を机について、手を顔の前で組み合わせると、重々しく頷いた。

 

「そうです、アインドラさん。より正確には、アインズ・ウール・ゴウン魔導国が先日立ち上げ、国内外に喧伝し始めた新たなる形の『冒険者組合』がいかなるものなのか、彼の王が冒険者を志す若者達にどのような支援を用意しているのか。それを調べてきて頂きたいのです」

 

 組合長は語った。既存の冒険者組合のどこが冒険者なのだと盛大にこき下ろし、真なる冒険者を育成すると語るのまではまだいい。既存組織に喧嘩を売った形ではあるが、それが国内で完結しているのであれば組合としては魔導国には不干渉を貫くだけである。だが、帝国及び王国の若年層に声をかけ檄を飛ばしたとなれば話は別である。魔導国冒険者組合は、もはや王国では貴重な人的資源(リソース)を奪いにかかる仮想敵であると言わざるを得ない。

 

「相手の手の内を調べるのは戦の定石です。まずは魔導国が、冒険者を志望する若者にどのような待遇を用意しているのか調べねば、それに対抗する方策を考えることも出来ません」

 

 もっとも、日の出の勢いで勢力を押し広げる魔導国に対して、将来の覚束ない我が王国組合が対抗できるほどの待遇を用意してあげられるかはなんとも言えませんが。そのように自嘲する組合長に、ラキュースは何とも言えない表情に顔を歪めた。地位と責任を持つ立場の人間がそのような悲観論を振りまくのは如何なものかという思いと、そもそも王国を崖っぷちに追い込んでいるのは魔導国であるという腹の底が煮立つような思いが渦巻いているのである。

 

「まあ、仰ることはわかりました。確かにそれは、王国の敵国にスパイ活動に行くというよりは、冒険者組合が同業者の動向を調べに行くという性質のものであると思われます。アダマンタイト級の私達に依頼するというのも、それだけ組合がこの件を重要視しているものとお見受けしますわ」

 

「そうですね、それもありますが。魔導国側が、他国の冒険者を快く受け容れてくれるか不分明な部分もありますので……これはまずそうだと思ったら速やかに逃げてこられるだけの方々にお願いしたいというのもあります。なんと言っても、伝説のアンデッドを数百体も戦場に並べるような化け物相手ですからね。向こうがその気になれば、その辺の冒険者など容易く捻り潰されてしまうでしょう。頼んでおいてなんですが、くれぐれもお気を付けて」

 

 このような頼み事をするのは申し訳ないのだが、そう言って頭を下げる組合長に、ラキュースは微笑んで答えた。

 

「かしこまりました、組合長。魔導王は理性的な人物であると聞きます。旅行者として立ち入り、行きずりの人間が見聞できる範囲で調べ物をするのであれば、そう無茶なことにもならないでしょう」

 

 私共の力を当てにしての指名依頼ですし、微力を尽くしましょう。そのように締めて退室するラキュースを見送ると、組合長は重いため息をついた。彼女がラキュースに語った依頼の目的は嘘ではないが、語ったことが全てというわけでもない。

 このような立場に居れば嫌でも目に入ってくることがある。あの悪夢の歴史的敗戦以来、急速に傾き続ける王国の財政。低空飛行から回復の兆しも見せぬ農作物の収穫量。あらゆる業界から引き抜かれたまま刈り取られて二度と戻らぬ働き手。王都に暮らす人々の顔には不安の影が根ざし、物価は上昇の一途を辿っている。このまま手をこまねいていれば、景気の悪化と物価の高騰が王国民を直撃し、来年には貧困層から万に達しかねない数の餓死者を出してもおかしくはない。そこまで考えて組合長は身震いした。第一王子、王国戦士長、名だたる大貴族の面々。それらを戦場であっさりと失った挙げ句、幸運にも生き残った大貴族も自領に逃げ帰って引きこもったと言う。もはや彼女には、王国の統治者が来たるべき不作に依らない飢饉について適切な手を打てるようには見えなかった。それを彼女が代わりに何とかするというのは越権であり手に余る難事でもあるが……できることをやらずに後悔はしたくない。

 魔導国の新たなる冒険者組合は、志望者を老若男女問わず受け容れ、衣食住の面倒を見てくれるらしい――そのような噂を聞き及ぶに至り、組合長の脳裏に閃いた奇策。それは、あたら多くの民を餓死させるくらいならば、訓練修了まで至らぬのを承知で貧困層の市民達を魔導国訓練所に食わせて貰うことはできないだろうかという巫山戯た思いつきであった。見込み無しとして退学(クビ)になるまでの期間や、その後の待遇によっては、飢えを凌げる場所として魔導国冒険者組合を紹介する。そのような手段も有りなのではないかというのが、彼女の胸中に燻るアイデアである。

 無論、実際にそのような手段を取るだけの決心はつかないかもしれない。王国の貴族連中にしてみれば、国民など一山幾らの捨て駒に過ぎぬ、隣国の国力増強に使われるぐらいなら飢えて死ねというのが本音だろう。利敵行為として告発され処罰を受ける可能性すらある。だが、かといって王都で多数の餓死者が出るような状況から目を逸らすのはいかにも心苦しい。冒険者組合としての責務にかこつけて、あられもない思いつきが実現可能な方策かどうか調べておくくらいはいいだろうというのが、彼女の本音であった。

 ところでそのような誰にも漏らさぬ彼女の胸中を、面識すらなく見透かしている存在も居るわけだが……神ならぬ身の組合長がそのようなことを知る由もなかった。

 

 一方ラキュースは依頼案件を仲間達の許に持ち帰り、実際の作戦を協議する。その結果が、実際に魔導国首都エ・ランテルまで商売をしに行く隊商の護衛として雇って貰い、あくまでも護衛として入国するという作戦である。関所破りをして密入国するとか、ワーカーの振りをして身元を隠すなどの案も出たが、国内外に名の売れた有名人である“蒼の薔薇”がそうと分からないほどの変装をするとなると、慣れ親しんだ装備の大部分を隠さねばならぬ。それではいざというときの対応に不安が残るし、何よりそこまでしてしまえば、悪意を持って破壊工作に訪れたと魔導国側に断じられても言い訳が利かない状況となってしまう。ここは本来の目的についてはとぼけつつ、あくまで仕事で来ただけですよという顔をしておくのがいいだろう、そのようにまとめたチームの知恵袋たるイビルアイの言葉に反論はなかったのであった。

 

 

 

 

 何事もなく都市の門を潜り、一旦商人と別れる。彼自身は本当に商売のためにエ・ランテルを訪れたのであり、持ち込んだ工芸品を売り払った後はその代金で、現在王国に慢性的に不足している食糧の買い付けを行う予定だ。一応その帰りに同道する計画なので、調査期間はその間ということになる。

 一同が大通りを見回すと、そこそこの賑わいを見せる大通りの各所に、行き交う人々を遙かに上回る巨躯のアンデッドが突っ立って歩哨を務めている様子が目についた。

 

「……アンデッドが警備する都市、か。意外と馴染んでいるようね」

 

 ラキュースが呟く。勿論、周囲の常人が小人に見える巨体をもつ死の騎士(デス・ナイト)は雑踏を突き抜けて存在感を主張しているし、その周囲には人々が近寄らない空間ができてはいるが……その距離は、一般人がアンデッドに怯えて取りそうな長さとしては些か短いように彼女には思われた。死の騎士(デス・ナイト)の周囲を通過するときには高まる様子の人々の緊張も、襲いかかってくる危険に息を呑むというよりは、警官の前を通過するときは因縁を付けられないかなんとはなしにドキドキしてしまう、その程度の話に思える。

 

「……む、ここは武具屋か。たいした盛況ぶりだな」

 

 そんなことを考えながら歩を進めると、イビルアイが街の入り口から遠くないところに居を構える巨大な建物を見て言った。冒険者やその訓練生と思しき出で立ちの武装した人々が大勢出入りするその店は、入り口に剣とハンマーをあしらった看板を掲げており、武器防具を扱う店であると示している。

 

「魔導国冒険者の装備事情を調べるのも仕事のうち。入ってみよう、ボス」

 

 双子の忍者が連れだって入店すると、ぞろぞろと一行がその後に続いた。

 店内は外観から推測される以上の広さで、所狭しと商品が陳列されている。内部は大きく四つのセクションに分かれており、武器防具のサンプルが展示された売買所、研ぎや手入れ、あるいはサイズ調整まで行っていると案内が書かれた整備依頼所、ローブの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が常駐してアイテムの鑑定を行っていると思しき鑑定所、それに隣接して冒険者が装備を下取りに出す買い取り所となっている。

 展示品を端から眺めていき、剣や槍、斧に弓。鎧兜に盾から具足まで、考えられる限りの武器防具が並べられている様に瞠目する。在庫の確認、別サイズをお求めのお客様は店員までお気軽にどうぞ――そのような張り紙を見てラキュースが唸っていると、奥の方にある商品棚を見たイビルアイが呟いた。

 

治癒薬(ポーション)巻物(スクロール)、マジックアイテムの類まで取り扱っているのか……何でもありという感じだな」

 

「この一軒で欲しい装備が何でも揃う感じ。利用者には便利」

 

 ティナがしかつめらしく相槌を打つと、ガガーランが興奮を押し殺した声で囁いた。

 

「種類もだが、質の方が驚きだぜ……見ろよコレ、ルーン文字が刻まれた魔法剣だ」

 

 そう言って手に取った細身の剣の刀身には、なるほど彼女の言うとおり、数文字のルーンが刻まれており、魔法文字によってその切れ味を増した白い刀身から鋭いオーラを立ちのぼらせている。この店でも目玉商品に位置するであろうその剣の銘は『切り裂きの剣』であり、代金は――

 

「金貨百枚!? ……たった!?」

 

 桁を見間違えたのではないかと思ったラキュースが目を擦って確認し、値札に掠れて消えた跡が残っていないか睨み付ける。ドワーフのルーン職人が作成したと思しき魔法剣が、競売にかけられるでもなくこのような店で安価に売られているなど、彼女の常識からは考えられぬ暴挙である。

 

「ボス、ボス。剣に限らず、この店大業物がとんでもない値段で売られてる」

 

「これは是非買っていくべき」

 

 忍者姉妹が投擲にも使えそうな短剣をためつすがめつしながら興奮の声を上げた。ラキュースとて彼女らの言葉に異存はない、使えそうな装備を見繕って直ぐにでも新調したいところだが――

 

「お楽しみのところ悪いが、嬢ちゃん達。お前さん達、国外の冒険者だろ?」

 

 カウンターに座っていた店番のドワーフから声をかけられ、びくりとその身を震わせた。

 

「何故、私達が国外の冒険者だと?」

 

「そりゃまあ、今更この店の品揃えにそんな反応を示すのは、来るのが初めての連中しかおらんからな」

 

「成る程、それもそうか」

 

 疑問の声を上げたイビルアイは、その回答に納得して頷いた。確かに、お上りさん丸出しの反応をしているのは彼女達だけであり、この光景を当然のものとして動いている他の客とは全く振るまいが異なっているようだった。

 

「国外の冒険者だからってどうこう言う気は個人的にはないんだが。この店を制限無く利用できるのは魔導国所属の冒険者だけって決まりでね、国外の冒険者さんは許可証が要るし、その値札の値段では売買できないことになってるんだよ」

 

 ドワーフの言葉に、意気消沈して商品を戻す忍者姉妹を見ながら、ガガーランはぼやいた。

 

「そいつはくえねえ話だな。なんでまた……ってこともないか、当然だろうなある意味」

 

「この店は魔導国が募集した冒険者を支援するための公的機関として、国の補助を受けて設立されてるんでね。他所の商人が転売目的で買い占めに現れてちょっとした騒ぎになったことがあって、それ以来そういう面倒な決まり事もできたのよ。まあ、今日のところは諦めて、許可証が欲しければ組合の方で聞いてみな」

 

 その言葉に押し出されるように、後ろ髪を引かれる思いでとぼとぼと商店を出た蒼の薔薇の一行は、通りの端で肩を伸ばして気を取り直した。

 

「まあ、別に買い物に来た訳じゃないものね私達は。あんな装備が安価で買えるというだけでも、魔導国冒険者の待遇の一端が窺えるわ」

 

 ラキュースがそう言って腕を組むと、ティアが袖の端をちょいちょいとつついて言った。

 

「ボス、通りの向かいに怪我人が列を作ってる」

 

「神殿っぽい」

 

 ティナがそう推測したように、大通りを挟んだ反対側にあるそのこぢんまりとした建物は何かの神殿のように思えた。ラキュース達が知る既存のどの神とも異なる建築様式のため、断言は出来なかったが、手足に包帯を巻いた怪我人がテンポ良く吸い込まれていくその様は、有償で治療を行う神殿と推測するのが妥当であると思われた。

 

「これはなんとも、また……」

 

 通りを渡って神殿の入り口に歩み寄ったラキュースが眉を顰める。神殿の入り口脇には、立て看板が目立つ位置に据え付けられており、解毒幾ら、麻痺幾ら、石化幾らと料金らしき数字が書いてあった。食堂のランチメニューを紹介するがごとき気安さで無造作に値段を提示するその有様は、奥歯に物が挟まったがごとき態度で御布施を暗に要求してくる、既存の神殿施設に対する彼女の常識を覆す状況であった。明朗会計なのは結構なことかも知れないが、神殿勢力がそう露骨に商売っ気を出してみせるのはどうなのだろうか。

 

「ほう、蘇生もメニューにあるな。代金は時価、担当神官のスケジュール調整のため要予約ね……他の治療の相場を考えれば、吹っ掛けるために時価にしているわけでもあるまい。そもそも蘇生手段を提供というだけでも大したものなのだしな」

 

 いずれにせよ、価格破壊もいいところだ。既存の神殿勢力が黙っているとも思えないが……そのように首を捻るイビルアイを横目に、怪我を抱えた冒険者達がさくさく内部に飲み込まれていき、出てくるのは五体満足になった健康体と思しき冒険者達である。流れ作業で治療を行っているのかと思いたくもなるスピードである。無論、利用者側にしてみればスムーズに進む方がありがたいのは言うまでもない。

 

「街の外の訓練所と、入り口側の商店と神殿。これにその辺の安宿を加えれば、冒険者の訓練を受けている連中が回る施設が一通り揃うってわけだな。リーダー、俺らもとりあえず宿を押さえに行こうぜ」

 

 ガガーランがそう言って荷物に視線をくれると、ラキュースは同意して頷いた。

 

「そうね、入り口に色々あったからつい後回しにしてしまったけど。まずは宿をとって荷物を置いてきましょうか」

 

 エ・ランテルでも最高級の宿屋と名高い『黄金の輝き亭』は、当然都市の中心部、高級な店が軒を並べる富裕層向けの区画に居を構えている。“蒼の薔薇”の一行が大部屋を取って馬を預け、荷物を置いて一息入れていると、部屋の扉を遠慮がちにノックする音が聞こえてきた。

 

「はい、どうぞ?」

 

「失礼します」

 

 そう言って入室してきたメイドが手ぶらであることに疑問を抱いた一同が視線で問うと、メイドは恐縮したように深々と頭を下げた。

 

「実は、“蒼の薔薇”の皆様方に面会したいというお客様がロビーにいらしております」

 

「私達に?」

 

 一同は思わず顔を見合わせる。エ・ランテルには本日つきたてのほやほやで、予め来訪を知らせておいた知人の類も居ない。商売が終わるまでは特に用はないはずだが、同行してきた商人になんらかの用事ができたのであろうか。そのような疑問を胸に、相手の素性を問いかけると、メイドは畏まってこう返答した。

 

「はい。いらっしゃったのは、エ・ランテルのアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”の一員である、“美姫”ナーベ様です」

 

 メイドが告げた、意外すぎる訪問者の正体に。一同は再び顔を見合わせて互いの表情に浮かんだ困惑を読み取ったのであった。

 

 

 




《ボルタック商店》
 外人が考えた名前の癖に、単純なアナグラムで日本語表記をボルタックからボッタクルに置き換えられるという奇跡の名前を持つ武器屋。当然のように日本ではボッタクル商店が通称になっている。実は開発者はロバート&アンドリューじゃなくてブラッドレー&フィリップだったりしないだろうな……?
 冒険者の持ち込んだ装備品を買い取ったその手で、倍額の値札をつけて陳列したり、未鑑定のアイテムを識別するのに、下取り価格と同じ値段を請求するその様は名前負けしないまごうかたなきボッタクル商店と言えよう。利用者に仕入れ値を開示しているという意味では親切と言えないこともない気がするが。

《カント寺院》
 実はボッタクル商店より強欲でがめつい坊主共の巣窟。
 完全先払い制、蘇生に失敗して死体が灰になったり、失われても(※1)当方は一切関知しませんという殿様商売。代金の返金はもとより、謝罪すら致しませんというその態度は、冒険者達の間で蛇蝎の如く嫌われている坊主丸儲けである。
 そんな拝金主義者共でも、熟練の僧職冒険者より蘇生呪文の成功率は高いというのだから始末に負えない(※2)。カント寺院が信仰するカドルト神は金儲けの神様なのだろう。シェアの独占を放置するとろくなことにならないという社会風刺の例である。

※1:Wizでキャラクターが死ぬと、当然死体になるのだが、その先は一風独特のシステムを持っている。まず死体の蘇生に失敗すると朝日を浴びた吸血鬼のごとく灰になるが、ここまではまだ取り返しがつく。灰からの蘇生にはより上位の蘇生呪文を必要とし、それにも失敗するとキャラクターは消失(ロスト)する。そういう名前の状態ではなく、文字通りのキャラクターデータの削除であり、Wizでの死亡が怖れられる最大の理由である。
※2:ザオラルなら成功するまで唱え続ければいいのだが、上述のロストシステムによりWizの蘇生呪文は失敗できない。故に少しでも成功率の高い方法を選択するため、寺院の強欲坊主に泣く泣く金を支払い、失敗されて本当に泣くという選択肢をやむなく選ぶ冒険者は後を絶たない。なお、廃人はマハマンマロール(※3)で復活させる。
※3:1レベルを支払って奇跡を起こす大変異(マハマン)という呪文、オバロでいう星に願いを(Wish upon a star)と元ネタが同じ呪文があるのだが、その中の選択肢に味方を復活させるというものがある。経験値を支払うだけあって、この効果による蘇生は100%成功する、Wizにおける最終手段である。当然問題となるのは1レベル下がることを受容できるかどうかなのだが、経験値の減算処理が戦闘終了後であることを利用して、戦闘中に転移(マロール)で逃走すると見かけ上レベルは下がるが経験値は減らないという裏技がある。つまり、この裏技を利用すればノーリスクで安心して復活可能というわけだ。


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